企業の農業参入
〜新しい農業の担い手〜

早稲田大学社会科学部
政策科学ゼミ4年
田中智也

研究動機

 元々「経営」というものに興味があって、衰退していく農業に企業が参入するという動きに興味が湧いた。
 これには賛成や反対など意見が分かれていることも興味深い。
 企業の農業参入は、農業の後継者問題、食料自給率の問題など多岐に渡る問題を解決へと導いてくれるのではないだろうか。

章立て


第一章 日本の農業の現状・問題点

 日本の農業の現状と問題点について考えてみる。
 まず始めに、日本の農業の現状を概観するために、以下に1960年と2009年の農地面積、農業就業人口、農家戸数を表にした。

日本の農業の現状
1960年2009年
農地面積609万ha463万ha
農業就業人口1196万人252万人
農家戸数606万戸285万戸

(出所 『企業の知恵で農業革新に挑む!』p4-p5)

 1960年と2009年を比較すると、農業就業人口が約4分の1に減少したのに対して、農家戸数は約半分の減少にとどまっている。
 その理由として、兼業農家や農産物を販売しない自給的農家が増加していることなどが考えられる。

 次に、日本の農業の問題として、以下のことが挙げられる。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)

  • 高齢農業者の再生産
  • 80歳引退→後継者60歳
  • 兼業農家の増加
  • 会社勤めを含め、農業以外の仕事で収入を得てる農家の増加
  • 耕作放棄
  • 過去1年間耕作せず、今後数年の間に再び耕作する意思がないこと
  • 農地転用
  • 農地を宅地などにすること
  • 農地の減少
  • 耕作放棄や転用により、1961年に609万ヘクタールあった農地の4割を超える250万ヘクタールが減少
     これらの問題を解決するためにも、企業の農業参入を推進していくことが必要なのではないかと考えている。

    第二章 農業への企業参入がもたらす効果

     では企業が農業に参入することによる効果とは何だろうか。
    などが考えられる。
     農業へと企業が参入することによって、企業経営ノウハウや資金力を農業経営に活かすことができる。企業と農家が協力をして、農業収益を上げることによって、日本の農業に関する問題はいくつか解決できるのではないか。農地を集約化することで、無駄を無くし、その上できちっとした事業計画を立てる。そして、極力無駄を排することで、価格を下げても成り立つ農業経営ができる。
     しかし、これを個人の農家に任せることはできないので、ここで企業の参入が必要になってくる。

    農家にはできず、企業にできることとして、具体的に、

    などが挙げられる。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)

     農家と企業が協力をして、企業ならではの強みを農業に取り入れることが重要である。

    第三章 企業の農業参入の失敗例(オムロン)

     企業の農業への参入は必ずしも成功するわけではない。むしろ失敗した例の方が多い。
     現実に、構造改革特区制度を利用して、農業に一般の企業が参入しているが、売上高もない企業が2割、経営収支が赤字となっている企業が6割にも及んでいる。
     一方、企業よりも農家の方がパフォーマンスは良いのである。2005年農産物販売額が1億円を超えている農業の事業体は、農家で2470戸、農家以外の事業体(農業生産法人など農家の組織)も2616戸、合計5086戸もある。
     具体的に、企業が農業に参入して失敗した例として、オムロンなどが挙げられる。
     オムロンはトマトのハウス栽培という農政の規制をほとんど受けない形で参入した。制御機器大手のオムロンは、1998年に18億円を投じて7.1haの巨大ガラスハウスを建設した。この施設はオムロンの撤退と同時に、林業の傍ら1980年代からトマト栽培に取り組んでいた宮崎県の造林業者が買い取り、現在では順調に経営されている。ガラスハウスの内部には、35万本のトマトが並び、コンピュータが温度や湿度を自動制御し、木の根元に差し込まれたチューブから肥料と水が与えられている。
     なぜ、オムロンのような先端技術をもった大企業が失敗して、農家に近いような中小企業が成功するのだろうか。
     オムロンが実現できなかった高品質トマトを生み出すカギは「人の感覚」にあったという。ハウス内は広いので、場所によって温度や光量が微妙に異なり、1つの自動制御プログラムに依存すると、作柄が安定しないことに気付いたのだ。人の目や肌の感覚を頼りにプログラムを修正した結果、徐々に品質は安定していったという。
     栽培担当課長は「機械はあくまで補助。大事なのは一本一本の手作業」と語る。ハイテクと人間の感覚が補い合うことで、トマトの品質は向上し、この温室は再生した(2006年7月3日北海道新聞より引用)。
     自然相手の農業は工業と同じではない。工業の感覚で農業に参入しようとすると、高度な技術を持った大企業も失敗する。農家の感覚が必要となるのだ。
     3年も経たずに撤退したオムロンのハウスを引き取った農業系の中小企業が成功したのは、企業と農家との関係を象徴するような例である。
     しかし、農業が衰退していく中で、新しい農業の担い手として企業に期待するところは大きいと考えている。オムロンのハウスを引き継いだ企業のように、企業が自然への対応力に優れた農業技術者を採用すれば、成功する可能性はある。
     経営には法則がある。農業だけが特別ではない。それに基づいて、農業の特殊性に注意しながら創意工夫を凝らせば、成功する確率は高くなるはずである。

    第四章 企業が農業参入するための手段

     企業が農業参入するためには複雑な手順を踏まなければならない。
     その手段として、次の2つの方法が挙げられる。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)
    1. 農業生産法人の設立
      農地法改正によって認められた新設・既存の農業生産法人に対する出資(合名・合資・有限会社は1962年。株式会社は2000年に解禁)。
      農業生産法人は、法人形態・事業・構成員・役員に関する要件を備える農地所有を認められた法人であり、企業は出資比率が過半を占めない限りにおいて、農業生産法人への出資を通じた農業参入が可能。
    2. 農地の借り入れ
      2003年に国の構造改革特区制度において、特区内での特例措置として認められた。2009年の農地法改正では、一定の要件を満たせば、市町村による指定の有無を問わず、国内全ての農地について、企業が所有者と相対の貸借契約を締結できるようになり、企業の参入機会が大幅に拡大。同改正では、貸借期間の上限も20年から50年へと緩和。
     しかし、この2つの手段にはそれぞれデメリットがある。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)
    1. 農業生産法人の設立のデメリット
      農業関係者以外の者に経営が支配されないよう、農業者や農業関係者の議決権が4分の3以上であることという農地法に基づく要件がある。
      農業関係者以外が持てる4分の1未満の議決権についても、販売業者などその農業生産法人と取引関係にある者でなければ取得できない。普通の人が出資して議決権を持つことはできない。
      これに加えて、役員の過半は農業に常時従事する構成員であることという農地法に基づく要件もある。
      さらに、農業生産法人に対して、取締役会などの承認を得なければ株式を譲渡できないと定款で規定することを求めている。企業は出資比率が過半を占めてはならないために、投資もなかなかできない。
    2. 農地の借り入れのデメリット
      所有権のない、いつ返還を要求されるか分からない借地には、誰も投資しようとしない。
      大きな機械投資をして参入しても、投資が無駄になってしまう可能性がある。
     以上のように、日本では企業が自由に農業へと参入することを制限されている。

    農地借り入れと農業生産法人への出資の比較
    項目農地借入農業生産法人への出資
    農地所有▲不可○可
    経営への関与○主体的に経営に携わることが可能▲出資比率が最大2分の1未満までに制限
    農地○農業生産法人への出資に比べて、農地確保の機会が豊富で、取得コストが低い▲優良な農地を確保しにくい○共同出資者である農業者から優良な農地を確保しやすい▲借り入れに比べて機会は限定的で、取得コストが高い。
    生産ノウハウ▲既存の農業者から習得しにくい○共同出資者である農業者から習得しやすい
    参入・撤退障壁○低い▲高い

    (資料)みずほ総合研究所作成

    第五章 諸外国との農業事情の比較

     ここでは、日本と諸外国の農業事情を比較する。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)

    ブラジル・アルゼンチン
    ブラジルやアルゼンチンの農業ファンドは、農地や農場を所有して、農場の経営・耕作は第3者に任せている。
    農場経営者は、大豆、サトウキビ、飼料などの作物や肉用牛の生産について、農産物市況を見ながら、何をどれだけ生産するか、何人雇用するかなど、経営を完全に任されている。
    経営が成功して高い収益を上げることができれば、ファンドも農場経営者も応分の利益を得る。
    彼らは、「所有と経営の分離」によって、高い収益をあげている。
    オランダ
    日本ではトマトの生産量は、1平方メートルあたり15から30キログラムだが、トマト先進国であるオランダでは、50から70キログラムの生産量である。
    日本は単収のほか経営規模、生産性とも、世界の標準の半分以下に甘んじている。
    オランダでは、産官学の連携が取れている。
    オランダの農業界には、公務員も普及員もおらず、全て民営化されている。研究のための研究などしないプロの農業アドバイザーである。病虫害のプロ、品種開発のプロ、エネルギーのプロ、メンテナンスのプロ、労務管理のプロなどというように分業化されていてお互い切磋琢磨している。民間の世界なので、良い仕事をしなければ来年雇ってもらえない。

     これらの国と日本を比較すると、日本の農業は家族経営の域を出ず、過去からの方法論を繰り返しているという点で、農業に関して後進国であることがわかる。
     また、ヨーロッパと比較すると、ヨーロッパはゾーニング規制だけで農地を規制していて、農地法に相当する規制はない。「所有と経営」が分離しているのである。
     「所有と経営の分離」が、日本の農業問題のネックになっていると私は考えている。
    ゾーニング
    土地を農業的利用と都市的利用に明確に区分・線引きする土地利用規制。

     以上、海外では当たり前に行われている企業化のモデルを、日本に合うようにアレンジして、新しい産業を形成すべきなのではないか。

    第六章 日本における農業への企業の参入障壁

     日本における農業への企業を参入する上で、障害となるものがある。
     その参入障壁として、次のものが挙げられる。(『企業の知恵で農業革新に挑む!』参考)
     企業や団体、個人まで含めて、よりやる気のある人間や組織が、新規に参入しやすい環境を作るべきである。そのためには、委員長がすぐに変わってしまう農業委員会ではなく、規律がある機関を作って、その機関が参入しようとする者について、厳密に所定の要件を満たしているか、事業計画を立案しているかなどを吟味し、足りない点があれば必要に応じて指導して、要件を満たす者の参入を認めるようにしたほうが良いのではないだろうか。
     無責任なことをして、畑を使えないものにしてしまうような人間や組織は参入させてはならない。その基準は法律に基づいた透明性のあるものでなければならない。
     逆に要件を満たしていれば、参入を阻む理由はないのではないだろうか。

    第七章 今後目指すべき日本の農業

     日本の農業に、革新が必要である。
     農業界が株式会社による農地取得に対して反対している理由は、農地の転用につながるから、ということである。しかし、250万ヘクタールの農地の大半を転用して儲けたのは株式会社ではなく、農家自身である。
     ゾーニング制度さえしっかりしていれば、転用そのものがあり得ないので、反対する理由はなくなる。農家や農業団体が本当に転用すべきでないと信じているのであれば、ヨーロッパのように確固たるゾーニング制度を導入することに反対できないはずである。
     株式会社も農業の後継者の1つと考えて、事業リスクを株式の発行によって分散できるという株式会社のメリットを活用すべきだ。
     ゾーニング制度を抜本的に変更・強化して、その代わりに農地法を廃止するという大胆な規制緩和を実現するべきで、さらに転用期待で農地を農地として利用せず、耕作放棄しているものに対する経済的ペナルティの導入も必要である。農業が好きで、農業経営に優れている人材が、広く日本全国から参入できるようにするべきである。
     こうすれば農業の産業化が進み、国際競争力のある農業という産業を育成できるようになるのではないだろうか。

    第八章 企業活力を利用した地方自治体の農業振興(大分県)

     近年、農業に参入する企業を積極的に誘致し、従来からの農業生産者と企業との連携を促して地域農業の活性化を図る動きが見受けられる。
     まずは組織整備や県独自の事業によって、農業への参入企業を増やしている大分県から取り上げる。
     大分県における2007年から2011年度の企業による農業参入実績は累計134件に達していて、このうち県内企業の参入件数が100件、県外企業の参入件数が34件である。

    業種別に見た大分県での企業による農業参入件数
    建設業食品産業農業・農業関連業製造業運輸業その他(合計)
    200712
    20081730
    20091029
    20101335
    201128
    合計46282620134
    (資料)大分県「農業への企業参入の実績」

     2011年度の参入傾向として、県外の食品企業による参入の増加がみられる。
     具体的に、ローソンが豊後大野市に2ha、宇佐市に0.65haの農地を確保し、地元企業との共同出資によって設立した子会社を通してキャベツ・レタス・トマトなどの生産に着手している。
     また、イオンの子会社であるイオンアグリ創造は、九重町の農地30haを活用して露地野菜の生産を開始している。
     大分県では、企業参入の効果を把握するため、各企業から参入時に目標とする年間産出額・農業従事者数・農地活用面積を確認している。2007〜2011年度に参入した企業の目標値を足すと、年間産出額が121億円、農業従事者が1324人(うち常時450人、パート874人)、農地活用面積が670haになる。これは、2010年における大分県全体の各9.2%、1.8%、1.2%は相当する。実際には当初目標通りの実績が達成されているとは限らないが、企業の農業参入は、地域に一定の経済効果をもたらしているとみられる。

     大分県で多数の企業による農業参入が実現した背景には、県が積極的な誘致を行うべく、組織づくりに取り組んできたことが挙げられる。
     耕地面積の約7割が中山間地域に位置する厳しい立地条件のもとで、規模拡大による経営の効率化が進みにくい状況にあった。さらに、就農人口の平均年齢も全国平均より高かったことから、農業衰退に対する危機感が2000年代の早い時期から強まっていた。
     これを受けて、県の農林水産部は2003年に「異業種からの農業参入相談窓口」を設置し、担当者を1名配置した。
     さらに2008年には、キャノンやダイハツ工業といった大企業の工場誘致に成果を挙げた商工労働部の企業立地推進課のノウハウを農業分野にも活かすとの意向を県知事が示し、専任5名および兼任者によって構成される「企業参入支援班」を農林水産部内に新設した。
     また、県は、農地情報の管理や生産者への技術指導など、異なる機能を有する農林水産部内の10課・室や、商工労働部の企業立地推進課、土木建築部の企画課などによって構成される部署横断型の「農業企業誘致プロジェクトチーム」を設置するとともに(事務局は企業参入支援班)、県内に6か所の振興局(県の出先機関)や市長との連携の枠組みも構築し、企業の農業参入に円滑に対応できる組織づくりを図った。

    大分県による農業参入企業への総合的な支援
    項目想定される支援メニュー(例)
    事業参入の相談受付ワンストップ窓口として、農業参入への各種疑問に対応
    参入プランの策定品目ごとの収支・投資額の試算を提供するなどしてバックアップ
    農地の確保品目・規模などの企業ニーズに合った農地をオーダーメイド方式で集約・斡旋し、関係機関と調整
    施設・設備の確保 栽培用の空きハウス・倉庫などの遊休施設や中古機械を斡旋
    農業技術の習得各種研修制度の設置
    営農指導農業普及指導員約200名などによる栽培技術の指導
    地域コミュニティへの融和地元の農業団体や農業従事者との関係構築
    販路開拓マーケター(県職員)による量販店・外食産業・加工向け販路開拓の支援
    資料 大分県「大分県で農業に挑戦しませんか。」

     また、大分県では2008年度に開始された「企業等農業参入推進事業」という県独自の事業を通して、農業に参入する企業への補助金を支給している。

    1. 参入用地の整地・畦畔除去等の整備・土づくりに要する経費
    2. 遊休施設を機械庫・集出荷施設・作業舎等に改修するための経費
    3. トラクター・農機具格納庫等、汎用性もある機械・施設等の購入に要する経費
    4. 水利施設・農地・園内道路など参入する農地・施設等の基盤整備に要する経費

     特に3は他の都道府県による補助があまり実施されていない経費であり、企業に歓迎されている。
     しかし、初年度に約7千万円に達していた企業等農業参入推進事業の予算は、厳しい財政事情を背景に2012年度には約3千万円まで減少している。また、県では同事業以外に、企業の農業参入を促進するため国が実施している一部の事業についても、企業を営む農業経営体への補助金の上乗せを実施しているが、こうした取組みは他の都道府県でも多く実施されている。
     これらの事情を踏まえると、農業参入企業への補助事業よりも前に述べた支援体制の充実の方が、企業誘致の効果が大きいと思われる。
     大分県は集約しやすい農地が限られていることや、他の都道府県も企業の農業参入を支援する取組みを強化し始めていることなどから、今後県内での農業参入件数が大幅に増加するとは見込んでいない。
     これらのことから、県としては、既に参入した企業と従来からの農業生産者との連携を積極的に支援し、地域の農業活性化に結び付けていくことを、戦略上重要な課題として位置付けている。具体的には、独自の販路を確保している参入企業(主に食品企業を想定)と地元の農業生産者との間での栽培契約の締結に際して、県が調整役としての機能を果たし、取り扱い農産物の数量拡大という企業側のメリットと、販路拡大という農業生産者側のメリットを実現するといった取組みを想定している。
     また、集落営農組織と企業の連携を促進し、前者に農業経営の効率化の機会、後者に集約された農地の活用の機会を提供することも考えている。
     このほか、企業が経営ノウハウや販路、農業生産者が原料や商品化のアイデアを持ち寄って共同で加工事業へと進出し、新たな価値創造を図るといったシナリオも検討している。

     これらの各種取組みが成功すれば、企業の農業参入による経済効果に、従来からの農業生産者の事業拡大による経済効果が加わり、地域全体の農業活性化につながるものと期待される。
     これに向けて県は、企業に対する支援を強化していくだけでなく、参入企業との連携に総じて慎重な地元の農業生産者に対して、WIN-WINの関係構築を働きかけていくことも重要な課題として捉えている。

    第九章 企業活力を利用した地方自治体の農業振興(愛媛県西条市)

     一方、愛知県西条市では企業との「二人三脚」で6次産業化に取り組んでいる。
     具体的に挙げると、同市は2002年度の施政方針において6次産業化の推進を提唱して以降、
    1. 工場排熱と地下水の温度差を利用して冷熱を得るMH(水素吸蔵合金)冷水製造システムの開発と、これを利用したいちごの周年栽培の実証実験
    2. 農工商・産学官での連携を強化するための「西条食料産業クラスター協議会」の設立および同協議会による輸出販路の開拓
    3. 地元食材のPRや商品開発を支援するための施設である「食の創造館」の開設
    などを実現している。
     こうしたなか、市の隣に位置する新居浜市を発祥とする農薬メーカーの住友化学が2009年に長野で農業に参入するという報道を受け、「西条市でも農業に参入してほしい」との意向を市長が直ちに同社に伝え、さらに市として参入を積極的に支援する方針を示したことなどから、同社の誘致が実現した。
     また、2011年3月には同社の西条市における農業参入の取組みが「西条農業革新都市」プロジェクトとして、経団連の「未来都市モデルプロジェクト」の一つに指定された。未来都市プロジェクトとは、「参加企業が自ら有する最先端のアイデア、技術、製品を積極的に投入し、将来のビジネス展開によってその投資を回収する(日本経済団体連合会)」民間主導の事業で、異分野・異業種間の企業各社が地域の住民と協力して先端技術の実証実験を行い、各種の社会的課題を解決することを目指すものである。
     このプロジェクトの指導により、西条市は住友化学を始めとする複数の企業の先端技術を利用して農業生産・流通のイノベーションや地域農業の活性化に取り組むという貴重な機会を得た。
     2011年8月には、プロジェクトの中核的な事業主体として、農業生産を担うサンライズファーム西条が設立された。

    サンライズファーム西条の出資者構成
    出資者出資比率(%)備考
    住友化学94農産事業を通して、農産物の栽培履歴管理システムを構築
    西条産業情報センター公設民営型の産業支援機関(1999年設立)
    JA西条西条市内にある3つの農業協同組合の1つ
    パナソニックネットワークカメラによる監視技術を保有
    三菱重工業子会社の三菱農機が農業機械事業を展開
    (資料)西条市、住友化学へのヒアリングに基づき、みずほ総合研究所作成

     企業参入に際して、地方自治体の関係機関やJAが共同出資するケースは極めて珍しく、これら地元関係者の企業との連携に対する積極的な姿勢の表れという点で注目に値する。
     プロジェクトでは、これら出資者の各種経営資源に加え、日立造船のGPS関連技術や大日本印刷のICタグ技術などの先進技術を活用することにより、農業生産の省力化や農産物流通の効率化を目指している。
     また、サンライズファーム西条は、先進技術への取組み状況やその採算性など、実証実験に関する詳細な情報を地元の農業生産者に発信し、プロジェクトへの参加を促そうとしている。通常の企業による農業参入とは異なり、地元の農業生産者との連携を重視していることが、このことからも見てとれる。
     西条市では、プロジェクトの始動を好機と捉え、国に対して総合特区の申請を行ったり、各種連携・産業集積を促進するための体制を整備したりするなどの取組みをプロジェクトと並行して進めることで、6次産業化の飛躍的な発展を目指している。

    1. 総合特区の申請
      2011年6月の総合特別区域法の制定によって総合特区制度が創設されたのとほぼ同時に、地域協議会を設立し、特区で取り組むべき事業内容についての検討に着手した。
      @農商工連携による販路拡大・付加価値増強・品質向上
      A食産業関連事業の創設・誘致
      B先進技術を用いた省力化の推進
      などを事業内容とする「西条農業革新都市総合特区」を国に申請し、同年12月に地域活性化総合特区としての指定を受けるに至った。
      @〜Bの事業内容については、住友化学やサンライズファーム西条などを事業実施主体として想定していて、プロジェクトとの一体的な運用が見込まれる。こうしたなか、市では、プロジェクトの進捗状況に応じて、農地利用に関する規制の特例措置や、6次産業化に伴う財政上も支援措置の強化を国に順次働きかけることで、特区指定のメリットを追求していく方針である。
    2. 連携・産業集積のための体制整備
      西条市ではプロジェクトの始動を受け、市が一体となってプロジェクトの各種ニーズに対応できるよう、産業振興を担う産業経済部と農林行政を担う農林水産部を企画情報部が取りまとめる体制を整えた。さらに、2011年12月には、同部内に農業革新都市推進室を設置し、専任3名を配属して、
      @住友化学と「二人三脚」でプロジェクトの具体的な企画を練る
      A地元の農業関係者・企業に対し、プロジェクト関連の新たな事業機会を提供する
      B特区における規制の特例措置や財政・税制・金融面での支援措置について国と協議する
      などの業務を担当させている。
      このうち、@については、西条市産業革新推進室と住友化学の主担当がサンライズファーム西条の○場責任者も交えて、毎週のように打ち合わせを実施していて、企業の参入を市が支援するというよりも、企業と市が共同事業主体となるような形でプロジェクトに携わっているため、プロジェクトに対する市の積極的な姿勢がうかがえる。
      また、Aについては、市の産業支援機関である西条産業情報支援センターと協力して、西条市外のプロジェクト関連企業と地元関係者とのマッチングを実施している。

     プロジェクトの中核を担うサンライズファーム西条は、農機の自動運転および肥料・農薬の精密散布といった先進技術の導入による効果を実現するには、最低20ha規模の圃場が必要であると見込んでいて、まずはこの規模まで圃場を拡大することを目標としている。しかし、日本では農地が歴史的に小口分散しているほか、転用期待などを背景に農地の売買・貸借取引が活発でないなどの構造的な問題があり、西条市でも農地の大規模集約化に向けた画期的な対策は見当たらないのが実情である。
     こうしたなか、サンライズファーム西条は、農業をリタイヤする高齢者からの農地引き受けや、水稲を営む農業生産者から冬の間だけ農地を借りてレタスを栽培する輪作への取り組みを通して、徐々に自社の栽培面積を拡大していく方針である。また、同社ではプロジェクトに参加して同社と生産・加工・流通面で提携してくれる農業生産者を増やし、将来的には自社の栽培面積と合わせて500ha規模の一大レタス産地を形成したいとの意向を持っている。これが実現すれば、安定供給や市場での占有率の上昇によって販売先への発言力が強まり、同社や農業生産者の収益性向上につながると期待されている。ただし、現時点では、プロジェクトに興味はあるものの、どのように連携していいかわからないという地元の農業生産者が多いと見られ、同社としては今後、JAや市と協力しながら、これらの生産者に具体的なメリットを提示して、参加者を増やしていくことが重要であるとみている。
     一方、市としては、プロジェクトの実質的な共同主体として、上記に述べたサンライズファーム西条の各種取り組みを支援していく方針であり、同社にとっての課題と市の課題はほぼ一致している。加えて、市は、プロジェクトの拡大に伴い活発化が見込まれる食産業関連事業の創設・誘致に際し、農商工・産学官など多様な連携を提案・調整し、地域の活性化に繋げていくことを今後の重点課題として捉えている。

    第十章 大分県と愛媛県西条市の取り組みの共通点

     大分県と愛媛県西条市の取り組みには共通点が見受けられる。
    1. トップによる強い推進力
    2. 県や市といった組織内における部署横断型の連携体制の整備
    3. 企業と地元の農業生産者との連携模索
    4. 企業による農業参入と6次産業化との一体的な推進

    共通点の具体的な内容
    共通点大分県西条市
    県知事が製造業の工場誘致を通して獲得したノウハウを農業分野に活かすとの方向性を打ち出した市長が企業へのトップセールスやプロジェクト向けの優良農地の確保に尽力した
    企業参入支援班を事務局とする農業企業誘致プロジェクトチームを設置し、県の部署間(農林水産部・商工労働部・土木事業部)や、県と市町村とが企業の農業参入に対して強調して支援できる体制を整えた農業革新都市推進室が産業経済部と農林水産部を取りまとめ、第3セクターの産業支援機関とともに、プロジェクトを推進する体制を構築した
    参入企業と農業生産者との連携を支援して地域の農業活性化に結び付けていくことを今後の重要な課題として位置付けている地元の農業生産者のプロジェクトへの参加を計画に織り込んでいる
    企業と農業生産者が共同で加工事業に進出し、垂直統合による高付加価値化を実現するシナリオを想定プロジェクトの発展に伴い、食産業関連事業の参入機会が拡大すると予想

    第十一章 大分県・西条市の事例を踏まえたまとめ

     大分県・西条市の事例を踏まえて、まとめをする。

     大分県と西条市の事例を踏まえると、他の地方自治体が今後、企業活力を利用した農業振興に取り組む際には、まずは地方自治体が一体となって企業の農業参入を支援できる体制を整えた上で、これを基盤として農業活性化の効果を企業による「点」レベルから、地域全体の「面」レベルへと拡大させていくことが重要であるといえる。
     また、大分県や西条市は現在、企業と地元の農業生産者との連携強化や、企業の農業参入と6次産業化の一体的な推進を通して地域全体の農業活性化を図る段階に入っているが、この局面においては、主管部署(大分県では企業参入支援班、西条市では農業革新都市推進室)がいかに企業・農業生産者間や農業生産者・食品関係企業(加工・流通業者等)間の連携を提案・仲介・調整していくかが、成否を左右すると考えている。もし地方自治体が上記のような機能を適切に担うことができれば、総じて変化に消極的な傾向がみられる農業生産者が農業活性化に向けた新たな取り組みに挑戦しやすくなるのではないだろうか。

    第十二章 政策提言

     企業を新しい農業の担い手として迎え入れ、様々な農業問題の解決、そして日本の農業に競争力をつけることを目指して政策提言をしていきたい。

    農地制度の見直し
     自作農主義から脱却し、若者やベンチャーなどの新規参入が促進できるよう、一定の資本金額以下の農業企業については、農業生産法人の要件を撤廃する。
     また、現行のリース方式で実績のある一般企業には農地所有を認めるべきである。
     信託銀行、信託会社、土地改良区等による信託も可能にする。農業ファンドが農業機械等を購入して、主業農家や新規参入者に信託による農地管理を委ねることができれば、さらなる構造改革が期待できるのではないか。
     また、農地転用はやむを得ない場合に限定するとともに、その場合においても、農地転用税を課し、これを農業構造改革の対策の財源とすべきである。
     換地処分を伴う低コストでの基盤整備を推進し、圃場規模の大規模化や零細分散錯圃を解消する。
     他方、耕作放棄を防止するために、農地として利用していない土地については市街化区域内の宅地並みの課税を行う。
    既存農業者とのアライアンス構築
     農地借り入れによる農業参入に際し、多くの企業が本業での事業経験をもとに発揮しうる強みを有する一方、生産ノウハウの習得や優良な農地の確保といった課題に直面している。これに対し、既存農業者は、生産ノウハウや耕作に適した農地を有する一方で、企業的な経営スキルの習得による合理化やビジネスモデルの革新の実現に苦戦する傾向がある。
     以上のことから、両者がアライアンスによって相互の強みを補完することで、ともに収益機会を拡大できる。
     具体的に、企業は既存農業者に対して、コスト・工程管理を含むマネジメント・ノウハウの指導や農産物の購入・契約栽培などを行うとともに、先に述べた業態別の強みを、機能として提供することが可能である。一方、既存農業者は企業に対して、農作業の請負、生産ノウハウの指導、自らが所有する農地の一部貸付を実施しうる。
     現時点では、既存農業者が企業と接点を持つことに対して消極的であるうえ、両者が協力する場合でも、試験的なレベルにとどまるケースが多く、本格的なアライアンスが構築されている事例はほとんどない。しかし、なかには大手小売業が農業子会社を設立して、借り入れた農地で農産物を栽培するだけでなく、既存農業者へも生産を委託することで、トレーサビリティが高いプライベートブランド野菜の大量販売を実現し、農業子会社のスケールメリット発揮や既存農業者の経営安定化に成果をあげているケースも存在する。
     また、最近では東日本大震災の被災地において、農地の塩害被害に対処すべく、企業と既存営農者が共同で溶液栽培による植物工場での野菜生産に乗り出すなど、アライアンスの機運が高まっている。
     既存農業者は、農協およびその系統組織に経営指導や仕入・販売をはじめとする農業関連サービスを依存する傾向が強い。しかし、今後、既存農業者がアライアンスを通してこれらサービスを各分野で強みを有する企業から受ける一方、農業に進出する企業に対してノウハウ・労働力・農地を提供し、新たなビジネスモデルの構築に取り組んでいけば、事業プロセスの効率化や付加価値の向上が実現できる可能性が十分にある。
     また、多くの既存農業者が後継者難に直面している中で、企業と既存農業者とのアライアンスは、農地利用の継続性を強化するうえでも有効である。
     この両者がアライアンスによって互いの課題を克服し、事業競争力を高めることができれば、地域経済や国内農業の活性化にも繋がるだろう。
    植物工場での野菜生産 植物工場での野菜生産
    玉川大学WEBサイトより                       農林水産省より

    地方自治体による企業誘致と農業振興
     大分県で5年間で134社もの企業の農業参入が実現した背景には、県が積極的な誘致を行うべく、組織づくりに取り組んできたことが挙げられる。他の県でも、大分県の「企業参入支援班」や「農業企業誘致プロジェクトチーム」のように、企業の農業参入に円滑に対応できる組織づくりを積極的に図るべきである。また、事業参入の相談受付や参入プランの策定など幅広い側面から、農業に参入する企業を総合的に支援したり、多くの企業と面談して企業のニーズや参入のステップに応じてこれら支援メニューを適宜提供すべきである。
     ある程度企業が参入したら、既に参入した企業と従来からの農業生産者との連携を積極的に支援し、地域の農業活性化に結び付けていくべきである。具体的には、独自の販路を確保している参入企業(主に食品企業を想定)と地元の農業生産者との間での栽培契約の締結に際して、都道府県が調整役としての機能を果たし、取扱い農産物の数量拡大という企業側のメリットと、販路確保という農業生産者側のメリットを実現する。
     また、集落営農組織(集落を単位とし、生産工程の全部または一部について共同で取り組む農業生産者の組織)と企業の連携を促進し、前者に農業経営効率化の機会、後者に集約された農地の活用の機会を提供すべきである。
     さらに、企業が経営ノウハウや販路、農業生産者が原料や商品化のアイデアを持ち寄って共同で加工事業へと進出し、6次産業化を目指して新たな価値創造を図る。
     これらの各種取組みによって、企業の農業参入による経済効果に、従来からの農業生産者の事業拡大による経済効果が加わり、地域全体の農業活性化につながる。これに向けて、都道府県は企業に対する支援を強化していくだけでなく、参入企業との連携に総じて慎重な地元の農業生産者に対して、WIN-WINの関係構築を働きかけていく必要がある。

    参考文献


    Last Update:2014/2/6
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