企業価値経営と戦略的CSR
〜エイズ問題の視点から〜

社会科学部4年
政策科学研究ゼミナールV
小山慧


研究動機

  私は社会問題解決のためのイベントを企画するサークルに所属している。その中でエイズ企画の代表として企業渉外を行い、企業の広報担当の方やCSR担当の方と話をする機会を得た。しかし、協賛や協力をして頂ける企業はLevis'やMTV JAPAN、THE BODY SHOPなど外資系の企業が多く、日本企業のCSR活動に消極的な姿勢に疑問を抱いた。

 そこで、行政や社会活動家、マスメディアによって企業活動の責任が厳しく問われる昨今、企業にとってのコストとしてのCSRではなく、企業の持続的発展のためのビジネスチャンスとなるようなCSRについて研究したいと思った。

章立て


第一章 国内CSRの現状

  そもそもCSRとは企業の社会的責任(きぎょうのしゃかいてきせきにん / Corporate Social Responsibility)と言われ、企業が利益を追求するだけでなく、組織活動が社会へ与える影響に責任をもち、あらゆるステークホルダー(利害関係者:消費者、投資家等、及び社会全体)からの要求に対して適切な意思決定をすることを指す。  

  日本においてCSRに対する取り組みは諸外国と比べても早く、1970年年代から企業の社会的責任という言葉が使用されてきた。しかし、一般に日本企業がCSRに期待するものは、「企業の持続的発展」であり、そのため企業の社会的責任は企業の社会的貢献や企業イメージの向上を図る諸活動として考えられ、企業収益を実現した後の活動のみを指すものと誤解さえることが多かった。また、企業活動における利益実現が主の目標で、CSRは二の次と考えている企業経営者はいまだに多く、利益幅の小さな企業におけるCSR活動はあまり進んでいない。  

  このように、現在の支配的なCSRの考え方は、企業と社会を対立するものと考え、CSRを企業活動が社会や地球環境に及ぼす悪影響を改善するコストとして可もなく不可もない対応で対処しているのである。受動的姿勢のCSRを「消極的CSR」と呼ぶ。  

 

第二章 受動的CSRと戦略的CSR

  企業に影響を与える多くの社会問題を次の三種類に大別する。

@「一般的な社会問題」:
  社会的には重要でも、企業活動から大きな影響を受けることはなく、企業の長期的な競争力に影響を及ぼさない社会問題
A「バリューチェーンの社会的影響」:
  通常の企業活動によって少なからぬ影響を及ぼす社会問題
B「競争環境の社会的側面」:
  外部環境要因のうち、事業を展開する国での企業競争力に大きな影響を及ぼす社会問題

  いかなる企業であれ、すべての社会問題を解決したり、そのコストをすべて引き受けることはできない。そのため、社会問題をランク付けしその優先順位をつけることで、自社との関連性が高いAやBの社会問題に対する積極的CSRを計画できる。つまり、事業活動の現実や未来の悪影響を緩和するような「受動的CSR」から一歩踏み出し、社会と企業の双方に対しインパクトの大きいメリットをもたらす活動に集中する「戦略的CSR」を実践することができるのではないだろうか。

 

第三章 国内企業のCSR例

@THE BODY SHOP

事業内容:天然原料をベースとしたオリジナル化粧品を製造、販売する企業として設立した。 企業の中心的な価値に、広範囲にわたる地球上の問題への対策を支援する、強い取り組みで世間の知られるところとなった。 化粧品製造における動物実験に反対する、人権擁護に積極的に取り組むなど、社会的企業として世界をリードする企業となっている。

CSR活動:
 (1)動物愛護:化粧品開発のための動物実験への反対キャンペーンを実施
 (2)フェアトレード:天然原料の供給源に正当な対価を支払う
 (3)女性へのDV:全世界でDV根絶キャンペーンを実施
 (4)エイズ問題:全世界で若者のエイズ感染予防キャンペーンを実施「Be An Activist」(2010年)
 (5)環境問題:製品の製造から販売まで、可能な限り地球環境への負荷を削減する

「Be An Activist」:
 Defend Human RightsというCSR活動の理念の一つとして実施。2010年は世界中の様々なアーティストとコラボレーションをし、アーティスティックなレッドリボンの普及に努めた。これによって、THE BODY SHOPの社会的イメージは向上はするが、直接購買行動には結びつかない。エイズ問題を取り扱う根本的な理由は、創業者であるアニータ・ロディックの個人的な問題意識であり、社会的企業であるからである。このことから、エイズ問題はTHE BODY SHOPにおいて、「一般的な社会問題」と言うことができる。

Aリーバイ・ストラウス ジャパン(以下LEVI’S JAPAN)

事業内容:サンフランシスコに本社を構えるリーバイ・ストラウス&カンパニーの一員で、日本市場向けにリーバイスRブランド商品の製造・輸入・販売を行っている。

CSR活動:
 (1)災害援助 :緊急支援が必要な災害に対して援助をする
 (2) エイズ問題啓発 :HIV/AIDSの啓発・予防教育に関する先駆者として始め、現在グローバルに展開している「HIV/AIDS 予防・治療・ケアプログラム」

「HIV/AIDS 予防・治療・ケアプログラム」:
 全世界でエイズ啓発を展開 している。 これによって、リーバイ・ストラウス&カンパニーの社会的イメージの向上はするが、直接購買行動には結びつかない。エイズ問題を取り扱うようになったきっかけは「エイズの社会での認識を高めるために力を貸してほしい」という社員の一声と経営陣の思いだった。このことから、エイズ問題はLEVI’S JAPANにおいて、「一般的な社会問題」と言うことができる。

Bソフトオンデマンド(以下SOD)

事業内容:
性の総合エンタテイメント企業。 事業の主な目的は、商品を売る仕掛けをつくり実践すること。主力事業であるアダルト関連の他、一般映像作品(アニメ・劇場映画なども含む)の企画・プロデュース・流通・営業・販売活動を行っている。 また、AV業界全体の地位向上を目指した社会貢献活動(性感染予防を啓発する「STOP STD」運動など)も、そのミッションである。

CSR活動:
 (1)日本人の性についての調査報告→「SOD Sex Survey」
 (2)性感染症(以下STD)予防の啓発→「STOP! STD」
 など、性感染症予防に関する正しい情報公開を通じて、日本社会へ貢献することを目的としている。

「STOP! STD」:
 (1)性感染症予防に関するビデオ、映像コンテンツの製作及び頒布活動
 (2)ホームページなどでの情報公開の開始 性感染症予防に関する正しい情報公開
 など、性感染症予防に関する正しい情報公開を通じて、日本社会へ貢献することを目的としている。 これにより、性交渉を媒介とするSTD予防を呼びかけることで、企業イメージの向上につながるとともに、視聴者にとって「性」が身近になる。つまり、性産業のイメージアップと性との距離感を縮めることによって、アダルト関連商品の売り上げにつなげているのである。この意味で、エイズ・STD問題はSODにとって、「競争優位な社会的影響」であり、この取り組みは戦略的CSRだと言うことができる。

Cサンスター

事業内容:
オーラルケア用品を中心として、シャンプー、ヘアースプレー、洗剤等の製造・販売をおこなう、日用品、トイレタリー用品メーカー。

CSR活動:
 (1)疫病理解のための啓発活動
 (2)エイズ活動をしているNGO・学生団体の支援
 (3)口内の健康と全身の健康に関する取り組み
 など、エイズ問題の活動家の支援だけでなく感染予防と差別偏見の撤廃を訴えるイベントを独自に企画している。歯周病や口内炎などと共にエイズに対しての知識を啓発することで、消費者の口内ケアの意識向上させることができ、自社製品の売り上げにつなげている。つまり、エエイズ問題はSODにとって、「競争優位な社会的影響」であり、この取り組みは戦略的CSRだと言うことができる。

 

第四章 日本におけるエイズ問題の背景と政府の対応

@薬害エイズ問題

 →薬害事件(サリドマイド、スモン、クロロキン、薬害ヤコブ、薬害エイズ)
 ・血友病患者に対し、加熱などでウイルスを不活性化しなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者/エイズ患者を生み出した事件。
 ・全血友病患者の約4割にあたる1800人がHIVに感染し、うち約400人以上がすでに死亡しているといわれる。
 ・薬害事件は過去のこととして風化してきている。

<政府の対策>
 ・1989年に大阪と東京で製薬会社と非加熱製剤を承認した厚生省に対して損害賠償を求める民事訴訟が提訴され、厚生省内の「薬害エイズ」調査班発足。
 ・1996年に菅直人厚生大臣が厚生省内で隠されていたと自称する郡司ファイルなるものの発見を根拠とし、独断でエイズ訴訟原告と支援者達に謝罪。→和解が成立。

A性感染問題

 →同性間交渉の問題と異性間交渉の問題
 ・日本は先進国の中で唯一新規HIV感染者数が年々増加傾向にある。
 ・20代〜30代のHIV性感染が多い。
 ・約七割は同性間感染、三割が異性間感染。→同性愛に対する偏見の問題も無視できない

 <政府の対策>
  ・2006年より毎年厚労省主催のレッドリボンライブを開催。有名人やアーティストを招き、感染予防啓発を訴えている。
  ・毎年6月にHIV検査普及週間をもうけ、渋谷を中心に無料検査所を設置し、主に若者に対してHIV検査を呼びかけている。
  →対策は主に異性間の感染予防においている。これは同性間感染や感染後の差別偏見の撤廃を軽視している!!
  →国としてのメッセージのため、マイノリティに特化したorデリケートな啓発は困難なのではないか。

政府と企業の施策の強み/弱み

  政府
   ○マジョリティへの施策
   ○豊富な予算、企画規模
   ○広報力
   ×マイノリティへの施策
  企業
   ○マイノリティへの啓発
   ○独自の視点からの啓発
   ×予算、企画規模
    →このように、長所と短所が一致する相互補完的な関係にあると言える。
    →政府と企業が手を協力し、双方の強みを活かした施策へ!


参考文献




Last Update:12/8/5
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