宮里 公平

(Kohei Miyazato)

早稲田大学社会科学部 上沼ゼミ

研究テーマ

リーダー(経営者)育成教育を考える

ケース

企業内大学(コーポレートユニバーシティ)から


章立て

   
第1章 企業内大学とは? 第1節 欧米の企業内大学の登場の歴史と背景   
第2節 企業内大学が設立された要因
第2章 ゼネラル・エレクトリック(GE)の試み第1節 企業内大学の先駆けGEクロトンビル   
第2節 リーダー育成力の要因
第3章 リーダ不在の時代
第4章 日本の企業内教育の歴史と現在 第1節これまでの企業内教育   
第2節企業内大学の登場
第3節それぞれの企業の試み
第5章 日米の比較と問題点 第1節研修事例の比較
第2節参加者の多様性
第3節早期選抜制
第6章 日本の次世代リーダーの育成策 第1節経営者のコミットメント
第2節リーダー養成に留意するポイント
第3節リーダー育成策と企業内大学

研究動機

自分は将来、独立を志している。
しかし今現在自分にはアイデアというのもないし、経営に必要なノウハウというものもない。そこでまずは企業に入り、その中でアイデアやノウハウまたは人脈などを培えたらと思っている。

現在日本はリーダーが不在であると言われて久しい。企業などもこれからの社会で生き抜くために次世代の経営者を育成する必要に迫られている。
それでは一体企業内でそのような人材を育成するためにどんな試みがなされているのかという事に興味を持ち、調べていくうちに「企業内大学」という存在を知った。

これはアメリカの企業でかなり取り入れられているシステムで、日本でも最近大企業などが取り入れている。

そこでこの「企業内大学」というのはどのようなシステムで、どのような人材が育っているのか。さらにはこれからの企業のあり方ということまで、これから社会に出て行く一学生の立場から考えていきたいと思う。
そしてまたこの研究が今現在、専門技術を持たない自分の役に立てばと思う。


第1章 企業内大学とは?
 

日本の企業内大学を論じる前にまず設立してから50年の歴史を持つ欧米の企業内大学について詳しく見ていかなければならないと思う。  
そこで欧米では企業内大学の登場までどのような動きがあり背景などがあったのか。この章ではそんな歴史と背景を踏まえたうえで企業内大学とはそもそもどのようなものなのか、その定義や目的などを論じてみようと思う。   


第1節 欧米の企業内大学の歴史と背景

変革期において、知識はすぐに陳腐化し、それに対応する機動力を備えていない組織は市場からの撤退を余儀なくされている。最前線の現場にも、自社のミッション、戦略、倫理、カルチャーを理解し、そのうえでリーダーシップを備えた有能な人材が求められている。そして現在、多国籍企業では、知的資本の重要性に着目し、これまでにない革新的な方法で社員教育に取り組むようになってきている。
この流れのなかで現れてきたのが「企業内大学」である。
これは「ビジネス上のニーズを満たす教育手段すべてを統合・企画・開発・実施する戦略的な中核機関」と定義できる。  アメリカの企業内大学は、自社の社員に知識を授けるだけにとどまらず顧客、サプライヤー、流通企業、パートナー企業をも対象に発展してきた。 

最初の企業内大学は1953年、トップ・マネジメントの基礎訓練キャンプとして、クロトンビルに発足したゼネラル・エレクトリックのリーダー研修センターだといわれている。
 その後60年代には「ディズニー大学」とマクドナルドの「ハンバーガー大学」が続いた。今日では全世界で約2000の企業内大学が存在するに至った。またこのペースで増え続けるとすれば、2010年にはアメリカの一般大学の3700校を超えてしまうだろうと言われている。


第2節 企業内大学が設立された要因

企業内大学の設立を促す要因は複数あるといわれている。そのうち主な5つの要因を挙げてみようと思う。

おそらく最大の要因とされているのは「知識の陳腐化」ある。

ある時に、サン・マイクロシステムズ社の企業内大学であるサン・ユニバーシティが調べたところ、同社の売上げの75%以上が発売二年以内の製品で占められいたという。

このように、現代では知識があっという間に陳腐化する傾向が強まっているため、人材のスキルも絶えずリニューアルし、リフレッシュすることがより重要になってきている。

第二の要因は「学習内容と戦略目標との整合化」である。

その例としては、インフォシス・テクノロジーズ社が学習内容と企業戦略を整合させる手段として1997年に設立したインフォシス大学が挙げられる。そしてこの大学と、事業目標との結びつきを深くするために「インフォシス戦略委員会」を結成した。ここで、各種学習プログラムについて(ソフトウェアの開発や品質管理などに関する)優先順位を決め、社員教育への投資効果を評価する基準枠組みを定めている。

第三の要因は、業界内で「求職者に選ばれる企業」となり、Aクラスの人材の注目を集め、離職させないことにある。これを表す事例としてはハイマール・ブルー・クロス・シールドの「インフォメーション・サービス・グループ大学」が挙げられる。この企業ではこれまで16%だった離職率が、2年間で5%までに引き下げることに成功している。このように企業内の教育制度を充実させることによって、いい人材を他企業に流出させず、自社でしっかりと確保する効果を持っているのである。

第四の要因としては「リーダー層の厚みを増す」ことが挙げられる。企業内大学を企画する過程で、まずリーダーシップ開発講座の設置が端緒となることが多いのもその理由からだと考えられる。リーダーシップ講座では各種のトレーニング・プログラムや360度評価といった、従来のからの教育方法に加えて、実際の演習プロジェクトがいくつも課されるのである。なお、これらの演習プロジェクトは、受講するリーダーに既存のビジネス・ニーズに対する解決策を提示させたり、将来の製品やサービスの構成について考察させたりすることが多い。

そして最後の要因としては、社内の「全教育活動のブランド化」を図り、教育部門を効率的なビジネス・ユニットとして運営することである。これまで研修部門は無計画なコスト・センターとして運営されており、一企業内にトレーニングを実施する部門がいくつもあった。トレーニングの専門家が全体を調整することはあっても、社内教育を一ビジネス・ユニットとして戦略的に運営するということはほとんどなかったのである。



このようにアメリカではこの五つの要因のもとで、企業は企業内大学を設立し変革期を生き抜くためためにさまざまな教育が実践されているのである。





第2章 ゼネラル・エレクトリック(GE)の試み


第1節 企業内大学の先駆けGEクロトンビル

次にこの章では、前章であげた企業内大学設立の要因のなかで、リーダー層の厚みを増し、次世代リーダーの育成に重点を置いている企業の中で最も成功しているといわれるゼネラル・エレクトリックの試みを詳しく見ていこうと思う。

 ニューヨーク州クロトンビルにはジャック・ウェルチ前会長で有名な米ゼネラル・エレクトリック(GE)社の”リーダー養成機関”であるリーダーシップ開発研究所がある。

ウェルチが会長時代ここを訪れるのは平均して1 週間に1 回。世界中で事業を展開し、30万人の社員を抱える多忙なCEOがコネティカット州フェアフィールドにある本社以外で最も頻繁に足を運ぶ場所だ。その最大の目的はGE社内における優れた“リーダー”すなわち管理職と幹部を育成することにある。

クロトンビルの研究所で1 年間に11回開かれる、マネージャー以上の管理職や幹部を対象とした研修プログラムすべてにウェルチは参加する。それぞれ3 時間以上にわたって1 人の“教師”として“生徒”相手に熱心に講義する。

もちろんそれは日本の大学でよく目にするような教師から生徒への一方通行の授業ではない。ウェルチ自身が「上司に食ってかかるような本音の対話を望んでいる」と話す通り、生徒である幹部たちは、ウェルチに対しても熱心に意見をぶつける。そこでGEの実際の経営に役立つ良いアイデアが生まれたらすぐに実行に移される。

ウェルチ以外にも、GEの上級役員やビジネススクールの教授が講義を担当する。受講者には、グループごとに例えば「電子商取引」「インターネットビジネス」といったGEが今注目しているテーマが与えられる。受講者は1 週間から1 カ月とう時間をかけて、世界中の企業や専門家に話を聞き、グループで議論を重ねることでその解答を見つけ出す。

研修プログラムの最後には、ウェルチ以下GEの最高幹部30 人が揃った前で約2 時間のプレゼンテーションを行う。

 しかしこうしたリーダー教育の仕組みはGEにもともとあったものではなかった。「クロトンビル研究所はウェルチがトップになるまで実践的ではなく、むしろ大学のビジネススクールに近かった」とクロトンビルの研究所長のカーは打ち明けている。それをウェルチがGEの現実の課題を解決する場に作り変えたのだ。

さらにGEのリーダー育成力は、米国の経営者市場におけるGE出身者への高い評価に象徴的に表れている。米国で有能なCEOを輩出している企業としてはコンサルティング大手のマッキンゼー・アンド・カンパニーが有名だ。 しかし日本ではあまり知られていないが、米国においてGEはマッキンゼーと並ぶ有力経営者の育成機関として有名だ。
例えば、GEの副社長を経て91 年から99 年12 月まで米航空宇宙・自動車部品大手、アライドシグナルのCEOを務めたローレンス・ボシディ。ボシディは約8 年間のCEO在任中に同社の株価を1 年間当たり平均で30 %以上、上昇させた。ボシディは99 年12月、自動制御機器大手ハネウエルを買収し、売上高250 億ドル(2 兆6000 億円)の新会社の会長に就任した。
自動車部品大手SPX のCEOジョン・ブライストーンは、GEで合計18年間働いた経験を持つ。ブライストーンは95 年にSPXのCEOに就任して大胆な事業構造の改革を断行し、その株価は1 年間当たりの平均で約60 %上昇している。
98 年の売上高が30 億ドル(約3000 億円)の工具大手スタンリー・ワークスのCEOジョン・トラーニ、同じく98 年の売上高が50 億ドル(約5000 億円)のグラスファイバー大手オーエンス・コーニングのCEOであるグレン・ヒンターもGEを卒業した有力CEOである。


第2節 リーダー育成力の要因


 社内だけでなく社外にも有能な経営者を輩出する。そんなGEのリーダー育成力の強さは一体どこにあるのだろうか。

 ここで5つの要素を挙げてみたいと思う。

その1:年齢や経験に関係なくチャンスを与えられる

 GEは年齢や経験に関係なく、リーダーとして才能があると見込んだ人材にチャンスをどんどん与えていく。若くても有能な人材は責任あるポストを与えられるので、自分の実力を試すこができる。こうしたチャンスを生かて成果を上げることができれば、次はもっと責任のある仕事と役職が与えられる。


その2:部下を次世代のリーダーとして育成する

 一般的に企業では、出世欲の強い管理職が部下の手柄を横取りしたり、自分のライバルになりそうな人物を排除することが珍しくない。とりわけ実力義を重んじ社員同士が激しく競争す企業では、上司が部下の育成に目を向けなくなりがちだ。 そうならないように、GEは「部下を将来のリーダー候補として育成すること」をリーダーの条件として掲げている。  もちろんそれにはきちんとした検証機能が存在している。上司が部下を評価するだけでなく、部下も上司を評価する“360 度評価”の仕組みだ。もし上司が次世代のリーダー育成に熱心だと、すぐに部下から“リーダー失格”の烙印を押されてしまう」と電力システムなど米国内の複数の事業部、そしてアジアや日本で人事を担当してきたGE本社の副社長ジョン・ソラッツォ(48 歳)は強調する

 GEでは同時にリーダーの評価基準に「チームワーク」という項目を設けている。リーダーが自分勝手に振る舞うことができないようなチェック機能はほかにもいろいろある。 もちろん指揮官は自分の部下の能力を引き出さないとチームの業績を高められないため、熱心になるのは自然とも捉えられる。だが、GEはあらゆる方針に対しあらゆる角度から“検証”する機能を持たせている。


その3:普遍的な経営スキルを磨かせる

GEはまた、いかなる事業にも通用する「普遍的な経営スキル」を持つリーダーの育成に力を入れている。11にも及ぶ様々な事業をGEが抱えているからだ。
例えば、クロトンビル研究所で研修を受ける管理職たちは全く関係のない事業の出身者同士がチームを組んで、それぞれの事業が抱える経営課題の解決方法を考える。 このチームは社員ではあるが、まるで社外からやってきたコンサルタント集団のようなものだ。
チームのメンバーは出身事業に戻った後も、品質改善運動であるシックスシグマのような全社的な取り組みについて頻繁に意見を交換する。どこかの事業でいい改善事例があれば、それをすぐに自分の事業に取り入れるためだ。


その4:優秀なリーダーほど困難な部署で磨く

日本企業では、リーダーとして将来が期待される人材を本流と呼ばれる、なるべく失敗がない部署で大事に育てることが多かった。
しかしGEは優秀な人材にこそ新規事業や不振に陥っている事業など困難な仕事を任せるという方針がある。
優秀な人材が不振事業を成功に導かなければ、企業の競争力は高まらないからだ。そして事業が軌道に乗れば、すぐにまた別の難しい任務が与えられる。
GEの多くのリーダーたちの経歴を見ても、担当部署は頻繁に変わっている。有能なリーダーには、あえて次々に厳しい任務を与えて経営能力を磨かせるのが、GE流のリーダー育成方法なのである。


その5:失敗してもいくらでも挽回が可能

しかしながら、困難な仕事に挑戦することが多ければ、当然失敗もする。そんな時に、復活するためのチャンスが与えられることもGEのリーダー育の特徴だ。チャンスを掴めば、いくらでも挽回が可能な仕組みがある。

 ウェルチは2001年に引退する際「数年前から後継者にバトンタッチする準備はしてきた。」と語っている。彼がGEを去れば、今までのような成長はもう続かないのではないかと危惧する声もあった。
だが、ウェルチの出身部門であるプラスチック事業で10 年以上働き、今はクロトンビルのリーダー研修プログラムのマネージャーを務めているカレン・オドネルはこう話す。「ジャック(=ウェルチ)が育てた優れたリーダーたちがいるから、別段心配はしていない」。
ウェルチがGEに残した最大の遺産は有能なリーダーたちを生み出し続ける“仕組み”かもしれない。企業が激しい競争を勝ち残って成長を続けるためにはどれだけ多くの優れたリーダーを抱えているかが決め手となるからだ。


 GEではウェルチが中心となり次世代リーダーを育成し続け、ファイナンシャル・タイムズ紙 (Financial Times)とプライスウォーターハウスクーパース (PriceWaterhouseCoopers)が、世界の企業の最高経営責任者1, 000人を対象に行った調査で「世界で最も尊敬される企業」にも5年連続で選ばれている。

またリーダーシップ論研究で知られる、ジョン・P・コッター(ハーバード・ビジネス・スクール名誉教授)も、2000近く存在する米の企業内大学で、頭一つ抜けているのはやはりGEだと述べている。
その理由として、GEの企業内大学はウェルチがGEをどの方向に導きたいかということを明確な姿勢で打ち出し、これを伝え、実現するためにつくられた装置であるからだという。





第3章 リーダ不在の時代

 日本の企業内大学の考察に入る前に、なぜ近年リーダーが不在の時代といわれているのか、またその要因としてどのようなことが背景にあるのかをまずはじめにこの章で見ていこうと思う。

ヘッドハンティング会社の東京エグゼクティブ・サーチは、主に上級管理職を対象とする会社である。そしてここ最近の転職市場で求人の増えている職種があるという。それは「社長」だ。

最高執行責任者(COO)など社長探しの依頼が全体の2割を超えたとある。最近特に目立つのは「会社を再建できる人」。その人材がいないというのだ。

「戦略を決めて実行する。そしてその責任は負う。そんな訓練を受けている人が極めて少ない」(加藤春一社長)

1990年代前半、米国が不況から立ち直る過程では、経営トップとして実績のある再建請負人たちが活躍した。日本でも今後、債権放棄を軸に問題企業の処理が進む見通しだが、PwCフィナンシャル・アドバイザリー・サービスの田作朋雄氏は「きちんとリスクを背負って仕事をするリーダーがいなければ企業再生はできない」と警告している。

政治経済のあらゆる局面で構造改革を迫られている日本。経済同友会終身幹事の品川正治氏は、いま必要なリーダー像を「惰性を断ち切り、全く新しい目標を示せる人」と表現している。そんな改革の担い手が現れないのはなぜか。

その一つ目の要因とは能力隠しである。
京大大学院の竹内洋教授(教育社会学)は「他人と違うこと、突出することをよしとしない戦後教育に一因がある」とみる。みんなが同じような教育を受けて、「良い会社」を目指す単線社会。「日本人は一つの物差しで序列をつけるレールに押し込められ、能力の芽が摘まれてしまった」 と戦後の教育方法にその一因があるということを指摘している。

そして次に「責任」を避けることである。

埼玉県内のある公立中学校において、生徒会の選挙で問題が持ちあがった。教師がどんなに働きかけても立候補者がいない。生徒たちは、人より一歩前に出る人間は「いじめられる」という。この学校では毎年、各クラスから少なくとも1人は候補者を出すことにした。   全国子ども会連合会(東京・杉並)が、各子ども会のリーダーを対象に実施した95年の調査。「自らすすんでリーダーになった」と回答したのは全体の41%と、6年前に比べて15ポイント低下した。人を束ね、責任を持つことの価値が急速に下がっている。

自分を試すことをしないで、集団に身をゆだねてしまう子どもたち。その姿は、年功序列と終身雇用に守られてきたサラリーマンや、派閥や支援団体の意向に縛られた国会議員に重なる。

各界に良きリーダーを輩出するために「個」としての人間を鍛える教育を進める海外と、差は開くばかりだ。

米マサチューセッツ州アンダバーに親子二代のブッシュ米大統領が高校時代を過ごした学校がある。1778年、米独立戦争のさなかに開校したフィリップス・アカデミーでは、教師と生徒の張りつめたやり取りで授業が進む。「米国とメキシコでは同じ人物でも評価が全く違いますよ」「政治家として彼のとった行動をどう思いますか」。中南米史の授業で教師は6人の生徒を相手に矢継ぎ早に質問を浴びせ、論理の弱さを指摘する。「どう習うかではなく、どう考えるのかを身につけさせたい」(ビンセント・エイブリー教務部長)
 ほとんどの生徒は教師とともに学校の敷地内に住み、厳しい規範意識も身につける。飲酒はもちろん、友人の宿題を写したら退学処分。「アンダバーで最も貴重な体験は、自分自身について知ったことだ」。ブッシュ現大統領は自伝の中でこう書いている。

 米国にはこうした私立学校がいくつもある。奨学金制度が充実しており、裕福な家庭の子どもだけが集まるわけではない。卒業生の進路も政治家や学者、スポーツ選手など様々だ。
ともすれば衆愚に陥りがちな民主主義を健全に維持するため、幅広い層から生徒を集め、次代を担う人材を育てる知恵がそこにある。
戦後日本では、こうした手法は「エリート教育」としてタブー視されてきた。
東大の北岡伸一教授(日本政治外交史)は「いまの政財界のリーダー不在の背景には、競争と権力の集中を嫌う日本人の国民性がある」とみる。だが、画一と平等に個人の能力が埋もれてしまっては、変革期を乗り切る人材は育たない。
 槙原純氏(43)。米大手証券ゴールドマン・サックスに19年勤め、ベンチャー支援会社、ネオテニー(東京・港)会長に昨年転じた同氏は、日本で教育を受けたのは小学校高学年だけ。現三菱商事会長である父、稔氏の勤めの関係で、あとは英国と米国で学んだ。「日本ではみんなが同じ頂点めがけて競っていたが、米国の高校では様々な成功や生き方があることを学んだ」
 グローバルな大競争のなかで、未来を切り開くリーダーをどれだけ育てることができるか。それは、日本の社会が価値の多様性を認められるかどうかにもかかっている。  




第4章 日本の企業内教育の歴史と現在


第1節 これまでの経営者教育

日本企業の年功序列制のもとでは、将来の経営者を計画的に育成していくシステムを求めること自体困難なのかもしれない。職員の能力開発も平均的且つ平等にしか行われない。幹部育成も管理型のマネジメントが重視されてきた。即ち、如何に計画・予算を策定し、組織と人材を活用・コントロールして問題に対処していくかに関心がある。リーダーシップとはこのようなマネジメントとは異なり、ビジョンと戦略を創造して、如何に組織を変革していくかである。

これまでの日本企業における経営幹部への登用は要件は、終身雇用に基づく遅い昇進と緩やかな選抜を前提としていて、年功序列型の昇進秩序と実務スキルの高い人材が重視される傾向にあった。実務面での能力と経営的な能力の違いを明確に意識するという発想が、概してこれまでは希薄だったということが言える。

経営幹部への昇進は、いわばサラリーマン人生における最終目標であり、経営のプロを組織的・体系的に養成していくという発想や仕組みは存在しなかったのである。
多くの場合、経営全体の視点から事業構造を捉えて、適切な資源配分を行うといった能力開発が不充分のまま、限られた業務分野での実績と経験に基づいて経営者としての地位につくケースが多かった。リーダー開発という認識がなかったのである。

日本企業におけるこれまでの育成システムは、職能別研修に代表されるように、社員の昇進ステージの一定のタイミングで一律に研修を与えるやり方が主流であった。その目指すところは、一定量の優秀なマネジャー(管理者)の養成に主眼が置かれていた。日本におけるサラリーマンの社会通念から言っても、課長や部長になることが一種の社会的ステータスであり、キャリア期待の標準値として広く認知されていたからである。

しかし、最近、アメリカ企業などで経営幹部の登用が議論される際に出てくる論点の一つは、「マネージャーではなくリーダーを」である。ここでいうマネージャーとは、「マネジメントをする人」であり、自分自身で仕事をする人というよりも、他人や組織を動かして仕事をさせる人間のことである。これに対してリーダーは、自らが率先垂範して事に当たり、自己の一連の行動を通じて組織の目指すべき方向へ、身をもってリードする立場の人間のことである。
言葉を換えれば、伝統的なマネジメントの基本目的が、既存組織の存続を前提としてこれをうまく機能させ続ける事にあるのに対して、リーダーシップの基本機能は、現行組織をよりよい方向へ導くための変革の推進にある。このリーダーシップとマネジメントの違いを正しく認識することが重要なのである。

この違いを正しく認識せず、ひたすらマネジャーの育成に腐心してきた結果が、日本企業においての経営者人材不足につながってしまったとも言えるのである。


第2節 企業内大学の登場


バブル崩壊以降、企業はみずからの経営システムに自信を失い、新たなモデルを模索する動きが強まった。大手企業のなかで、MBAの価値が改めて議論され直したり、国内でもビジネススクール型のカリキュラムを売り物にした民間教育機関が次々と誕生し、活況を呈した背景にはこうした心理があったと考えていいだろう。
 一方、不況にあえぐ日本経済を横目に、米国では90年代半ば以降、世界に先駆けてインターネットの普及が進み、ビジネスモデルが劇的な変化を遂げ始めた。意思決定の迅速化が叫ばれ、階層によらないプロジェクト単位の仕事が脚光を浴びるにつけ、従来型のマネジャーから新しいタイプのリーダーが求められるようになったのである。

ここで下の図を見てもらいたい。




出所 リクルートワークス研究所





これは、人事担当役員あるいは人事部長に対し、今後の「重要な選抜育成テーマ」について聞いたものだが、「次世代リーダー早期選抜育成」の選択率は約7割に達し、特に増収増益企業についてはこの項目がトップとなっている。

この種の調査では従来、ラインマネジャーなどミドルマネジメントをターゲットに挙げる傾向が強かったが、これではそれに加えて中堅・若手クラスへのシフトが見て取れる。従来の「ボトムアップ一律型」から「早期選抜多様型」の人材育成へと、企業の人材開発の力点が変化しつつあることがわかる。

このように日本でも、これまでの右肩上がりの経済空間での発想や慣れ親しんだ経営のやり方が通用しない時代となってきた。このような時代には個人の資質に依存した構想力で戦略を描き、それを具体的に実現できるような人材が必要となる。つまり、今起こっている事象から学び、自らの構想スペースを拡張することのできるようなリーダーシップを持った人材が求められてくるのである。
このように前節に述べたような日本企業におけるこれまでの教育システムを反省し、企業は今、次世代の経営幹部を組織的・計画的に育成することに目覚めたのである。そして「経営のプロ」を定期的・戦略的に輩出させる仕組みを創出することを目的とした企業内大学が登場してきたのである。


第3節 日本の企業の試み

ここまで欧米の企業内大学や日本の企業内大学の歴史等について見てきた。次にこの節では日本の企業がどのような理念のもと企業内大学をつくり、そこでどのような事が実践されているのかを詳しく見ていこうと思う。  

<コア人材選抜育成型>


・ソニーの試み

ソニーは、次世代のビジネスリーダーの発掘・育成を目的に、2000年11月に設立された社内教育機関として「ソニーユニバーシティ」を設立した。最近次々と生まれてきた十以上の新たな研修プログラムを一括して実施する。各種プログラムに選ばれたソニー社員自らがイノベーションエンジンとなり、変革のリーダーとして活躍することを期待されているという。
このユニバーシティの特徴は、何と言っても経営トップとの「直接の対話」である。出井CEO、安藤COOが積極的にプログラムに関与して、直接の対話を重ねながらリーダーの育成に努めているようである。次世代リーダーを育てるのに、創業者であるとか経営トップとの会話が大きな力になっていることは随所で耳にする。こういうえらい人と直接話すと刺激的で、奮い立つのであろう。遠く離れていては部下は育たないのである。


 ソニーの新しいリーダー育成法は、研修などの座学よりも計画的な配置転換に重点を置いている点が特徴だ。

 全世界で100の重要と思われる役職を定め、その役職ごとに、外国人を含む次の幹部候補を4〜5人ずつリストアップする。その結果、選抜者は合計で500人規模となる見通しだ。100の役職は、各カンパニーや、主要グループ子会社、海外子会社のトップクラスが中心。現在その役職にある人物や人事部のスタッフが、30代、40代を中心に候補者をリストアップ、そのプロフィルを経営トップに集約している。
 
選抜から漏れた社員のモチベーションも考慮して、リストの公開は最小限にとどめる方針。候補者全員のリストを把握しているのは、代表権を持つ出井会長、安藤国威・社長兼最高執行責任者(COO)、徳中暉久・副社長兼最高財務責任者(CFO)の3人と、人事部門の役員や部長クラス数人だけということになる。
 
このメンバーによって構成する「エグゼクティブ・ヒューマン・リソース・コミッティー」を発足。今後はこの委員会が年2回集まり、候補者の職歴や実績、コンピテンシー(行動特性)などを判断材料に配置を決める。例えば、営業実績は抜群だが財務の経験がない候補者の場合、財務が勉強できるポジションに配転する。また、マンネリを避けるために、同じポジションに長く就かせず、新規事業分野などに挑戦させる。100の役職は、経営環境の変化に応じて、見直していく。
 
候補者はソニーが2001年に設置した、リーダー育成のための社内研修制度「ソニー・ユニバーシティー」に参加する。ここでは、財務などのマネジメントスキルを学ぶだけでなく、国内外の一流企業トップなどを招いた講義を予定している。出井会長らも教壇に立ち、ソニースピリットの継承に取り組む。参加者にはグループの経営課題についても、議論をさせる。
 
こうした配置転換や研修などを通じて、候補者が順調に育っているか、継続的にフォローする。候補者は固定せず、毎年、仕事の成果や成長度合いなどに応じて見直す。ソニー・ユニバーシティーでは、選抜した社員を対象にしたものと並行して、社内公募で集めた社員にも同様の研修を施す。こうした参加者の中からも、次世代リーダーを発掘していく考えだ。

 従来、ソニーの人材育成の考え方は、各種の教育プログラムを用意し、あとは個人の意欲に任せるのが基本だった。個人が自らのキャリアプランを考え、希望の研修や通信講座などを選ぶ。その意味では、今回の次世代リーダー教育は、ソニーが初めて、会社側の意思で人材を選抜し、教育するケースと言える。

 背景には、個人の自助努力に任せていては、次世代リーダーの育成は時間的に間に合わないという危機感がある。早いうちから、計画的に重要な職務に就かせ、経営ノウハウを学ばせる。若いうちから本人に自覚させ、自己研鑽に励ませる狙いもある。




・トヨタ自動車の試み

<トヨタインスティテュート概略>  

トヨタ自動車は2002年1月に、トヨタ及びその海外事業体を含めたグローバルトヨタの経営者、ミドルマネジメントを育成する人材育成機関「トヨタインスティテュート」を社内組織として設立した。

 トヨタでは近年、事業の地域的な広がり、事業領域の拡大に伴い多様な価値観を持つ人達がトヨタのオペレーションに参画してきている。こうした中、今後のグローバルトヨタ発展の為には、これまで暗黙の内に伝承されてきたトヨタの経営哲学、価値観、実務遂行上の手法等の共有が急務と判断。本年年央にこれらの考え方を「トヨタウェイ」として冊子にまとめ、グローバルトヨタ内に展開した。

 更に今回トヨタではこのトヨタウェイを共有し、21世紀のグローバルトヨタの事業展開を担う人材が確実かつ継続的に輩出されるよう、社内の人材育成に関わる仕組みをハード、ソフトを含め抜本的に見直しを実施。グローバルトヨタの人材育成の牽引役を担う機関として、トヨタインスティテュートを設立する。

 トヨタインスティテュートの初代学長は社長の張富士夫が就任。企画、運営を担当する事務局はグローバル人事部長が事務長を兼任、専任スタッフなどを加え16名で発足。また数年後に専用施設を国内に建設する予定であるが、2002年春より既存の研修施設を利用しプログラムを実施する。

 その具体的プログラムは、グローバルトヨタの経営人材育成を目的とする『グローバルリーダー育成スクール』と、トヨタウェイ実践の為の実務教育を目的とする『ミドルマネジメント育成スクール』を設置。プログラムの内容については社外一流教育研究者、教育機関(米国ペンシルバニア大学ウォートン校、一橋大学など)の協力を得て現在開発中である。

 トヨタは近年一層の厳しさを増すメガコンペティション時代において、人材育成を最重要課題のひとつと捉えている。トヨタインスティテュートはその全世界的な中枢とするもので、トヨタウェイの共有を軸に各事業体の有機的な結合を強化して、グローバルトヨタ全体の経営効率の向上を目指し、調和ある成長を続けていきたいと考えている。

  ≪設立概要≫
(1)正式名称トヨタインスティテュート
(2)設立の狙い ・ トヨタウェイの共有を通して真のグローバル化を推進。
・ グローバルトヨタの人材育成の牽引役として教育体制の整備を推進。
(3)設立時期 2002年1月
(4)施設 三ケ日研修所等、既存施設を当面利用。
(数年後に専用施設新設の予定)
(5)教育内容 『グローバルトヨタの経営人材育成』と『トヨタウェイ実践の為の実務教育』
(6)対象 トヨタ及び海外事業体のグローバルリーダー候補者、ミドルマネジメント層
(7)教授陣 トヨタ役員、基幹職、社外一流教育機関講師等
(8)組織
学 長 : トヨタ自動車(株) 張 富士夫社長
事務局 : グローバル人事部長が事務長を兼任。
  専任スタッフなどを加え、16人体制で発足。
位置付け : 社内 部格組織
 
≪プログラム概要≫
  グローバルリーダー育成スクール ミドルマネジメント育成スクール
狙い グローバルトヨタの視点で、リーダーシップが発揮できる経営人材の育成 製造、販売部門等、主要部門別に各部門のトヨタウェイを体系的に理解し、実践できるマネジメントの育成
内容 ・ トヨタウェイに基づく指導力の向上
・ 経営知識、スキルの強化
・ グローバル人脈形成
製造部門: トヨタの製造事業体運営全般と製造部門のトヨタウェイ理解 等
販売部門: トヨタ販売理念に基づく最新マーケティング手法の理解 等
受講
対象
全世界の将来のグローバルリーダー
約180人/年
全世界のミドルマネジメント300人/年
 


 


<発掘育成型>


・ユニチャームの試み

  ユニチャームも、経営の後継者となる候補の育成を目的に「ユニチャームビジネスカレッジ」を2000年に設立した。やり方も従来は選抜で候補者を選んでいたが、誰でも応募できる公募性にして、選抜から発掘に力点を変えた。次世代を担うリーダーの育成に本格的に取り組みたいという、創業者高原会長の強いリーダーシップが発揮されている。このビジネスカレッジもトップとの話し合いの場がある。

:「ユニ・チャームビジネスカレッジ」概要:

・経営者候補の資質を判断

 社員のビジネス知識を高める意味での“教養的”な社内スクールは数多いが、ユニ・チャームビジネスカレッジは「経営の後継者となる候補の育成という目的は明確。プログラムを通じて得た情報を利用して後継者候補として不可欠な資質の有無を判断する」(総合企画本部人材開発部教育グループマネージャー・米本薫氏)。リーダー育成プログラムとしてかなり踏み込んだ内容となっている。

 同社はこれまで経営者育成制度として「ミドル・マネジメント・ボード・オブ・ディレクターズ(MMBD)」を実施してきたが、ユニ・チャームビジネスカレッジはその成果を基本的には受け継ぎつつも、より参加者の自主性を重視する方向で改編・強化したものといえる。  

MMBDがスタートしたのは94年。次世代を担うリーダーの養成に本格的に取り組みたいという高原慶一朗社長の意向を受けて始まった。参加者は指名制で、各職場から毎年15人を選抜。年齢層は35〜40歳代前半、平均30歳代後半というのが目安だ。

・現実の経営課題が素材

 期間は毎年4〜12月の9カ月間。毎月1回、金・土曜の2日間、合宿形式で行われる。カリキュラムは前半と後半に分かれており、前半はスクール形式で、経営戦略やマネジメント、アカウンティング、ファイナンスなど経営者として必要な基本的知識を具体的なケースを中心にしたメソッドで学ぶ。

 後半はいわば実習訓練。ユニ・チャームに現実に存在している経営課題を取り上げ、それに対する解決策や提案を12月、経営陣に答申する。「経営課題ではあるが、まだ手がつけられていないテーマを選んでいる。内容次第では提言がそのまま会社の戦略になるので意気込みが違う」(米本氏)。これまでにも企業理念の策定や中期事業戦略などに関するテーマで、MMBDからの答申が実行に移されている。

 MMBDの第5期生である総合企画本部参事、台代雅之氏は「このカリキュラムを終えれば経営者になれるというものではもちろんないが、経営に必要な知識を学ぶことで日常の仕事を見る視点が変わった。たとえば量販店への営業にファイナンスの知識は不要にみえるかもしれないが、お得意先の企業を見る目は深くなり、経営者と一歩突っ込んだ話もできる。その積み重ねが経営感覚を磨いていくのだと思う」と話す。  

このプログラム自体、参加すれば昇進が保証されるといったものではもちろんない。しかし現実には「第1期の卒業生は多くが執行役員(代行)クラスになっている。能力や成果で処遇するとどうしてもそうなってしまう」(米本氏)。

・選抜から発掘へ

 こうした成果を踏まえ、2000年春からの第7期では、冒頭に触れたように名称を「ユニ・チャームビジネスカレッジ」と変え、内容を一新した。主な変更点は次のようなものだ。  

まず従来は人事部門の指名だった参加者を、入社2年目以降の社員なら誰でも応募可能な公募制にした。「選抜から発掘に制度の力点を変えた。学ぶ意欲や自助努力の成果の高い人材を発掘したい。誰でも機会は均等、ただし結果は市場原理によって均等にはならない、という考え方を徹底した」(同)。

 応募者を対象に経営に関する基礎知識を問うペーパーテストで21人の参加者を決定した。米本氏は「テストの結果を見ても、昨年までの会社指名の顔ぶれをしのぐほどのメンバーが集まった。社員の意欲の高さを実感している」と話す。

 第2の大きな変更点は、カリキュラムの一部を社内の取締役や執行役員が講師として担当する制度にしたことだ。前期には従来からあるビジネスフレームワークの習得部分に加え、役員・執行役員による実践的な講座を設ける。内容はマーケティングや経営戦略(国際経営)、人・組織、アカウンティング、ファイナンスなどを予定しており、役員らがみずからケースを作成し、授業を行う。

 「取締役や執行役員が単に講座を担当するだけでなく、将来の経営者養成に責任を持ち、ユニ・チャームビジネスカレッジからの提言に対しても継続的にコミットしていく体制を構築する」(米本氏)との目的に沿ったものだ。

・勉強は処遇に結びつける

 これまでに卒業生の多くが執行役員に就任している事実はあるものの、現状は「経営者感覚を持った人になりましょう、という教養的性格も濃い」ことは米本氏も認める。しかし今後、創業者ではない世代が経営の舵取りを担うとなれば、ヒト・モノ・カネという経営資源全体を見られる能力の持ち主であることが求められる。その意味でユニ・チャームビジネスカレッジは「単なる社員の教育サービスではない。勉強したぶんは処遇に結びつくという点はハッキリさせる」と米本氏は強調する。

 さらに「“選抜”という言葉が一人歩きすると、ブラックボックス的なイメージが強まり、選ばれなかった人のモラールダウンを引き起こしかねない。こういうことを身につけた、こういう成果を出した人をユニ・チャームは抜擢するのだ、ということを明確にしていきたい。『機会均等、市場原理による結果の不均等』とはそういう意味を込めている」(同)。

 こうした思い切った後継者候補育成プログラムを導入できる背景には、同社が「創業と革新」「オーナーシップ」「チャレンジャーシップ」「リーダーシップ」「フェアプレイ」という「我が5大精神」を掲げ、創業経営者である高原社長のもと、柔軟な「出る杭は生かす」組織の実現を目指して取り組んできた実績がある。

 20〜30歳代前半の若手社員が経営課題を発見して経営陣に提言する「ジュニアボード」の制度や個々人のキャリアプランやライフプランに合わせてキャリアコースを選べる「キャリア選択制度」、年1回、個人のキャリアやスキルを整備し、異動希望を自己申告する「キャリアスキル調査」など、「個」を軸に組織を考える風土があってこそ、経営者育成制度が有効に機能する点を見落とすことはできない。

 経営が求める人材像を明確にし、そこに到達する手段を提供した上で、後は個人の自助努力と市場原理に任せるという同社の姿勢は、リーダー育成を考えるひとつの方向性を示している。

・ユニ・チャームビジネスカレッジプログラム

4〜8月の前期は高原社長の訓示に始まり、経営知識の学習、取締役・執行役員の講座に続いて、後期の経営課題の検討へつながる準備作業を行う。

9〜12月が後期課程で、具体的な経営課題をグループで検討し、最終答申をまとめる。答申が認められれば、現実の施策となって実行される。

 







第5章 日米の比較と問題点


前章まで、欧米を代表するGEの試み、そして日本における次世代リーダー育成の必要性とその背景。さらには日本企業におけるさまざまな試みについて見てきた。
この章では、日本の風土の問題等を踏まえた上で欧米企業と比較をし、そこから日本企業の現状の問題点を考察していこうと思う。


第1節 研修事例の比較

従来日本企業における研修プログラムの主力は、事例研究(ケース・スタディ)である。実際の経営問題を前にして「自らが当事者であれば、如何なる問題解決策を提示するか」を検討するのが事例研究だが、当該研修にフィットしたケース作成に時間がかかる上に、討論によって合理的な経営意思決定にこぎつけることに慣れない研修参加者に、十分理解されていないのが問題でである。

アクション・ラーニングは、ケース・スタディをさらに進めた形式で、具体的には「自社の抱える重大問題につき関係各部門のリーダーとオープンな形で議論し、対応策を打ち出す」ものである。対応策がトップによって採用されれば、提案者がその問題解決の責任者に抜擢されることが多いことから、研修参加者も当然真剣にならざるを得ない。あくまで実践的な研修であることが、GEを始めとする米国の企業内研修の特色と考えられる。その点でユニチャームが試みているアクション・ラーニングは他企業から一歩抜けているといえるだろう。

また企業内研修で一番重要なのは、研修プログラムの作成であるが、それは

@研修担当者の問題意識

A経営チームの積極的参加

この二つに掛っている。米国では産学協力体制が進んでいることから、大学教授が企業サイドの依頼を受けて教材を作成するとか、講義を行うとかが一般化している。さらに授業を受けても、それが社内資格に止まるだけでは面白くないとの受講者の気持ちをくみして、企業内大学の特定の講座を修了すると、それを提携している大学の単位として認める制度がスタートしている。

GE、IBMなどにおいては、将来経営幹部になる可能性の高い者を「ハイポテンシャル」として全体の5%程度選抜する。この中には20歳代後半から30歳代前半のいわゆる“若手”が相当数選ばれる。このリストは毎年見直され、入れ替えが行われる。そしてリストアップされた各人について数年、場合によっては5年に亘るキャリア計画が策定される。このような将来の経営幹部の計画的開発の一環として、研修も組み込まれている。特に将来性があると思われる人を30代から40代において選抜し、企業のトップになるために必要な教育、経験を計画的に与えて意識的に育成していく。このプロセスは人事部門だけの問題に留まらず、経営トップ自身も参画する全社的な委員会において運営されているのが特色である。

日本企業はこれまで本人の資質に関係なくさまざまな業務を経験させるローテーション制の人事慣行によって多数のゼネラリストを時間をかけて作ってきた。しかしながらプロフェッショナルの経営者を育成するためには早期選抜制に向けて人事システムの抜本的変革が必要となっている。

日本における経営者養成プログラムは果たしてこのような変革を伴って行われているであろうか。人事部門の説明がどうであれ、参加者自身の意識は伝統的な研修制度の単なる延長線にとどまっていないだろうか。人事部門の説明がどうであれ、参加者自身の意識は伝統的な研修制度の単なる延長線にとどまっていないだろうか。仮に人事部門が「選抜」といっても、建前に終わって、実態は各部門から「順送り」あるいは「仕事上都合がつく者」ということになる恐れはないだろうか。当初は高い志でスタートしても、根本的な人事システムに変化がなければ、時を経るにつれ、制度設計者の意図に反して劣化していくものである。


第2節 参加者の多様性


更に、グローバル企業の経営者養成においては、参加者の「多様性」も重要な課題である。日本企業の大半はこれまで同質社会を前提に経営を行うことができた。今やグローバルな事業展開や企業文化の異なる企業同士の合併、アライアンスなどによってこの前提が大きく崩れつつある。まさに「多様性」の中でどうマネジメントをするかが問われている。

社内の日本人だけが参加するプログラムも自社の企業文化、企業戦略を考える上で、もちろん意味はあるだろう。しかしながら、それだけではこれからのグローバル企業の経営者としては物足りないのではないだろうか。幹部養成のための企業大学を設立した日本企業においても、それだけで満足するのではなく、参加者の「多様性」を確保した外部機関の活用も併せて考えてみる価値があるのではないだろうか。


第3節 早期選抜性


日本企業は今、オペレーションの効率を高めることにより国際競争力を追求するといった過去の成功体験からの脱却を迫られている。そしてこのような経営環境の変化に従来のシステムでは対応できないとの切迫した問題意識から経営改革を進めている。その経営改革のテーマも組織変革というハードの改革から、「人材」の問題に着目してソフトの改革へと進んできている。

日本企業はこれまで年功序列の思想を背景に、入社年次や肩書きに基づく階層別研修がほとんどであった。今、まさに選抜制の教育・研修制度を導入して、次代の経営者を意識して育成しようとする企業が増えてきている。このようなこれまでにない新たな方向に踏み出そうと模索する一部企業の最近の動きは注目に値する。

ただ、同時にその中に若干の危うさをも感じる。即ち、日本企業の問題点としてしばしば指摘されることであるが、他社が行っている流行の手法を横並びで導入する傾向である。人事部長、社長など各レベルでの情報交換の場、あるいはマスコミからの情報を通じて最近のトレンドを仕入れ、乗り遅れまいとする対応を繰り返していないか。執行役員制、社外取締役、成果主義、などの導入が流行になっている動きの中にもそのような危うさを感じる。経営者養成システムも「選抜」・「リーダーの育成」など共通のキーワードのもとに、各社同じような制度がこの1、2年に導入されているようである。

また、アメリカ社会においては早期選抜制という制度が通用しても、日本では社員のチャレンジ精神が高まる一方で、選ばれなかった者のモラルが低下するという懸念がある。日本には昔から平等意識というものが強く働き、選抜制というある意味で「エリート教育」といわれる制度はタブーとなってきたからだ。
しかし現在そのタブーに立ち向かうときが来ているといっていいだろう。このままでは企業は競争力を失い、経営者も社員も共倒れになってしまうかもしれない。

そこでモラルの低下を防ぐための方法として、ユニチャームが実践している、こういうことを身につけた、こういう成果を出した人をわが社は抜擢するのだ、ということを明確に打ち出すことである。『機会均等、市場原理による結果の不均等』この考え方が大事だと思われる。
そうすれば多くの社員は、エリートとして選ばれたメンバーの共通項を探すだろう。また、エリートがどんな教育を受けるのか固唾を呑んで見守るだろう。そして自らがどう行動すべきなのかの示唆をそこから見つけ出す事につながるのである。






第6章 日本の次世代リーダーの育成策


第1節 経営者のコミットメント


これまで日本企業は選ばれない者のモラルの低下を警戒して、若手の早期選抜に躊躇してきた。そのような日本企業にとって、今日の経営環境下において「エリートの育成」という日本的風土に最も相容れない課題、ある意味ではタブー視されてきたことへのチャレンジに直面しているといえる。

近時の経営者養成システムの導入の本質的意味合いはまさにこの点に求められる。これは意識の変革でもあり、それだけに経営者自らが求める経営者像をこれまでになく明確にすることが不可欠になってくる。それは経営者自身の目指すリーダーシップのスタイルでもある。決して「人事部門の問題で、取締役会でそれを承認すればよい」というものではない。
右肩上がりの時代に多く見られた「管理型」の経営ではなく、「変革型」を目指すと多くの経営者はいう。それが、本物であるならば、変革型のリーダーをどう発掘し、どう育てればよいかを経営者自らが考え抜くことが必要であろう。多くの企業は経営者養成プログラムについて、選抜制を採用し、人事制度と連動させるという。その際、選抜するときの「優秀な」人材の判断基準とは何か。従来のいわゆる「仕事ができる人」に今後の組織の変革を期待できるのか。プログラムの内容もそのような思想、哲学に合致したものか。まさに、経営者自らが思い描くリーダーシップ像を体現する制度設計でなければ、参加者に経営者の「思い」を伝えることができないであろう。
そのためには、制度設計のプロセスおよび実際の制度運用そのものに経営者自身が直接深く関与して、形だけでなく本気であることを示すことが極めて重要になる。

GEのジャック・ウェルチ前会長は、経営者養成プログラムを自らの直轄事業として深くコミットし、過密スケジュールの中にも年間20回前後経営幹部に対して直接講義を行ってきたという。その中で参加者には、「もしもあなたが明日からGEのCEOなったとすると、最初の30日であなたは何をするか」などの課題を与えて、一緒に討議をする。

また、経営者の育成は単に研修、教育という座学だけでできるわけでない。抜擢した若手に経営の経験を子会社などで積ませるなどの人事システムと相まって、はじめて効果を期待できる。

今後日本企業においてもこれまでの子会社人事の位置付けを抜本的に見直す必要に迫られている。若手で抜擢された経営幹部候補生に経営の修羅場を経験させるために、子会社での経営経験をキャリアプランの中に組み込んでみてはどうだろうか。そもそも「親会社」「子会社」という呼び方自体旧態依然たる発想といえる。近時のカンパニー制、分社化の動きは幹部候補生に経営経験の機会を与える環境を提供する。経営者養成プログラムもこのような抜本的な人事システムの改革と連動させて運用し、トータルの経営者養成システムの一環として位置付けてこそ意味あるものとなるのではないだろうか。


第2節 リーダー養成に留意するポイント


1.20代から自分の判断で仕事を進め、リーダーシップを発揮する場が与えられていること

GEで実践されているように20代、30代など若いうちから修羅場などに身を置くことで「一皮むける」経験をさせる。

2.異質なものを許容する、出る杭が打たれない自由な風土

「出る杭は打たない」(オリックス)、「出る杭は生かす」(ユニ・チャーム)という表現に見られるように、みずから「出る杭」になろうとする意欲ある人材を支持しようという姿勢を大事にする。

3.メンター(個人またはメンター的な社風)の存在

リーダーが育つ風土ということを考えるとき、その資質を持つ人材の相談相手や助言者としてのメンターの存在も重要である。ここにはメンターとしての個人のほか、組織全体としてその人間の成長を温かく見守り、支援しようという“メンター的雰囲気”も含めていいだろう。

4.自立的な選択、キャリアデザイン支援の仕組みがあること


(出所 日本能率協会マネジメントセンター)


上図のようなリーダー育成に必要とされるキャリアデザインを明確にし、自立的に実行させる。

5.選抜対象者の選抜方法や選抜基準を体系的に整備する

6.アクションラーニングのテーマ(自社の経営課題)の設定に十分に知恵を絞って、学習効果の高いものにする

7.受講者のプログラム修了後の成長度合い継続的にモニタリングし、どのようなポストに配置して経験をつませるか、個々の受講者のキャリアを計画的に設計していく


第3節 リーダー育成と企業内大学


21世紀は変革と戦略の時代である。企業経営の舵取りも戦略の具体化も組織能力の向上も、人(経営者のリーダーシップ能力)を通して行う他はない。
この意味で、21世紀はリーダーシップの時代である。
組織の中にどれだけ優秀なリーダーを選抜、育成し、活用できるかが、これからの企業の命運を握っているといえるだろう。

この流れの中で登場してきた企業内大学。まだ試みとしては日が浅いため、結果が出るのはまだ先のことになるかもしれない。
しかしこれを一種の流行としてではなく、これからのグローバルな競争社会を生き抜くために、いろいろな試行錯誤のもと次世代リーダー養成機関として確立していってほしいと思う。






終章 一言


東京都教育委員会は、平成17年度に設置される都立の新大学と高等学校との連携により、日本の将来を担い得る改革型リーダーとしての資質を持つ人材を育成するため、平成16年4月に東京未来塾を開塾する。これは高校生を対象とした機関である。
また社団法人日本経済団体連合会会長 奥田 硯氏が塾長となりこちらも高校生を対象として、今夏日本の次世代リーダー養成塾を開講する。

このように企業だけでなく、学生レベルにまでリーダー養成のプロジェクトが急務となってきている。
しかし、最近の幼稚園、小学校では徒競走などにおいて順位をつけるのを止めるというところが増えてきているということを耳にした。
これからの競争社会を生き抜くべき世代にとって、この動きが逆流とならなければいいと願う。








参考文献:『ハーバート・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社 (2002年12月)   
       五十嵐 雅郎『グローバル時代の経営者マインドを育てる』(2003年)
       吉田 寿『経営者教育の時代』 UFJ総合研究所 (2002年)  
       西頭 恒明、山崎 良兵『リーダーの育て方』(2000年)
       田浦 里香『選抜型のリーダー育成』野村総合研究所 (2003年) 


参考ホームページ:リクルートワークス研究所ホームページ
            (株)トヨタ自動車ホームページ
            (株)富士通ホームページ
            (株)ソニーホームページ
            NIKKEI NET ホームページ
            UFJ総合研究所ホームページ
            日本能率協会マネジメントセンター ホームページ