日本の食卓を守る

〜安心して食を楽しむために〜

社会科学部4年
上沼ゼミ
  山地 裕紀

章立て

  • 第1章 研究動機・概要
  • 第2章 過去の食に関する事件と法整備
  • 第3章 食品偽装の歴史・背景
  • 第4章 政府や行政の食品偽装への対策
  • 第5章 政策提言
  • 第6章 参考文献


    1―1.研究動機

     近年、私達は食の安全について、いい意味でも、悪い意味でも敏感になっている。いい意味では、食品に関わる人も消費者の期待に応えるために、より安全にこだわり、表示を詳しくするなど、より安心してもらえるような努力をたくさんしている。反対に悪い意味では、安全に敏感になりすぎてしまっている。私の周りにも、被災地のものは当分食べないという人がいる。また、テレビやSNS、インターネットなどの信ぴょう性が不明な情報に流されてしまうこともある。
     そのような中で、2013年、東京ディズニーリゾートや阪急・阪神ホテルなどの食品偽装が明るみになったのを皮切りに、大手のホテルや老舗の料亭、レストランなどによる、食品の偽装が発覚していった。消費者からしたらこんな裏切りはない。ましてや、これらの場所は私達が、いつもより頑張って奮発をし、ちょっとした贅沢を味わい、高級食材を食べているんだという満足感を得るためなど、特別な時に行くような場所である。そんな気持ちを踏みにじられてしまったのである。また、もっと最近では、冷凍食品の割引表示が偽装されるなど、もはや何を信じていいのかわからない状況になってしまっている。これでは食品業界そのものを信用できなくなってしまう。これから食品業界に身をおき、その発展に身をささげていく私としては、許せない事態であると同時に、変えていかなければいけないという思いを持った。
     また食品の偽装は、2007年には、その年を表す漢字に『偽』が選ばれるほど、頻発し社会問題になっていた。その前例があったにもかかわらず、なぜ偽装は繰り返されてしまうのか。国としての対応、企業のモラルなどが気になったので、食品偽装について昔の事件も含め研究しようという考えに至った。

    1―2.研究概要

     近年、食の安全は当然のこととして考えられており、消費者の目はとても厳しくなっている。例えば最近では、東日本大震災によって、被災地が産地のものは、放射能などによる風評被害を受け、3年近くたった今でも敬遠されている現状がある。少し過剰な反応であるようにも思えるが、毎日口にし、生活を、いや人生をも支えているといっても過言ではない『食』であるのだから、安心して安全なものを食べたいと思うのは、やはり当然のことなのである。消費者は「食の安全」に関する情報を知るすべがあまりないので、不確かな情報に流されてしまうということになってしまうのである。それを防ぐためには、正確な情報をきちんと消費者に示さなければならないのである。しかし、残念ながら、その表示は戦後から、そして今現在でも偽装されるという事件が起こってしまっている。表示は消費者が得ることができる、「食の安全」に関するほとんど唯一といっていい情報なのである。それが偽装され、信用を失ったとなると、これは先にも述べたように、食品業界全体を揺るがす出来事であると私は考える。よって、「食の安全・安心」の問題の中でも、最近再び話題に上がった、「食品偽装」について書いていくことにする。
     私は、消費者の目が厳しくなっていったのは、技術革新だけではなく、度重って起こってきた「食の安全・安心」を脅かす事故や事件によるものも多いのではないかと考えた。そこでこの論文ではまず、そもそも「食の安全・安心」に今日ほど目を向けられたのはなぜなのかを、過去の事件や事故を絡めて2章で述べる。そして3章では、特に食品偽装について具体的に事件を取り上げ、その背景などにも触れ、問題点を洗い出し、4章では現行の制度や法律をみていく。そのまとめとして、最後に5章で政策提言をする。


    2.過去の食に関する事件と制度や法律

     過去の食に関する事件を見ながら、制度や法律が確立していき、また、「食の安全・安心」に消費者の注目が集まっていった背景を解明していこうと思う。


     事件@ 森永ひ素ミルク事件

      1955年の西日本で起こった森永乳業株式会社の製品であるドライミルクによる事件である。原因は、ドライミルクの安定剤に、本来は工業用でボイラーの洗かん剤として使用されるものである、第2燐酸ソーダが添加されていたことである。それを飲んだ乳幼児に食欲不振、貧血、皮膚の発疹、色素沈着などが多発し始め、四肢のしびれが現れ、運動神経障害と筋の委縮が生じて死にいたるという症状で、8月には3人の死者がでた。同社はこの添加物を食品添加物としての純度試験を施さずに使用していた。
      この事件は長い間製造し続けてきたことにより、安全に対する意識が低下していたために起きたとされている。事件の被害児の後遺症について、同社は否認し続けたが、1972年にようやく因果関係、また食品会社としての公的責任の欠如を認めるということになった。この事件を契機として、食品衛生法(後述)の改正が1957年に行われ、食品に添加するものは全て食品添加物とするなどを定めた、食品添加物公定書が制定された。この公定書は厚生労働省の管轄のもと、毎回検討委員会が設置され、5年〜8年で新しいものが刊行され、現在では第9版まで刊行されている。


     制度@ 食品衛生法

      国内の食品安全と衛生基準に関する基本法として1947年に制定された法令であり、食品安全や衛生に関する法律の中心的な柱である。本法で規制対象となる食品は、医薬品や医薬部外品を除いた全ての飲食物、食品添加物、器具、容器、包装にまで及んでいる。また規制対象の営業行為は、製造、輸入、加工、調理、貯蔵、運搬、販売などほとんど全てを網羅している。食品や食品添加物に関するものは大きくわけて4点である。
     (1)腐敗・変質されたものや、厚生労働大臣の定めた基準や規格に合わないものの製造・販売の禁止。
     (2)厚生労働大臣は食品や食品添加物の表示に関する基準を定めることができ、この基準を守らないものの販売は禁止。公衆衛生に影響を及ぼす可能性がある虚偽の表示、誇大な広告の禁止。
     (3)厚生労働大臣または、その他機関の行う製品検査に合格し、それを表示に記載されていなければ販売禁止。
     (4)国と都道府県に食品衛生監視員を置き、営業所、食品の検査を行う。
     その他に、輸入食品に関してももちろん適応範囲であり、検疫所が国内に32か所あり、しっかりと検査をしている。


     事件A カネミ油症事件

      1968年に西日本一帯で起こった、カネミ倉庫株式会社の製品である、米ぬか油に有機素材であるPCBが混入したことによる事件である。症状は色素沈着や発疹などの皮膚の異常や、歯の抜け落ち、激しい下痢、歩行困難、そして王藩がみられ死にいたることもあった。またこれは胎児にまで影響があり、当時「黒い赤ちゃん」は社会に衝撃を与えた。被害者は1800人を超え、死亡者は80人以上になった。いまだに後遺症に苦しむ人がいて、根本的な解決方法はない。
      同社は同製品を増産するために行った、機械の性能を無視した莫大な設備投資によって、パイプがさらに劣化してしまい、PCBの流出と増大を招いたことが原因であるとされている。この事件に関しては2012年8月29日にようやく「カネミ油症患者に関する施策の総合的な推進に関する法律案」が参議院本会議で可決成立した。しかしすでに死亡している患者に対しては何ら救済策は無く、カネミ側は和解金の一部を支払うとしているが、年間5万円の支払いの場合は元金の500万円の返済完了は平成125年で、金利を入れた場合は平成235年以降にずれ込むが、患者の生存はあり得ない。

     これ以外にも様々な事件が繰り返し起こってきた。それを日本の食の安全に対する考えを大きく変えるにいたった、BSE事件前後に絞ってまとめてみた。以下のとおりである。
     1996年5月 かいわれ大根に関連するO−157が発生し、患者は約1万人。野菜の             需要にも影響。

     1999年2月 所沢産茶葉に含まれたダイオキシンに関する報道。埼玉県産の野菜の販売などに影響

     2000年6月 雪印乳業株式会社の低脂肪乳などの黄色ブドウ球菌毒素による食中毒が近畿地方で発生し、1万5000人弱が食中毒を訴える集団食中毒事件。

        10月  安全審査を経ていない遺伝子組み換えのトウモロコシ「スターリンク」が食品に混入。

     2002年     中国産冷凍ホウレンソウから残留農薬が検出。食品衛生法の基準値を大きく上回っていた。中国産の食べ物への不信が強まる。

     まだまだ他にも多くの事件や事故が起こっているが、大きなものを簡単にまとめると上記のようになる。戦後の日本のこうした事件の背景には、食の大量生産、大量消費、企業のモラルや安全・安心に対しての低さが関係してきている。また、大量生産、大量消費、流通システムの発展により、被害がより広範囲に広がり、甚大な被害を生んでしまうようになってしまったのである。そしてその昔よりも原因が、化学物質や環境汚染といった多岐にわたるようになっていったのである。
     ここで当時の日本の食の安全対策の問題点を大きく露呈することとなった、BSE事件についても触れておこうと思う。

     事件B BSE事件

      2001年国内で初めてBSEに感染した牛が発見された。行政対応の不手際や、さらに悪いことに、肉の産地の偽装表示問題もあいまって、生産者や企業のモラルの低さが露呈した。これにより、消費者の信用は地に落ち、また、何を信じればいいのかがわからなくなり、大きな混乱を招いた。 
      ここから問題点を洗い、またどのようにして地に落ちた信用を取り戻していったのかを解明していく。
      まず第1にあげられるのは、政府を始め国民のほとんどが、「日本の食の衛生水準は高い」と思いこみ、BSE事件などは起こるはずもないと考えていたのである。これにより全ての対応が後手後手に回ってしまった。その対応の中でも、BSE牛1頭目の牛の対応がひどかったのである。当初は焼却したとのことであったが、実際は、肉骨粉へと処理されていたことが明らかになったのである。その結果、国への信頼は大きく失われてしまったのである。その後全国一斉の検査体制が確立するまでは1カ月と、迅速に対応できたことは評価されている。
      しかし、このあとに信頼を完全に失墜させる出来事が起こるのである。それは続発した表示違反事件と無登録農薬問題である。例えば、2002年に発覚した雪印食品による偽装牛肉事件である。その後も畜産大手のメーカーの偽装が次々に発覚し、さらには、米や野菜といったものでも発覚し、JAS法による食品表示制度がほとんど守られていないことが発覚した。こうした問題で消費者はだまされつづけたのである。

     では日本の食の安全対策は何が悪かったのであろうか。「BSE報告書」をもとに問題をまとめていく。

      (1)先にも述べていたように、危機意識がかけており、未然に防ぐ予防の段階がしっかりしていなかったので、しっかりとした対応ができずに混乱を招いた。

      (2)消費者ではなく生産者第1の行政。今では消費者第1が当たり前であるが、このときは、消費者のことをしっかりとは考えてなかった。これは政治家と農村とのつながりの強さなども関係している。

      (3)農林水産省と厚生労働省の連携不足。縦割り行政と省庁間でのコミュニケーションが欠如していたため、機能が十分に働かなかった。

      (4)専門家との連携不足。専門家の意見が軽視されていたため、有効な対策がとれなかった。

      (5)情報がしっかり伝達されていなかった。メディアの偏った報道、消費者の過剰な反応。行政からの正確な情報の公開の必要性が浮き彫りに。

      (6)法律と制度の根本的な改革の必要性。食に関する法律は罰則が弱かったのである。また、消費者重視の法整備が必要である。


     制度A 食品安全基本法
      2003年、これまでの食に関する事件、BSE事件で明らかになった問題点を踏まえて改革が行われ、食品安全基本法が制定された。また同時に、食品衛生法、健康増進法、農薬取締法、家畜伝染病予防法など関連法案が7つ制定された。


      理念としては、(1)国民の健康保護が第1(2)未然に問題を防ぐ。などである。またこの法律によって消費者重視の政策へ転換したとも言われている。例えば、ゼロリスクはあり得ないという前提をもとにフードシステム全体をカバーしていること。また、全ての食品関連業者の責務をはっきりさせ、さらには消費者の役割にまで言及していること。その役割とは、食品安全の知識と理解を深め、施策に対して率直に意見や批判をするというものである。さらにはリスク分析の手法が取り入れられ、科学的知見に基づいて、健康への悪影響を可能な限り防止、抑制しようということなどである。まとめると、この法律によって食に関する法整備の基礎が築かれ、消費者重視の考え方が確立したのである。


     制度B 食品安全委員会
      2003年に内閣府に設立された。この委員会の目的は、科学的かつ中立的な立場から、食品が人の健康に及ぼす影響についてのリスク評価を行うためである。構成員は毒性学の専門家から情報流通学の専門家など多岐に及んでいる。内閣府に設置したことで強い権限が与えられ、食品のリスクの判断を、様々な省庁から切り離し一元化したのである。この組織もやはり消費者重視という考えが基本にある。


     また、他にも農林水産省は、食糧庁を廃止し、消費安全局を設置し、残留農薬の検査を行う課、食品表示を監視する課、リスクコミュニケーションを担当する課などが新設された。他方、厚生労働省では、食品保健部を食品安全部に再編し、輸入食品安全室が設けられた。さらに民間では、一連の偽装表示事件を受けて、製品の安全確保のために社内横断的な組織を設置する動きがみられ、信頼回復を目指した。
     このようにして、日本の食の安全に対する制度、そして考え方は変わっていったのである。それにしても、昔は食品添加物でないものが、食品に添加されるなどモラルや安全に対する意識の低さがうかがえる。今では当たり前となっている消費者重視、お客様第一という考え方は、昔は当り前ではなかった。その意味では、BSE事件から法律や制度が整備されていく中で、消費者重視の考え方に至ったことは、現在の食の安全・安心政策の根本を創ったといえる。



    3章 食品偽装の歴史と背景

     食品は他の製品に比べても、表示がとても重要になっている。もちろん、アレルギーや賞味期限などがあるからというのもあるが、販売の形態によるところも大きい。食品は基本的にセルフサービスで売られ、毎日、そして短時間の選択により購入されるのである。それに対し、耐久消費財は対面販売で、複数回店舗に出向いてから購入するのである。また、耐久消費財はパンフレットに細かい説明を入れておけばいいのである。この両者の差を見ても、食品の表示の重要性は明らかである。食品の表示は限られたスペースに、様々な情報を載せ、しかし、ぱっと見た時にすぐわかるような簡潔さも求められているのである。生産者や製造者と消費者をつなぐ、重要なものが食品の表示なのである。
     よって、本来この表示が偽装されるなどということは起こってはいけないことなのである。食品表示の偽装は信頼を裏切ることであり、また消費者からしたら、唯一といってもいいほどの情報を失うことになり、どうすればよいのかがわからなくなってしまう。ただ反面で、「食の安全に関わりのない偽装に、なぜそんなに騒ぎたてるのか」などという意見もある。確かに殺人事件などのもっと凶悪のように見えるものよりも、新聞やテレビでの扱いは大きいこともしばしばである。しかし、偽装というのは人を意図的に騙しているということなので悪いことであるのは間違いない。さらに、食品は老若男女問わず誰しもが、必ず毎日関わるため、関心も大きく、多くの人に影響が出てしまうのである。
     しかし、残念ながら食品の偽装というものは戦前からずっとあるものであり、今でもなお繰り返されている。ここでは、食品偽装の歴史を見ながら、いくつかの事件を詳しく取り上げ、その背景などを分析していく。

     まず初めに、主な食品偽装の事件を年表のようにして見ていく。

    2002年
    雪印食品や食肉メーカーの牛肉偽装

    2007年
    不二家の消費期限偽装
    日本ライスの銘柄・産地偽装
    ミートホープの牛肉偽装
    石屋製菓「白い恋人」賞味期限改ざん
    「赤福」消費期限不正表示
    比内鶏のブランド偽装
    船場吉兆の偽装表示・賞味期限切れ商品販売

    2008年
    船場吉兆の料理使いまわし発覚
    イトーヨーカ堂ウナギの輸入元改ざん

    2011年
    グル―ポンのおせち騒動

    2013年
    複数のホテルでの食材偽装
    複数の百貨店での食材偽装

     偽装@ 雪印食品の牛肉偽装事件

      2002年のBSE事件のさなかで起きた偽装事件。当時、消費者のBSEの不安の解消のために、全頭検査を行い、それ以前に解体されてしまったものに関しては国が買い取るという「国産牛肉買取制度」があったが、同社はそれを利用し、オーストラリア産の牛肉を、そのまま箱とシールを変えて国産の牛肉にし、国に買い取らせるという信じがたい事件である。
      食品のパッケージに書いてある表示を疑うことになったきっかけとも言われる事件である。これまでJAS法で1番重い罰金を適応したこともなく、またその罰金額が50万円と安かったため、本事件を始めとする偽装事件を受けて、2002年に改正され、罰金額を、個人に対しては100万円以下、法人に対しては1億円にまで引き上がることとなった。

     偽装A ミートホープ社の牛肉偽装事件

      食肉の卸であるミートホープ社による偽装で、具体的には牛ミンチに豚肉やその内臓を混ぜたり、発色させるために牛肉の心臓を混ぜたりしていたというものである。このとき1年前から元幹部が内部告発をしていたのであるが、相手にされなかったため、農林水産省は批判を受けた。
      さらに、当時のJAS法では業者間の取引には適用されなかったのであるが、その後、ミートホープのような中間会社にも適用範囲を広げるための討議がなされ、最終的に消費者に影響があることもあり、中間会社にも広げられ、これ以降、水産品や加工品を中心に「不適正な産地伝達に対する措置」の事案がでてきた。

     偽装B ホテルの食材偽装

      本件はまだ記憶に新しい2013年に起こった偽装事件である。ホテル連盟に加盟する34%ものホテルが食材の偽装を行ったのである。例えば、バナエイエビを高級食材である芝エビとして出すなどである。そこには有名な大手のホテルも含まれ、また、ミシュランの1つ星を獲得している店もあった。そのためホテル業界の信用を失墜させるには充分であった。料理人が見分けがつかなかったと言ったり、ホテルの関係者がJAS法の解釈を間違えていたなどという、到底信じがたいことを言い言い訳をしていた。

     食品の表示の偽装には大きく分けて2種類ある。1つ目は産地・銘柄の偽装である。消費者がその商品を買う際に、ブランドがおおきな比重を占めていることは間違いないといえる。この偽装は、消費者はもちろん、生産者やそのブランド確立に従事してきた人たちの努力によって勝ち取ってきた信頼を踏みにじる行為である。しかし、最近はブランド力がないものでも質の向上がみられるため、なかなか気づきにくく、簡単に偽装できてしまうというのも事実である。さらに、近年は健康志向などもあり、少し高い値段をだしても安全でいいものを買おうという意識があるので、偽装をすることで、安価なものを高く売り、利益を上げようとする企業がいるのも現実である。また消費者は情報を持っていないことが多く、識別することが困難であるので偽装してもバレないという考えに至ってしまうのである。2つ目は、期限表示の偽装である。これは結果的には健康被害が出ないのである。というのも元々メーカーは、期限表示を短めに設定しているからである。しかし、消費者が自らの判断をする際に必要となってくる基本情報であり、この偽装は表示そのものの信頼を裏切る行為であるといえる。3つ目は、最近騒がれたホテルを始めとした、外食産業での偽装である。これまでのスーパーで買う商品の表示偽装とは大きく異なっている。それぞれくくりは違う偽装であるが、消費者を欺いているということは共通しており、やはり許されざる行為なのである。
     続いて偽装表示の背景・原因について述べていく。これもいくつかあげることができる。1つ目は、消費者をだまし、より利益を上げるためである。これがおそらく偽装事件の大半を占めていると思われる。先にも述べたが、産地が違うだけで大幅に値段が違ってくることも少なくなく、さらにその違いがわかりづらいときているので、偽装の誘惑が強くなってしまうのである。2つ目は規模拡大を優先したためである。ブランドを押し出して売っていたが、どんどん売れていき、売れるから、消費者にわからないからと産地を偽装してしまうなどしてしまうものである。3つ目は返品を処分するためである。もったいないという考えが働きこのような行為を働いてしまうことがある。しかし、それは企業の言い訳であり、販売計画、営業戦略の見直しをし、改善しなければならない。4つ目は欠品を出さないためである。1と似てはいるが、こちらは例えば、バイヤーなどの取引先の圧力などが考えられる。
     以上のように食品偽装事件の歴史、そして背景・原因まで分析してきた。次の章では、行政は食品偽装の対策としてなにを行っているのかを述べ、最終章で政策提言をしていく。



    4章 現在の表示の制度と食品偽装の対策



    制度@ JAS法

         目的は一般の消費者の選択に資するということ。表示対象は一般消費者向けの全ての飲食料。所轄は農林水産省及び消費者庁である。1970年の改正では品質表示の義務制度化がなされ、1999年に基準を全ての飲食料品に適用になり、2002年には、品質表示基準違反に対して罰則を強化、さらに2008年に業者間取引も対象に追加した。

     制度A 食品衛生法

         目的は飲食に関する衛生上の危害の防止。表示対象は公衆衛生の見地から障子が必要な食品及び食品添加物。食品添加物については、省令で対象品目を規定している。所轄は厚生労働省及び消費者庁。やはり法人罰は1億円以下の罰金。

     制度B 健康増進法

         目的は国民の健康を保つためである。表示には栄養成分やエネルギーで、対象品目は栄養表示食品、特別用途品に定められているもの。所轄は厚生労働省。

     制度C 景品表示法

         目的は公正な競争を確保し、一般の消費者の利益を保護すること。対象は事業者の供給する商品または役務。所轄は消費者庁である。

     制度D 不正競争防止法

         目的は事業者間の公正な競争の保護。所轄は経済産業省である。

     その他にも、食品表示違反を見つけるために、様々なことが行われている。

     @職員による監視・指導

       地方農政事務局で行われているものである。1つ目は食品表示Gメンによる、食品表示の巡回調査である。日常的に巡回することで、食品表示の監視・指導を行っている。2つ目は特別調査等である。毎年特定の品目を選定して科学的な検証を活用した調査を行っている。原産地調査を行うなど、社会的要請に基づいた選定で品目を決定する。

     A消費者の協力による監視体制

       具体的には、食品表示110番の設置である。これは2002年の雪印の事件を始めとす       る偽装事件の頻発から、全国の農政局、農政事務局に設置されたものである。厳しくなっている消費者の目をここで役立てようというものである。2008年のミートホープ社の偽装事件以来、受付件数が増加し、不正確であったり不確実な情報が増えてしまった。しかし、「国産にしては安すぎる」などという一見あいまいな情報から、大きな事件につながることもあるので、全てがその調査対象となっている。さらに、食品表示ウォッチャーというものもある。これは募集に応募したもので、行政から委託された消費者が日常的な買い物の中で、食品表示の欠陥や不適正なものを通報してもらうという仕組みである。ちなみに1年間の謝礼で5000円の図書券が支給される。

     B科学的検証技術

       農林水産消費安全技術センターという独立法人によるDNAや微量成分の検査で産地判別や品種判別を行っている。

     制度D 消費者庁の設置

      2009年に内閣府に設置された、消費者の視点から政策全般を監視する組織の実現を目指した組織である。これまで縦割りであった消費者行政の一元化を図ることが目的。食品表示に関する省庁はそれぞればらばらであり迅速な対応が取れないことや事態に深刻化を招いてきたので、窓口の一本化が急がれた。しかし、300人規模の組織であるため、人員不足が叫ばれている。2010年の消費者庁の初年度実績ではなんと、通報された消費者事故の9割に対応できていないという事実が報じられた。

     制度E 食品表示法

      2013年6月に成立したばかりの法律であり2015年までに施行される。これは消費者庁の食品表示に関する法整備を一元化しようという動きの中で、つくられた法律である。これまでJAS法、食品衛生法、健康増進法の3つは、それぞれが複雑に絡み合っていたため、しばしばわかりにくいといわれてきた。そこでこの3つのうち食品表示に関わる部分をまとめて一元化し、消費者や事業者にわかりやすいようにしようということが大きな目的である。
     まだ出来立てホヤホヤな法律であるが、問題点もさっそく上がっている。例えば組織の運営である。法律の起案やルール作りは消費者庁がやるが、結局実際の監視は従来どおりなのである。つまり、上は1つでも下はバラバラなのである。これでは現場が混乱してしまう可能性がある。



    5章 政策提言  ここまでで様々な偽装事件の構造、原因や現行の制度を見ながら、問題点をあげてきた。本章では、食品偽装が繰り返されることがないように、いよいよそれに対して何か政策提言をしていく。私が政策提言するのは以下である。

     提言@ 消費者庁の人員拡大と人材の獲得

      やはり、消費者行政を一元化していくなら、それだけの関連団体をまとめ、関連の法律を主導していくことができるための人数が必要である。さらに現状では非常勤の人も多く、食品表示のプロとは呼べない人が多いので、司令塔となるためには、それなりの専門的な知識を持った人材が必要である。また反対に一般の消費者や食品事業者を採用するなりして、率直な意見も取り入れ、起案段階から関わっていけるようなシステムも必要である。

     提言A 食品事業者の食品に対する意識の統一・共有

      これに関しては、すでに農林水産省が推進している「フード・コミュニケーション・プロジェクト」というものがある。これは2008年に立ちあがったものであるが、関係者の着眼点を標準化し共有することよって、食品事業者の行動の見える化をはかり、全体として消費者の信頼を高めていこうという活動である。現在1500以上の企業や団体が登録している。ここに最近問題の、ホテル業界や百貨店業界も加わり、食品業界というよりも、食に関わる全てが共通の着眼点を持ち、モラルの向上、不正の防止をしていくべきであると考える。

     提言B 風通しのいい体質に

      食品偽装は内部告発によって発覚することが多いのである。もちろん前提として企業自体が風通しをよくし、不正を内へ内へと隠すのを防ぐことは必要である。その上で、食品表示110番もよいが、食品事業者が告発というよりは、相談しやすい制度をつくるべきである。

     提言C ブランドや表現の定義を明確に

      ホテルの偽装のあと、消費者庁には、どういった表現がアウトなのか、そのブランドを名乗っていいものなのかを訪ねる電話が多かったようだ。そこは消費者庁が明確に定義をすることで、消費者も安心して、さらに食品事業者も安心してその表現を使うことができるようになる。



    終わりに

     食品偽装、特に産地やブランドの偽装は消費者を裏切ったことにもなるが、本物の生産者をも裏切り、努力して積み上げてきたブランドに傷をつけることにもなる。これは非常に悪いことであると私は考える。そういったブランド、また日本食というものを、きちんと残していくためにも食品偽装はなくしていかなければならない。1度起こしてしまったらつぶれてしまうかもしれないリスクがありながら、なぜこうも繰り返されてしまうのか。そこには、ある種、楽な方へ旨みがあるほうへ流されてしまう人間の本性も垣間見ることができる。
     また今回話題になっている、ホテルの偽装事件について触れると、中食・外食の表示に関しては規制も緩い。それは時期によって産地が違い、その都度変更しなければならなくなってしまうこともあるなど不便なのである。こうもどこでもかしこでも偽装が行われては、何を信じていいのかわからなくなってしまう。だが、こんな時だからこそ、真面目にきちんとやっている人々にこそブランド力のような信頼がついてくると私は信じている。食品をいつでもどこでも安心して、ただ楽しんで食べることができる日が来るように、これから食品に従事していくものとして、これからも食品の安全・安心について研究していかなければならない。

    参考文献

  • 農林水産省HP http://www.maff.go.jp/index.html (2013.7.5)

  • 「食品の重要性を考える」嘉田良平

  • 「食品偽装との戦い」中村哲一

  • 「食品偽装」新井ゆたか


    Last Update:2014/2/1
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