第五章 政策提言
大規模な公共事業によって多くの自然が失われ、環境に多大な影響を及ぼしてきた。このような惨事を二度と起こしてはならない。幸いな事に、多くの環境団体や住民の方々の努力によって、事業が中止になる事例も増えてきている。三番瀬もこの事例のうちの一つである。しかしながら、未だ計画が進行し続けている事例もまだ全国には数多く残っている。まずはこれら建設段階・計画段階にある公共事業の見直しを行っていくべきであろう。ただし、事業者自らが事業の必要性や合理性のついて再評価するというやり方では、お手盛りの評価がなされる可能性が高く、実効的な事業見直しはあまり期待できない。きちんとした評価をおこなうためにも、見直しの結果や審議の公表を行うこと、住民の意見を反映させるための制度的保障や住民からの意見聴取・公聴会など住民が参加する機会を設けることが不可欠である。 また、一律の見直し基準を設定することも必要である。アメリカでは一定の期間内に着工されないなど、一定基準に該当する事業は一律に中止される、サンセットシステムを採用している。日本でもこれを見直し基準に適用し、すべての事業を対象として一定期間の経過を要件とし、一律に見直しの対象とする事が恣意的な見直しを許さないためも必要ではないだろうか。 今後、適切な評価のもとで、事業の見直しが行われる事例が全国各地で増えてくれることを期待したい。
公共事業自体についても、これまでの環境を破壊する事業のあり方を改め、環境や生態系の再生を目的とした事業へと方向転換していくべきである。 海外ではすでに環境再生の取り組みが行われている。例えば、ドイツのある町では、川を曲線形の美しい川に改修し、水生植物を植えるという事業を行った結果、川マスが泳ぐような川になったという。また、同時に住民が憩う広場をつくり、川に住む多様な生物を市民が楽しめるように、川の環境を整備しているそうである。このように、この町では住民にとって、地域にとって、あるべき川づくり、地域に調和した環境づくりに励んでいるのである。
三番瀬の事例でみたように、日本でも環境や生態系の再生を目的とした事業が行われようとしている。三番瀬ではまだまだ再生に向けた議論の最中であるが、公共事業の新しい流れというものが確実に生まれつつある。また、行政側の意識も変わりつつあるように思う。というのも、最近になって、自然再生推進法というものが施行されたからである。これは、過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻すことを目的としたのであり、地域の多様な主体の参加により、河川、湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林、サンゴ礁などの自然環境を保全、再生、創出、又は維持管理することを求めている法律である。国や地方公共団体の計画によるのではなく、地域の多様な主体の発意により、国や地方公共団体も参画して自然を取り戻すための事業がようやく日本でも始まろうとしている。この法律が積極的に活用され自然再生につながっていく事を期待したい。この研究を通じて感じた事、それは公共事業を行うにあたって、もちろんアセスメントを行うにあたっても、最も重視しなければならないことは住民の声であるということだ。これまでの事業は、行政側から一方的に与えられるのみで、あまりにそれを無視しすぎてきたように思う。だからこそ、現在至るところで行政と住民の対立が起こっているのではないだろうか。今後は、情報を隠すことなくすべて開示し、住民が意見を主張できる機会を確保することはもちろんのこと、計画づくりから住民が参加できるようにする事が必要なのではないだろうか。 三番瀬では現在「円卓会議」というものが開かれ、干潟の再生に向けた議論が行われている。この会議には、住民の代表をはじめ、環境NGOや漁師の方など三番瀬にゆかりのある多くの方が参加し、計画づくりに携わっている。このやり方は、結論が出るまで時間がかかるかもしれない。しかし、素晴らしい自然を未来に残していくためにはそれも仕方の無いことである。 円卓会議のような制度が、これからの公共事業に取り入れられることで、無駄な事業が行われることはないだろうし、環境を破壊するような事業もなくなるに違いない。