第四章 戦略的環境アセスメント(SEA)
第一節 戦略的環境アセスメントとは
戦略的環境アセスメント(Strategic Environmental Assessment)とは、個別の事業実施に先立つ「戦略的(Strategic)な意思決定段階」、すなわち、政策(Policy)、計画(Plan)、プログラム(Program)の「3つのP」を対象とする環境アセスメントであり、意思決定のできる限り早い、適切な段階で、経済的・社会的な配慮と同等に、環境の配慮が十分に行われ、その結果適切な対策がとられることを確実にすることが目的とされているものである。 環境省などで制度化を検討しているほか、東京都、川崎市などでは、その概念を含んだ条例等をすでに制定している。
戦略的環境アセスメントの必要性が認識されるようになったのは、事業アセスメントの限界が指摘されるようになった1990年代であった。1992年に開催された国際開発環境会議(UNCED)では、開発事業によって環境破壊を拡大させてきた経験から「持続可能な発展」という概念が合意された。その実現のためには、事業段階以前の意思決定の結果を評価し、それに応じて対策を講ずるための体系的プロセスとしてのSEAが必要であるという認識が広まった。
第二節 戦略的環境アセスメント(SEA)の特徴
SEAの意義
1.社会の持続可能な発展を達成するために、環境をに影響を与えると考えられるあらゆる性製作や計画等の策定・実施に当たって環境への配慮を意思決定に統合するためのツールとしての意義
2.事業段階での環境アセスメントでは以下ような限界があるので、それを補完するためのツールとしての意義
・開発事業の立案に際しては、政策や上位の計画において、すでに事業の枠組みが決定されているために、環境アセスメントを事業の実施段階で行ったのでは、意思決定の段階として遅すぎ、また検討の幅が限られてしまうため、有効な案の検討が行えない
・個々の事業を対象とする環境アセスメントでは、規模が小さい事業の場合には、全体として大きな負荷をもたらす場合であっても事業の実施段階での環境アセスメントの対象としてなじまないため、個々の事業の累積的な影響を検討する事が困難である
・複数の事業者が一定の地域において集中的に事業を行う事を計画している場合に、事業の実施段階での環境アセスメントでは個々の事業ごとに評価が行われるためにそれらの事業の複合的・相乗的影響やそれら事業が一体となって形成される地域環境の全体像を検討することには限界がある戦略的環境アセスメントを実施する際の手順
(1)目的・目標の設定
政策や計画には、当然のことながら達成すべき目的(複数のこともある。)が設定されるが、政策や計画では、事業に比べてその熟度が低いことから各方面との調整を経る過程でその内容も柔軟に変更され得るものである。このため、政策や計画の立案・代替案等の設定の際には、その政策や計画が当初の目的に沿ったものであるかを検証したり、目的を効果的に達成するためにも、まず、目的が明確になっていることが必要である。
また、目標を設定することは、単に方向性を指し示すだけではなく、具体的な行動を引き起こす効果がより期待できること、また、策定された政策や計画の効果のレビュ−やモニタリングも容易になるため、より望ましいものである。
(2)代替案の設定
戦略的環境アセスメントでは、多くの事例で、代替案が設定され、その比較を行うことにより、どの案が最良の選択肢であるかが明らかにされている。代替案としては、以下のようなものが見られる。
・「何もしない案」
・需要と供給の調整を図るため、供給を増加させるのではなく、需要を減少させる案(例:電源開発に対し、省エネを進めること)
・立地の代替案
・技術的な代替案 (例:燃料の転換、廃棄物処理方法)
・ソフト面の代替案(例:道路料金の徴収と渋滞への課金)
なお、検討される代替案は、制約要因を満たし、採用され得る範囲内で示される必要がある。代替案は専門家の議論によって設定されることが多く、代替案相互の比較に当たっては、費用便益分析等の手法を用いている事例も見られる。また、代替案が非常に広範に設定し得る場合には、最も深刻な影響の生ずる極端な代替案をまず検討するという手法も用いられている。
(3)政策・計画の内容の説明
「政策・計画の内容の説明」とは、政策・計画が実際にどのような影響力や効果があり、当該政策・計画が策定されることによって、どのような変化が生じるのかを説明することであり、以下のような形で示されることが一般的である。
・政策・計画によって誘発される開発の予測
・対策のリスト
・線的な開発については、そのルートの地図
・将来の開発区域(例えば、土地利用計画上の将来の都市開発区域)を示した地図
このことは環境面からの評価を行うためには当然必要となるものであるが、政策や計画、特に抽象性の高い『政策』は、その影響力や効果を具体的に説明することが困難なことが多く、戦略的環境アセスメントの最も難しい段階とも言える。このため、一部の事例では、当該政策・計画を、分野(地域開発計画であれば、交通、レクリエーション等の分野)や段階(新しい技術の開発段階と実用化段階等)に分けて説明する等の工夫が見られる。
(4)スコ−ピング
スコ−ピングとは、当該政策・計画の決定に当たって考慮すべき重要な環境項目は何か、そして当該項目をどのように評価するのかを明らかにすることである。スコ−ピングは、戦略的環境アセスメントが実行可能かつ有効に機能するために、最も重要な段階であると言えよう。
政策・計画は多様かつ大きな影響を広範な地域に及ぼすとともに、その策定に当たっては広範な代替案を検討し得るために、影響を受ける可能性のある環境項目も多岐に渡ることになるが、例えば事業の実施段階で環境への配慮を行うことによって負荷を低減することができる項目も多数あり、政策や計画を決定する段階でその決定に影響を与えるほど重要な環境項目はそれ程多くはない。スコ−ピングの手法としては、チェックリストの使用、文献調査、公衆との協議、専門家による判断などが多く用いられている。
(5)環境指標の設定
環境指標は、例えば、窒素酸化物についての指標であれば、その「大気中の濃度」や「排出量」などのように、スコーピングで選定された環境項目に関し、ベ−スラインとなる環境の状況や政策や計画によってもたらされる影響を説明することに用いられるほか、政策・計画の実施状況をモニタ−することに用いられるものである。
指標には、一般的に、@「環境の状況に関する指標」(例:窒素酸化物の大気中濃度)、A環境に対する人為的活動を示す「影響−圧力に関する指標」(例:窒素酸化物排出量)、B様々な主体が行う行動の程度を示す「行動指標」(例:触媒が改良された自動車の割合)の3種類がある。このうち、「行動指標」は、政策・計画の一部として用いられるものであり、戦略的環境アセスメントの予測・評価では、「環境の状況に関する指標」と、「影響−圧力に関する指標」が用いられている。
(6)ベ−スラインとなる環境の把握
ベ−スラインとなる環境の把握とは、スコーピング手続で選択された環境項目について、環境指標を用いて現在の環境の状況を認識したり、政策・計画がなかったとした場合に想定される将来の状況を必要に応じて認識することである。
ベ−スラインとなる環境の状況を把握することによって、政策や計画の実施により環境基準等を超え、問題が生ずるおそれのある環境項目や、問題が生じそうな地域が明らかになる。環境保全上懸念される問題を回避・低減を図ることができるため、この段階は、戦略的環境アセスメントを実効あるものとする上で非常に重要である。
(7)影響の予測
スコーピングで選出された環境項目について、政策・計画がベースラインとなる環境に与える影響の予測が行われる。戦略的環境アセスメントでは、事業アセスでは評価を行うことが困難な、累積的な影響を評価することができる点に特徴がある。
政策・計画による環境影響の予測は、事業アセスほど詳細に行うことや定量的に予測結果を示すことは困難であるが、多くの場合は将来の影響がどのようなもので、どの程度であるかの示唆を与える程度でも十分に活用できるものである。
(8)影響の評価及び代替案の比較
影響の評価とは、いわば客観的な影響の予測結果と、影響を受ける「環境の影響の受け易さ」に基づいて、それらの影響が著しいものであるか否かという評価を行うことである。「環境の影響を受け易い」地域は、野生生物の生息地や景観、文化財等の観点から指定されていることが多い。また、人口の密集度が高いほど、交通や騒音などの生活環境に係る影響の受け易さは大きくなる。
影響の著しさは、規制基準やガイドライン、持続可能性や環境容量、衡平性さらには公衆の意見によって決定される。
政策・計画を、経済、社会、環境面から評価する最も効果的な方法は、代替案との比較を行うことである。また、環境上好ましい代替案の判断に当たっては、各項目に重み付けを行って足し合わせる重み付け手法や専門家の判断による手法などが用いられている。
(9)緩和措置(ミティゲ−ション)の検討
緩和措置は、政策・計画の環境への影響を回避、低減し、修復し、代償するための措置である。戦略的環境アセスメントでは、事業アセスに比べてより早い時点で影響を避けるための措置を検討することができるため、より広範な緩和措置を検討することができる。政策・計画レベルでの緩和措置は、より積極的で、多様なものとなる。例えば、開発計画に対する戦略的環境アセスメントでは、影響を受けやすい地域を計画の作成段階で避けるという事例は、数多くの事例で見られる。また、自然保全地域やレクリエーション地域を新たに設定する積極的な取組や政策・計画の実施を管理する管理計画を策定したり、下位の政策・計画に対して制約を課したり、枠組みを与える事例も見られる。
(10)モニタリング
モニタリングを実施することにより、環境への悪影響を緩和するための追加的な措置を講じることが必要か否かが明らかになり、緩和措置の遵守を促すことにもなる。このほか、同様のアセスメントを将来実施する際に影響の予測へのフィ−ドバックを与えることにもなる。このため、事業アセスと同様にモニタリングは重要である公衆や専門家の関与
SEAでは、公衆や専門家の関与が必要とさてている。 環境面からの情報は、国、地方公共団体のほか、当該地域の住民をはじめ、環境保全に関する調査研究を行っている専門家等によって広範に保有されている。このため、計画等の策定に当たって、十分な環境情報を収集し、環境への配慮を適切に行うためには、公衆や専門家の広範な関与が必要である。特に、地域の環境の状況に関する情報は、当該地域の専門家や公衆によって広範に保有されている事から、開発事業の立地に枠組みを与える計画等の策定に当たっては、公衆や専門家の広範な関与は必須のものとなる。
現在用いられている、環境影響評価法に基づく環境アセスメント制度(法アセス)と比較すると、表のような相違がみられる。
法アセスとSEAの相違点
法アセス 戦略的環境アセス 対象個別の即地的事業(計画)。事業種類、事業規模、事業主体によって限定される。 一般的・基本的政策、計画、プログラムの策定行為。複数の事業、累積的影響の発生の可能性にも対応。 実施時期計画立案後 計画段階の早い時期 評価環境面を評価 環境面だけでなく、経済、社会面も総合的に評価 代替案― 複数の代替案を要求
第三節 国際的動向
米国は既に1969年に導入。その他の先進国では1990年前後から急速にSEAの導入 が進んでいる。EUの共通制度化が本年中に図られる予定であり、主要先進国では数年以内に導入が図られることになる。
諸外国におけるSEAの導入状況
世界で初めての環境アセスメント制度であるアメリカの国家環境政策法(1969)は、政策、計画、プログラムを含むあらゆる連邦政府の決定に対して事前に環境への影響を評価することを義務付けるものであり、事業の実施段階での環境アセスメントのほか、資源開発や水資源開発等のプログラムに対するアセスメントが行われている。
我が国を含むその他の先進諸国では、事業の実施段階での環境アセスメントの導入がまず図られたが、その後、1990年前後からSEAの導入が急速に進んでいる。1987年にはオランダで事業アセスと併せて一部の計画・プログラムに対する環境アセスメントが導入され、1990年にはカナダにおいて、連邦政府機関が政策や計画を閣議に提案する場合には、その環境影響を評価した文書を添付することが閣議決定により義務付けられている。その他の国でも、1992年の地球サミットの開催を契機に制度の導入が急速に進んでいる。
欧州共同体(EU)では、1996年に提案された「一定の計画及びプログラムの環境に及ぼす影響の評価に関する欧州議会及び欧州理事会の指令(SEA指令)」が、2000年3月の欧州理事会(EU加盟各国の代表から構成)で採択されており、EUのSEA指令は、今後、欧州議会の審議を経て成立する見込みである。同指令が成立すると、EU加盟各国は、数年以内に、計画及びプログラムを対象とするSEA制度を整備することを義務付けられるため、ほとんどの先進国では、SEAの導入が図られることとなる。
諸外国におけるSEAの導入状況
1969 「国家環境政策法」制定(アメリカ)
87 「環境管理法」改正により環境影響評価制度導入(オランダ)
90 「政策及び計画案の環境評価手続に関する指令」発出(カナダ)
91 「政策評価と環境」発行(イギリス)
93 「自然保護法」改正(フランス)
93 「法案その他の政府提案への意見に関する行政指令」制定(デンマーク)
94 「持続可能な発展に向けた環境計画に関する命令」(ベルギー)
94 「環境影響評価手続法」制定(フィンランド)
95 「環境テスト」決定(オランダ)
95 「政府文書作成に関する政令」制定(ノルウェー)
96 「一定の計画及びプログラムの環境に及ぼす影響の評価に関する欧州
96 議会及び 欧州理事会の指令」提案(EU)
96 「計画・建築法」改正(スウェーデン)
第四節 わが国における動向
国レベルでは、環境庁が戦略的環境アセスメント(SEA)の考え方に関心を示しており、研究会を開催し、国内外の取り組みについて検討を行なっているが、この分野では自治体レベルに積極的な取り組みがみられる。近年の自治体による環境アセスの動向は、SEAの考え方に沿ったものとなりつつある。特に、事業計画の策定段階から審査、環境配慮を行うこと等を盛り込むようになってきている事例が多い。
東京都の「総合環境アセスメント」制度は2000年度から本格的に導入されている。「総合環境アセスメント」制度では、事業者側が事前に複数の開発計画案を作成することになっており、審査会は学識経験者のほか、公募で選ばれた都民で構成され、事業の計画段階から住民が参加すること等がポイントである。
三重県でも同様に計画策定段階からの環境配慮を組み込んだ「環境調整システム」の運用を1998年から始めた。この制度は、大気汚染等の典型7公害、生活環境、快適環境、自然環境、地球環境、歴史的・文化的遺産、良好な景観というように、かなり広い内容を含んだものとなっている。
このほかの自治体でも先進的な取り組みが進んでいる
自治体における環境アセスメント制度の事例
自治体名 名 称 ポイント 東京都総合アセスメント制度 計画段階での評価。複数の計画案の提示、計画段階からの住民参加等。 三重県三重県環境調整システム 計画策定段階からの環境配慮。歴史的・文化的遺産、アメニティ、景観等へ評価対象を拡大している。 川崎市川崎市環境基本条例に基づく環境調査 政策・計画の早期段階からの環境配慮。開発事業だけでなく、行政計画、指針・方針等の作成も対象。 神戸市神戸市環境影響評価等に関する条例 事前配慮指針を組み込み、事業の構想・立案段階からの配慮を要請。 千葉市千葉市環境基本計画 主要開発事業別に配慮事項を定め、事前配慮を要請。 京都市京都市事前配慮指針 事前配慮事項を定めている。