以上のように、金融面および人材面での支援アプローチがあるが、実際の企業での事業プロセスにおいては金融面での支援が多く望まれる。なぜならば事業活動を行う上で、資金が必要なプロセスの方が多いためである。
資金繰りの不足を補うために、企業は日頃から取引のあるメインバンクから融資を受けているが、金融機関もあくまで「企業の一つ」であり、産業が回復しなければ企業と金融機関が共倒れになってしまう。そこで自国の産業を守る義務のある国や自治体による支援もあるが、税金の投入枠には限界があり、従来のようにただ事業をばら撒くだけでは企業の地力が育たない。そこで公的支援政策には、法律や公的機関によって窓口を作ることで民間の協力を得やすくし「官民による支援環境」を構築するという役割が求められるというのが私の考えである。
【産業クラスターによる中小企業の活性化】
日本の中小企業の地力を育てるためには、大企業依存である旧来の垂直型産業組織構造から脱却し独自の強みを身につけ、自立して事業を行えるようにしていく必要性がある。そのための枠組み作りの一つに「産業クラスター」が挙げられ、政府も産業クラスター構築による地域産業の活性化を目指す政策を打ち出している。
産業クラスターとは、「特定分野における関連企業、専門性の高い供給業者、サービス提供者、関連業界に属する企業、関連機関(大学、規格団体、業界団体など)が地理的に集中し、競争しつつ同時に協力している状態」を指す。つまり日本旧来の垂直型産業組織(ピラミッド型)の上意下達方式とは違い、各機関が一つの産業を中心に連携をとる産業組織の形である。つまり連携協力が成功すれば、中小企業が独自に事業を展開する事も可能となる。
【産業クラスターの海外事例と、その変遷】
◆プラート(イタリア、トスカーナ地区)
イタリアに発達した毛織物産業の集積地であり、伝統工芸の工房が集積し下請から独立して、一大産業拠点となったのが成り立ちである。この集積地をただの生産現場であるにとどまらず、企画・販売・インキュベータといった機能をも有し、企業のイノベーションを促してきたため、イタリアの産業成長に大きな役割を果たした。これは、一般に集積の外にある企業(糸メーカー、商社、問屋、アパレル等)が企画・販売のイニシアチブを握っている日本の垂直型産業構造とは異なるものであり、今でも集積が求心力を持ち続ける要因となっている。
◆シリコンバレー(アメリカ、カリフォルニア州)
スタンフォード大学を中心とした元大学研究者たちがこの地方にベンチャー進出し、やがてベンチャーや研究室間の研究開発網が発達し、ハイテク産業の一大拠点まで成長した例がシリコンバレーである。大学の創設者が広大な大学所有地を長期間ベンチャーにリースするという形で多くの研究企業を呼び込み、大学と企業の間の協力体制が構築されていった背景がある。これも垂直型産業組織とは違い、産業を中心に企業と研究機関が連携をとっている。
これらの産業クラスターが成立する背景には歴史と文化の影響が大きく関わっており、一朝一夕に成り立ったわけではない事が伺える。このような伝統的産業クラスターは「独立型産業クラスター」と呼ばれており、その国の産業成長や競争力発展に大いに貢献してきた。
しかしこの独立型産業クラスターも、産業のグローバル化が進行することでイノベーションを余儀なくされている状況にある。特にローテク分野は労働力の安いインドや中国の躍進がめざましく、設備投資が盛んでない分野においては産業クラスターの維持が難しい。
そこで「国際競争戦略を独自に行ってきた大企業」と、「独自の技術力を持つ産業クラスター」が協力し、新たな産業形態を構築するという動きがある。(例としてOEMが当てはまる。)これには新しい技術が欲しい大企業と、新たな販路が欲しい中小企業の利害が一致するという背景がある。そしてこのようなクラスターの形成こそが、政府が方針として打ち出している新たな中小企業支援政策にも挙げられている。
【日本の産業クラスター形成の実践政策】
日本においても国際競争力のある産業クラスターを構築するために、2001年に経済産業省によって「地域再生産業集積計画」(産業クラスター創出計画)が発表され、2002年には文部科学省が「地域確信技術創出事業」(知的クラスター構築計画)を発表した。産業面と研究面の結びつきを協力する政策を打ち出し、現在、日本全国の経済産業局の主導による「産業クラスター計画17プロジェクト」が遂行されている。
この計画は、2001年から2005年までを研究段階から実用化段階への移行期(第T段階)とし、2006年から2010年までを実用化に向けての事業化(第U段階)としており、緩やかにであるが堅実に進行している。
資料:関東経済産業局「産業クラスター計画の概要」
【現在活動している中小企業に向けた支援政策】
産業クラスター17プロジェクトは、地域ごとに新たな産業集積(クラスター)形態を構築する、いわば未来に向けての投資的政策である。成功すれば、地域に今まで存在していなかった新たな産業が芽生える可能性があるが、計画期間が10年と長期間であるため、現在も企業活動を行い、苦境に喘いでいる中小企業に対して有効であるとは考えにくい。では現在苦境にある中小企業を支援するための政策とはどのようなものであるか。実はこの支援政策にも産業クラスターの手法が取り入れられている。
次の第4章では、これを踏まえた日本の現在の公的支援について紹介し、考察する。
■第4章
現在の公的支援政策、及びその課題
【日本の最近の中小企業支援政策】
近年の公的支援の方向性は、従来の公的事業ばら撒きによる「指示型支援」ではなく、中小企業が事業化したがっている案件を審査して支援するかどうかを決定する「自立型支援」である。現在の中小企業支援の中心的役割を果たしている政策について紹介する。
(1)中小企業経営革新支援法(平成11年3月成立、7月施行)
中小企業が経済環境の変化に即応して行う、自助努力を基本とした経営革新を支援することを目的とし、具体的には、「新たな取り組み」を経営革新計画として申請し、知事による承認を受けると各関係支援機関からの支援が受けられる。限られた補助枠を争わせることで企業の地力成長支援を図るというもので、従来の支援方針であった指示型ではなく、自立型の支援の性格が強い。イノベーションを推進し独自性を持とうとする中小企業を募る。
ところが支援内容が技術開発に偏っている性格が強く、より市場化に直結する支援、特に市場調査、事業性評価、販路開拓等におけるソフト面での支援を求める声があがった。この意見を反映させるため、既存の支援法律を統合し、現在は「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律(中小企業新事業活動促進法)」が施行されている。
(2)異分野連携新事業分野開拓補助金
中小企業が事業の分野を異にする事業者(中小企業、大企業、個人、組合、研究機関、NPO等)と有機的に連携し、その経営資源(技術、マーケティング、商品化等)を有効に組み合わせて、新事業活動を行うことにより、新市場創出、製品・サービスの高付加価値化を目指す取り組みを支援することを目的 とする。中小企業が中心となって、独自のクラスター形成を行うことを促すというもので、自立型支援の性格が極めて強い。
これらの支援を申請する際には、数値目標を含めた具体的なビジネスプランを作成する必要がある。つまり「事業化の即効性」を実現するための支援政策であり、アイデアがあっても担保や信用の不十分さによる資金力の問題で事業化が実現できないでいる中小企業を手助けすることが可能となる。
【現段階の支援政策の性質と効果】
第3章および第4章冒頭において挙げた、近年の日本で始まった新しい中小企業支援政策は、「将来性」と「即効性」の2つの種類があると言える。
(1)技術基盤研究(将来性)
- 産業クラスター計画17プロジェクト
- 産学官連携 大学発ベンチャー支援など
(2)事業化(即効性)
- 異分野連携新事業分野開拓補助金
- ベンチャーキャピタルによる直接融資支援など
新たな産業基盤を作るための支援政策として(1)が、現行の中小企業を支援する施策として(2)の支援が存在している。ところが(1)の支援策は開発基盤の策定から実行に移す実験段階の状態であるのがほとんどで、地域に新たな産業が根付く効果が現れるのは当分先のことである。反対に、(2)の支援策は中小企業側がビジネスプランを提示し認可さえ受ければ、すぐに事業化支援がなされるため、現在の支援政策の中核を担っている。
【産業活性の明暗】
中小企業自立型の支援が根付いてきたことによって、地域内にて、中小企業が独自に専門分野に特化した分業関係を構築する集積構造が各地に見られてくるようになった。集積内の中小企業や協力業者が相互に関連したネットワークによる依存関係が構築されるようになり、新たに「モノづくり」の基盤を形成することで日本の製造業の競争力を担うようになっていると考えられる。
ところが企業集積による産地形成の性格から、新たな問題が浮き彫りとなっている。第3章において、海外の産業集積地形成はその産業が構築される地域性・歴史性の影響が強いことを述べた。産地集積は特定の地域に同一業種に属する企業が集中立地し、その地域内の原材料・労働力・技術力等の経営資源の上に成り立つ。そして回復・成長を続けている地域とそうでない地域の明暗を分けている要素にもなっているのである。
日本の産業が回復傾向にあるが、そのような回復傾向は「特定の大企業の下請企業群が形成されていた地域」において目立っているという状態になってきている。例を挙げると日立市や豊田市のような現在大成功を収めている特定企業の経済地域である。これらの地域の中小企業は、下請時代の技術やネットワーク網を活かしてイノベーションを図ることに成功している。
ところが、全ての企業城下町型が回復傾向にあるかと言うと、そうではない。大企業の撤退と共に城下町構造が崩壊してしまい、産業の空洞化が起きてしまった地域においては新しい企業集積構造が興りにくくなっている。まだ残っている中小企業がイノベーションを図ろうとしても、それを支える下請時代のネットワーク網が無くなっているためである。
つまり「産業のあるところに産業は集まるが、無いところには集まらない」という状態になっており、産業の地域間格差が拡大している傾向にある。この地域格差は、地域の産業状態を知る指標となる地域雇用状態と、製造業の中心となる鉱工業の地域傾向を照らし合わせる事でも確認できる。
※県別有効求人倍率分布図※
中小企業庁「平成19年度中小企業対策関連予算案の概要資料」より
現状の支援政策は、このような地域格差の拡大をさらに加速させ、これがやがて経済社会全体の歪みの原因となる問題をはらんでいると言える。
■第5章
政策提言
中小企業自立を目指す「即効性」のある支援は、確かに中小企業のイノベーションを促進し、技術革新や販路整備などに一定の効果をもたらし、景況回復に繋がっていると言える。しかしビジネスプランをあらかじめ求めるという性質上、生産から流通にいたるまで全ての業務要素を欠くことが無い事が必要である。つまり経済が衰退し、要素に一つが満たせない場合は支援を受けることができない。もし中小企業が「これをやりたい」という計画があっても、実現しないまま終わってしまう場合があるのである。もしこのまま地域間格差が拡大していく一方になってしまうのならば、「将来性」を見越し新たな産業つくりを目指す産業クラスター計画を地域に根付かせる前に灰燼に帰してしまうのではないかという危惧を、私は感じているのである。
このような事態を防止するために、次の支援政策は現在の創出から、分散を促すための支援政策が必要であると私は考える。つまり足りない要素があれば、それを埋め合わせる支援を行うことで事業化を実現する、いわば中小企業間の事業マッチングを推進する政策である。
参考資料、文献
- 奥野信宏『公共の役割は何か』岩波書店
- 土志田征一(編)『経済白書で読む戦後日本経済の歩み』有斐閣
- 野村 進『千年、働いてきました−老舗企業大国ニッポン』角川書店
- 渡辺幸男・小川正博・黒瀬直宏・向山雅夫『21世紀中小企業論―多様性と可能性を探る』有斐閣
- 吉野直行・渡辺幸男(編)『中小企業の現状と中小企業金融』慶應義塾大学出版会
- 中小企業庁(編)『中小企業白書2006年版』
- 中小企業庁(編)『経営者のための図で見る中小企業白書』
- 内閣府(編)『平成17年度版経済財政白書』
- 経済産業省ホームページ http://www.meti.go.jp/
- 中小企業庁ホームページ http://www.chusho.meti.go.jp/
- 産学官連携ジャーナル http://sangakukan.jp/journal/index.html
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構 http://www.smrj.go.jp/index.html