『静岡空港』の活用策を考える
社会科学部4年
大池宏明
上沼ゼミナールII・III(政策科学研究)
研究動機
現在、「地方の活性化」が盛んに叫ばれている。地方の現状をめぐってのキーワードは、「人口減少」「少子化・高齢化」「過疎」「限界集落」など、一様に暗いものであろう。昨年に民間シンクタンクが発表した「消滅可能性自治体」というワードは、センセーショナルな印象を国民に与えると同時に地方に迫る危機の影をはっきりと示したものとなった。そして、それらの脅威は残念ながら私の出身地である静岡県にも迫っているといえる。それらの危機を食い止めるための方策を考えるときに、私の地元である静岡県が持つ有力なインフラである「静岡空港」をいかに活用していくか、という視点に興味を持った。現状として、静岡空港は利用者数の伸び悩みやインフラ整備の不充分などでその運用・稼働能力をすべて発揮しているとは言い難い面があることは事実だ。だがそれは、370万人という人口を持つ静岡県の中心に位置するこの空港の持つポテンシャルを踏まえれば、大いなる伸びしろの裏返しとも考えられるのではないだろうか。そして、それを存分に発揮することを通じて地域の魅力を磨いてアピールしていくことは、もとからその地域に住んでいた人達に対してもその地域のブランド力の向上・雇用の創出と若年層の流出の防止という利点があるだろうし、「地方創生」が叫ばれる昨今の時勢においてその旗印としての役割さえ担えるものとなるだろう。
静岡空港の活用策を考えるにあたっては、当然行政のバックアップによる活用という視点が最も重要になると考える。そこで、前述のように静岡・ひいては日本全体を活性化させるため、「静岡空港」の秘めるパワーを行政の立場から引き出すような政策提言を考えていきたい。
概要
「最後の地方空港」として整備された静岡空港(静岡県牧之原市)は、2014年6月で開港5年を迎えた。しかし利用者は予測の3分の1程度にとどまり、毎年十数億円の赤字を計上する文字通りの“低空飛行”が続く。それに対応するために静岡県は大幅な施設拡充に着手し収支改善をもくろむんでいるが、そもそも県民に静岡空港という存在が根付いていない以上は有効な手立てには見えない。そこで、本論では静岡県が静岡空港に対してどのような政策をとっているのかを取り上げ課題や問題点を考える。さらにその上で、静岡空港の利用促進・活性化につながる政策を考察していきたい。
章立て
第一章 「静岡空港」を取り巻く現状・課題
第二章 利用方法としての三本の柱
第三章 東海道新幹線 静岡空港新駅構想
第四章 政策提言
第一章 「静岡空港」を取り巻く現状・課題
☆交通の要衝「静岡」
静岡が持つ主要な交通手段として、まず二つの動線を挙げることができる。一つが「東名高速道路・新東名高速道路」という道路の動脈。そしてもう一つが「JR東海道線・東海道新幹線」という鉄道の動脈だ。これらはそれぞれ、静岡に限らず日本の最重要交通インフラとしての地位を持っていることは疑うべくもない。
その理由は、これら二つが東京から名古屋を経て大阪に至るという、日本の三大都市を繋ぐ人的・物的輸送のラインだからだ。さらに、これらは日本の産業の中核をなる太平洋ベルトを連携させるうえでも最重要なインフラといえる。そして静岡はその途上、避けては通れない要衝を占めている。
☆「静岡空港」の利用状況
- 静岡空港は、2009年に開港した。国が地方空港の整備抑制に転じていた1990年代、静岡県は滑り込みで空港事業を本格化させ、建設の賛否を巡って揺れ動きながらも2009年に開港にこぎつけた。この後に開業したのは、自衛隊や米軍の基地を共用化した10年の茨城空港(茨城県小美玉市)と12年の岩国錦帯橋空港(山口県岩国市)、旧空港が手狭になって13年に移転した新石垣空港(沖縄県石垣市)の三つだけ。
新規建設の静岡空港は、純粋に民間専用の空港という意味において「最後の地方空港」と呼ばれる。最後になったのは、首都圏や中京圏の空港を比較的容易に使用できることから、必要性が低いとみられたからだ。
- 2013年度利用目標70万人
→(結果)46万人
県による開港前の2003年の需要予測は、国内線106万人、国際線32
万人の計138万人だった。だが開港初年度(10カ月間)は52万7862
人、開港翌年の6月まで含めた1年間の利用でも63万4661人にとどまり、
その後も40万~50万人台が続いている。川勝平太知事は1
0年3月に予測が過大だったと認め「13年度までに100万人」、その9カ
月後に「70万人」と目標を引き下げ続けてきた。
これまでの年度別最多利用者は10年度の55万5459人で、最低は11
年度の41万1880人だった。大きな転換点は東日本大震災。震災後に自粛
ムードが広がって国内線が落ち込み、福島第1原発事故の風評被害で日本が敬
遠されて国際線は4割近く落ち込んだ。
その後は富士山の世界文化遺産登録などもあり、12年度44万6755人、
13年度45万9006人と次第に回復を見せている。
-
県が管理する空港の収支は、企業会計の手法で試算すると09~12年度の赤字が年間16億円前後に上る。このため県は「空港管理運営事業費」として赤字の一部を税金で穴埋めしている。このことが、県民から静岡空港へと浴びせられる疑問の声の一番大きな部分だ。03年の県の需要予測に基づく試算では、6億円超の着陸料をはじめとして収入は年間22億円を超え、支出を差し引いても12億円近い黒字を見込んでいた。ところが実際は予測を大幅に下回り、多かった10年度でも着陸料収入は2億円弱。12年度は9100万円にとどまった。 このような状況に対して、静岡県としては空港の施設拡充を柱に収入増を試みる構えを見せている。2014年3月、第三セクターの空港会社に初めて出資し、ターミナルビルの増改築に上限33億円を投じる方針を発表している。
☆他空港とのアクセスの比較(車での所要時間)
- 静岡空港から浜松は約70分、沼津までは約120分。
- それに対して
中部国際から浜松 約120分
羽田から沼津 約90分
成田から沼津 約130分
まず、静岡県の地理的特徴(東西に長い)上、伊豆半島を含む東部や西部地区とのアクセスが困難だという問題点を指摘できる。浜松(西部地区の中心都市)や沼津(東部地区の中心都市)との時間を比較すると、やはり静岡県中部に位置する静岡空港との交通の便は明らかに悪い。
さらに、羽田・成田と中部国際(セントレア)という国際拠点空港の間にあり、これらと直接的な競合関係にある。また現状として、利用者取り込みの明確な戦略を描けていない。前述のアクセスの問題を含めて、便数や施設の充実度において優れるこれらの国際拠点空港と比較して劣勢に置かれるのは否めないことだ。
☆静岡空港に就航している路線
- 国内路線
札幌線 福岡線 沖縄線 鹿児島線
- 国際路線
ソウル線 上海線 台北線
国内線は開港直後より2路線減り4路線。中韓台3路線の国際線は、領土問題などの影響で不安定な傾向が続く。それでも静岡県の担当者は「中国などの訪日需要は旺盛。空港アクセスや施設投資などハード面を改善し、利用者増から便数増加につなげたい」という狙いを表明しているが、それは果たして有効な投資になりうるだろうか。私には、そうは思えない。アジアを中心に航空需要は今後も伸びるだろう。だが、前述のとおり羽田・成田と中部国際空港の間にあって、なおかつ現状としてそれらからの利用者取り込みの明確な戦略を描けていない静岡空港が、潜在需要に期待しても成功できるのだろうか。
→静岡空港の場合、(一般的な)地方空港ならドル箱路線となるであろう東京・大阪の路線が存在しないのが最大の問題だ。これは「東名高速道路・新東名高速道路」「JR東海道線・東海道新幹線」という二つの動脈が静岡県に存在しており、無理に飛行機を使って東京・大阪に向かうメリットが皆無に等しいからだ。空港経営を安定させるには国内線のビジネス客を確保するのが定石だが、国内線は札幌、福岡、鹿児島、沖縄の4路線しかなく、ビジネス客を伸ばすのは容易ではない。
第二章 利用方法としての三本の柱
☆人口・産業・観光などの各方面で静岡県に潜在的な魅力があるとしても、それらだけに頼った「正攻法」ではやはり限界があると言わざるを得ない。
→では第二・第三の使用法とは?この章では、それを具体的に提案していきたい。
Ⅰ「防災拠点」としての役割
☆静岡県において近未来に想定できる災害…東海地震
→震災時の救助・復興拠点としての静岡空港の重要性は絶対に高い。
静岡県では東名高速や新幹線が太平洋側を走っているが、空港は地盤の固い内陸部の標高132メートルの高台にある。災害時は陸の孤島化を防ぐ有用なインフラとなる。このことは、路線数やアクセスにおいて課題が残る静岡空港の持つ、強調できるメリットのうちの一つだ。
- もちろん、静岡県もその重要性を認識している。
県が想定する震災時の静岡空港の役割としては、
①緊急ヘリ、航空機の着陸場所
②医療活動の中核拠点
③ヘリの給油や夜間駐機場
があげられる。
- では、静岡空港の存在価値は何なのか?
→それは首都圏と中京圏を結ぶ大動脈の中間に位置し、大震災など将来の災害リスクを低減する大きな役割を持つということ。静岡県では東名高速や新幹線が太平洋側を走っているが、空港は地盤の固い内陸部の標高132メートルの高台にある。県は県民に対し「災害時のための維持費として空港の赤字を負担してもらいたい」と率直に理解を求めることも重要ではないか。
〇震災時における空港の活用事例
- ①福島空港
→東日本大震災において被害が少なかった福島空港
→震災が起きた3月11日から24時間運用を開始、被災した仙台空港や自衛隊基地に代わって、一時は30基以上の防災ヘリや自衛隊機の活動拠点に。
→東北新幹線や東北自動車道はストップ。空港は一時、県内外を結ぶ数少ない交通手段となった
→最大4か所への臨時便が1日計11往復し、羽田へ向かう便の搭乗率は就航後4日間、100%近かった
→キャンセル待ちなどの約500人が空港内で夜を明かした日もあった
- ②花巻空港
→『震災翌日から災害派遣医療チーム「DMAT」の拠点となり、300人を超える医療関係者が集結、5日間で100人以上の患者を治療した。
→ターミナルビルの電源が回復した3月16日からは、空輸での緊急支援物資の受け入れを開始。旅客機の運航も再開され、臨時の羽田線が1日1~3往復運航された。
☆富士山噴火への対応
- いますぐに富士山が噴火する兆しはない。だが、現在の科学においては活火山の噴火を正確に予測することは事実上不可能に近く、昨年の御嶽山の例を出すまでもなく静かだった山が突然の噴火をする可能性を誰もひていできない。ことに我が国を代表する名峰である富士山においては、1707年の宝永噴火から300年以上も静かな状態が続き、理論的にはいつ噴火しても不思議でない状況だといえる。大規模に噴火すれば溶岩流や火砕流が山麓を襲い、最大数十センチの火山灰が積もる。交通機関のマヒや停電など、国民生活への影響は甚大だ。とりわけ留意しておきたいことは、富士山が噴火した際には、風向きの関係で噴煙や火山灰が首都圏方向に流れることが想定されていることだ。このことが示す事実は、もし仮に富士山の噴火という事態に陥った時、日本の中核空港である羽田・成田の両空港が閉鎖される事態に陥る可能性を示している。
その際に、風上の可能性が高く降灰を免れることができる静岡空港は、東京からもっとも近い、直ちに利用可能な空港となることが予想される。その事実を踏まえれば、静岡空港の帯びる使命とは「首都圏空港の代替機能」であり、重要な役割を担うことになる。
『朝日新聞』 2012年12月02日朝刊 「(災害大国 迫る危機)」より
Ⅱ他空港の輸送力を補完する役割
- 内需の不振が慢性化している日本経済の構造上の問題への対策として、外国人観光客の旺盛な購買意欲を利用して経済的な振興を目指すという方法は、特に最近声高に提唱される傾向にある。そのために政府や自治体は、外国人の来日しやすい環境づくり(Wifi環境の整備・外国語の案内板の設置・宗教や信条に対応した食事の用意など様々)を進めている。それだけにとどまらず、2020年のオリンピックという国を挙げての大イベント、さらにはその先を見据えるうえで外国人観光客の増加という傾向は不可避であるといえる。
→しかし、ここで発生するのが航空機の受け入れ能力のキャパシティーオーバーという深刻な問題だ。現状では2022年度にも発着能力が限界を迎えるという予測もある(羽田・成田)。
- そのような問題への対策として、国交省は羽田・成田の発着枠増加や滑走路の新設を検討しているとのこと。
→しかし、それは近隣住民の反発や莫大な費用という新たな難題を突きつけることとなる。
→そこで、将来的な関東における航空輸送能力不足の解決策としての「静岡空港の活用」を提案する。
☆外国人観光客の増加傾向
- 日本政府観光局によると2013年度に日本を訪れた外国人観光客の数は1036万人(2012年度比24%増)であり、念願としていた1000万人の壁を突破した。そして2014年度に至っては1341万3600人(2013年度比29・4%増)であったという。2011年の東日本大震災の影響もあって減少していたぶんの揺り戻しという範疇を超え、本格的に新たなファンを獲得し始めたとみるのが妥当なところであろう。
しかしこれでも主要国平均の5分の1程度でしかない。世界に認められる「観光立国」にはまだ遠い道のりがあるといえる
- 2020年をめどに2000万人、30年までに3000万人を達成するという次の目標に向け動き出す。
→今後も間違いなく外国人観光客は増加すると考えられる。
→もちろん、現在の安倍政権における成長戦略においても重要な位置を占める
- 受け入れへ向けての対応策
→国交省は羽田・成田両空港に発着陸する航空機数を増やすことを検討している。
具体的には、東京上空の飛行制限を緩め発着枠をおもに国際線において増強する。2020年の東京五輪までに14年度の75万回から83万回へと増加させること、並びに両空港で滑走路を新設して30年代をめどに最大110万回まで増やす。狙いとしては、たとえば韓国の仁川国際空港、中国の上海浦東国際空港、タイのスワンナプーム国際空港、マレーシアのクアラルンプール国際空港などに対抗した上で、ヒト・モノが集まるような国際ハブ空港としての復活を狙っていることが挙げられる。
ここにおいて、拡大案の核心的な部分として「滑走路の新設」を指摘することができる。現状の滑走路の本数で言えば羽田が4本、成田が2本なのだが、すでに飽和状態で発展の余地は少ない。さらに、北米・ヨーロッパを行き来する大型機が余裕を持って離着陸できる4000メートル級の滑走路に限れば成田が1本備えているに過ぎない。それに対して、以上に挙げたようなアジアのハブ空港は、4000メートル級の滑走路を現状で3本備えるのが標準となりつつあり、最終的には4~5本まで拡張する計画もあるとのことだ。これらに対抗していくためには、なにはともあれ新しい滑走路が必要、とのことなのだ。
- 問題点
30年代までに両空港で3000メートル級の滑走路を新設する計画がある。だが、そのためには莫大な費用、年数がかかることが最大の問題だ。下図を見ればわかるが、それぞれ数千億円の事業費をつぎ込み、長い年月をかけて達成を目指すプロジェクトだ。
- 羽田空港…5本目の滑走路を沖合に造る計画
『日本経済新聞』 2014年5月17日朝刊 より
事業費→約6000億円~1兆円弱
工期→15年程度
- 成田空港…3本目の滑走路
『日本経済新聞』 2014年5月17日朝刊 より
事業費→約1200億円
工期→用地交渉などを除き4年程度
- ここにおいて静岡空港が果たせる役割とは?
このように羽田・成田両空港が進化していく過程においては、指摘したとおりに長い年月と事業費がかかる。だが、旺盛な外国人観光客の旺盛な来日需要に答えていくことは我が国として直近の課題と言え、そこへの対応策を手をこまねいていることは許されないのだ。その課題に対しての有効な回答として「静岡空港を使った輸送力のバイパス」を提案したい。これは、短期的に見ての単なる羽田・成田の代役としての役割にとどまらず、中長期的に見て、後述する「東海道新幹線静岡空港新駅構想」と併せて考えることで、東京と名古屋・大阪の中間地点に存在するという地理的利点をかんがみても訪日外国人観光客の国土への均等な訪問という効果も享受できるのではないかと考える。
Ⅲ貨物輸送の新拠点としての役割
-
静岡空港の第三の役割として、「貨物輸送の拠点」としての活用方法を提案する。
東日本大震災や国際情勢の影響を受けてきた旅客数と違い、貨物は開港後から順調に伸びている。具体的な数字としては、2009年度86トン → 2013年度616トンという統計があるが、単純に比較して7倍以上に伸びていることがわかる。直接的な収益は航空会社に入るが、保管などの手数料が空港にも入る。輸送が活発になれば、航空会社が路線維持や新規就航を考える際の好材料ともなり得るという、好循環が生まれる。また、現在は羽田や成田を輸送拠点として使っている静岡県内の企業にとっても、静岡空港ならば都内の交通渋滞に巻き込まれることもなく所要時間が読みやすいため、貨物を素早く新鮮な状態で輸送できるというメリットもあり、それらの空港からシェアを奪っていく可能性は十分にあるだろう。
-
貨物を扱う空港は、国内に全部で74か所(2012年)あるが、その中で国際貨物を扱っている空港に限れば中部国際空港や小松空港など、21か所に減る。これもまた、静岡空港が持つ競争力のうちの一つとみてよい。
-
貨物輸送の拠点としての静岡空港へ向けての切り札となるのが、現在建造中で17年度に開通予定の「中部横断自動車道」だ。これは、山梨からの高速道路が新東名の清水ジャンクションへと接続する路線であり、その完成によって静岡市から長野県小諸市までを結ぶ高速道路が完成する。この「中部横断自動車道」の完成によって、これまで2時間半以上かかってきた甲府―静岡空港間が90分に短縮されることからもわかるように、山梨県・長野県を新たなマーケットとして取り込む可能性を秘めている。すなわち、静岡県内だけでなく、空港の無い山梨県や国際空港の無い長野県からの需要も見込めるようになるのだ。
- 静岡空港からの貨物輸送の実際の使用例として、救心製薬(東京都杉並区)の事例を挙げる。2014年5月22日に、山梨県韮崎市に工場を持つ救心製薬は初めて静岡空港からの医薬品の輸出を行った。輸送先は、台北経由でシンガポールであり、以前にもタイへの輸出実績があったことから輸出先を広げている模様だ。山梨県に多くの工場を持つ同社にとっては、これまで使用していた成田空港よりも輸送費・所要時間の短縮が図れるというメリットを感じての静岡空港への拠点変更だったそうだが、前述の中部横断自動車道の本格開通によってこのようなケースはさらに増えると予想できる。
- もちろん、今後においての課題もある。まず、これまで企業においては長年成田・羽田を使ってきたという現状において、それらがルート変更に要する労力とそれによって得られるコスト削減効果を比較した際、さらには現状変更のための人的・物的コストをも考えたときにルートを変更せずに現状維持を選択する可能性があることだ。今まで安定しているように見えた体制において、あえてそれに手を加えることは、特に経営体力に乏しい中小企業においては躊躇してしまうような大転換なのかもしれない。さらには、すべての企業は安定したビジネスモデルを最重要視するという原則に則った際に、あえて輸送路を変更させるというような決断を下させるにはある程度の実績が必要であり、その実績を時間を経ながらも積み重ねていくことが大切だろう。
第三章 東海道新幹線 静岡空港新駅構想
- 災害への備え
- 増加することが予想される外国人観光客の輸送
- 貨物輸送の拠点としての機能
これまでの章において示したこれらのメリットを鑑みれば、静岡空港がすべての県民・国民から真に望まれ、その存在を認めてもらえるようになる可能性は大いにありうると考える。
ここで、第一章において示した通りアクセスの問題が最大の壁として立ちはだかる。そして、裏を返せばここをどう解決するかが、ポテンシャルを顕在化させるための要点と言えるのではないか。
〇ここで私は、その解決策の一案として「東海道新幹線・静岡空港新駅の設置」、を提案したいと思う。
『日本経済新聞』 2014年10月17日夕刊 より
- 唐突に「新幹線」や「リニア」という単語を提示したが、ここで静岡空港の持つ地理的に重要な特徴を強調しておく必要がある。それは、そもそも静岡空港は東海道新幹線のトンネル上に存在しているという事実だ。それは、以下の図を見れば一目瞭然である。
『静岡新聞』 2013年12月4日朝刊 より
- 2027年に品川から名古屋までの開通を目標に建設計画が進むリニアは、静岡県を迂回するルートが採られている。下図を参照すればわかるように、リニアは東京都→神奈川県→山梨県→(静岡県)→長野県→岐阜県→愛知県、というような建設計画だ。ここにおいて、静岡県にのみリニアが停車する新駅は建設される予定にない。
『産経新聞』 2014年7月18日朝刊 より
→JR東海・国に対して、静岡県に対しての何らかの「恩恵=新幹線新駅」が実現することは許される範疇の構想なのではないか。
☆「東海道新幹線・静岡空港新駅構想」は、国交省の答申会においても提示された案である。
- 「リニア中央新幹線」が実現のカギ
2010年に、国土交通省の交通政策審議会小委員会が出した見解において、リニアの意義のうちの一つに「東海道新幹線の新駅設置」を明言している。
☆新幹線新駅のメリット
- アクセスの劇的な改善、特に関東方面へ容易に出る事ができるようになることが何よりも大きい。これによって、静岡空港が「首都圏空港」の一員になる。ここで示した「首都圏空港」というフレーズが、静岡空港のポテンシャルを最大限に発揮させるためのキーワードと言える。静岡空港が首都圏空港群に組み込まれることで、何が起こるか。第二章で示した通りの「災害」「輸送力補完」という面から国家的メリットが見込まれるのだ。この新駅構想が実現することで静岡空港の持つ能力が何倍にも大きくなるのだ。さらに、日本において新幹線と直結した空港はなく、この点から見ても競争力の創出という面から大いに期待できるだろう。
- 今後2027年に見込まれるリニアの開通によって、東海道新幹線の相対的な地位低下は避けられない。東京と名古屋の行き来の流れが、今現在の東海道新幹線主流からより所要時間の短いリニアへと変わっていくことは間違いないからだ。
だが静岡県は、前述にもあった通りその直接的な恩恵を受けない。しかし、そこにリニアには無い、東海道新幹線だけの新たな価値を生み出すポイントを作ることで、逆に静岡特有のメリット、すなわち「あえて東海道新幹線を使う動機」が生まれるのではないか。これは事業主であるJR東海にとっても収入面から見て大きなメリットであるだろうし、さらに大局的な視点から俯瞰すれば国家全体の均衡的発展、すなわち地方創生という、現代日本の直面している大命題にも寄与するということは間違いない。
☆新幹線新駅へ向けての課題
- 東海道新幹線を運営する事業主であるJR東海は、この計画に対して否定的である。その理由としては、現時点でも過密ダイヤであるという問題に加えて、西側の新幹線停車駅である掛川駅との距離が近すぎることによって、新幹線の特性である高速性が失われることを挙げている。(『静岡新聞』 2013年12月04日朝刊 より)
- しかし、リニアの開通を控える以上、今後は東海道新幹線の第一義的な使命が「高速性」から変化していくことは必然であるといえる。さらに、事業者という次元を超えた「国の防災」「国を挙げた観光の振興」といったような視点が必要なのではないか。
第四章 政策提言
第二章において、静岡空港のメリットを鑑みたうえで、以下の三つの活用策を提案した。
- 災害への備え
- 増加することが予想される外国人観光客の輸送
- 貨物輸送の拠点としての機能
そして、第三章においてこれらの活用策の効果を最大限に引き出すために、JR東海の運営する東海道新幹線・静岡空港新駅の新設を提案した。
本研究において示してきた以上のようなアイディアを踏まえて、今後のさらなる発展のための政策提言を以下に示す。
防災拠点としての静岡空港
静岡県は、東日本大震災後に静岡空港で自衛隊や米軍などと訓練を実施し、日本の安全保障の観点から見ての防災拠点としての位置づけを進める姿勢を示している。この流れを加速させねばならない。具体的には、行政として南海トラフ巨大地震の際は国や自治体の合同対策本部が置かれる「基幹的広域防災拠点」に位置づけるよう国に求めていくことが必要ではないか。地震や津波、火山の噴火などの緊急時において、静岡県内における救援や復興の拠点となるにとどまらず、首都圏空港の一員として関東における災害時のセーフティーネットとして位置づけられるべきだ。
外国人観光客の受け入れ増加へ向けて
現在、円安やビザ支給要件の緩和などが重なり外国人観光客の訪日需要は爆発的に伸びている。さらに、その傾向は中長期的な視点から見ても変わることはないだろう。現状の日本の主な玄関口である成田・羽田空港の受け入れ態勢が限界に達しつつあるうえに、政府の進める外国人観光客の地方への均等な観光という政策を鑑みると、東京や名古屋といった大都市に近く、豊かな観光資源を有する静岡空港に対して、外国人観光客受け入れのバイパス機能を担わせることは合理的な選択だ。よって、まずハード面においては公衆無線LANの設置、多言語の看板の掲出、特定の信仰に対してのきめ細かい対応(礼拝室の設置や特別食の提供)を行う必要がある。また、ソフト面においては、静岡から東京・名古屋へと観光をしていってもらう過程のプランニングを手伝うような窓口が必要だろう。また、東海・北陸の県が協力して観光客の誘致を目指す取り組みである「昇龍道プロジェクト」と連携し、その中に静岡空港を使うプランを組みこんでいく事も即効性が高い施策であろう。
貨物輸送の新拠点としてのインフラ整備
現在の貨物輸送の一大拠点である成田空港と比べてのメリットとして、荷物が少ないために通関に要する時間が短く済むことが挙げられる。よって、輸送において迅速さを求められる生鮮食品や農作物の輸出入における拠点として静岡空港を位置づける。行政としては、それを今以上にアピールしていくために倉庫や冷蔵庫・冷凍庫の設営といった、設備投資をするべきだ。トラック等の陸上輸送を今以上に容易にするために、道路整備を行うことも必要だ。また、空港自体の運用時間を延長することで貨物運輸に大きなメリットが出ることが予想される。全体の利用者増にもつながり、新規路線の誘致や現路線の増便を航空会社に働きかける交渉がしやすくなる。地元への理解を深め、その実現を目指すべきだ。
東海道新幹線静岡空港新駅の実現に向けて
以上のようなメリットを最大化するための手段として、東海道新幹線の静岡空港新駅構想を実現させることが非常に重要だ。これは実現可能性からいえば充分にあると言え、行政としては事業主であるJR東海や国、国土交通省に対して働き掛けていかねばならない。その駅舎建設においては、静岡県が投資するという形で営利目的であるJR東海に対して負担をかけさせず、それを通じて迅速な構想の実現を目指すべきだ。その過程においては、たとえば2020年の東京オリンピックまでに仮駅舎を完成させて羽田・成田の輸送力のバイパスとして使い、その後休眠状態とするも2027年のリニア開通に合わせて本格営業を開始するといったような柔軟な対応も検討に値する。
参考文献・WEBサイト
Last Update:2015/1/26
© 2013 Hiroaki Ohike. All rights reserved.