私は東日本大震災で被災した福島県立双葉高校の生徒へ学習支援を行う団体に所属している。双葉高校は原発から3.5キロに位置し、現在は同県内の大学校舎を借りて学校生活が行われている。親元を離れ、寮などで集団生活をする生徒が大半だ。今も避難を続ける生徒に向けて、大学生による受験指導や体育、音楽の授業を含む勉強合宿を開いている。
その勉強合宿の体育の時間でフットサルを行った。男子高校生が危険を顧みず、男女関係なく手加減を考えずにプレーする姿を見て、この背景には彼らが普段の生活においてエネルギーを“発散”する場所がないのではと考えた。
これは、福島のある高校だけでなく、震災後の福島全体、ひいては大震災が予想される関東や東海、日本全域に関わる問題である。子どもの遊び場やスポーツの必要性について研究を深めていきたい。
東日本大震災に起因する東京電力福島第一原子力発電所(以降、福島第一原発)の事故により、避難区域(警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域)が設けられた。区域内で生活をしていた人たちは故郷を離れ避難生活を送っている。同様に、区域内にあった高校も別の場所への移動を余儀なくされ、教育機能が大きく影響を受けた。その高校とは、福島県立双葉高校、双葉翔陽高校、富岡高校、浪江高校の4校。
上記の4校はサテライト校という形で再編が行われた。サテライト校とは、県内あるいは県外の他の学校や公共施設を間借りする、元々あった所在地とは別の場所で教育活動を行う学校のことである。原発事故直後の平成23年度、上記の4校は以下のように分散する形で教育活動を行った。
平成23年度サテライト校
「本当は現代社会の授業を受けたいけど、日本史の授業を受けている」
双葉高校は4つのサテライト校に分散された。この事は、生徒だけでなく、教員もまた4つに分散した事を意味する。授業間における教員の移動は距離の離れたサテライト校同士では物理的に不可能である。そのため、大学受験で使うはずだった科目の授業とは異なる授業を受ける生徒も少なくない。
このように、新たな教育政策がリンクするような形で、福島県の人口流出を防ぐ、あるいは人口を元に戻そうとする狙いが見える。では、人口の動きはどうなっているのか。以下で検証する。
(出所:福島県放射能測定マップ 2014年1月21日)
この図は2014年1月の福島県の各地を放射線数値に従って色で示したものである。青は放射線数値が低く、赤に近づくに従って高い値となる。福島第一原発周辺は依然として、高い数値を計測している。しかし、その他の地域は落ち着いた数値を計測している。先ほど述べた広野町の南にある同じく浜通りのいわき市では0.13μsV/hであり、東京の0.05μsV/hの約2.5倍である。年間の数字に置き換えると、いわきでは1.138msVで、東京では、0.438msVとなる。独立行政法人放射線医学研究所の調査によると、大地や宇宙、食事からくる自然被ばく量の日本平均は約2.1msVとしている。いわきや東京も個人差はあるが、食事やレントゲンなどの人口放射線も含めると、平均値の前後だと予想される。人体に影響が出るとされているのはどのラインか。日本政府の見解や国際放射線防護委員会(ICRP)勧告では100mSvを超える被ばくでは被ばく量に応じて、がんによる死亡率が上昇するとしている。100msVを下回る、いわゆる低線量被ばくとされる数値については影響が明らかではない。あくまで発表されている数値だけでいえば、線量が落ち着いてきている現状がある。
この現状に対して、教育の現場では屋外活動の制限にある変化が起こった。屋外活動の制限とは、放射性物質への不安から、運動場で行う体育の授業を取りやめたり、休み時間に外で遊ぶ時間を短くしたりする制限を行う事である。震災直後は、県内の公立の小中学校と高校、特別支援学校のうち、およそ6割に当たる465校が制限を行った。小学校は「30分」、中学校は「50分」が最も多かった。「2時間」とした学校がある一方、「15分」という学校もあるなど、時間などは学校によって異なる。しかし、これまでにおよそ9割に当たる409校で、制限をすべて解除していたことが判明した。次章で詳しく述べるが、福島県では震災直後に初めて行われた文部科学省の体力テストで、小学生のすべての記録が震災前より低下していたほか、ほとんどの年代で「肥満傾向」の子どもの割合が全国平均を上回るなど、体力の低下や肥満の増加が深刻となっている。屋外活動の制限解除はこのような背景も教育現場が動いた理由のひとつであると考える。
(出所:株式会社ボーネルンド「子どもの遊びと成長に関する母親の意識調査」)
「一年前と現在を比較して、一番下のお子様が1日の中で外遊びをする時間に変化はありましたか」という質問に対しては、全国的に14.5%の母親が外遊びをする時間が減ったと回答している。中でも、東北の20.6%や関東甲信越 の16.5%で平均より高く、特に福島県に限定すると 75.0%の母親が外遊びの時間が「減った」と回答している。
一年前と比べて外遊びが減ったと回答した母親 122 名に外遊びの時間が減った理由を尋ねると、「入学・入園」というライフステージの変化によるものが一番多く、続いて「東日本大震災による放射能の影響」が挙がった。地域別に見ると、東北・関東甲信越地域では、「放射能の影響が心配」(東北:58.3%、関東甲信越:57.1%)
が「入学・入園」(東北:25.0%、関東甲信越:32.1%)を大きく上回る結果となった。特に福島では 83.3%の母親が「放射能の影響が心配」を挙げている。
時間が減った外遊びの種類についての回答は上の通りである。「砂場での遊び」が東北で63.9%、関東甲信越で64.3%と高く、東北から関東地方にかけて、砂場の放射能汚染を心配する母親が多いことが分かる。また、東北地方では、「滑り台など大型遊具」「水遊び」「乗り物遊び」などすべての項目で平均を上回っている。震災による避難や原発事故による不安など、生活環境が激変した東北地方を中心に遊びの環境が失われている傾向が窺える。
(参照:文部科学省「平成25年度学校保健統計調査」)
上の表は文部科学省が東人本大震災の年を除き、毎年行っている「学校保健統計調査」の肥満傾向児がどのくらい占めているのかを%数値で表したものである。肥満傾向児とは、肥満度=[実測体重(s)−身長別標準体重(s)]/身長別標準体重(s)×100 (%)で肥満度が20%以上の者である。そして、それぞれの数値の右にある丸数字は全国順位を示している。
福島県は元々、肥満傾向児の出現率が比較的高い県であった。しかし、震災の後では、出現率がさらに高くなっている。震災後、初めて行われた平成24年度の調査では7学年で全国1位を記録し、翌25年度はすべての学年で4位以内という結果が出た。単純に、肥満傾向児の出現率だけを見ても、肥満の傾向が進んでいることがわかる。東京電力福島第一原発事故の影響が尾を引いていると見られる。この結果について、文部科学省では「○○○○」で「屋外活動による運動不足や、避難に伴う生活習慣の変化が原因」と分析している。
肥満傾向児の出現率が東日本大震災を境に福島県の中で上昇していることはわかったが、その肥満傾向児を判別する身長や体重はどう推移しているのか。それを表したのが下の線グラフである。
(参照:福島県企画調整部統計課「平成25年度学校保険統計調査速報」)
これは福島県企画調整部統計課「平成25年度学校保険統計調査速報」から見る震災前後での身長及び体重の推移を福島県内の平均と全国平均で比較したグラフとなっている。
男子小学生の体重は、全国平均では震災をまたいでさほど変化がなにのに対して、震災前(平成22年)から震災後(平成24.25年)にかけて右肩上がりで増加している。身長に関しては、福島県内の男子小学生の平均値が全国平均を約7ミリ下回っている。県内の体重平均値が全国平均を上回っていることから、先に挙げた肥満傾向児の表のように福島県は元から肥満傾向児の出現率が高かった事実と合致する。しかし、震災後の県内男子小学生の身長平均値は全国平均を上回っている。県内の男子小学生の平均体重が増加しているとはいえ、県内の身長平均値が高くなっているのに対し全国平均値が低くなっている点だけを見れば、福島県外の都道府県の方が肥満傾向児出現率が高くなると考えられそうである。しかし、実態は震災を境に福島県の方が肥満傾向児出現率が高くなっている。それだけ、震災後において福島県の子どもの体重の増加は重い事実として存在している。
女子小学生の体重の推移を見てみると、こちらは全国平均が年々下降しているのに対して福島県内の平均は震災後に一気に押しあがり、翌25年も高い数値で安定している。身長に関しては、男子と同じように震災前は全国平均を下回っている。こちらも、元から全国に比べると肥満傾向児の出現率が高いことが見て取れる。そして、震災直後には男子と同じように身長の平均が高くなり、全国平均を上回る。しかし、こちらも男子と同じく身長の平均が高くなっているものの肥満傾向児の出現率は他の都道府県と比較して一気に上位を占めるようになる。やはり震災後における子どもの体重の増加は男子、女子の性差にかかわらずあることがわかる。
文部科学省では、1964年(昭和39年)から毎年、全国の小・中学生を対象に体力・運動能力の調査を実施している。1964年といえば東京オリンピックが開催された年であるが、この開催による国民の体育への関心が高まる中で、当時の文部省が競技スポーツの発展、国民の体力増進策の一つとして国民の体力に関する情報収集を実施することになったのがこの調査の始まりである。運動能力は50m走、握力、反復横跳び、ソフトボール投げ(中学生以上はハンドボール投げ)、立ち幅跳び、上体起こし、長座体前屈、20mシャトルランの8種目からなる「新体力テスト」の成績から測定される。各種目10点満点とし、合計80点満点の中でどのくらいの点数を稼げたかで総合的な運動能力が評価される。文部科学省ではこの調査結果を年度ごとにまとめており、全国、都道府県別の平均を割り出している。
(参照:文部科学省「平成20〜25年度学校保険統計調査速報」)
上の表は平成20年度(2008年)から25年度(2013年)までに行われた新体力テストにおける全国及び福島県内の小・中学生男女それぞれの成績を比較したものである。平成23年度(2011年)は震災の影響で数値が集められていないため、公表を行っていない。福島県の成績の括弧内の数字は全国順位を示している。
この表から成績の推移を見ると、福島県内の小学生は男女とも震災があった平成23年度を境にして成績が急激に落ちている。県内の男子小学生は平成22年度の53.71点から52.52点に、女子は55.41点から54.45点にまで、1点近く下がっている。都道府県の順位を見ても、両方とも10位以上もランクを落としている。それに対して全国平均の成績はというと、この6年間で下がってはいるものの数字としては男子で0.25点、女子で0.14点と福島県内の平均と比較すると僅かなものである。
一方で、中学生の成績を見ると、あまり震災の影響を数字からは窺えない。それどころか、男女ともに震災直前の平成22年度の成績よりも震災以降の方が成績としては高い数字を残している。
(出所:NPO法人郡山ペップ子育てネットワーク)
ペップアクティブでは、原発事故以降遊ぶことが難しくなった砂場や思いっきり走れるランニングコース、三輪車のサーキットコースなどがある。このような失われた遊びを取り戻せるだけでなく、成長に不可欠な「動き」も考慮して遊び場が作られている。山梨大学の中村和彦教授によると、人間の体の基本的な動きは36種類に分類することができるという。この36の動きが人間の複雑な動きを支えているため、幼少期にできるだけたくさんの動きを経験し、身につけることが望ましいとされている。しかし、外遊びが難しい現状では、家の中をはじめとする屋内でできる動きはそう多くなく制限されてしまう。PEP Kids Koriyamaは株式会社ボーネルンドの協力のもと、遊びながらたくさんの体の動きを経験できるようにプロデュースされている。また、ペップキッチンでは調理実習に参加できる。生きる基本である食べることの大切さや作る楽しさを学ぶ目的として設置され、子育て支援と食育啓発のイベントを開いている。施設を開いて1年までで、子育て支援イベントを29回、食育啓発イベントを11回行い、子ども・大人合計で約700人が参加した。単なる遊戯施設に留まらず、保護者・子どもの両方にとっての地域コミュニティとなっている。
(出所:スポーツ・エンジェル合同会社)
PEP Kids Koriyamaの特徴として、「プレイリーダー」を常駐させている点が挙げられる。プレイリーダーとは、子どもたちと一緒に遊びながら、体の動きや遊び方などを実演するお手本係の「お兄さん、お姉さん」である。プレイリーダーは20人弱。彼らは郡山市の臨時職員として働いている。講師を招いて施設を利用する親子への接し方を学ぶほか、応急処置の方法や遊具の知識を身につける研修を毎月行うなど、施設において遊びの質を高める役割を担っている。
また、遊び場作りと並行して、重視してきたのが保護者に対する心のケア。「家族が離れ離れになり、子育ての負担が増した」「公園で遊ばせたいが踏ん切りがつかない」といったストレスや不安を抱えつつ「わざわざ相談窓口に出向くほどのことでは……」と躊躇している人が少なくない。そこで臨床心理士が館内を回り、親子に声がけして気軽に話が出来る雰囲気を作っている他、別室での個別相談にも応じている。保護者の交流の機会を増やそうと、親子向けのヨガ、フラダンス教室などのイベントも開催。様々な切り口から親と子どものストレス軽減に努めている。