第一章 公共事業



第一節 公共事業

 わが国では、巨大な公共事業が環境破壊を全国的な規模で引き起こしてきた。このような公共事業としては、ダム建設事業、干拓事業、港湾事業、道路建設事業、大規模林道建設、リゾート施設など様々なものがある。
 公共事業は、政・官・財の癒着構造ともよばれる状況のもとで、国民不在のうちに計画が策定され、ひとたび計画が決定されるとその後の社会情勢の変化により事業の必要性の低下が指摘されても強行されてきた。特にバブル崩壊後は、景気対策の名のもとに国債など借金に頼った公共事業が行われてきた。また、景気対策のための公共事業推進政策が、事業予算の消化を最優先するあまり、環境軽視の風潮をあおってしまっている。さらに、肥大化した公共事業は、これに依存しないと生きられない地域経済の体質を作りだし、地域経済は公共事業と共に沈没する危険性さえもつに至っっている。
 これまで公共事業といえば、当然に公共性を持つものと考えられてきた。ところが、現実の公共事業を検討していくと、公共性とは何かという疑問を感じずにはいられなくなってきている。国道43号線公害訴訟における最高裁判決は、道路の公共性は認めながらも、騒音など生活妨害に対する損害の賠償を命じている。
 このように、公共性がすべてに優先される時代は終わりつつあり、公共性そのものの中身を捉え直す事が必要な時期にきている。また、公共事業の計画策定手続きにおける情報公開や市民の意見を反映させる透明性を持った民主的手続きなど、手続き的な面からも公共事業の計画手続きの改革を行うべき時期にきているのではないだろうか。今や、公共事業は、環境保全と真の豊かさの実現に向けて、そのあり方の抜本的な検討が求められている。

第二節 日本の公共事業の特徴

 日本の公共事業の特徴として、以下の三点の事が挙げられる。
 まず1つは、日本の公共事業費が、欧米先進諸国と比べて著しく大きいという事である。金額を見ても、国民経済に占める割合を見ても、日本の公共事業費は巨大であり、投資総額は、国、地方自治体を合わせて年間50兆円にも上っている。とりわけ、わが国の公共投資は、経済不況時に景気対策として増大してきたことが特徴であり、建設投資の中に占める公共投資の割合は、バブル経済崩壊後急激に増加した。対GDP比の国際比較で見ても、欧米諸国の2倍〜4倍にも上っており、わが国の公共投資の巨大さは際だっている。

 2つめは、下水道や公園などの生活基盤整備に比べて、道路や港湾、空港などの産業基盤整備が重点的に進められてきたことである。高速道路や幹線道路などの整備は、すでに欧米諸国とほぼ同水準に到達しているが、下水道などの生活基盤整備は、大きく立ち後れている状態である。ちなみに、下水道普及率は、欧米諸国では概ね90%以上であるが、わが国ではやっと50%を超えたところであり、こうしたことから、長年にわたって巨額の投資が行われてきたにもかかわらず、国民が豊かさを実感するものとなっていない。

 3つめは、公共投資は財政法によって建設国債の発行が容認されてきたため、多くの公共事業が借金によって行われてきたということである。とりわけバブル経済の崩壊後、借金による公共事業は増大し、建設国債は1990年には年間6兆円の発行であったが、バブル経済崩壊後の1995年には16兆円にも上っている。このことは、地方自治体においても同様であり、地方債による公共事業は、バブル経済崩壊後地方自治体単独で行う公共事業の約40%にも上っている。

第三節 公共事業の問題点

 第一に、大規模公共事業による自然破壊である。大型プロジェクト優先の公共事業が進められてきたため、必然的に大規模な自然破壊や公害の発生など、極めて深刻な環境破壊が引き起こされてしまった。また、長年にわたって大規模な公共事業が続けられてきたため、公共事業はだんだんいままで手がつけられてこなかった山間部や海浜部に入り込み、一層の自然破壊を引き起している。干拓、埋立や港湾整備などによって、わが国の自然海浜は急速に減少し、ここ30年間で干潟の約40%も失われてしまった。これら以外にも、ダム、空港、道路、工場用地造成、農道、大規模林道など、公共事業による環境破壊の例は、全国至るところに存在している。いまや、公共事業は、環境保全の最大の脅威となっているのである。

 第二には、公共事業に基づく中央と地方の財政危機である。現在国から地方自治体まで深刻な財政危機に直面しているが、その最大の原因となっているのが、不況対策、景気対策として行われてきた公共投資である。日本の財政法は憲法第9条の戦争行為の禁止を財政上担保するために、赤字国債の発行と公債の日銀引受を禁止している。しかし、建設国債の発行は認め、また地方債については総務省と府県の許可が要るものの、公共事業については優先的に認められ、元利償還の一部については交付税で補填されている。このため公共事業の拡大は、国と地方を通ずる公債の累積を生むこととなった。これに加えて財政投融計画からの借り入れがある。この利子がまた赤字公債発行の原因になるのであって、財政危機の主因は公共事業にあるといってよい。

 第三には、公共事業による膨大なムダの発生である。これは需要の過大見積りや、長い建設期間に生じた需要の変化に対応することなく事業が行われてきた結果であり、造成された用地のほとんどが利用の目途もたたないまま原野として放置されてたり、利用されることのない農道や釣堀としてしか利用されていない港湾設備など、全国至るところにこのような事例が存在している。

 これらの問題が発生する原因としては、以下の点が挙げられる。
 一、民主性、透明性の欠如
 公共事業の多くは、全国総合開発計画や各分野の長期整備計画などに基づいて行われているが、こうした基本計画は、行政内部の判断だけで決定され、基本計画の中からどれを優先するかについても、議会の議決手続さえ必要とされていない。ましてや、市民には何らの参加手続も保障されず、基本計画の内容や財政計画、環境への影響に関わる情報公開もなされていない。このことは、個別事業計画の実施決定手続においても同様であり、住民意見を反映させる手続は存在せず、個別事業の内容などの情報公開は不十分である。
 さらに、毎年公共事業に多額の税金が投入されているにもかかわらず、予算審議の対象となる予算書には、個々の公共事業にどれだけの予算が配分されたかという具体的な金額は記載されておらず、財政面からも個別公共事業の妥当性の審議はできにくい形になっている。こうした公共事業にかかる決定手続の民主性、透明性の欠如は、国民主権、財政民主主義の原則からみて、極めて重大な問題である。

 二、事業の科学的な評価システムの不徹底
 個別公共事業の実施決定にあたっては、合理性を確保するために、事業の必要性、費用対効果、財政計画、技術的可能性などを科学的に調査、予測、評価することが不可欠である。ところが、現状は、こうした項目に関して十分な科学的な調査、予測、評価が行われず、むしろ地域振興や地域活性化などを名目にして、安易に事業決定が行われてきたのが実態である。

 三、環境保全システムの不徹底
 環境保全に関しても環境基本法の制定に続いて、1997年環境影響評価法が制定され、各地方公共団体においても、環境影響評価条例が順次制定されてきている。過去の閣議決定や要綱による環境影響評価手続においては、住民参加手続は極めて不十分であった。今回の環境影響評価法では、いくらか改善が図られたものの、政策や基本計画を対象にした環境影響評価手続は先送りにされ、住民参加手続も不十分なままとなっている。また、専門家などの独立・中立の第三者機関による環境面からの審査手続も未確立である。

 四、市民の争訟手続の欠如
 本来ならば、行政の最終チェック機関であるべき司法も、開発・事業法における環境配慮規定の不備や行政に追随した司法消極主義によって、公共事業に対する十分なチェック機能を果たしてこなかった。

 五、法制度の不備
 土地改良法を含む公共事業関連の法律は、もともと中止を想定しない事業推進一辺倒の法律であり、いったんはじめたら環境問題その他すべてを無視してでも完工にこぎつける制度になっている。

 こうしたなかで、公共事業は、いまや国民の期待とはかけ離れた存在となりつつある。今後に向けて、公共事業のあり方を抜本的に検討することは、環境保全の徹底、真に豊かな国民生活の実現はもとより、国民主権の要請からも重大な課題となっている。