◊ 第四章 不妊治療が保険適用化されない理由について |
不妊治療の保険適用化には賛否両論ありますが、それでも9割の人が保険適用を望んでいるということは、紛れも無い事実です。にもかかわらず、未だ保険適用にならないのはなぜでしょうか。厚生労働省では、その理由を次のように発表しています。
■ 厚生労働省が発表する“保険適用外の理由”
@ 成功率が低い(体外受精による妊娠率 約20%)
母体の安全性確保の面で問題がある。
A 多胎妊娠に対する減数手術などについては、倫理面での問題もある。
B 非配偶者間については、社会的合意が得られていない。
配偶者間であっても、非配偶者間の人工授精等を配偶者間のもの
として申請する等の倫理面での問題発生を防止する仕組みを設け
ることは困難。
C 限られた医療費財源の効率的配分という観点からの検討が必要。
この厚生労働省の見解から考えられる、保険適用化における問題は、@治療の安全性、A治療の有効性、B倫理面の問題、C医療費財源の問題の4つでしょう。これに加え、不妊治療の保険適用化を阻む問題として、D疾病か否かという議論、E患者さんの不安な声という問題もあります。この章では、この6つの問題点について、それぞれ詳しく述べたいと思います。
1、安全性について ■ 安全性の観点からみる問題点 ― 治療による副作用が生じること ―
生殖補助医療では、その準備として、女性にホルモン投与をして排卵を促すという排卵誘発法が必要になります。この方法は、排卵障害に対する治療として有効です。しかしその反面、同時に多数の卵胞が成熟し、卵巣が腫大し、腹水や胸水が貯留する卵巣過剰刺激症候群(OHSS)を起こすことがあります。この症候群が重症化すると血液循環動態に影響を与えるため、血栓症や呼吸障害を起こすこともあり、女性への身体的負担が大きくなります。
この卵巣過剰刺激症候群で入院している患者さんは、排卵誘発の治療周期で1.7%、体外受精で同じく6.5%もいます。また、今までに、排卵誘発剤による死亡例と後遺障害例に関する訴訟が2件あったことも見逃せません。排卵誘発剤を使用して死亡に至ったケースがあることは、不妊治療の安全性の面からみても、許されざることでしょう。現時点では、原理的にこの卵巣過剰刺激症候群を完全に防止することは難しいといわれています。したがって、不妊治療を目的とする生殖医療の実施件数の増加とともに、排卵誘発剤を使用する頻度も増え、それに伴い卵巣過剰刺激症候群の発生件数が増えることも予想されています。
排卵誘発剤による弊害はそれだけではありません。排卵誘発剤の影響による複数の卵の排出や、生殖補助医療複数の胚を子宮に移植することは、3つ子や4つ子など多胎妊娠の頻度を飛躍的に高くしているのです。
そして、多胎妊娠では胎児数が多くなるほど、循環器への負担や妊娠中毒症など母体への妊娠合併症のリスクが高くなります。併せて、こどもに対しては、早期産になる危険性が高く、それによる未熟児やその結果おこる子どもの障害へのリスクも高くなります。
このような面を考えると、安全性が確立しているとは言えないでしょう。
【排卵誘発剤による副作用】
《卵巣過剰刺激症候群(OHSS)》
・排卵誘発の治療周期で1.7%、体外受精で同じく6.5%の患者が
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)で入院している。
・排卵誘発剤による死亡例と後遺障害例に関する訴訟が2件あった。
※ 原理的に、OHSSを完全に防止することは難しいといわれている
したがって、不妊治療を目的とする生殖医療の実施件数の増加に伴っ
て、OHSSの発生件数の増加も予測される。
《排卵誘発剤による多胎妊娠の増加》←日本産婦人科学会が規制
・双子の出産率 〔1986年〕 約6.5組 /出産1000件
〔1997年〕 約9.36組/出産1000件
2、有効性について ■ 体外受精・顕微授精による出産率
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これは、フィンレージの会によるアンケート結果です。フィンレージの会とは、不妊に悩む人や不妊の問題を抱えた人のための自助グループです。このアンケートによれば、体外受精や顕微授精という高度生殖補助技術を受けた360名のうち、複数回技術を試み、それでも最終的に出産まで至った人は、全体の2割弱にすぎません。このことから、不妊治療の有効性が低いことがわかります。
不妊治療は、原因を特定することが難しく、それゆえ各不妊治療の有効性を明確にするのが困難になってきます。また、上記のデータからもわかるように、長期間治療しても治療の効果が現れないことがあるなど、不妊治療の効果は不確実な部分が大きいのです。現に、20%を上回る流産率が存在している事実も忘れてはなりません。
3、倫理面の問題 倫理面の問題に触れると、研究範囲が広がりすぎるので、この分野は避けたいと思います。
4、医療費財源に関する問題
5、疾病かどうかという議論 疾病であるかどうかという議論は、保険適用化において重要なポイントになります。それは、そもそも疾病でないものに対して、保険をきかせるのはおかしな話だからです。この議論については、両者さまざまな意見があります。ここでは、その一部を紹介します。
『疾病ではない(医療行為と認められない)』
・患者の障害ある生殖機能を直接治癒するわけではないから。
・不妊原因が男性にあったとしても、健康な女性が治療対象になるのはおかしい。普通の病気は、患者本人が治療を行う。
※一般的に病気の治療は、その原因を持つ当人に対して行われるものです。しかし不妊治療では、不妊原因が男女のどちらにあるにせよ、医療処置上、女性の身体コントロールが必要となり、女性の身体に負担がかかります。それは、妊娠のため排卵、受精、着床といった一連の過程が女性の体内で行われるためです。
たとえば、男性に不妊原因があったとしても、女性側の不妊原因の有無に関わらず、女性が婦人科に通院し、基礎体温の評価や卵胞計測を行うなどの、女性の性周期の準備が必要になってくるのです。
『疾病である(医療行為と認められる)』
・患者の精神的苦痛を取り除き、個人の生殖能力を最大限に発揮させることを目的とする医療行為と解釈できる。
・米、英、豪、など他国でも「不妊症=疾病」という考え方が一般的である。
・2002.6オーストリアのウィーンで開催された「国際不妊治療消費者支援・患者グループリーダー国際会議」でも「不妊症=疾 病」が前提として討議されていた。
6、患者さんの不安な声 第三章でも述べたとおり、すべての患者さんが保険適用を望んでいるわけではなく、中には、保険適用化に対し不安を抱えている方もいます。そのような声がある中、保険適用化にしてもよいのかという問題もあります。ここでは、患者さんの不安な声を紹介します。
・保険がきくようになると女性は産むことを強制されているようでいけないと思う。子供がほしい人だけ助成金のようなものがあればいいのではないか。
・治療中は、治療費すべてに保険が使えたらどんなにいいかと考えていた。しかし今は、ある程度高額な方が、治療に対する歯止めがきいていいと思っている。治療は精神的にも肉体的にも大きな負担になる。本人が中止したくても、姑や周囲の圧力によって続けざるを得ない場合がある。そういう時、お金が治療中止の大きな言い訳になってくれるから。
・少子化対策としての保険適用化は「産めよ増やせよ」と言われているようで嫌。それでもし出産できなかったら、「みんなのお金を使ったくせに」と余計に世間から責められそう。
7、その他のさまざまな問題 安全性や有効性などの問題のほか、様々な問題があります。
それはまず、保険適用化にすることにより、医療機関や医療者の間に治療技術の格差が生じるのではないかという問題です。また、医療者の考え方によって治療法の違いがあり、そのため保険適用において保険点数を一律化することが難しいという問題。さらに、保険が適用されると、医療の具体的な内容が規制されることが予想され、そのため、効果的な医療が行えなくなり、医療技術の発展を阻害する恐れがあるという問題もあります。
加えて、日本人は個人よりも家族や家の存在を重んじる気質があり、跡継ぎのための子供の誕生を期待する人も多いという背景から、「不妊症=疾病」となれば、不妊当事者が不妊治療を受ける受けないという選択よりも「病気ならば治すべき」という社会的圧力が強くなる可能性があり、不妊当事者の心的負担となる恐れもあります。また高齢化の医療費増大を背景に、医療財源不足が問題となっている今、妊娠率・出産率の高くない人工授精や体外受精にどこまで限られた医療財源を当てることができるのかという大きな問題もあるでしょう。
以上のように、不妊治療の保険適用化には、多くの問題が残されており、保険適用の壁はとても厚いことがわかります。
◊ 第五章 他国の制度について |
日本では、上記の理由で不妊治療の保険適用は見送られていますが、海外ではどうでしょう。
現在、フランス、イギリス、ドイツ、オーストラリアにおいては、生殖補助技術について法的な規制を行った上で、保険が適用されています。
フランスでは、すべての施術に対して、100%の保険が適用されており、イギリスでは、実施施設により、保険適用を認めるところとそうでないところがあるものの、体外受精の実施総数のうち、約25%は国民健康サービスによって体外受精をうけています。
またドイツでは、原則として40歳までの人を対象に人工授精には6周期まで、体外受精には4周期まで保険が適用され(非配偶者間人工授精と凍結保存は保険の対象外)、顕微授精については、2001年4月より適用を認める方向に進んでいます。スウェーデンでは、体外受精で受精卵を1個移植する限り制限なしで保険が適用されます。
このほかアメリカでも14州が保険適用を規定し、そのほとんどの州で一定条件の下、体外受精は保険の適用対象とされています。またオーストラリアの医療システムは、混合診療が特徴的で、そのシステムの中で、不妊治療の保険適用がなされています。
オーストラリアやアメリカでは、私的保険の発達が不妊治療における治療費負担の削減に大きく役目を果たしています。オーストラリアやアメリカを見習い、日本も混合診療にすべきと考えることもできますが、混合診療には問題点もあります。日本で混合診療が認められた場合、不妊治療に関してはよいかもしれませんが、日頃の診療(風邪や頭痛などの治療)に全額自己負担の自費診療が入り、患者負担が増えてしまうこともあります。そうなると、自費診療の拡大に備えて、国民は民間の医療保険に入らざるを得なくなる可能性がでてきます。つまり、医療全体を総合的に見て、混合診療がよいかどうか判断しなくてはなりません。
このように、世界各国で不妊治療の保険適用化がなされていますが、各国に共通しているのは「不妊症=疾病」という考え方が定着しているということでしょう。日本では、保険適用化がなされていないことから考えると、おそらく「不妊症は疾病でない」という考え方が強いのでしょう。しかし、その議論がどこまで深くなされたのかは疑問です。日本では不妊症が疾病であるか否かという議論が未だ十分ではないと仙波由加里氏も論文の中でおっしゃっていました。医療システムは、各国によりさまざまですが、やはり保険適用の根本は「疾病に対して保険を利かせる」ことにあります。その意味で、日本でも、より一層議論が活発化することを望みます。ただ、各国が不妊症を疾病と認めているからといって、それに追従する必要はありません。日本は日本の考えで、不妊治療支援を進めるべきだと思います。
◊ 第六章 これまでの政府の動き |
この章では、新聞の記事などをもとに、これまでの各組織の動きを追いました。赤字は政府の動き、緑字は民間団体の動き、青字は自治体の動きです。
1998年 | 体外受精の子どもが年間1万人を超える(朝日新聞) | |
2000年 12月 | 安易な体外受精防止 厚生省が不妊治療マニュアル作りへ(朝日新聞) | |
2001年 4月 | 保険適応に関する厚生労働省の見解 @ 成功率が低く、また、母体の安全性の確保などの面で問題があること。 A 多胎妊娠に対する減数手術などについては一定の倫理面での問題もあること。 B 非配偶者間については、社会的合意が得られていないこと。また配偶者間であっても、非配偶者間の人工授精を配偶者間のものとして申請する等の倫理面での問題発生を防止する仕組みを医療保険制度独自に設けることは困難なこと。 C 限られた医療費財源の効率的配分という観点からの検討が必要なこと。 以上の課題を総合的に勘案して慎重に検討する必要があると厚生労働省が述べた。(八木市議会議員のHPより) |
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2002年 | 体外受精児10万人超える 02年は出生数の1.3% 国内で体外受精によって生まれた子どもは、2002年は1万5223人で、出生数(約115万人)の1.3%にあたる。また日本産婦人科学会が調査を始めた1986年以来の累計が10万189人に達したことがわかった。(共同通信) |
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2002年 4月 | 「不妊治療の保険適用を実現する会」は4月、保険適用を求める7000人の署名を集め、坂口力厚労相に手渡した。(毎日新聞) | |
2002年 5月 | 厚生労働省、保険適用など公的支援の方針 厚生労働省は、医療保険の適用外で全額患者の自己負担で行われている人工授精や体外受精について、保険適用を含めた公的支援措置を行う方針を決めた。5月31日の衆院厚生労働委で釘宮委員(民主)の質問に対し、坂口力厚労相が表明した。(毎日新聞) |
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2002年 6月 | 人工授精・体外受精の保険適用困難〜厚労省 厚生労働省の大塚義治保険局長は、6月5日の衆院厚生労働委員会で、人工授精・体外受精について「倫理上の問題や母体の安全性などさまざまな議論があり、現時点での保険適用はなかなか難しい」との認識を示した。岡本信子氏(自民)への答弁。(時事通信) |
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2002年 7月13日 | 〈不妊治療〉少子化対策に患者の負担軽減策盛り込む考え 坂口力厚労相は7月13日、タウンミーティングのため訪れた長野県松本市で記者会見し、医療保険が適用されない不妊治療について、少子化対策の観点から公的支援の対象とし、9月にまとめる政府の少子化対策に患者の負担軽減策などを盛り込む考えを明らかにした。それまで少子化対策は、保育所の整備など施設面に重点が置かれていたが、不妊治療を加えることで、厚生行政の転換になる。坂口氏は支援策の財源について「保険の中でもるのか、一般財源の中で見るのかは別にして、何らかの支援を講じなければならない」と具体策の取りまとめに強い意欲を示した。(毎日新聞) |
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2002年 7月17日 | 坂口力厚労相は、17日午前の衆院厚生労働委員会で、公的医療保険の対象になっていない不妊治療への支援措置について「できれば(保険適用が)一番スムーズだ。どうしてもそこが不可能だということになれば、それに代わる一般財源からの確保が大事になってくる」と述べ、基本的には保険適用が望ましいとの考えを表明した。その上で、当面の措置として2003年度予算の概算要求で何らかの支援措置を盛り込むことを検討する意向を示した。 厚生労働相は先に9月をめどに打ち出す新たな少子化対策の中間報告に、不妊治療に対する何らかの公的支援措置を盛り込む方針を表明。具体的には、医療保険を新たに適用するのか、費用の一部を補助する形にするのかが焦点になっている。 ただ、厚生労働省内には人工授精など不妊治療への保険適用に慎重論が強い上、財務省は社会保障関係費を抑制する方針のため、政府内調整は難航する。(共同通信) | |
2002年 11月 | 人工授精・体外受精など支援急務 坂口力厚生労働相は5日の閣議後の記者会見で、医療保険の適用対象外となっている人工授精や体外受精について「少子化対策である不妊治療への支援は1年でも早くやらなければならない」と強調。来年度からの保険適用については、「それも視野に入れて(産婦人科医らと)話し合いたい」と述べ、2003年度中にも保険適用する方向で検討を進める考えを示した。 坂口厚生労働相は、人工授精などへの医療保険の適用について「不妊は、病気とは言い難いが、正常ではない。その意味では(保険適用を)可能にしていいのではないかと思う」との考えを示した。また、1回あたりの治療費が高額である現状について、「非常に技術を要することだと思うが、その値段が妥当かどうか、一度検討しなければならない」とし、人工授精や体外受精の成功率が低い点については「非常に成功率が低いものまで保険でみるのか、その見極めが大事になる」と述べた。(公明新聞) |
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2002年 12月 | 不妊治療へ20自治体が助成 少子化対策、国を先取り 体外受精など不妊治療にかかった費用を一時金の形で助成する制度がある自治体は全国で少なくとも20にのぼり、うち六自治体は年間55万円以上助成していることが、早稲田大学人間科学研究科の大学院生、仙波由加里さんの調査で7日わかった。 いずれも少子化対策の一環として実施しているのが特徴。坂口力厚生労働相が同様の趣旨で新制度導入の意向を示すなど、国も検討を始めており、これらの自治体はそれを先取りした格好だ。(共同通信) |
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2003年 2月 | 富山県、不妊治療費を助成…新年度予算に少子化対策 富山県が少子化対策の一環として、新年度から不妊治療費助成制度を導入することが4日、わかった。都道府県では初めての試みで、新年度予算案に1100万円を盛り込む。制度は、体外受精などの不妊治療を受ける夫婦に対し、1回の治療につき10万円を助成するもの。過去の実績などを踏まえ、対象となる医療機関を指定した上で、今年の10月にスタートさせる予定。(読売新聞) |
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2003年 3月 | 少子化対策推進関係閣僚会議が取りまとめた「次世代育成支援に関する当面の取組方針」において、不妊治療について経済面を含めた支援のあり方について検討。(内閣府国政モニターのページより) | |
2003年 5月 | 厚生労働省が支援方針、 国と自治体で一部助成へ ○経済的支援方針をまとめる 厚生労働省は、5月19日、不妊治療を受けている夫婦への助成措置について、国と都道府県などが費用を折半し、一定の所得制限を設けることなどを柱とする「経済的支援方針」をまとめ、与党三党に提示する方針 ○2004年度予算案に盛り込む 与党は今後、この方針に基づいて具体案を検討し、少子化対策の一環として2004年度予算案に盛り込む考え。また不妊治療を実施する医療施設は医療技術面の安全性を重視して「基準に適合する医療施設を指定」すると打ち出した。助成事業の実確主体は都道府県、政令指定都市と中核市と定め、実際の費用負担は、国と地方自治体で折半。 ○対象者は戸籍上の夫婦で一定の所得未満の者 助成対象となる治療は@母体の卵巣から取り出した卵子に精子を受精させる体外受精、A顕微鏡を使って体外受精させる顕微授精、と規定。対象者は、「戸籍上の夫婦で一定の所得未満の者」と所得制限を設けた。給付内容は「一定額(年額)、給付回数の制限」を検討事項に挙げたが、与党三党の間では、年間10万〜20万円を2年に限って支給する案が有力となっている。 一部で要望が強い不妊治療への保険適用については「病気ではないことに保険を使うのか」との反対意見もあることから今後の課題とする方針。(八木市議会議員のHPより) |
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2004年 | 特定不妊治療費助成事業スタート | |
2005年 4月 | 体外受精の保険適用を検討 尾辻秀久厚生労働相は25日の衆院決算行政監視委員会分科会で、現在保険適用がなされない体外受精などの扱いについて、「疾病であるかどうかという判断と少子化対策としてどうするかという判断がある。2006年4月に医療保険などの抜本的な見直しをするが、検討課題にしたい」と述べ、今回の医療保険改革の議論の中で、適用の是非を検討する考えを表明した。(共同通信) |
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2005年 9月 | 不妊治療の助成5年に…「通院2年以上」の実態を考慮 不妊治療を受ける夫婦の経済的負担を軽減するため、厚生労働省は、来年度から、現在通算2年間に限定している助成期間を5年に延長する方針を決めた。同省は、2004年度から助成期間2年間として助成金事業をスタートさせた。しかし、2年以上治療を続ける夫婦が多いことから、助成期間を延ばした。(読売新聞) |
◊ 第七章 たばこの禁煙治療の保険適用化について |
『禁煙治療に保険適用「ニコチン依存は病気」将来の医療費抑制 厚労省、来春から(2005年11月9日朝日新聞)』 この見出しを見て、私は憤りを感じました。なぜ、不妊治療が保険適用化にならず、たばこの禁煙治療が保険適用化されるのだろう。たばこは、自分が吸いたくて吸っているものであり、たばこの弊害を知った上で、欲求のままに喫煙しているのではないか。そんなタバコの禁煙治療のために、国がお金を払うなんて、おかしな話だ。そんなお金があるのなら、その分を不妊治療にまわすべきではないか。新聞を読みながら、そう私は思いました。
そこで、なぜ禁煙治療が保険適用化されたのか、その疑問を解くため、禁煙治療について調べてみることにしました。そして、この章では、不妊治療と禁煙治療の比較をしてみようと思います。
禁煙治療とは、喫煙を、治療が必要な「脳の病気」と位置づけ、禁煙のための治療を行うことです。従来は健康保険が適用されなかったのですが、2006年4月から適用されるようになりました。
保険が適用される治療を受けるには3つに条件を満たすことが必要です。これを満たせば12週にわたって治療を受けられます。その3つの条件とは、次の3つです。
【条件1.】 ニコチン依存症に関するスクリーニングテスト(TDS)でニコチン依存症と診断(TDS5点以上)された者
【条件2.】 ブリンクマン指数(1日の喫煙本数に喫煙年数を掛けた数)が200以上の者
【条件3.】 直ちに禁煙することを希望し、「禁煙治療のための標準手順書」(日本循環器学会、日本肺癌学会および日本癌学会により作成)にそった禁煙治療プログラムへの参加について文書により同意している者
TDSとはTobacco Dependence Screenerの略で、10項目による問診です。問診内容は以下のとおりです。
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禁煙治療プログラムの内容は、「禁煙治療のための標準手順書」によると12週間にわたり、@初診、A初診から2週間後、B4週間後、C8週間後、D12週間後の合計5回の治療を行います。その具体的な内容は、1)喫煙状況、ニコチン依存度、禁煙関心度の把握、2)喫煙状況とニコチン摂取量の客観的評価と結果説明(呼気中CO濃度測定等)、3)禁煙開始日の設定、4)禁煙の実行・継続にあたっての問題点の把握とアドバイス、5)禁煙治療方法の選択と説明などである。禁煙治療の手順と方法の詳細については、上記3学会の標準手順書をご覧になってください。(→ 「禁煙治療のための標準手順書」)この手順書には、外来での対象患者のスクリーニング方法や計5回の禁煙治療の方法が具体的に述べられているほか、禁煙治療に関する問診表や禁煙宣言書などの禁煙治療に役立つ6種類の帳票、禁煙治療場面での患者との問答集、ニコチン製剤の使い方が示されていて、禁煙治療を実施する上で有用と思われます。
次に、施設基準は、@禁煙治療を行っている旨を医療機関内に掲示していること、A禁煙治療の経験を有する医師が1名以上勤務していること、B禁煙治療に係る専任の看護職員を1名以上配置していること、C呼気一酸化炭素濃度測定器を備えていること、D医療機関の構内が禁煙であることです。さらに、算定要件は、@「禁煙治療のための標準手順書」(日本循環器学会、日本肺癌学会および日本癌学会により作成)にそった禁煙治療を行うこと、A本管理科を算定した患者について、禁煙の成功率を地方社会保険事務局長へ報告すること、B再治療に関しては、初回算定日より1年を超えた日からでなければ、再度算定することはできないこととしています。
また、2006年2月の中央社会保健医療協議会総会において新設された「ニコチン依存症管理料」については、@施設基準が厳しい(病院にとっては敷地内禁煙の条件、診療所にとっては呼気一酸化炭素濃度測定器の設置の条件、さらに看護師を雇用していない診療所では専任看護師の配置の条件)、A未成年者が治療対象とならない、B12週間を超えて治療ができない、C再治療がすぐにできない、D入院患者が対象になっていない、などの問題点が現場から指摘されています。特に未成年者の禁煙治療に対する保険適用を難しくしているブリンクマン指数に関わる対象患者の要件については今後見直しのための検討が必要と考えられています。また、最近、診療所に中には経営上等の理由から看護師を雇用していない施設があることから、専任看護師の配置の条件を必須条件とするのかどうかについても検討が必要とされています。
禁煙治療が保険適用化された発端は、WHOのたばこ規制枠組み条約です。この国際条約は2005年2月27日に発行されました。 その条約には、現在、そして未来の世代を、タバコによって生み出される被害から守ることについて書かれています。 そして、その第14章に、タバコの利用中止及び、タバコへの依存症への禁煙の治療を適切に進めていくといった内容があるのです。 日本は、この条約を締結しています。そのため、禁煙の治療をしてゆかなければならない状況になったというわけです。
その後、禁煙に関わる各学会は、厚生労働省保険医療課に対し、禁煙治療の保険適用をさせるため「医療技術評価希望書」の作成しました。ニコチンの依存性や禁煙治療の有効性に関する科学的根拠に関するレビュー、保険適用の対象となる禁煙治療プログラムの検討、禁煙治療を保険適用した場合の医療費への影響の推定、諸外国での禁煙治療の実態の把握などをおこないました。そして、2005年6月に日本循環器学会が厚生労働省保険局医療課に対して医療技術評価希望書を提出したほか、日本気管食道科学会が日本循環器学会が提出した同じ内容の医療技術評価希望書を資料として、日本医師会長宛に禁煙治療に対する保険適用の要望書を提出しました。さらに、日本循環器学会や日本肺癌学会などの禁煙に取り組む9学会(前記2学会のほか、日本呼吸器学会、日本産科婦人科学会、日本小児科学会、日本心臓病学会、日本口腔衛生学会、日本口腔外科学会、日本公衆衛生学会)が厚生労働省保険局医療課長に対して禁煙治療の保険適用の要望書を提出したのです。
これらの動きを受けて厚生労働省は、2006年度の診療報酬の改定にむけて、2005年11月9日の中央社会保険医療協議会・診療報酬基本問題小委員会にニコチン依存症に対する禁煙治療の保険適用を提案しました。その後、保険適用をめぐりさまざまな議論がありましたが、2006年2月15日の中央社会保険医療協議会総会において、「ニコチン依存症管理料」が新設され、禁煙治療に対する保険適用が2006年度より開始されることになったのです。 また、上述の9学会が2005年12月に禁煙ガイドライン(→禁煙ガイドライン)を刊行したのですが、その中で喫煙を病気と捉え、喫煙者を「積極的な禁煙治療が必要な対象」とするとともに、禁煙治療に対する保険適用を緊急に解決すべき問題点として位置づけたことが保険適用を検討ならびに決定する際の重要な根拠資料となったものと考えられています。
禁煙治療が保険適用の対象とされたのには、理由があります。それは大きく3つで、@禁煙の難しさと禁煙治療の必要性、A禁煙治療の有効性、B禁煙治療の費用対効果と医療費削減への期待、です。ここでは、その3つについて述べたいと思います。以下は、大阪府立健康科学センターの中村正和氏の研究論文を参考にしました。
■ 禁煙の難しさと禁煙治療の必要性
喫煙は、本来、ニコチン依存症という病気です。このニコチン依存症はWHO(世界保健機関)やアメリカの精神学会からその診断基準が示されています。依存症を引き起こす原因薬物のニコチンには、精神依存症だけでなく、身体依存症(耐性や離脱症状の存在)があることも明らかになっています。ニコチン依存についてまとめたイギリスの王立内科学会のTabacco Advisory Groupの報告書(2007年)によると、1)ニコチンの使用を中止することの困難性は、アルコールやヘロイン、コカインと同等であり、自力で禁煙した場合、約3分の2の喫煙者が禁煙3日以内に禁煙を再開すること、2)身体依存症の証拠となる耐性の強さにおいて、ニコチンはアルコールやヘロインと同等であり、コカインと同等であること、3)身体依存症を示すもう一つの証拠である離脱症状の強さはアルコールやヘロインより弱いものの、コカインよりは強い、と結論づけられています。
ニコチンは、ドーパミンなどの脳内の多くの神経伝達物質の分泌を通して、脳の覚醒や思考、記憶、情動といった機能にも作用し、ニコチン離脱に伴う多彩な神経・身体症状の出現とも関係し、禁煙を困難にしています。
英米では約70%の喫煙者が禁煙したいと思い、年間約30〜45%が禁煙を試みていますが、禁煙成功率はわずか2〜3%に過ぎないと報告されています。一方、日本でも、2003年の国民健康・栄養調査によると、たばこを吸わずに1日を過ごすことが、「とても難しい」と答えた割合は男性47%、女性35%で、「難しい」と答えた割合を合わせると、男性87%、女性81%にものぼっています。
これらのデータから、禁煙がいかに難しく、自分の意思だけで解決できない困難な問題であるかがわかります。そしてそれゆえ、禁煙治療が必要であるということも納得できます。
■ 禁煙治療の有効性
禁煙治療の有効性については、十分な科学的根拠があります。2000年に発刊された米国AHRQ(the Agency for Healthcare Research and Quality)による「たばこ依存治療ガイドライン」策定の際に実施された禁煙治療に関する介入研究のメタアナリシスによると、禁煙治療の効果として、1)医師による3分以内の簡易なアドバイスでも禁煙率が1.3倍有意に増加すること、2)治療の1回当たりの時間、治療を行った総時間、治療に関わるスタッフの数それぞれに比例して、禁煙率が3倍近くまで増加すること、3)禁煙の薬物療法の第1選択薬として、ニコチン代替療法、ブプロピオンがあり、各々1.5〜2.7倍、2.1倍禁煙率を高めることが報告されています。2004年のコクランライブラリーのレビューでは、医師による禁煙介入について、簡易なアドバイスはアドバイスがない場合と比べて1.7倍、また集中的なアドバイスは簡易なアドバイスに比べて1.4倍有意に禁煙率を高めることが報告されています。
2004年に発表された米国USPSTF(the US Preventive Services Task Force)による「予防医療実践ガイドライン」では、喫煙、飲酒、食事、運動、肥満のうち、喫煙だけが有効性を示す十分な証拠が確認されたとして、推奨レベルを「A」(storongly recommended)と報告しています。
これらから、禁煙治療の有効性が証明されていることがわかります。
■ 禁煙治療の優れたコストパフォーマンスと期待される医療費の削減
禁煙治療の経済効率性については、禁煙治療が保健医療プログラムの中でも特に経済効率性に優れていることが明らかになっています。英国での禁煙治療ガイドラインParrottらのレビューによると、禁煙治療としてニコチン代替療法の薬剤(ニコチン製剤)や専門家の治療を行っても、1救命人年延長に対する費用は600〜900ポンドの範囲内であり、スタチン系薬剤による高脂血症の治療では同費用が4000〜13000ポンドであることと比較すると、いかに禁煙治療が効率的であるかがわかります。
日本の厚生労働省の第3次対がん総合戦略研究事業において、わが国のデータを用いて禁煙治療の導入による医療費削減効果が推定されました。その成績によると、15年間の推定期間を設定し、禁煙治療の実施率を初年度0.1%から毎年0.1%ずつ増加させ、5年目以降は0.5%を維持すると仮定した場合、医療費削減効果(1年当たりの医療費削減額と禁煙治療費の差)を求めると、単年ベースでは7年目以降黒字に転じ、15年目には225億円の黒字、15年間の累計額は、866億円の黒字となります。
つまり禁煙治療は、費用対効果に優れているだけでなく、将来の医療費削減にも貢献すると考えられているのです。それは、喫煙が他のさまざまな疾病の根本的な原因となっているからでしょう。それゆえ、国家の財政面から考えても、将来の医療費削減につながる保険適用化が、良い策だと決定づけられるのです。
不妊治療が保険適用化されない理由は第4章で述べましたが、主に@治療の安全性、A治療の有効性、B疾病か否か、C医療費財源の問題の4つです。これらが原因で未だ保険適用がなされていません。では、禁煙治療についてはどうでしょうか。それぞれについて言及したいと思います。■ 治療の安全性
禁煙治療で用いられるニコチンは安全なのでしょうか。そもそもニコチンは、通常のたばこやニコチン置換薬から摂取する量を上回って大量に摂取すると有毒ですが、たばこ製品に含まれる多くの発がん性物質や他の有害成分や、たばこ製品が燃やされる時に発生する多くの有害成分に比べると、その毒性は一般にさほど高くないと考えられています。禁煙ガイドラインによると、ニコチン薬により急速な血中ニコチン濃度の上昇がみられることはなく、安全に使用できるといいます。しかし、ニコチンが体に良いとは言えず、用量や投与方法によって様々な副作用を生み出す可能性があることは忘れてはいけません。たとえば、ニコチン置換薬で摂取される用量では、妊娠中のニコチンによる副作用のリスクは喫煙よりかなり低いと思われていますが、リスクがある可能性は否定できないため、一般的には、妊娠中にニコチン置換薬を使用する際、医師への相談が望ましいと言われています。同様に、ニコチンは冠動脈疾患のリスク要因とされているため、ニコチン置換薬の添付文書表示では、心臓病の既往がある場合は製剤の使用前に医師に相談するよう注意を促しています。
つまり、完全に安全と言い切れるわけではありませんが、人を死に至らしめるほどの問題があると言えるようなデータは、今のところないようです。また、ニコチン置換薬が、多くの国で認可されていることも、安全性を保障する一因になるといえるでしょう。たとえば、ノバルティス ファーマ株式会社が1999年5月から日本で発売している貼る禁煙補助薬“ニコチネルTTS”は、ニコチンを皮膚から吸収させることにより、禁煙時のニコチン離脱状態を和らげ、禁煙を補助することを目的に開発された経皮吸収剤です。この薬は、ノバルティス ファーマ社が1990年5月にスイスで初めて発売して以来、現在までに世界60カ国以上で承認され、その安全性と有効性が高く評価されているといいます。
以上から、禁煙治療の安全性はに問題があるとはいえません。
■ 治療の有効性
治療の有効性については、第6章の3項ですでに述べたので、その有効性は証明されたものとします。
■ 喫煙は疾病か否か
喫煙は、個人的趣味・嗜好の問題と思われますが、医学界で、喫煙は“喫煙病(依存症+喫煙関連疾患)”という全身疾患であり、喫煙者は“患者”という認識がなされています(日本口腔衛生学会,日本口腔外科学会,日本公衆衛生学会,日本呼吸器学会,日本産科婦人科学会,日本循環器学会,日本小児科学会,日本心臓病学会,日本肺癌学会の9学会による)。喫煙依存症は、精神医学において物質依存(依存症)の一種であると認められており、WHOによる疾病の分類基準である国際疾病分類第10版(ICD-10)にも「F17.2 タバコ使用<喫煙>による精神および行動の障害 依存症候群」として分類されています。 以上から、喫煙は疾病であるといえるでしょう。
■ 医療費財源の問題
医療費財源については、第6章の3項でも述べましたが、禁煙治療の費用対効果は特に優れており、他の医療行為と比べて、少ない予算で多くの効果が期待できます。これは、禁煙治療の有効性が高いことからくるものでしょう。保険適用化になるということは、医療費財源を当てることになるので、この費用対効果の面が大きく関わってくるのです。
以上から、不妊治療で保険適用化の壁となる4つの問題すべてが、禁煙治療においては問題とされていないことがわかりました。不妊治療と禁煙治療の違いはここにあるのです。この違いが保険適用化になるか、そうでないかという境界になると考えられます。
◊ 第八章 先行研究より(岡本氏による政策提言) |
ここで、国立保健医療科学院の岡本悦司氏による研究『不妊治療需要推計のモデル化と効果的な公費助成への提言』について、紹介したいと思います。この研究は、平成16年度の厚生労働科学研究費補助金の政策科学推進研究事業の一環で行われました。 この研究の中で、岡本氏は、次のことをおっしゃっています。
■ 岡本氏の政策提言
不妊治療の経済負担を緩和するため保険適用を求める声が患者と医療機関の両方からある。しかしながら、不妊治療を通常の保険診療に組み込むことには、否定的にならざるを得ない。
第1に、不妊治療は傷病の治癒を目的とした医療保険とは性質が異なる。無制限に給付対象とすると費用が際限なく膨張する恐れが高い。少子化対策として不妊治療を推進する以上、つねに費用対効果を念頭においた給付設計を行う必要がある。
第2に、保険診療とすると、後述の成功報酬のような工夫ある給付方法がとれず、保険診療でややもすればみられるような乱診乱療に走ったり、生殖補助医療技術の発展を阻害しかねない。
結論としては、2004年度からスタートした不妊治療費助成事業を給付内容を重点的に見直し、拡大してゆくことを提言する。しかしながら財源として、医療保険や年金の保険料を充当することは妥当であるし、むしろ若い年齢層の保険料納付意欲を促進する上で望ましいと考えられる。
■ 岡本氏の提言する給付設計
30〜39歳で人工受精等で効果なしと診断された女性は誰でも 1回だけ公費助成により、全額公費負担で不妊治療(体外受精や顕微授精)を 受けられるようにする。
※ 不妊治療の成功率は常に1回目が最も高く、回を重ねるごとに低下する。 また全額助成でないと経済力のない夫婦は最初の治療さえ受けることができ ない。不妊治療を必要とする夫婦のうちで、実際に治療を受けているのは 半数くらい。(治療を受けられない半数を救うべき) 最初の1回だけ、30代の不妊と診断された女性全てに無料で不妊治療を 受けられる機会を保障することにより、子を求める不妊症夫婦全員が一度は 不妊治療をうけるようになる。
政策としては、年齢制限を設けることによって、妊孕力の残っている若い年代 のうちに不妊治療を受けさせるインセンティブを与える方が妥当である。また、 40代以上は若い世帯より所得や貯蓄も高く、自己負担能力も高いと考えられる。
■ 岡本氏の提言する成功報酬の導入について
不妊治療1回目の価格は公定価格として現在の相場より 安く設定する(25万円程度)が、それを補うため成功報酬を導入する。 すなわち妊娠出産にいたらしめた医療機関に対しては妊娠出産1回につき 10万円のボーナスを支払う。
※ 不妊治療が通常の治療と異なるのは、成功失敗が短期間に明瞭に出ることで あり、かつ機械や薬が進歩した現在においても、医師の技能に左右される面が 大きい点である。したがって、成功報酬を導入することによって医療機関の 技術の向上を促進し、公費の効果的給付に結びつくことが期待できる。
岡本氏の給付設計は、国の少子化対策としては良いと思います。現行の助成金制度では、年間2回上限10万円で通算5年支給ですので、最も多く支給する場合、100万円支給ということになりますが、それに対し岡本氏の給付設計では、体外受精・顕微授精1回に限り全額公費負担なので、最大30万〜40万円で済みます。つまり財政面からみて、今の助成金制度より国の負担が軽くすむでしょう。また年齢制限を設けることや、不妊治療の成功率が常に1回目が最も高く、回を重ねるごとに低下するという根拠に基づいた1回限りの公費助成であることを考えると、費用対効果の面でも優れているといえるでしょう。
しかし、それはあくまで少子化対策として良い政策だというだけで、患者さん個人のことを考えたら、どうでしょうか。第4章の第2項で挙げたフィンレージの会によるアンケートによれば、体外受精や顕微授精という高度生殖補助技術を受けた360名のうち、複数回技術を試み、それでも最終的に出産まで至った人は、全体の2割弱にすぎませんでした。1回で成功するする人はごくわずかです。にもかかわらず、岡本氏の給付設計に基づき、1回限りの公費助成を行ったとしたらどうなるでしょう。おそらく強運の持ち主だけが1回で成功し、残り大勢の人は、その後高額な治療費を全額自費で支払い、地道に治療を続けることになるでしょう。
私は、1回で成功する人に多額の支援をするよりも、なかなか子どもに恵まれず心も疲れ果て、お金に困っている人を支援することの方が、国としてすべきことだと思います。
◊ 終章 政策提言 |
この研究を通し、政策提言として大きく2つの点を述べたいと思います。
1、現時点での保険適用は断念すべき。
2、国が行う特定不妊治療費助成事業の見直しと拡大
(だたし自治体独自の助成金制度は現行のまま)
■1、現時点での保険適用は断念すべき
まず、現時点での保険適用を断念すべきという考えにいたったのは、4つの理由があります。
1つ目は、安全性の面で問題がある点。
2つ目は、有効性の面で問題がある点。
3つ目は、不妊症が疾病か否かという議論が不十分な点。
4つ目は、患者さんの中に保険適用を望まないという意見がある点。
1つ目と2つ目に関しては、禁煙治療との比較でわかったとおり、保険適用には安全性と有効性の確立が必要になってきます。不妊治療においてそれらが確立するためには、今後の医療技術の進歩に期待するしかありません。
3つ目の、議論が不十分ということに関しては、今後、海外の事例を踏まえた上で、より活発な議論が必要になってくると考えます。
そして4つ目は、もっとも重要かもしれません。研究前、私はすべての患者さんが保険適用を望んでいると考えていましたが、保険適用を望まず、むしろ恐れている人もいると知り、現時点での保険適用は見送るべきだと強く感じました。「女性を産む機械」と例えられることに代表されるように、「女性が子供を産むのは当然のことであり、産めないのは女性失格」と考えるような日本の風潮や、日本の家や子孫を重んじる気質は、未だ根強く残っています。そのため、不妊治療を保険適用化にすることで、その風潮が悪化し、患者さんに対して「治療して子供を産むのが当たり前」という社会的圧力が強くなることが懸念されます。また、少子化対策の一環として不妊治療を保険適用化しようとする動きもみられますが、それこそ危険なことでしょう。
この4つ目の問題を解決し、将来的に保険適用化にするためには、時間が必要になってきます。医療技術発展のための時間も必要ですが、それ以上に、時間の経過の中で、不妊症に悩む患者さんの声をより多くの人に知ってもらう必要があるでしょう。以下は、不妊症患者さんの悲痛な声です。
「実の父母にだけ治療していることを言っている。ほかの人には一切言っていない。友人にも言っていない。…中略…義理の両親にもいっていない。なぜ言わないのか。それはたぶん、私の劣等感からだと思います」
「治療が成功して子供が生まれたとしても、もしかしたら障害を抱えた子供が生まれるかもしれない。治療のせいで自分の体に副作用が現れるかもしれない。そんな複雑な思いの中、体外受精に臨んでいます」
このように、誰にも相談できずに悩む患者さんは大勢います。子供が生まれないことに劣等感を感じたり、治療後生まれた子どもの体を心配したり、治療費の面で夫の経済力を心配したり、義理の両親の目を気にしたりと、悩みはつきません。不妊症は、ほかの病気と違い、自分ひとりの病ではないのです。家族みんなが子どもを望み、その期待を患者は一身に背負い、病気と闘っています。そんな患者さんの声をマスコミがもっと取り上げ、より多くの人に伝えるべきです。それにより、不妊症患者さんに対して心無い言葉を投げつけたり、「女性は産む機械」と簡単に口にする人はいなくなると思います。そして、そうした基本的な土壌が整ってからでなければ、保険適用化が患者さんの心を余計に傷つけてしまうことになりかねないと、そう考えます。
■2、国が行う特定不妊治療費助成事業の見直しと拡大
次に、国が行う特定不妊治療費助成事業の見直しと拡大についてです。 不妊治療の保険適用化について、以前少子化対策における不妊治療の保険適用に関して、費用対効果の面から見た研究がなされており、それによれば、少子化対策費用としてならば、保険適用のコストパフォーマンスは優れており、政策として可能だとしています。ですが、やはり少子化対策としての保険適用化には上記のような懸念があり、また保険適用には解決しなければならない問題が多々あるため、その道のりは長くかかることが予想されます。年齢と密接に関わる不妊症ゆえ、患者さんは制度の充実化を早急に望んでいます。そのため、解決困難な問題が山積みの保険適用化では、患者さんのその期待に応えられません。そこで、国が行っている現行の助成金制度を見直し、より一層使いやすいものにすべきだと考えます。
第二章の第四項で述べたとおり、助成金制度には自治体独自のものがあり、そこで問題となっているのは各自治体によって給付内容や対象条件に差があることでした。その差は大きく、患者さんが不平等を感じる原因にもなっています。しかし私は、あえてその差を残すべきだと考えます(婚姻期間の条件が必要なのかは疑問ですが)。地方の過疎化が進む中、自治体はそれぞれ人を集めようと必死です。子どもの養育手当てや医療費控除について自治体で差があるのと同じように、助成金制度にも差があってよいのではないでしょうか。
ただ、それには国の助成金制度を拡大することが重要になってきます。現在、国と自治体の助成金制度がごっちゃになり曖昧になっている状態にあります。そのため国と自治体両方から支給されることを知らない患者さんが多数います。そこでまず、助成金の2段階構造をはっきりとさせることが必要でしょう。
基本的には、国民が等しく補助金を支給されるように、国の助成金制度を充実させます。そして、その基礎の上に、各自治体の助成金をプラスさせ、自治体ごとの特色を出すわけです。患者さんが、各自治体の差を不平等と思うのは、現行の国の助成金制度における給付内容に満足していないからではないでしょうか。つまり、各自治体に差があることを患者さんが不満に思わないためにも、今の国による特定不妊治療費助成事業をより充実させることが大切になってきます。
さて、では具体的にどう充実させるべきなのでしょうか。
まず、第八章で述べたとおり、私は1回で成功する人に多額の支援をするよりも、なかなか子どもに恵まれず心も体も疲れ果て、お金に困っている人を支援することが大切だと思います。その意味で、一回限りの公費助成ではなく、支給期間と金額に上限を設けている今の給付方法は良いと思います。今の制度をよりよくするために2つのことを提案します。
1、対象治療の範囲を広げる。
2、支給期間を延ばすとともに、段階を追って給付金額を上げる。
まず、対象治療の範囲を広げます。現在、体外受精・顕微授精のみ対象となっていますが、これを人工授精や一般不妊治療など保険適用外の治療全てに広げます。一般不妊治療にまで広げることで、助成金制度に対する患者さんの満足度は上がるのではないでしょうか。
さらに、通算5年の支給期間を延ばすとともに、年度ごとに給付金額の上限や年間給付回数に変化をつけます。(たとえば、不妊治療開始1年目は1回5万円、年2回支給。2年目は、1回10万円、年2回支給。3年目も2年目と同じ。4年目は1回15万円、年2回支給。5年目も4年目と同じ。)これは、不妊治療が段階を追って治療内容を変えるためです。通常不妊治療は、患者さんの身体的、経済的負担の少ない順で治療を選択し進めていきます。基礎体温から排卵のタイミングを予測して夫婦生活を行うタイミング療法(一般不妊治療)から始まり、排卵誘発剤やホルモン剤による治療(一般不妊治療)、それから人工授精、体外受精、顕微授精(高度生殖技術)の順です。なかなか妊娠せず、治療技術が高度になるにつれて、その治療費も増えていきます。つまり、この段階に沿った給付設計をすべきだと考えます。
◊ おわりに… |
今回、この研究を通して感じたことは、「何かを論じることは難しい」ということです。調べれば調べるほど、何が正しくて、何が間違っているのか、どの政策が良いのか、分からなくなっていきました。それは自分に知識が足りないからです。調べても、次にまた分からないことが現れ、それが膨大であるために諦め、結局のところ、本当に良い政策を考えることができません。
政策を作り出すとき、一つの視点だけでは決して良い政策は生まれないと実感しました。本当に誰もがうなずく政策を生み出すことは、学問の全てを見通し、世界各国のあらゆる情報を知ってこそ成せるのかもしれません。
研究を進める中で、自分の知識の無さと思考力の浅さを感じました。
◊ 参考文献 |
○厚生科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業)
『患者から見た不妊治療のあり方に関する研究』
研究協力者 北村邦夫、杉村由香里、鈴木良子、田邊國士
○博士(人間科学)学位論文
『少子化対策における不妊治療支援についての研究』
仙波 由加里 (研究指導教員:嵯峨座 晴夫)
○立命館産業社会論集
『高度生殖医療におけるクライエントの新たな心理・社会的困難の検討(1)
―先行研究の分析を通して―』
宮田 久枝
○『喫煙者に対する禁煙支援・禁煙治療の推進』
中村 正和 (大阪府立健康科学センター健康生活推進部長)
○厚生労働省HPより
『禁煙とたばこ依存症治療のための政策提言(21世紀たばこ規制の推進に向けて)』
○(財)国際医学情報センターによる情報誌 あいみっく
『がんと予防 ―禁煙対策の重要性と禁煙治療―』中村 正和
○厚生科学研究費補助金(政策科学推進研究事業)分担研究報告書
『不妊治療需要推計のモデル化と効果的な公費助成への提言』
国立保健医療科学院 岡本悦司
○政策フォーラム発表論文
『不妊治療への支援による少子化対策 ―現行政策への懐疑―』
関西学院大学西田研究会
岡原正典、来住俊介、重原彬宏、高寺大毅、安田光男、余頃雄亮、
○厚生労働省ホームページ http://www.mhlw.go.jp/index.html
○NPO法人Fineホームページ http://www.j-fine.jp/
○『野田聖子議員のホームページ』 http://www.noda-seiko.gr.jp/
○『禁煙治療!禁煙効果を実感する!』 http://www.larufu.net/kinen/
○『ノバルティス ファーマ株式会社』 http://www.novartis.co.jp/news/2006/pr20060601.html
○『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
○『みやけウィメンズクリニック』 http://www.mwc.med-apple.co.jp/index.html
○『妊娠しやすいカラダ作り』 http://www.akanbou.com/news/main.html
○『松山市議会議員 八木健治/不妊治療 保険適用を実現させよう』 http://www.vesta.dti.ne.jp/~yagi413/hunin.html
○『内閣府 国政モニター』 http://www8.cao.go.jp/monitor/index.html
○『東海市ホームページ』
http://www.city.tokai.aichi.jp/~kokuhonenkin/iryou_jyosei/jyosei/hunin/hunin_index.html
○『松江市ホームページ』
http://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/fukushi/funinjyosei/index.htm
○『真庭市ホームページ』
http://www.city.maniwa.lg.jp/webapps/www/service/detail.jsp?id=382
○『全国不妊治療助成金DATA MAP』 http://esperanzadegato.nomaki.jp/subsidydatamap.html
○厚生労働章発表『不妊に悩む夫婦への支援について』 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2007/03/h0327-2.html