早稲田大学 上沼ゼミ 五木田拓美

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theme:地域活性化と地方の鉄道
case study:日本各地の特色あるローカル鉄道の比較研究

研究動機:

鉄道に興味のある僕は、前から地方のローカル線の経営状況の苦しい事情に、歯がゆい思いを感じていた。
一方、今日本では地方分権が叫ばれていて、地域住民の自主的な地域づくりの動きも、活発になりつつある。
それを思い、鉄道も地域づくりに生かすことができるのではないかと思った。
以下の研究では、このかつての旧国鉄の赤字路線の生まれ変わりである第三セクター鉄道(以下三セク)を中心に取り上げたい。
地方の私鉄の場合は少なからず、利益が優先され得るのに対し、三セクの場合は、地元の自治体も出資しているので、少なからず地域の利益を優先した経営を行っているであろうと思ったからである。

しかし、三重県の三岐鉄道のように画期的な例に関しては私鉄でも取り上げた。


  
章立て
第一章 歴史
第二章 各地域の三セクの施策の比較
第三章すでに廃止された路線の現状
第四章 まとめ

第一章 歴史

かつて鉄道は、都市・地方問わず地域の足として欠かせないものだった。
しかし、都市では通勤・通学者の増加によって、ますます鉄道の重要性が高まってきたのに対して、地方では、自家用車の普及によって利用客が減少。各地で路線の廃止が相次いだ。
そのような中、地元住民の廃止反対運動も実を結んで、第三セクターという形で生き残った路線もあった。
これらの路線の中には地域に密着した運営を行い、一定の成果をあげた例もあるが、ほとんどの路線は、更なる乗降客の減少に、歯止めがかかっていないのが現状である。国が経営の苦しい鉄道会社に対する補助政策もほとんど実を結んでいないのが現状である。

第二章 各地域の三セクの施策の比較


私は全国の三セクのうち特徴あるものを厳選した。
  1. 三陸鉄道(岩手県):日本で最初の三セク
  2. 三岐鉄道北勢線(三重県):大手私鉄から地元の私鉄へ譲渡した数少ない例
  3. 錦川鉄道(山口県):地道な経営努力を続けている例

1.三陸鉄道

a・歴史

リアス式海岸で有名である三陸地域は山と海に囲まれている。このような地形のため、明治時代から交通の便が非常に悪く、三陸海岸を縦断する鉄道網の建設が待ち望まれていた。
しかし、昭和になってようやく建設が開始されたが、国鉄の経営悪化や採算性の有無が懸念されたため、中断された。
そのため部分開業まではこぎつけたが、全線開業までにはいたら至らなかった。これでは充分な集客は望めず、その結果赤字となり国鉄の廃止対象路線に指定された。
しかし、地元住民は存続と全線開通のために請願活動。
それが実り三陸鉄道が設立され全線開通へ向けて、工事が再開された。
そして、1983年に国鉄から路線を譲渡され、新規開業部分を含めて再スタートすることになった。これが三セク鉄道の始まりである。

b・開業から現在に至るまでの経緯と集客増のための様様な施策

開業当初は盛況だったが、三陸地域も過疎化や経済の衰退、自家用車の普及により、それ以降は減少する一方に。そのために以下の施策が行われた。
  1. レトロ車両、お座敷車両の導入
  2. 仙台と八戸との直通列車(三陸海岸を縦断するリアスシーライナー)の運転
  3. 団体利用者等に対する運賃50%オフ制度の導入
  4. 観光利用の多い列車では景観の良いポイントでの徐行や一旦停止の実施

2.三岐鉄道・北勢線

T:譲渡までの経緯
この鉄道は三重県の桑名市と県北部のいなべ市を結ぶ路線であるが、他の地方鉄道同様、少子化や自動車利用の増加等で利用客の減少が続いていた。
近鉄の経営悪化により北勢線の赤字補填が困難になり廃止の意向を打ち出した。
これに対し、地元自治体は存続か否かを検討する勉強会を実施した。同時に北勢線存続のための行政・自治会・PTAなどが一体となった署名・要望書活動を実施した。また、利用促進協議会を設置するなどの存続運動を展開した。
その結果、下記の理由により存続を決定した。
  1. 利用客の八割が定期客であること
  2. 半数近くが通学利用
  3. 高齢者福祉の観点からも必要不可欠
しかし、近鉄は廃止届けを国交省に提出。
廃止期限からして時間的に三セク化は無理と判断した地元自治体は、三岐鉄道や三重県に支援要請を行った。
その結果、三重県からの支援決定。
三岐鉄道は延命存続ではなく、リニューアルして運行することを決断⇒近鉄から三岐鉄道への北勢線譲渡決定!
U:北勢線活性化基本計画
@基本計画とは:
  1. リニューアル・鉄道を活かした町づくり・利用推進施策等、10年間の目標についての指示・具体化・実施計画作成のための指針
  2. ワークショップや利用者からのアンケートで寄せられた意見も集約して作成
  3. 明確な数値目標を設定

A基本的な考え方:

  1. 地域活性化・福祉・環境の点において鉄道を公共的施設として位置づける。
  2. そのため、地元自治体による公的資金投入⇒鉄道用地保有
  3. 鉄道事業者・住民・自治体の三位一体による協働体制
B活性化へ向けての方向性(まず鉄道の存続⇒それから活性化へ、二つの目標実現のための具体策の検討)
  1. 「鉄道を良くすること」:安心
  2. 「地域を良くすること」:住みたい・行きたい
目標の一体化
  1. 目指すべき姿を明確にし共有化
  2. 協働体制で推進
C計画実現の方法
  1. 実施計画の作成・公的資金の透明性の確保
  2. 計画推進のために運営について協議する組織・システムの構築(運営協議会・運営会議・活性化協働会議)
  3. 住民の意識改革、地域団体との連携
D基本計画書から見てわかること
  • 存続させるだけではその場しのぎになりかねない。
  • ⇒活性化するにはどうしたらよいか?
  • 鉄道会社・住民・行政の三者が協働していくことが鉄道活性化につながる。
  • 地域の活性化へ⇒鉄道以外の分野でもいえること。 E具体的な方向性
    リニューアル・まちづくり・利用促進の3つの点から北勢線活性化を実行していく。
    1. リニューアル(施設の改良・スピードアップ・駅舎改築・バリアフリー化・合理化)
    2. 鉄道を生かしたまちづくり(「車でも電車でもアクセスできる利便性」「人や環境にやさしい先進性」「人や地域に根ざした叙情性」といった価値を作り出し、これらをどう地域ごとに役割分担し特徴付けていくか、どう周知していくかが重要、利便性、コミュニティバスの運行パークアンドライド推進のための駐車場設置、商業施設など住民ニーズの高い施設の駅への集約、人や環境にやさしい先進性、自然エネルギーによる鉄道用電力確保、福祉対策の充実、人や地域に根ざした叙情性、自然・歴史・産業等、地域に根ざした叙情豊かな付加価値により外来者の増加をはかる。それと同時に住民自身によって地域の価値を高めていく。
    3. 利用促進(住民による北勢線サポート体制の確立・地域住民と鉄道とのふれあいの機会作り、楽しく快適な乗り物にする・拠点となる駅の整備、企業との連携・自家用車の相乗り調整、自治会によるコミュニティーバス運行
    F譲渡後の施策:平成15年度北勢線施設整備事業
    1. 駅設備:冷暖房完備の待合室を新設、自動券売機、定期発売機を設置、駅前に無料駐車場(72台)駐輪場(36台)整備、農産物等加工販売施設の併設
    2. 線路・車両の改修
    3. 列車本数増加・始発繰上げ、終電繰り下げ
    4. 利用客の少ない駅の廃止
    G去年の営業成績
    旅客収入は増加⇒ただし、これは近鉄から譲渡を受けた三岐鉄道の運賃率が高いことによるもの
    定期客は激減⇒結果的に運賃が上昇したことによる交通手段の変更が原因
    結果、輸送人員の目標値に対して16%下回る。旅客収入も19%下回る
    活性化協働会議の動き
    北勢線の活性化のために設置され、地元検討会・民間団体・業界団体の代表者で構成され、意見・情報交換などが行われる。
    1. 通学客増加施策に対する意見(通学路整備・交通機関の選択肢を増やせる定期券・列車本数増加)
    2. 通勤客増加(新型車両導入による高速化・パークアンドライド・早朝巡回バス・ノーカーデー)
    3. 一般客対策:PR方法の検討(年配人向けの観光コース設定・小学校の遠足・トロッコ車両運行)
    H評価・今後の展望
    鉄道・自治体・市民の三者協働をうたう基本計画書が全国的に見ても画期的なものである。
    だが、現実を見るとまだ譲渡されてから2年目ということもあってリニューアルは進んでいるが、「まちづくり」「利用促進」に関しては、まだ協働会議で意見交換がなされているような段階である。
    利用客の現象を見ていても、理想と現実のギャップをまざまざと感じさせる。
    しかし、15年という長期的計画のため目先の成果よりも、長期的視点で見ていかなければならないだろう。
    もし、この方法が成功すれば、同じ問題を抱える地域への影響は計り知れないだろう。
    とにかく、結論を急がず様子見といったところであろう。

    4.錦川鉄道

    1.問題点:岩国から錦川の上流、錦町までを結ぶ路線、昭和62年JRから第三セクターに転換
    開業直後年間約58万人の旅客が2001年に45万人減少(25%減)⇒周辺人口は15%減⇒利用者減のペースがはるかに大きい。
    当初見込んでいた観光利用客も減少、転換交付金(三セク化の際に国から交付される)を基に作った頼みの基金も低金利で取り崩し。
    車両更新も一両あたり1億から5000万⇒基金取り崩しで対応した場合、2010年に基金枯渇

    2.存続のための取り組み:一人に社員が何役も勤める兼掌業務化⇒売店、町営バスの委託、旅行業、保険代理店など⇒人件費削減に効果大
    成果:開業二年目の経費・2億1000万⇒2001年・1億4000万まで削減
    副業としての重要性増す⇒全事業収入の37%を占める。沿線住民との接点を増やす効果も
    地元の温泉地との連携で遊覧車の運行や錦川を利用するカヌー愛好家を対象にしたカヌー持込列車を運行
    地元商店街の協力による「町ぐるみ博物館」など沿線住民も存続運動に参加。
    今後は地元の人々が自分たちの鉄道という意識をどう高め継承していくかが問われる。

    第三章:廃止された鉄道の事例

    1.可部線廃止の流れ
    1. 98年 4月  JRが可部―三段峡間(46・2キロ)の廃止検討を表明
    2. ◆9月 JRが沿線市町村に廃止検討を申し入れ
    3. ◆2000年4月 沿線自治体でつくるJR可部線対策協議会と県知事が国や県選出国会議員に存続要望
    4. 11月 JRが利用状況を見極める104日間の試験増便を開始
    5. 01年 2月 試験増便終了。1日1キロ当たりの平均輸送密度が目標の800人に達せず、759人に終わる。
    6. 4月 1年間の試験増便を再開
        02年3月 試験増便終了。輸送密度は487人にとどまる
      1. ◆4月 可部線対策協が国に存廃の判断保留への指導を要望
      2. ◆5月 JRが国に廃止方針を報告◆6月 可部線対策協が県と廃止後の鉄路の存続策を検討する初会合
      3. 03年 8月 可部線代替交通確保調整協が代替バスの運行計画案を提示。JRが沿線5市町村に廃線敷の一括無償譲渡へ
      4. 2003年11月廃止!
      2.両者の主張
      a:JR側の主張
      1. 大量輸送の役目が終わったとして廃止を決定。
      2. 観光輸送は検討せず⇒車利用主流だから
      3. 一日に五百人程度⇒廃止基準は4千人未満
      4. 広島の中心地に近い横川・可部間は利用客が多いため存続
      住民側の主張
      1. 可部線は一つの路線、部分廃止はおかしい
      2. 列車本数増加、接続改善、スピードアップなど改善策を取ってこなかったことが原因
      3. 廃止計画発表後、住民主導で勉強会や対象区間をデモ行進
      4. 観光輸送に転換⇒イベント列車運行や観光シーズン中の増発
      5. 名勝「三段峡」・紅葉・ダム・温泉など資源は豊富、観光イベントも効果的
      3.存続へ向けての模索
      a:試験増便(一回目)
      1. 一日平均八百人を基準に2000年11月から翌年2月まで三ヶ月間実施
      2. 期間中の住民主体の利用促進運動
      3. 広島市中心など都市との交流を地域活性化につなげる狙い
      4. 温泉整備、棚田ツアー、村民上げての郷土祭り、沿線自治体を超えたリレーコンサート、農業・園芸教室などの催し 結果、利用客(後一歩の759人)
      5. 観光客増加、地域資源の再発見も
      一方で
      1. 肝心の定期客は十人以下と低迷
      2. 利便性向上を求めて増便した列車の利用客も期待はずれ
      3. やはり過疎化による利用客現象は避けられない⇒廃止したら通学利用者が不便に
      4. 観光輸送転換での存続に絞る。 ⇒試験増便再開、長期間での実施を要望
      b:試験増便再開
      1. 観光利用などで利用客が予想よりかは増加したためJR側が更なる見極めが必要であると判断
      2. 長期的視点から一年間実施
      3. 沿線の自治体は前回の試験増便成果を踏まえ中長期的な振興策作成
      4. しかし、過疎にあえぐ自治体にとってそれは消耗戦⇒イベント開催費等対策が財政圧迫する恐れ
      5. そのためJR側の協力も要請
      c:試験増便全体の効果
      1. 夏ごろに団体利用客増加
      2. 地域住民らが主体となって花の駅づくりや、登山道整備とツアー、神楽、青空市、農業塾など地域資源を生かした取り組み⇒地域再生への思い
      3. 都会の子供たちへの農業体験ツアーや自然景観やダムなどの観光資源によって都市と中山間地域との交流も盛んに
      4. 駅前整備・情報発信拠点整備・温泉地などとの交通アクセス改善なども取り組んだ。
      d:JRの決断
      1. しかし、二回目でも定期客は数人程度
      2. 結果、平均利用客は前回を下回る487人に
      3. 実施初期において促進運動が中休み状態だったことも影響?
      4. この結果を踏まえてJRは廃止届けを国交省に提出⇒沿線自治体は代替策を模索へ
      e:三セク化の模索
      1. 地元自治体はどこも財政難で三セクへの負担困難
      2. 補助金・施設無償譲渡なし⇒運営費増
      3. 全国の三セクの多くは赤字(平均4億円)
      4. 試算の結果、年間2億〜4億近くの赤字⇒
      5. 黒字転換までに40年⇒累積150億円
      6. バス転換だと公的負担は年8千万円程度
         結果、三セク化は断念・バス輸送に転換
      4.廃止後の地域活性化の模索
      1. 存続運動でできた交流・地域住民の絆を地域活性化につなげる。
      2. 駅舎など跡地を地域活性化の手段として利用⇒小河内駅 の駅舎と広場を活用した産直市開催の模索・旧駅前のロータリー整備・遊歩道、サイクリングロード・駅跡に車両保存・交流広場・トロッコ列車運行⇒観光振興で地域活性化を 5.廃止過程の考察
        1. 列車本数の少なさが利用客減少を招いているという要望から、JRが試験増便を実施し、効果が本当にあるのかを調査したことは画期的といえよう。
        2. また、試験増便の実施が沿線住民の団結を生み観光や自然といった資源を使った路線の存続の可否にかかわらず都市との交流や地域活性化の可能性を生み出した。
        3. しかし、あくまでも採算性にこだわるJR側との溝は最後まで埋まらず廃止という結果となった。
        4. 鉄道を単なる交通機関だけでなく、まちづくり・地域活性化の観点から鉄道会社・自治体・地域住民が協同で交通のあり方を議論する必要があるのではないか。
           ⇒三岐鉄道の活性化基本計画

          まとめ

          地元住民に求められること:鉄道を残したいという意識をどれだけ持ち、そのために鉄道の利用をどう増やすかを街づくりの観点から考え行動していく必要があるのではないか。
          鉄道運営者側に求められるもの:採算の可否ではなくその路線が地域にとってどれだけ重要なものかを考えて経営していく必要があるのではないか。存続の可否もそれを基準にして考える必要がある。そのための法律制定が必要ではないか。