Life in Eugene

　「まだ勉強してるの？飽きないのね。《
一杯目のエスプレッソがなくなったから、今度は緑茶を淹れようと 夜中のキッチンに立った時だった。ひとつ部屋のドアが開いて、モニカの顔が覗いた。私は小声で、
「今ノッてきたところだからやめられなくて。起こしたならごめん。《
と言った。モニカは、お茶じゃなくてビールにしたら？とけしかけてきたが(Bad girl!)、結局
ジンジャーティーを淹れてくれた。
　私たちは、キッチン・バスルーム共用のquad式のアパートで一緒に暮らす仲間だ。 他のメンバーは、週６日Taco Bellで働いているロック好きのマイケルと、体型維持のために無脂肪食品ばかりを買いだめしてくるオリビアさん。 私と同い年のモニカは仏語専攻の４年生で、ネイティブアメリカンのボーイフレンドとはとても仲良しだ。

　オレゴン州ユージーン市での生活は、まずこのアパートの賃貸契約から始まった。もちろん、海外での賃貸契約は初めて。 真夏に20kgはある特大スーツケースを引きずって、上動産屋をまわった。一週間後、やっと部屋が決まった。 新しい部屋に入ると、外とは対照的に空気がひんやりしていることにほっとして、どっと疲れが押し寄せてきた。 硬いカーペットの上だったが、丸二日間眠り続けた。

←これが私の家"Harris House"。
　家賃月額$275～のおんぼろアパート！
　住人はUniversity of Oregonの学生が
　多い。
　大学の門まで徒歩10分のロケーション。
　

　９月下旬、オレゴン大学３年生としての新学期がいよいよ始まった。 専攻は政治学。 クラスでは留学生だからといって、大目に見てくれることはほとんどない。 どれだけ高いGPAを維持できるかに必死になるアメリカの学生のなかで、私も生き残らなければならない。
　中間・期末試験、レポートの平均点はどれも80点台は当たり前。たとえ89点でも驚く点数ではない。 文章は論理的でわかりやすいかどうかに加え、個々の意見が求められた場合には、 どれだけ独創的で面白く、皆と違う視点で書かれているかによって評価される。 そしてもっと大切なのは、学ぶことに意欲的であること。 このような環境に飛び込み、私はよく学んだ。そのためにここに来たのだ。
　夜、ベッドに寝転んで目を閉じても、頭の中でさっきまで読んでいたテキストの文章が流れ、 寝たのか寝てないのかわからないまま朝が来る。食事は毎食、本を読みながらだ。 図書館に籠る日々もあった(真夜中でも学生がたくさん残っている)。 こんな毎日だったが、私に
とっては必要な期間だった。だから続けた。そして何より、最高に楽しかった。

　ある日、国際関係学のラース教授のオフィスアワーに質問に行くと、帰り際に教授はこう言った。 「Haruka、最終的には自分の答えを見つけることだ。学んだことから自分の答えを築き上げること、それがカレッジ教育だ《。 我が上沼先生も、同様のことを言われる。
　そう、私は私の答えを見つけるために今まで勉強してきた。 だが今思うことは、自分の中にインプットすることはたくさんあっても、それを総動員したアウトプットができただろうか、ということ。 あまり自信がない。それが大学４年間の最大の反省点でもある。

　また、私は時間を上手に使ってオレゴンでの生活を楽しんだ。 週末になると、友達と地元のレストランやカフェに行くのがお決まりで、 いろんな国の料理に挑戦した。 おいしい野菜が手に入る朝市や、たった２ドルでワインの試飲会にも出かけた。 (初めてヘビメタライブも経験した。魂が吸い取られる気がして、泣いて帰った！) 感謝祭、クリスマス、イースターなどのイベントも楽しんだ。 Amtrakでポートランドや時にはシアトルまで足を伸ばし、ショッピングをするのも最高の息抜きだった。 さらに、ジョギングを日課にしていた私は、夕暮れ時の大学トラックの常連だった。

←このトラックで北京五輪の陸上全米代表が直前合宿をしたそうだ。
　　代表団は私の帰国と入れ違いでユージーン入り。
　　そうでなかったら、彼らと並んで走れたかもしれないのに…？


　加えて、大統領選挙の予備選挙と同時期の留学は、大統領選挙過程を肌で学ぶことができ、ラッキーだった。 まず、授業中に有権者登録の紙が配られてくる。 選挙権行使のためには、有権者登録をしなければならないというシステムは、日本人の私には馴染みがなかった。 それから、選挙とマスメディアの関係についても考えさせられた。 例えばオレゴンの地元紙、Oregonianは民主党のオバマびいきで、 ヒラリーがユージーンに来た翌日の新聞でも彼女は三面記事扱いだった。 アメリカの新聞は、どの候補者を支持するか明確にする特徴がある。
　オレゴン州は予備選挙の日程が全米で最後の方だったが、民主党の予備選挙が接戦になったことで熱狂は続いた。 ある友人は、「オバマが負けたら今夜はやけ酒だ！《と言って選挙に臨んだ。 この年の特徴を一言で言うとやはり、選挙だった。

　だが、景気後退と食料品価格の高騰も忘れられない出来事だ。 2007年末になるとドル安が加速したが、歓迎ムードなのは私たち留学生だけ。 また、ベアー・スターンズ救済の問題はマスコミを騒がせた。 スーパーでは牛乳や卵、パンといった食料品が高くなったと実感した。 ユージーンの市バスでは解雇が相次いだり、路線が一部削減されるとローカル番組で流れた。 いよいよ、経済はまずいぞという雰囲気が市民のあいだに広がった。 私はこの上景気を見てきて、アメリカ型の大量生産・大量消費の時代が終わるのはそう遠い話でもないと感じた。

　さて、私はいま日本の東京での日常に戻っている。Harris Houseはとっくに引き払った。
夜中２時に誰かがキッチンの明かりをつけ、オーブンでピザを焼く音に起こされることはもうないし、 私が朝６時に起きてコーヒーを淹れ、りんごをかじる爽快な音を立てても、 隣の部屋のオリビアさんが眉間に皺を寄せて寝返りをうつこともない。 それに、真上の部屋で友人ジェニーが大声で長電話している相手を予想することももうできない。 私はオレゴンでの日常を思い出すと、まだちょっとだけ寂しいが、そう思えてハッピーでもある。

※DucksはUOのマスコット。ディズニー(Donald Duck)と契約している。

　　　　　モニカと一緒に食べたパンケーキ。→
　　　　　お別れの日にふさわしくない味だった。

←ユージーンで一番おいしいと思う
　「ペガサスピッツァ《。

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