介護福祉士不足を補うために

〜未来の介護現場を救う政策提言〜

早稲田大学社会科学部4年 上沼ゼミナール

鈴木洸平


具体的な研究方針

 日本の介護現場の現状を、データや資料などからの客観的な視点と、現場の声の主観的な視点との、両者の視点から浮き彫りにし、どうすれば介護福祉士不足を補えるかを、データ・成功事例などを元に政策を提言していきたいと考えている。

章立て

  1. 1.研究テーマ :『介護福祉士不足を補うための政策提言』
  2. 2.研究動機 :『きっかけは大叔母の認知症発症』
  3. 3.政策提言:『地域包括ケアシステムによる新しい在宅医療介護の形』
  4. 4.政策提言への根拠付け:『3つの視点からの考察』
  5. 5.今後の方針(まとめ)

1.研究テーマ

 今日介護現場において介護福祉士の数(供給)は、介護を必要とする要介護者の数(需要)に追いついていない(介護市場での需要供給バランスの崩壊)。その実態は「4-1B介護福祉士の数と要介護認定者の数の比較」を見て頂ければ誰もが納得できるだろう。
 したがって、日本の介護問題における根本的原因は『労働力不足』と判断でき、少子高齢化の流れを進む日本でこの課題をどのように乗り越える事が出来るのか、それが今試されようとしているのである。そして私は『介護福祉士不足を補う政策提言』をテーマに、この課題に挑戦し、将来的に増えるであろう介護を受けたくても受けられない人々の手助けになりたいと考えている。

2.研究動機

 数年前から私の大伯母が痴呆症(認知症)で介護施設に入居したが、その際の手続きに何か月もかかった。その具体的な手続きは書類申請も含むが、目を見張るのが医師による要介護レベルを判定する診察であった。
 調べると、全国の介護施設の種類・数は多いにもかかわらず、入居希望者の数が施設収容数を上回り、介護が行き届いていない現状を発見した。これに対して国は、要介護認定を作成し、ある基準を設定しそれに沿ったレベルを1〜5段階で作成し、それをもとに施設への入居者優先順位を決めて対処する仕組みを採用していることもわかった。
 実際、厚生労働省の調べによると、要介護者数が全国5,742,282人に対して、介護福祉士数は1,183,979しかおらず、確実に賄えていない。介護福祉士数は、年々増加傾向にあるが、厚生労働省のHPによると平成22年度からその数は伸び悩んでいる。このままいけば仮に私の身内が痴呆症になった場合、介護福祉士からの介護を受けられる可能性は厳しいものになるだろう。
 以上の経緯から、私は、この現状を少しでも良くしていかなければならないと思い、この研究テーマを選択した。

3.政策提言:『地域包括ケアシステムによる新しい在宅医療介護の形』

 『私は介護福祉士不足を解決するために、以下の2点を政策として提言する。
○「地域包括ケアシステム」:医療介護自治体をつなぐ新しい高齢化社会のインフラ構築・・・3章
○「EPAによる外国人介護士の受け入れ強化」:中長期目線での介護人口の補てん・・・4章の2項
◎「地域包括ケアシステム」による超高齢社会の生活基盤(インフラ)整備を狙う。結果、医療・介護資源を効率よく配分する事が可能となり、介護難民の減少につながる。また、労働者側にとっても、要介護・支援者の共有により個人に必要な労力を削減する事が出来る。一方で「EPAによる外国人介護士の受け入れ強化」を通して、中長期的な労働力の補充を強化していく。以上の結果、不足する介護福祉士を補う事が出来ると考えている。

3-1地域包括ケアシステムとは

 団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた「地域」で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるケアシステムの事。
 より具体的に言い換えるならば以下のようになる。おおむね30分以内に駆け付けられる圏域内で、個々人のニーズに応じて、医療・介護などの様々なサービスが適切に提供できるような地域体制の事である。このイメージを保持しつつ下記にある事例研究を読んでほしい。
図@地域包括ケアシステム 概念図(「読売新聞の医療サイトyomiDr.  地域包括ケアシステムとは」より引用)
 

3-2地域包括ケアシステムの始まり

 始まりは2025年問題を意識した2000年頃に遡る。当時デフレ景気を背景に、少子高齢化の進行と多様化するニーズへの対応を安定的かつ持続可能に供給できる社会保障制度を確立する事が課題であった。2008年1月福田内閣は内閣総理大臣主宰の「社会保障国民会議」を設置し、少子高齢化の人口比から社会保障費の増加は避けられないが、それ以上に医療・介護サービスにおけるサービス不足・当時の非効率な提供システムなどを指摘した。その中で在宅医療・介護の充実、及び地域で包括的なケアを構築するなどの「医療・介護サービスのあるべき姿」を提唱した。
 政権交代後の2009年に厚生労働省の「地域包括ケア研究会」(2008年に発足)が、「今後の検討のための論点整理」を提示し、「地域包括ケアシステム」が提唱されるようになった。そして同研究会の働きにより平成24年から始まる第5期介護保険事業計画の計画期間以降の医療・介護・福祉の一体的提供(地域包括ケア)実現に向けた検討が開始されるようになり、現政権へと制度は受け継がれるようになった。

3-3「自助・互助・共助・公助」という概念〜地域包括ケアシステムの基礎概念〜

「地域包括ケアシステム.net 「自助・互助・共助・公助」からみた地域包括ケアシステム」から引用)
 厚生労働省が掲げる地域包括ケアシステムには「自助・互助・共助・公助」という4つの概念が基礎となっている。以下その説明を記したい。
  1. 「自助」:自分の力で住み慣れた地域で暮らすために自発的に生活課題を解決する力の事。例えば介護予防活動に取り組んだり、健康維持のために検診を受けたり、病気のおそれがある際には受診を行うなどの事。
  2. 「互助」:家族、友人、クラブ活動仲間など、個人的な関係性を持つ人間同士が助け合い、それぞれが抱える生活課題を、お互いが解決し合う力。特に近隣住民の協力の構築を目指し、その発展としてボランティアやNPO法人との協力となる。
  3. 「共助」:制度化された、相互扶助。例えば社会保険制度、医療や年金、介護保険など。
  4. 「公助」:自助・互助・共助でも支えることが出来ない問題に対して、最終的に対応する制度。 例えば、生活困窮に対する生活保護や、虐待問題に対する虐待防止法などが該当する。

3-4地域包括ケアシステムの実施条件

 (「厚生労働省 福祉・介護 地域包括ケアシステム」から引用)
 地域包括ケアシステムの実施に当たり、厚生労働省は以下の点の実施を促している。
 @: 地域包括支援センターの利用
 A: 地域ケア会議の実施
 B: 医療と介護の連携
 C: 生活支援サービスの充実と高齢者の社会参加

3-4-@: 地域包括支援センターの利用

 地域包括支援センターは、市町村が設置主体となり、保健師・社会福祉士・主任介護支援専門員等を配置して、3職種のチームアプローチにより、住民の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設である。(介護保険法第115条の46第1項)
 主な業務は、介護予防支援及び包括的支援事業(@介護予防ケアマネジメント業務、A総合相談支援業務、B権利擁護業務、C包括的・継続的ケアマネジメント支援業務)で、制度横断的な連携ネットワークを構築して実施する。

3-4-A: 地域ケア会議の実施

 地域ケア会議は、高齢者個人に対する支援の充実と、それを支える社会基盤の整備とを同時に進めていく、地域包括ケアシステムの実現に向けた手法。
 具体的には、地域包括支援センター等が主催し、『医療、介護等の多職種が協働して高齢者の個別課題の解決を図るとともに、介護支援専門員の自立支援に資するケアマネジメントの実践力を高める。』、『 個別ケースの課題分析等を積み重ねることにより、地域に共通した課題を明確化する。』『共有された地域課題の解決に必要な資源開発や地域づくり、さらには介護保険事業計画への反映などの政策形成につなげる。』などがある。
 具体的な流れとしては、まず地域包括支援センターを中心に高齢者の「御用聞き」を行い、個人的問題や課題を抽出する。そしてそれらを地域課題として取り上げ、市町村や自治体、民間企業と協力して資源開発へとつなげる。そうしてできた政策提言を市民と共同して実施していくという流れになる。この流れは下記の事例研究でも具体的に示されているため参考にして欲しい。

3-4-B: 医療と介護の連携

 疾病を抱えても、自宅等の住み慣れた生活の場で療養し、自分らしい生活を続けられるためには、地域における医療・介護の関係機関(※)が連携して、包括的かつ継続的な在宅医療・介護の提供を行うことが必要である。
 例えば、在宅療養を支える関係機関の例を挙げるならば、地域の医療機関(定期的な訪問診療の実施)、在宅療養支援病院・診療所(有床)(急変時に一時的に入院の受け入れの実施)、訪問看護事業所(医療機関と連携し、服薬管理や点眼、褥瘡の予防、浣腸等の看護ケアの実施)、介護サービス事業所(入浴、排せつ、食事等の介護の実施)などがある。
 このため、関係機関が連携し、多職種協働により在宅医療・介護を一体的に提供できる体制を構築するため、市町村が中心となって、地域の医師会等と緊密に連携しながら、地域の関係機関の連携体制の構築を図る。
 この医療と介護の連携も下記の事例研究で詳しく記述しているため参考にしてほしい。

3-4-C: 生活支援サービスの充実と高齢者の社会参加

 また厚生労働省は地域包括ケアシステムの中で高齢者の社会参加を促している。
 高齢者が住み慣れた地域で暮らしていくためには、生活支援サービスと高齢者自身の社会参加が必要であり、多様な主体による生活支援サービスの提供に高齢者の社会参加を一層進めることを通じて、元気な高齢者が生活することができる。また一方で支援の担い手として活躍することも期待される。
 このように、高齢者が社会的役割をもつことにより、生きがいや介護予防にもつながる。

3‐5事例研究

*{西村 周三,2013, 『地域包括ケアシステム : 「住み慣れた地域で老いる」社会をめざして』慶應義塾大学出版会.}の事例研究を引用・一部修正している。

3‐5‐a 長寿社会のまちづくりプロジェクト(千葉県柏市豊四季地域の事例)

図A千葉県柏市の地図(「Mapion 都道府県地図 千葉県」より引用)
 

3-5-a-1 長寿社会のまちづくりプロジェクトの始まり

 千葉県柏市(かしわし)は、千葉県北西部の東葛地域に位置する都市で、人口約41万人(2015年5月時点)、同県内では5番目に人口が多い。
 柏市における2011年時点での65歳以上の高齢者人口は80686人、柏市人口に占める高齢者人口の割合は約20.0%と、全国平均の23.3%と比較すると高齢化率は低い。しかし国立保障・人口問題研究所が2008年に発表した資料によると、2030年(平成42年)には市の高齢者人口は約117000人、高齢化率は32.4%に達すると見込まれ、75歳以上の後期高齢者が約7万人以上になると予想されている。
 このような状況の中すでに高齢化率40%を上回る地域が「豊四季台団地」である。豊四季台団地は、現在のUR都市機構が東京オリンピック当時に建設した団地であるが、その後50年が経ち団塊の世代が一斉に定年を迎え高齢者率が増加したのである。具体的な数字で表すと、2010年時点で同団地内には6028人が住んでおり、その高齢化率は40.6%、後期高齢者率は18%を上回り、上述した柏市全体の数値の約2倍に当たる。古い住宅での生活は高齢者には身体的に厳しく、団地外への引っ越しを余儀なくされる高齢者が後を絶たず、住み慣れた地域で余生を過ごせず不幸に感じる高齢者が多かったという。
 そこでUR都市機構による豊四季台団地の建て替え事業を契機に、「柏市・東京大学高齢社会総合研究機構、UR都市機構」の3者は長寿社会に対応した街づくりに産学官一体で取り組み、2009年6月に「柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会」を発足した。

3-5-a-2 柏市豊四季台地域高齢社会総合研究会の目指すところ

 柏市:「市内の高齢者が安心して元気に暮らすことができるまちづくりの在り方を検証すること」
 東京大学:「超高齢化に対応する社会やシステム、技術を提案・検証し、国内外に向けて発信すること」
 UR都市機構:「今後の超高齢化を迎える団地の在り方とその街づくりを検証すること」
 3者共通の目標:「いつまでも在宅で安心した生活が送れるまちづくり」
         「いつまでも元気で活躍できるまちづくり」

3-5-a-3 長寿社会のまちづくりプロジェクトの具体策

 長寿社会のまちづくりプロジェクトの具体策としては以下の3つの柱である。
 @在宅医療の推進
 Aサービス付き高齢者向け住宅と住宅医療を含めた24時間の住宅ケアシステムの組み合わせ(見守り体制の確立)
 B高齢者の生きがい就労の推進

3-4-a-3-@在宅医療の推進 〜そのきっかけと具体的な動き〜

 超高齢社会の流れを受け、柏市における高齢者医療をどのように構築すべきかがまず話し合われた。承知の通り少子高齢化の流れを受けて今後全国の病床数は足らなくなり、医療サービスを受けられない高齢者が増加すると言われており、同市も例外ではなかった。病床を増やすという意見もあったが、既存の医療政策の延長として病床を増設することは難しく、地域の資源の中で患者を診ていく視点(在宅医療)が今以上に必要になると判断した。
 また、多くの患者・要介護者が、自分が病気及び要介護者となった場合できるだけ自宅で療養・介護を受けたいと答えている人が非常に多いことも在宅医療の推進の背中を押すきっかけとなった。例えば2008年に厚生労働省が実施した「終末医療に関する調査」では、60%以上の回答者が「基本的には自宅で療養したい」と答えており、2010年に厚生労働省が行った「介護保険制度に関する国民の皆様からのご意見募集」でも、74%の回答者が自宅での介護を希望している。
 しかし現状の終末医療はそうしたニーズに応えられておらず、自宅で亡くなる人は全志望者の中で1割に満たないというデータもある。  以上のニーズをきっかけとして進む在宅医療は以下の必要性を行政に突き付けた。一つは在宅医療を整備する地域の単位を「日常生活圏域内」とすること。そしてもう一つは「介護保険行政との連携・調整」である。つまり、住み慣れた地域で長期にわたって高齢者の方々が住み続けるためには、日常生活圏域内で医療と介護サービス(訪問介護・訪問薬剤指導・訪問リハビリテーション・訪問介護やショートステイなど)の連携が必要不可欠であると判断したのである。
 同時にこれは上述した地域包括ケアと同じ概念を持つプロジェクトが発足したことを意味した。
 次に具体的な政策を紹介する。

「主治医・副主治医制」

 主治医と副主治医を設けることで、訪問医療を主治医と副主治医が交互に協力して医療サービスを患者に提供できるようにした制度。狙いとしては24時間体制の在宅量体制の構築で主治医の身体的・精神的負担の増加を分散させることにある。
この仕組みでは市が事務局となり、医師会の役員などが構成員となる「医療ワーキンググループ」を開催し、数次にわたる議論を経て行われた。平成25年現在はその枠組み作りのための協議を重ねている。

「医療と介護に関する多職種の連携」

在宅医療の推進のためには医療と介護をまたぐ多職種の連携が必要となる。実際に今プロジェクトに必要不可欠なネットワークは以下の通りである。
●医師会、歯科医師会、薬剤師会
●病院関係者
●訪問看護連絡会
●介護支援専門員協議会
●地域包括支援センター
●在宅リハビリテーション連絡会
●在宅栄養士会
●東京大学高齢社会総合研究機構
●UR都市機構
   これらの組織を同じ方向に向けさせるために、2012年柏市は自ら主体となって上述した組織を一堂に集める「顔の見える関係会議」を実施した。
 この会議は、日ごろから顔を合わせ、意見交換などを通じて意識を共有することで連携強化を狙いとしている。実際第1回会議(6月21日(木))では144名が参加し、「多職種連携:うまくいった点,いかなかった点」をテーマに話し合った。
 会議後にとったアンケートによると、翌日以降の多職種連携に役立ったという回答が、名刺交換では93%、グループワークでは97%という結果となっている。同会議は2013年の時点で第4回会議まで開催され、第4回では約157名が参加している。

「在宅医療研修の実施」

 東京大学のチームが中心に発案した研修で、在宅医療の啓発と現場訓練による連携の強化を目的としている。そして次のような特徴を持つ。まず、開業医が在宅医療に関する動向研修に赴くこと、多職種による議論の場が研修の中に組み込まれていること、そして同一市町村内の多職種を受講対象とすることで実際の連携に向けた連続性を担保していることである。
 初回は2011年5~10月にかけて行われ、計8日間研修を実施し、約60名の開業医が参加した。受講した開業医の動機づけ、並びに医師間・多職種間の連携促進に大きく貢献した。

「情報共有システムの構築」

 医療と介護をまたぐ多職種の連携を実践するツールとして、データセンター(クラウド)などの情報共有システムを構築し、2012年11月までに20症例の試行運用を行っている。
 ここでは患者・要介護者に関する情報を全てデータセンターで一元管理をすることで、医療・看護・介護などの壁を越えた情報共有を可能にし、医療・看護・介護サービスの提供及びその質をさらに充実させる手助けとなっている。
図B柏市情報共有システム 全体図(「柏市における長寿社会のまちづくり」より引用)
 

「市民への啓発」

 上述した地域包括ケアシステムの構築を進める一方で、このシステムを実際に利用する市民に向けた啓発活動にも取り組む。2012年2月には「在宅ケア柏市民集会」を開催し、計232名の市民が集まった。
 そして各地域で,ふるさと協議会・地区社協・民生委員・健康づくり推進員等を対象とした意見交換会の開催し、2013年時点で合計63回・約1,600人に対して実施した。

3-5-a-4 A高齢者の住まいと医療・介護サービスの組み合わせ

 柏市豊四季台では@の在宅医療の推進のためには、医療・看護・介護サービスを兼ね備えた住環境の整備も必要であると考えた。そしてUR都市機構は、それらサービスが同住宅建物の1階に併設することとしている。
 具体的なサービスの内容としては、グループホーム(認知症対応型共同生活介護)、訪問看護ステーション、小規模多機能型居宅介護、在宅療養支援診療所、主治医診療所、地域包括支援センター、子育て支援施設、薬局、居宅介護支援、定期巡回・臨時対応型訪問介護看護を予定している。
 このサービスは2014年にから始まり、2016年の現在も稼働している。(「Cocofump ココファン柏豊四季台」)

3-5-a-5 B高齢者の生きがい就労の推進

 また柏市豊四季台は、長く住み続けられる町であるためには、高齢者の方々に「生きがい」を持って生活を送ってもらうことが重要であると考え、「生きがい就労」も地域包括ケアシステムの中に組み込んでいる。
 「生きがい就労」とは、主に定年退職者のセカンドライフを豊かにするため、無理なく、楽しくできる範囲で働き、地域や社会に貢献する「生きがい」と慣れ親しんだ「働く」という生活スタイルを両立させ、セカンドライフを豊かにするための事業である。
 具体的な就労分野には、農業、保育、介護、食、ボランティアなどがある。活動までの流れとしては、就労したい高齢者を募集し、就労セミナーを開催、各事業者で就労し、就労高齢者同士の交流を促すというもの。この生きがい就労の特徴はボランティアというものではなく、全て民間企業(個人農園)で就労し、賃金が出るということである。そうすることで、就労するということを意識させ、責任感を持たせることで生きがいを生むのである。
 一方で課題も多くあるようだ。柏市保健福祉部福祉政策室柏市経済産業部農政課の「柏市における長寿社会のまちづくり〜高齢者の生きがい就労〜」によると、就労する高齢者と彼らを雇う事業主側との認識のズレが大きな問題の一つである。
 高齢者側はレジャー感覚で参加する一方で、事業主側は事業の継続や拡大を意図している。上述した賃金が発生しているということを考えるならば事業主の主張は正しく、上述した生きがいを生むという長所の一方で、雇用主と従業員との認識のズレという短所が発見されたのだ。
 しかしながら、このような課題がある一方で、この施策は地域包括ケアシステムには必要不可欠である。なぜなら地域包括ケアシステムの根幹は多職種間の「連携」や地域住民の「つながり」が条件の一つとなっているからだ。

3-5-a-6長寿社会のまちづくりプロジェクトの成果と課題

 平成24年度を振り返り、柏市はこのプロジェクトの成果と課題を以下のように記している。
 (「柏市における長寿社会のまちづくり〜高齢者の生きがい就労〜」のP.44を参照)
 <成果>
 ○行政(介護保険者)と医師会が中心となって呼びかけを行うことにより,全ての多職種団体を網羅し,連携の枠組みが構築された。
 ○こうした枠組みの中で多職種の関係作りや連携のためのルール作りを行うことにより,在宅医療の面的な(全市への)広がりが期待される。
 ○草の根的な市民啓発活動により,市民の期待や不安の声が明らかになった。さらに,説明を聞いた市民が,より多くの周囲へ知らせようという動きが生まれた。
 <課題>
 ○全市における「主治医-副主治医制」の体制整備と多職種連携ルールの確立
 ○市民に対する在宅医療の更なる啓発

3-5-a-7千葉県柏市豊四季台の例の考察

 千葉県柏市豊四季台の長寿社会のまちづくりプロジェクトの例は地域包括ケアシステムの構築の先進的な事例である。この事例から地域包括ケアシステムに必要な流れ及び枠組みを学ぶことができ、産学官一体で行い、医師会を始め多職種間の連携協会の具体的筋道も参考にすることができる。
 また、ICTを用いた情報共有システムの導入は今後の地域包括ケアシステムのツールとしては欠かせないものとなろう。古くからある人のつながりと次世代技術を組み合わせたまさに現代日本にしかできないモデルケースの一つであると考えられる。
 一方でこの事例では「市町村の活躍」が非常に大きいと感じる。
 そもそもUR機構・東京大学へのコネクションがあること、同地区医師会からの理解を得ていることなど参加者における有利性が見て取れるはずだ。そこで思い出してほしいのがこのシステムの名に「地域」と命名されている点である。つまり、地域包括ケアシステムはその地域ごとにあるシステムであり、千葉県柏市豊四季台の例はそれで正解なのである。
 したがって、地域包括ケアシステムの実践的導入のためには、より多くの事例研究が必要なのであると強く感じた。その意味でこの事例に出会えたことは地域包括ケアシステムの研究をより深めるきっかけとなったため、非常に重要な事例である。

3-5-b 大分県臼杵市の事例(認知症を意識した地域包括ケアシステム)

図C大分県臼杵市の地図(「Mapion 都道府県地図 大分県」 より引用)
 

3-5-b-1臼杵市の地域包括ケアシステムの始まり

 大分県臼杵市は大分県の南部に属し、人口約4万人で、町の中心部には歴史的雰囲気を醸し出す臼杵城址や昔ながらの町並みがそろっている。産業としては漁業や農業が中心である。  臼杵市の最大の問題は少子高齢化とそれに伴う人口減少である。高齢化率は32%を超え、持続困難な集落も多い。この32%という数字は2012年1月時点で予測した一部のデータによると、2030年ごろの日本全国の高齢化率の平均を超えていると言われている。
 一方で市内の医療体制としては一次医療を行う診療所、二次医療を行う医師会立病院がある。三次医療は高速道路の整備のおかげでおおむね30分程度で大分県立病院や大分大学附属病院などの医療機関にかかることができる。
 2012年度の第5期介護事業計画策定にあたって、厚生労働省が新たに取り入れた「日常生活圏域ニーズ調査」(いわゆる御用聞きで上述では地域包括支援センターが行うものと記した。) に臼杵市もモデル事業から参加しており、90%以上の回答を得ることができた。
 そして以下の結果が分かった。
  1. 1:要介護者の要因は認知症が最も多い
  2. 2:要支援・介護認定者は、非認定者と比較すると外出頻度が極端に少ない
  3. 3:要支援・介護認定者は、非認定者と比較して地域活動への参加が少ない
  4. 4:介護が必要になった場合、介護を受けたい場所として「現在の住まい」が最も多い
 またこれらニーズだけではなく、地域によってそのニーズも変化していくことも分かった。なぜなら市の中心部と海沿いの地域、山間部における住環境や食生活が異なるからだ。
 このような日常生活圏域ニーズ調査の結果を踏まえて、大学・医師会・行政・地域が住み慣れた地域でいつまでも健康で暮らせるように協力し始めたのである。

3-5-b-2臼杵市の取り組み「認知症対策」

2010年度から臼杵市では、大学、医師会、行政、地域と連携して「認知症の早期発見と早期診療ができる体制づくり」を構築してきた。
これは臼杵市医師会が中心となり、大分大学医学部医師や臼杵市職員らが集まり、最新の認知症治療の共有や市民への正しい知識の普及啓発の方法などが話し合われた。
結果、上記の体制では以下のような取り組みがなされた。
  1. @ 認知症の正しい知識の普及啓発
  2. A 認知症の人を介護している家族への支援
  3. B 認知症支援ネットワークの構築
  4. C 安心生活お守りキットの普及

3-5-b-2-@認知症の正しい知識の普及啓発

この取り組みのキーとなるものは「なるほど認知症講座」の実施である。
なるほど認知症講座では、小学校区ごとの地域に絞った領域内で、認知症に関する正しい知識を伝える講義の開催やタッチパネルを使った一次診断をおこなった。
参加者は高齢者のみに限らず、高齢者以外の若い世代にも参加してもらい、認知症の基礎知識を学んでもらう。そうすることで、親族もしくは近隣住民が認知症を発症した場合でも、家族及び地域の中で理解を示し、助け合うことができるのである。
そしていわゆる認知症予備軍や認知症の兆候を持つ患者を見つけ、早期治療につなげるためにタッチパネル診断を導入し、その診断で点数が低かった方は病院を紹介してもらい、適切な検査や治療を受けてもらうという流れだ。

3-5-b-2--A認知症の人を介護している家族への支援

 認知症患者を抱える家族のケアも重要である。
 ここでは「認知症の人と家族の会」大分県支部の協力を得ながら、上記のなるほど認知症講座の中で相談ブースを設けるようにしている。そうすることで、認知症患者を支える家族が介護負担を一人で抱え込まないようにすることができるのである。
 昨今話題となっている介護虐待の背景には、上記のような介護の悩みを一人で抱え込んでしまうことによるストレス過多と孤独感が原因の一つと呼ばれている。したがって要介護者だけでなく介護する側のケアも必要不可欠なのである。

3-5-b-2-B認知症支援ネットワークの構築

 認知症にやさしい街づくりの実現のためには、ある一つの医療機関や看護介護サービス提供機関などが一極集中的に担い手として引き受けていては成り立たない。つまりは、地域全体での支援ネットワークの構築が必要なのである。
 そこで活躍するのが「認知症地域資源マップ」である。認知症地域資源マップには、認知症を診療できる医療機関や認知症の相談ができる「かかりつけ医」、介護サービスの提供者及び「認知症にやさしいお店・事業所」ステッカーを貼る店舗などの情報が全て掲載されている。
 また全国でも展開されている「認知症サポーター養成講座」も臼杵市は早期から取り組んでおり、2010年からは中学生にまでその対象を広げている。
 そして2012年からは「キッズサポーター養成講座」も展開し、小学生を対象に認知症の基礎知識を学ぶ。この講座では認知症の基礎知識を学んだ小学生が自身の親にまで普及するという点で相乗効果は大きい。

3-5-b-2-C安心生活お守りキットの普及

 認知症にやさしい街づくりのためには上述したように周囲の理解と協力が必要不可欠である。高齢化の進行とともに地域の見守り体制の構築が日本全国で急務であるように、臼杵市も例外ではない。
 そこで臼杵市は2009年以来、「安心生活お守りキット」の導入を促している。安心生活お守りキットは、急病や災害時に必要となる緊急連絡先やかかりつけ医料金などの情報をペットボトル型の容器に入れ、「冷蔵庫」に置くというものである。対象者は主に70歳以上の高齢者、高齢者のみの世帯、障害があるものなどとし、2012年8月時点で累計5450人にまで参加者が増加している。
 また救急隊との連携を密にしており、救急現場でこのキットを使用した件数は累計で350件にも上っており、臼杵市では「冷蔵庫に緊急連絡先がある」ということが徹底されていることが見て取れる。
 安心生活お守りキットの機能をさらに向上させるために、このキットの申し込みは地域自治体である区長や民生委員らが受け取り、各家庭に届ける仕組みを採用している。そうすることで、要支援・介護が必要な高齢者との関係性を構築することができるのである。キットに記載された情報は台帳にして市、消防署、社会福祉協議会と地域自治体で共有しており、区長や民生児童委員が代替わりするごとに更新作業を行っている。

3-5-b-3臼杵市地域包括ケアステムの成果

 H23年度とH25年度における要支援者の軽減率を比較するとその違いは大きい。
 「「大分県における地域ケア会議普及にかかる市町村支援 |地域ケア会議と自立支援型ケアマネジメントの推進|」」を参照してほしい。
 大分県の発表によるとH23年度の臼杵市の軽減率は11.7%で、そのうち自立レベルまで軽減した人の割合は1.9%であった。一方でH25年度の軽減率は15.8%と増加してしまっているが、自立レベルへの軽減率は5.7%と高い数値を出しており、臼杵市の取り組みの成果が見て取れる。
 また要支援者認定率の割合も減少傾向にある。H23年度では19.31%(要支援者数:995名)であったのに対して、H25年度では18.86%(要支援者数:971名)にまで下がっている。少子高齢化の流れを受けながらもこのような成果を数字として出す臼杵市の取り組みは地域包括ケアシステムの先進事例として重要な意味を持つことになるだろう。

3-5-b-4臼杵市地域包括ケアステムの課題

 上述した大分県が発表している「「大分県における地域ケア会議普及にかかる市町村支援 |地域ケア会議と自立支援型ケアマネジメントの推進|」」では、県全体としての課題ではあるが、課題として「ケアマネージャーの能力向上」や「介護予防事業の強化」などを挙げている。
 確かに臼杵市の例では医師会が中心になり在宅医療の強化を推進してきたが、看護・介護との連携が先述した千葉県の例と比較すると弱いように感じる。
 また臼杵市の場合では要支援者の数字が減少していることから、介護予防の事業としては成功しているようだが、県全体で見たときに更なる強化を求める声が大きいことがわかる
 臼杵市がその成果を示し、県全体の声にこたえる必要があるだろう。

3-5-b-5臼杵市地域包括家システムの考察

 臼杵市の特徴としては、医師会とのつながりが当初から密であったことと、臼杵市自体が介護予防や認知症予防に強い関心を示していたことにある。
 上述してきた地域包括ケアシステムの中心を担っていたのは医師会であったし、結果在宅医療の推進や「認知症地域資源マップ」の導入がなされているからだ。そして2012年から厚生労働省が新たに取り入れた「日常生活圏域ニーズ調査」にモデル事業として臼杵市が参加していたり、2008年に東京都港区が始めたとされる政策を模倣し、独自に創意工夫を加えて完成させた安心生活お守りキットの導入の例を見ても、臼杵市自体が超高齢社会に強い危機感を覚えており、地域包括ケアシステムの構築に強い関心を持っていたことがわかる。
 また認知症にやさしい街づくりの一環として行われた、なるほど認知症講座や認知症サポーター養成講座の実施など、教育というソフト面での強化を狙った事例は注目すべきであろう。
 先にも記したが、地域包括ケアシステムの根底には市民の協力やつながりが必要不可欠となる。その際教育というソフト面での対応は市民同士の共通の話題・知識を作るという点において、市民同士のつながりや協力体制を強くすると考えられる。
 また、小学生や中学生など子供までも巻き込むことで、知識の普及啓発をさらに促し、文化として根付かせることができるのである。結果次世代、そのまた次の世代へとこの習慣を引き継いでいくことで臼杵市は認知症にやさしい街という文化を生むのであろう。

3-6地域包括ケアステムの利点と課題

3-6-1利点

 これまで見てきた地域包括ケアシステムの利点は以下にあると考えられる。
 @「人のつながり」を生み出す環境作り(インフラ作り) →他職種間連携・共同体づくり
 A効率的な医療・介護サービスの提供 →介護予防:要介護者・支援者の減少/介護を受けられない人の減少
 Bボトムアップ型のシステム →現場主義の動き方

3-6-1-@「人のつながり」を生み出す環境作り(インフラ作り)

 地域包括ケアシステムの実現には「人のつながり」が必要不可欠であり、この「人のつながり」こそがこのシステムの最大の長所であると考えられる。
 上述してきた千葉県柏市豊四季台の事例や大分県臼杵市の事例のどれもが「他職種間の連携」及び「在宅医療・介護に理解のある環境作り(共同体の生成)」が大きな力と成してきた。
 この結果、Aで言及する効率的に医療・介護サービスを配分させる事を可能にする。少子高齢化の人口動態を歩む日本では、労働力の適切な配分がどの分野でも重要である。それは介護分野でも例外ではない。4-1Dの介護福祉士不足の影響で言及している通り、介護福祉士が不足した世界では介護難民の増加及びそれに伴う介護福祉士負担の増加、さらなる介護士の減少という負のスパイラルを生む。
 こうした世界に日本が突入しないためには、高齢者(要介護者・要支援者・患者を含め)を介護分野だけに、または医療分野だけに押し付ける現代の流れを断ち切る必要があると私は考えている。そこで「人のつながり」を基礎とする地域包括ケアシステムは、医療・介護分野での連携はもちろん、地域自治体や市民同士のつながりをも可能にし、実質的な負担の分配を可能とする。
 また地域包括ケアシステムの恩恵は医療・介護分野で留まる事は無い。昨今話題となる増加する高齢者の独り住まい、それに伴う孤独死などの社会問題の解消にも、地域包括ケアシステムは機能する。
 大分県臼杵市の事例のように、例えば「認知症にやさしいまちづくり」のように、市民同士が協働する事で人のつながりを生むきっかけ作りともなり、結果サロンや同じ趣味を持ったサークル作りなどが生まれる。そうでなくとも隣人に対する情報が自然とは言ってくるため関心は持てるようになる。不自然に感じれば自治体に連絡をして生存確認もできる。そのような「つながり」は、現状では増え続けるであろう高齢化社会特有の社会問題の解消につながるであろう。

3-6-1-A効率的な医療・介護サービスの提供

 @でも言及したように、地域包括ケアシステムは効率的な医療・介護サービスの提供を促す。病を患った高齢者が病院に活き医療サービスを享受する、また要介護・支援者が施設に入居または訪問介護を通して介護サービスを享受するというこれまで当たり前であった日常を送れない人々も多い。言い換えると、病院に行きたくても身体的理由からいけない人や、病床数が足りずに入院できない人、はたまた要介護者であるにもかかわらず労働力不足から介護サービスを受けられない人が多いという事である。
 このような環境における医療・介護サービス両者が抱える問題は、少子高齢化の人口動態を背景に労働者不足である。
 そこで重要となってくるのは貴重な労働資源をどのように有効活用し、効率よく配分し、どれだけ適切なサービスを受けられない高齢者を無くすことができるのか、これに尽きる。地域包括ケアシステムは@でも言及したように、人のつながりを必要とする。結果多職種間連携を可能にし、労働者の医療・介護負担を減らす。
 また、在宅医療・介護システムも可能にするため、病院や施設などのハード面でのインフラは必要ない。さらに自宅に訪問するため見守り機能も可能にする。このような資源の適切な配分は今後超高齢社会において必要不可欠な問題となるだろう。
 そして医療・介護サービスの提供が効率よくなった結果、患者及び要介護・支援者の数も減少する。大分県臼杵市の事例に数字が示されている通り、適切な医療サービスの配分は患者の十大疾病などの予防につながり、一方介護サービスの充実は介護予防ももたらす。そうして高齢者の自立を促し、元気な高齢者を生む。臼杵市の事例のデータと同じであるならば、元気な高齢者は、要介護・支援者と反対に、外出頻度が増える。
 結果人のつながりを生む機会を増やし、共同体はさらに強く広くなっていき、地域法圧ケアシステムの効力をさらに大きくするだろう。

3-6-1-Bボトムアップ型のシステム

 地域包括ケアシステムは、その名の通り地域に根差したシステム作りであり、その点も長所と言える。
 まずこのシステムの出発点は市民たちの「御用聞き」である。市民たちの身近な問題を聞き、それを政策議題として挙げていくため市民参加がし易く、また市民たちもこのシステムに参加しているという意識を芽生えさせる。
 結果それは広く抽象的な問題であったものを具体的且つ身近なものとして市民に捉えさせ責任感を生む。この責任感が人々にやりがいややる気を生むのである。

3-6-2課題

 一方で地域包括ケアシステムにも課題はある。以下そのいくつかを紹介したい。
 @財政面、財源の課題
 A提供体制の課題

3-6-@財政面、財源の課題

 少子高齢化委の人口動態を背景に、社会保険(年金保険、医療保険、介護保険)の給付費の増加傾向を避ける事はできない。しかし、膨大な国際・地方債を抱える現状においてこれまで行われてきた社会保険制度での補填(いわゆるばらまき)を行う事も難しくなっている。
 そこで2012年「社会保障・税の一体改革」では、全世代型の社会保障をめざし、子育て支援を推進するとともに、世代内の公平性の観点から所得格差・貧困問題の是正のための施策が進められている。そのような現状の中で地域包括ケアシステムの推進・維持のために社会保障制度と財源の在り方は非常に重要な課題となる。
 また柏市豊四季台の事例でもあったように、多職種間の連携をより効率よくするためにICT技術の導入が必要だが、そこにも費用がかさむ。
 筆者は就職活動中ICT企業の社員の方と地域包括ケアシステムにおけるICT導入の課題について話したことがあるが、その際社員の方がおっしゃっていたことは、「技術をどこに売ればいいのか分からない」である。ICT技術を有する民間企業は、利益の確保が必要不可欠であるため、財源難となっている政府・自治体に売り込む事が難しいのである。さらに財源的に裕福である、
 つまり地方よりも人口密度の高い首都圏には最新の技術があり、過疎化する地方はその流れにおいて行かれてしまうという格差を生みかねないと筆者は考える。昨今問題となっている東京の一極集中の問題も加速してしまうだろう。

3-6-A提供体制の課題

 地域包括ケアシステムの提供する体制にも課題は多い。
 まず多職種間の連携である。上述したように地域包括ケアシステムの強みはこの多職種間連携である。しかし、多職種協働の困難さ、及び異なる組織間での意思統一はそう簡単に行くものではない。例えば柏市豊四季台の例での課題にもあるように、多職種間連携のルール作りや、他県の事例でもケアマネージャーの能力不足などを課題として挙げている。
 この根本的原因は教育のバックグラウンドや思考ロジックの違いが原因であるとしている(参考文献{西村 周三,2013, 『地域包括ケアシステム : 「住み慣れた地域で老いる」社会をめざして』慶應義塾大学出版会}の第7章)。福祉系の介護支援専門員は、要介護高齢者の現在の生活を維持したいという意識や意向が強く、症状・病状やQOLの未来予想図を意識したうえで、今何をすべきかの観点から取り組むという意識が低いという。
 連携とはお互いの強みと弱みを理解した上で、お互いの機能を補完し合うために行うものであり、その際重要となるのが意思統一であり、結果迅速な行動をとる事が出来るのである。このような課題に対して政府は「地域ケア会議」の推進を促し、顔を見て連携を取る事を推奨している。確かに柏市豊四季台の例の成功の秘訣は産学官一体となった連携である。マクロ的な視点及びミクロ的な視点が出来る人材の構築とその共有が必要だろう。
 また各市町村・自治体が動かなければこのシステムは機能しないという事も体制面での課題と言えよう。先例にあるように地域包括ケアシステムによる在宅医療・介護を推進するためには小学校地区単位など地区わけが必要なのであり、そうなれば同県・市内であっても市の役員や自治体との意識が統一されていなければならない。しかし筆者が所属する自治体もそうであるように、高齢化が進み新しい取り組みに億劫になっている自治体も少なくない。国が推進していく地域包括ケアが現場レベルでの理解を得てきちんと機能するには時間がかかるだろう。

 以上のような課題はあるが政策提言として地域包括ケアシステムは今後超高齢社会における生活基盤 (インフラ)として重要なものになるだろう。


4.政策提言への根拠付け

 ここでは上記の政策提言に至った様々なデータや資料、私の考察を記していきたい。

4-1日本の介護問題の概説とその影響

4-1A介護福祉士とは

 日常生活を営むうえで支障のある人について、心身の状況に応じた介護や、家族介護者への助言・指導を行う人、または資格。「社会福祉士及び介護福祉士法」で定められた「国家資格」(名称独占資格)で、厚生労働大臣指定の試験機関である財団法人社会福祉振興・試験センターが実施する介護福祉士国家試験に合格しなければならない。受験資格には、
  1. 3年以上の介護等業務の実務経験者(平成24年度からは実務経験に加えて、養成施設で6ヵ月以上の課程を修了することが必要)
  2. 福祉系高等学校で所定の科目・単位数を修めて卒業した者
  3. 介護福祉士養成施設の卒業者(平成24年度以降)
などの制限がある。
 筆記試験(試験日は例年1月末)と実技試験(同3月上旬)があり、介護技術講習を受講した場合には実技試験が免除される。3月下旬に合格発表され、合格者は同センターへの登録が必要となる。(「コトバンク かいごふくしし【介護福祉士】」より引用)

 注目したいのは、介護福祉士という仕事は誰でも就ける職種ではなく、国家試験を通過し、その他条件を満たした者にのみ与えられる国家資格を必要とした職種であるということだ。この介護福祉士が国家資格を必要とするということも介護福祉士が不足している原因の一つに関連するのだろうか。
 またしばしば介護福祉士とホームヘルパーが混同するケースが多い。実際介護福祉士もホームヘルパーも、介護を必要とした人に介護サービスを提供する業務内容であり、この点において違いはない。
 しかし、「介護をする場所の範囲」に違いがある。ホームヘルパーはその名の通り介護を必要とする人の「自宅」で介護サービスを提供する。一方介護福祉士は、家だけでなく、病院や介護施設などの集合施設でも介護サービスを提供することが許可されている。また、ホームヘルパーが認定資格であるのに対して、介護福祉士は(上述したように)「国家資格」であり、ホームヘルパーの上位資格とも言う事が出来るのである。

4-1B介護福祉士の数と要介護認定者の数の比較

図D介護福祉士の登録者数の推移 (「厚生労働省 ページ6:介護福祉士の登録者数の推移」より引用)


要介護認定者数
図E平成25年度要介護認定者数(http://www.wam.go.jp/wamappl/00youkaigo.nsf/vAllArea/201308?Openより引用)


2013年8月末時点の集計値を掲載している。
要支援 要介護1 要介護2 要介護3 要介護4 要介護5 全国合計
1,578,412人 1,077,494人 1,007,960人 755,856人 705,511人 617,049人 5,742,282人

*一部用語の解説を含めて以下の定義とURLを参照。

*-1要介護者とは

 要介護者とは、要介護状態にある65歳以上の人。または、政令で定められた特定疾病(末期癌・関節リウマチ・筋萎縮性側索硬化症・脳血管疾患・慢性閉塞性肺疾患など)が原因で要介護状態にある40歳以上65歳未満の人。(「コトバンク 要介護者 ヨウカイゴシャ」より引用)
 また、要介護認定とは次のものを指す。(「厚生労働省 要介護認定に係る制度の概要」より引用)
 介護保険制度では、寝たきりや認知症等で常時介護を必要とする状態(要介護状態)になった場合や、家事や身支度等の日常生活に支援が必要であり、特に介護予防サービスが効果的な状態(要支援状態)になった場合に、介護サービスを受けることができる。
 この要介護状態や要支援状態にあるかどうか、その中でどの程度かの判定を行うのが要介護認定(要支援認定を含む。以下同じ)であり、保険者である市町村に設置される介護認定審査会において判定される。
 要介護認定は介護サービスの給付額に結びつくことから、その基準については全国一律に客観的に定める。

*-2要介護認定レベルと基準について

 ([WEBNOTE - [介護]介護保険]を参照。)

   ⇒図1と図2から、介護福祉士の数(2015年時点で1,183,979人)が介護認定者数(2013年時点で5,742,282人、2015年ではもっと増えていると予想できる)に対して圧倒的に不足している現状が見て取れる。特に要介護レベル3以上の人々は介護なしでは生活できず、年々このレベルの高齢者が増加している。
 この介護福祉士が要介護認定者の数を下回っている現象は今日の日本の少子高齢化の人口推移から考えるとますます深刻化していくと思われ、早めに対処しなければ、未来の介護を受けることができない人々が溢れてしまう恐れがある。


4-1C介護福祉士不足の影響

4-1C-1自宅介護者の負担増加

 介護福祉士が不足することで起こりうる影響の一つに自宅介護者の負担が増加することが挙げられる。
 自宅介護(在宅介護)とは「高齢者などの要介護者を自宅で介護すること。訪問介護や訪問看護、デイサービス、デイケア、ショートステイなど、介護保険制度の介護度に応じて各種の在宅介護サービスを利用することができる。」(「コトバンク 在宅介護 ザイタクカイゴ」より引用)。つまり、自宅介護とは、介護福祉サービスを受けながら家族で協力して要介護者を自宅で介護することである。
 ここで忘れてはならないのが、介護福祉サービスの中に含まれる訪問介護を行うのは介護福祉士だということだ。したがて、介護福祉士が不足すれば、単に施設労働の介護福祉士が足りなくなるだけではなく、こうした自宅介護を支える訪問介護職員も不足してしまうのである。
 では、訪問介護職員も不足した場合何が起こるのだろうか。それはいわゆる完全自宅介護が散見できるようになる。完全自宅介護とは、上述した自宅介護を一部自宅介護と見なし、介護福祉サービスを一切受けず要介護者を配偶者が自身の力のみで介護を施すものである。
 しかし、実際完全自宅介護は、要介護者の介護認定のレベルにも寄るが、基本的に不可能とされている。例えば、2006年11月21日の読売新聞の朝刊3面には一部自宅介護で疲労しきった夫(74)が認知症を患い要介護者となっていた妻(72)を首を絞めて殺害したと報道されている。この事件は一部自宅介護における介護者への負担の大きさを証明する報道であるが、これが完全自宅介護となると介護者への負担は計り知れない。自宅介護では要介護者の希望で自宅介護を選択したケースが多く、そこから予想される介護者へのストレスや疲労などの負担を蔑ろにするのは大変危険である。
 また加えて老老介護も増えていくだろう。老老介護とは、自宅介護の中に含まれるが、介護する側・受ける側両方がともに高齢で、高齢者による高齢者の介護を意味するが、自らの老衰に苦しむ者が介護をすることは難しいし、現実としてあってはならないだろう。
 したがって、介護福祉士が不足すれば一部自宅介護が完全自宅介護になる可能性を高め、介護を理由に苦しむ人々が増え、そのもたらす影響力は尋常ではないと考えられる。
 介護福祉士不足の影響としてもう一つ考えられることがある。それは、現在働いている介護福祉士への負担の増加である。
 次の文章を見てほしい。

『2012年の介護労働者の離職率は17・0%に上り、前年に比べて0・9ポイント増加したそうだ。  私も介護施設で働いており、これまでたくさんの同僚が辞めていくのを見送ってきた。理由は「給料が安くて暮らしていけない」というものが多かった。お世話をしているお年寄りが大好きなのに、生活のため、より給料の良い施設や、他の職種に移らざるを得ない人たちもいた。  辞めた人の穴を埋めるため、施設は人員を募集するが、思うように集まらず、人手不足は慢性的だ。職員が「まとまった休暇を取得できず、心身の充電ができない」といった悪影響も出ている。  介護労働者の不足で一番困るのは、今の日本を作り上げてくれたお年寄りたちだ。待遇を改善することで、長く働き続けられるようにすべきだ。』

 これは2013年8月24日の読売新聞「気流」で介護福祉士である校條(メンジョウ)清 53(埼玉県川越市)さんが介護福祉士について投稿した記事である。この記事によると介護福祉士が不足することによって、既存の介護福祉士が賄わなければならない労働量が増加し、介護の現場・労働者に悪影響をもたらすということが読み取れる。ここで言う悪影響とは例えば休暇をとれない介護福祉士の増加、休息が取れずストレスや疲労の影響で仕事に支障をきたし、職場の雰囲気も悪くなっていくといったことなどが挙げられる。
 このように介護福祉士が不足すれば既存の介護福祉士への影響も増加してしまう。また、介護福祉士として働く能力のある潜在的介護福祉士たちの芽をつぶしてしまうことにも繋がりかねない。そうなれば介護福祉士はますます不足の一途をたどることになるだろう。

4-1Dなぜ介護福祉士が不足しているのか

4-1D-1人口推移(少子高齢化)

図E平成23年度日本の人口ピラミッド(「総務省統計局 4 我が国の人口ピラミッド」より引用)


   図Eに注目してもらいたい。これは厚生労働省から引用した平成23年度に調査した日本の人口ピラミッドである。図Eより、60歳〜70歳までの人口が最も多く、次いで30歳〜40歳だと分かる。一方、10歳〜20歳の人口が60歳代の人口よりもはるかに少なく、少子高齢化が進行していることが分かる。
 では介護福祉士の視点に立つとこの状況はどう見えるのか。介護福祉士として活躍するためには国家試験を通らなければならないので、十分に勉強時間が取れ、且つ体力のある10代・20代が最も介護福祉士として最も適している年齢といえる。体力的にも高齢者になればなるほど介護をするのは難しくなるので、体力面での考慮も必要である。
 この表によるとその10代・20代が少なくなっており、つまり、介護福祉士となりえる人材が不足し、すでに介護福祉士として活躍している人口もまた減少しているということが明らかである。したがって、この少子高齢化の人口推移は介護福祉士の数の不足の広い視野での原因の一つと言える。

4-1D-2介護福祉士の男女比

図F介護福祉士男女比の図(「第8回(平成22年12月22日)今後の介護人材育成のあり方に関する討論会」のP.10より引用)


 図Fは、介護福祉士の男女比の割合に関して平成22年度厚生労働省で実施された「第8回(平成22年12月22日)今後の介護人材育成のあり方に関する討論会」の資料である。
 図Fによると、介護職員(施設介護職員)では男性が20.3%、女性が75.0%を占め、訪問介護職員では男性が6.7%、女性が88.9%を占めている。さらに介護労働市場全体を見てみると、男性が15.9%に対して女性が79.0%を占めていることが分かるだろう。この数値は、これら介護職を除く他の産業(男性が57.4%、女性が42.6%を占める)と比較しても明らかに男女差があることが分かる。
 ではなぜ現場におけるこのような男女差(女性労働者が極端に多いこと)が介護福祉士不足の原因の一つと考えられるのだろうか。
 日本の労働市場において女性の離職率は男性のそれよりもはるかに高い。その原因は様々だが一般的な考えからいえば、結婚・妊娠及び出産・家族の介護などが挙げられる。例えば「平成25年度雇用政策研究報告書 P3」によると、家族の介護・看護を理由として離職する女性の割合は男性と比較して約8割を占めている。今日の日本では男女平等が謳われてはいるが、根本的な文化の面として社会では未だに「男は外、女は家」といった固定観念が一部で根強く残っていることは否定できない。そして様々な理由で退職せざるを得ない多くの女性が存在しているのである。
 したがってこのような理由で退職してしまう介護労働市場の鍵となる女性を如何にサポートし、介護現場における男女比を如何になくしていくかということが必要である。また、一度辞職した女性たちが、離職後もう一度戻ってきてくれる労働環境を如何に整えるかということも必要になってくるだろう。

4-1D-3社会的評価の低さ

 2009年に厚生労働省が提出した「介護福祉等現況把握調査」[http://www.mhlw.go.jp/bunya/seikatsuhogo/haaku_chosa/dl/01.pdf]) を参考に見ていきたい。
 この調査は平成20年3月末に行われた調査で、全有資格者数約30万人中18万人以上から得られた有効回答を元に結果が公表されている。つまり、この調査で現場の声を拾うことができるのである。
 特に注目したいのが「現在の仕事に対する不安・不満」をアンケート形式で調査を取った結果(図G)である。以下の表を見てほしい。

 図G介護福祉士 現在の仕事に対する不満(「2009年 介護福祉等現況把握調査結果について」のP.21から引用)

 図Gによると介護福祉士の現在の仕事に対する不満の一つに「社会的評価の低さ」が挙げられている。しかしここである疑問が生じる。介護福祉士という仕事に就くには国家試験を合格するか、介護福祉士養成施設に2年以上通わなければならない。そして日本の福祉専門職の一つでもある。したがって、社会的評価は一見高いものであるように思われる。それにも関わらず、介護福祉士たちはなぜ社会的評価の低さを不満にあげたのだろうか。
 「国に認められていても世間では未だ専門職としての評価が介護福祉は低い」と独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT)研究員堀田聰子氏は話す。
 「Business Labor Trend」P.3(2012.11)で堀田氏は介護福祉士の数は景気変動に大きく影響される職種であると指摘し、そのことが介護福祉士の社会的評価の低さを如実に示していると話す。実は介護労働市場では、景気が悪くなると介護福祉士の数は増加し、反対に景気がよくなると介護福祉士の数は減少するといった現象が起きているのだ。おそらく景気が悪化すれば低賃金でも安定した資格のある仕事を望む傾向が増え、景気が回復すれば苦労して資格を取らなくても高賃金で働ける職場を探す傾向が増えるからだろう。
 しかし、このような変動は一体何を意味しているのだろうか。国家資格を有する介護福祉士のような職業は、本来名誉職として位置づけられるためその労働人口は経済状況の変化から影響を受けにくい職業の一つである。例えば同じように国家資格を必要とする看護職では、2008年に発生したリーマンショックの影響を受けずに、年々その数を増やしている。ちなみに下記の図は、厚生労働省がまとめた「平成22年度我が国の保険統計」P.48から引用してきたデータである。
 図H看護職 人数推移(「平成22年度我が国の保険統計」のP.48から引用)


 また今日の女性の離職理由は変わりつつあり、先に述べた結婚・妊娠及び出産・家族介護だけが理由ではなくなっている。
 「ノーツマルシェ 結婚・出産ではない!? 女性が会社を辞める本当の理由」(※1、25〜49歳の女性5155人の意識調査)によると、子供の有無に関係なく女性の8割が新卒で入社した会社を退職していることが明らかとなり、その主な理由が「他にやりたいことがあった」や「仕事に希望が持てなくなった」であった。この調査から多くの女性が社会に出て活躍したい、いわゆるキャリアウーマンとして働くことを望み、自分が誇りに思えるような職業に就きたいと望んでいる傾向が推測できるだろう。
 そうした時、名誉職として世間への認識が未だ薄い介護福祉士という職業は女性にとってあまり魅力的には見えないのではないだろうか。また、この問題は介護職現場における極端な男女比にも影響を与えているのではないだろうか。
 したがって介護福祉士という職業の専門職としての認知の広がりが必要である。

4-1D-4給料が安い

 図I介護福祉士 現在の仕事を行う上で改善してほしいこと(「2009年 介護福祉等現況把握調査結果について」P.21より引用)

 4-1D-3でも紹介した「介護福祉等現況把握調査」の図Iを参照してほしい。
 4-1D-3では図Gを用いて介護福祉士の社会的評価の低さを指摘したが、介護福祉士が最も不満に思っている点は「給与・諸手当が低い」と「業務の負担や責任が重すぎる」である。ここではその点を同じく「介護福祉等現況把握調査」のP.21にある「現在の仕事を行う上で改善してほしいこと」を調査した結果である図Iの両方をを参照しながら話していきたい。  この図の中で現在の仕事で改善してほしい点として最も多かったものは「資格に見合った給与水準に引き上げる」、次いで「経験に見合った給与体系の構築」であった。
 例えば「Career Garden 介護福祉士の給料・年収」によると、介護福祉士の年収は、事業所や役職、雇用形態によって異なるが一般的に施設で働く正規職員の介護福祉士の月給は手取りが15〜17万円前後で、年収は250〜400万くらいが一般的である。この給与は他の職業と比べても高い給料とは言えない。また、施設によっては、夜勤が月に4回ほどあり、日曜日や祝日の当番もあるという。
 変則的勤務で肉体的、精神的にハードな割には給与が見合っていないと言われ、給与面の不足を理由に離職する人も多い。
 したがって、厳しい労働内容に対しての給与面での見劣りはますます介護福祉士の不足に滑車を掛けることになるだろう。
 ではなぜ介護福祉士の給料が安いのか?
 介護福祉士の給料の決定には施設の場合と訪問介護の場合で異なる。
 施設の場合、介護報酬が関係してくる。

『介護報酬とは、事業者が利用者(要介護者or要支援者)に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に支払われるサービス費用を言う。また、介護報酬は各サービス後地に設定されており、各サービスの基本的なサービス提供にかかわる費用に加えて各事業所のサービス提供体制や利用者の状況などに応じて加算・減算される仕組みとなっている。なお介護報酬は介護保険法上厚生労働大臣が社会保障審議会の意見を聞いて定めることとされている。』(「厚生労働省 介護報酬について」より引用)

 ⇒要介護者に与えたサービスに対し、利用者は1割負担し、残りの9割を厚生労働省に申請し、介護報酬として補填するのである。 したがって、施設規模が大きく、入居している利用者の方が多ければ支払われる報酬額が増える。しかし、それでも施設の場合は入れる人数に限りがある。 受け入れる利用者が増えた場合でも職員の必要人員配置数が足りなくなるような問題も起きる。さらに売上から人件費以外も、差し引かないとならない。建物の償却や修繕費の積立て、光熱燃料費、リネンやオムツ代などあらゆる費用を支払わねばならず、人件費に割ける金額で調整しなければ毎月の固定費は変わらず、結果最低人員で廻さねばならず給料が低く抑えられる傾向になる。
 訪問介護の場合、施設のように何人までしか入所できないといった制限がない。そのため利用者が確保できれば、売上・財源も増やす事が可能になり、近年訪問介護を営む事業者が増えてきている。その代わり、職員を増やさないと廻らなくなり人件費も増えるが、上手く廻せれば売上の確保は可能。したがって、訪問介護を担当する介護福祉士のほうが給料が良い。
 そして、介護報酬制度を悪用した施設事業者の悪態も介護福祉士の給料が低い原因となっていると考えられる。2015年1月に発表された新予算案で安倍政権は介護報酬の2.27%削減に踏み切った。上記の文章を見る限り、介護報酬を減らすことは介護福祉士の人材不足に滑車をかけるように見える。しかし、実際そうではないようだ。財務省が予算案でしきりに主張したことは、『介護事業者の収支差率は8%ほどあり、2%の中小企業を上回るものであり、その結果として特別養護老人ホームは過剰な内部留保を行っている』ということであり、つまりは介護事業者の「儲け過ぎ」を指摘した。その発言に介護現場の人材不足に迫られている厚生労働省が反発。『介護現場の人で不足は深刻な状況に陥っている。その原因は他の産業より平均賃金が10万円も安いからだ。』と主張し、当初の6%減から4%減に留めた。また、介護報酬で削減された分は介護福祉士の手当てに回すとも主張されている。(1月21日(水)のダイヤモンド・オンラインより)

 したがって、介護福祉士の給与が少ないのは以下の点が考えられる。

  1. 施設介護における介護報酬が一定になり、施設によって給与にばらつきがあるため
  2. そのため、昇給システムにもばらつきが生じており、うまく機能していないため
  3. 介護保険が赤字で財源がないため(少子高齢化)
  4. 一部介護事業者の不透明な体質が見られるため

4-1Eまとめ

 第4章の1では、今日における日本の介護問題の現状とその原因及び具体的な影響について紹介した。
 上述した様々な課題から、「介護福祉士不足を補うための政策提言」を考えるにあたり、3通りの考え方を提案したい。
 ・『労働者』を増やすという視点:4-2A
 ・『要介護者』を減らすという視点:4-3A
 ・『今ある労働者』をどう有効活用するかという視点:4-4A
 結果私は、上記の視点どれか一つだけで介護福祉士不足の問題が解決するわけではないことに気が付いた。
 むしろ『要介護者』を減らすという視点(4-3A)と『今ある労働者』をどう有効活用するかという視点(4-4A)をミックスさせた『地域包括ケアシステム』、そしてそれと同時にマクロ的に行われるであろう『労働者』を増やすという視点(4-2A)である『EPAによる外国人労働者の受け入れ』を並行して行うことが介護福祉士不測の問題を解決する一つの形(モデル)となるのではないかと考え、上述した政策提言へと辿り着いたのである。
 以下ではそれら一つ一つの視点を紹介していきたい。
 *『要介護者』を減らすという視点において「介護予防」を紹介しているが、当時は地域包括ケアシステムの存在を知らず、介護予防のみで研究をしていたため、上述した地域包括ケアシステムと内容が重複している箇所が見受けられるかもしれないがご了承願いたい。
 *『今ある労働者』をどう有効活用するかという視点で「地域包括ケアシステム」に辿り着きそれが政策提言へと繋がったため、割愛させていただく。

4-2『労働者』を増やすという視点

 ここでは不足している介護現場における労働者を、単純に増やすという視点から考えていきたい。
 *単純に「労働賃金を高くすればいいのではないか」という考え方はまさにこの視点に当てはまると考えられ、筆者も同意見でもある。しかし第4章の1Eで説明したように、介護福祉士は国家公務員のため、彼らの給料は法律によって決まる。したがって、ここで給与引き上げの話を持ってきた場合、「制度論」となってしまい、研究の方向性が「評論文」へと変わってしまう。
 そのため具体的な政策を提言する際にはこの制度論は不必要と判断し、報酬の引き上げという手段には触れない事を理解してほしい。*

4-2A『外国人労働者』の受け入れ

4-2A-1 「日本の外国人労働者の受け入れ制度概要」

 (「厚生労働省 インドネシア、フィリピン及びベトナムからの外国人看護師・介護福祉士候補者の受入れについて」より引用)
 日・インドネシア経済連携協定(平成20年7月1日発効)に基づき平成20年度から、日・フィリピン経済連携協定(平成20年12月11日発効)に基づき平成21年度から、日・ベトナム経済連携協定に基づく交換公文(平成24年6月17日発効)に基づき平成26年度から、年度ごとに、外国人看護師・介護福祉士候補者(以下「外国人候補者」という。)の受入れを実施してきており、これまでに3国併せて累計2,377人が入国してきました。(平成26年度の入国完了(平成26年6月16日)時点)
 これら3国からの受入れは、看護・介護分野の労働力不足への対応として行うものではなく、相手国からの強い要望に基づき交渉した結果、経済活動の連携の強化の観点から実施するものです。
 3国からの受入れの概要は次の通りです。
 1.経済連携協定に基づく受入れは、外国人の就労が認められていない分野において、二国間の協定に基づき公的な枠組みで特例的に行うものです。公正かつ中立にあっせんを行うとともに適正な受入れを実施する観点から、我が国においては国際厚生事業団(JICWELS)が唯一の受入れ調整機関として位置づけられ、これ以外の職業紹介事業者や労働者派遣事業者に外国人候補者のあっせんを依頼することはできません。
 2.国内労働市場への影響を考慮して、年度ごとの受入れに際して、外国人候補者の年間の受入れ最大人数を設定してきています。(約300人)
 3.経済連携協定に基づき国家資格を取得することを目的とした就労を行う外国人候補者は、受入れ施設で就労しながら国家試験の合格を目指した研修に従事します。外国人候補者と受入れ機関との契約は雇用契約であり、日本人が従事する場合に受ける報酬と同等以上の報酬を支払う必要があるほか、日本の労働関係法令や社会・労働保険が適用されます。
 4.経済連携協定に基づく外国人候補者は、看護師・介護福祉士の国家資格を取得することを目的として、協定で認められる滞在の間(看護3年間、介護4年間)に就労・研修することになっています。  
 5.資格取得後は、看護師・介護福祉士として滞在・就労が可能です(在留期間の更新回数に制限無し)。
 ここで私の考察を記したい。
 あくまで国としては、「看護・介護分野の労働力不足への対応として行うものではない」という体制を採っている。
 政府として、協定上の6ヶ月間の日本語研修の実施のみならず、受入れの運営について改善を行ってきており、厚生労働省では、受入れ施設における候補者の学習への支援の強化、国家試験の用語等の見直し、再チャレンジ支援、介護職員の配置基準の見直しなどを実施してきている。
 したがって政府としても医療・介護分野における外国人労働者の受け入れに力を入れている事が良くわかる。
 では現状はどうなのか。

4-2A-2「外国人労働者受け入れの現状」

図JEPAによる外国人労働者受け入れ数の比較(「厚生労働省 経済連携協定に基づく外国人看護師候補者・介護福祉士候補者の受入れ」P.3より引用)

 

 図Jより、介護分野での外国人労働者の受け入れは過去数年の推移を見る限り「難航」していると考えられる。
 図Jは、介護福祉士候補者数の受け入れ希望者数と実際に受け入れた数の比較を示したものである。以下の「図K・Lの考察」との整合性を保つために、ここでは平成21年度から24年度までを見ていきたい。
 これによると、インドネシアの受け入れ希望者数が平成21年度232人に対して、実際に受け入れた数は189人であったが、平成22年度からその数は落ち込み、受け入れ希望者数が87人で受け入れた数が77人となっている。そこからは横ばいの推移を示しており、平成23年度は受け入れ希望者数が67人、実際に受け入れた数は58人、平成24年度が前者78人に対して後者72人となっている。
 またフィリピンもインドネシアと同じ傾向がみられ、平成21年度の受け入れ希望者数が288人で、実際に受け入れた数は190人だが、平成22年度から推移が落ち込み、受け入れ希望者数が102人に対して、実際に受け入れた数は72人となっている。
 この後の数字もインドネシア同様横ばいの傾向であるため省略させてもらうが、この数字から読み取れることは何だろうか。それは、例年受け入れ希望者数を実際受け入れた数が満たせていない現状(外国人労働者が集まらない)と、国際経済の影響が外国人労働者に影響するという(当たり前だが)重要な現実である。
 特に後者に関して、平成22年度の外国人受け入れ数が前年と比較して大きく減少しているのは、2008年に起きたリーマンショックの波が日本経済に波及してきた事が原因だと考えられる。景気が悪化すると介護労働者の数は、国家資格という安定性を求めた結果増加傾向にあり、おそらく平成22年度では日本人の介護福祉士の数が増加傾向にあったがために外国人の受け入れ数を減らしたのだろう。その証拠に平成25年度及び平成26年度の受け入れ希望人数と実際に受け入れた数は、インドネシアで115人・108人、154人・146人、フィリピンでも同様に98人・87人、152人・147人といずれも増加傾向にある。これは第二次安倍政権が掲げるデフレ脱却策「アベノミクス」の好影響により、日本経済が回復傾向にあり、同じく介護現場での求人も増えたのだろう。
図KEPAによる外国人労働者国家試験合格者・合格率の推移1(「厚生労働省 経済連携協定に基づく外国人看護師候補者・介護福祉士候補者の受入れ」P.4より引用)
 

図LEPAによる外国人労働者国家試験合格者・合格率の推移2(「厚生労働省 経済連携協定に基づく外国人看護師候補者・介護福祉士候補者の受入れ」P.5より引用)
 

 図Jでも上述したが、外国人労働者の受け入れは「難航」しており、特に試験という制度面での高い壁というものをここでは読み取ることができる。
 図K・Lは、EPAによるインドネシア・フィリピン人労働者の国家試験合格者の推移を表したものだ。平成23年度のインドネシアでは介護福祉士国家試験受験者が94人に対して合格者は35人、平成24年度は184人に対して86人、そして平成25年度は107人に対して46人であった。一方合格率は平成23年度が37.2%、24年度が46.7%、そして25年度が43.0%であった。フィリピンでも同じような傾向がみられ、(試験的に導入された平成23年度は除く)、平成24年度が受験者数138人に対して合格者は42人、また平成25年度は108人に対して32人であった。そして合格率は平成24年度が30.4%、平成25年度が29.6%となっていた。
 総じて、両国ともに介護福祉士国家試験合格率が50%にすら満たない現状であり、試験を突破できない人が多いという事がわかる。したがって、試験という制度に大きな壁がある事がここで読み取ることができる。
 また一方でベトナム人受け入れが2016年から始まり、ベトナムは親日国として有名であるため、政府関係者も期待しているようである。

4-2A-3「外国人労働者受け入れの事例」

(「公益社団国際厚生事業団JICWELS EPA受け入れ事例」を参照)
 *国際厚生事業団(JICWELS)は、国際的な保健・福祉の発展に貢献することを目的として、1983年(昭和58年)7月7日に厚生省(現厚生労働省)から社団法人の認可を受け設立。 事業は主にアジア地域を中心とした開発途上国の人材育成を目的としたプロジェクトや研修を行っている。また、日本とインドネシア、フィリピン及びベトナムとの各国毎に締結した経済連携協定(EPA)に基づき、入国する外国人看護師・介護福祉士の円滑かつ適正な受入を行うとともに、その雇用管理に万全を期しており、外国人看護師等の国家資格の取得に向けた知識及び技術の修得に必要な受入支援を実施している。
 JICWELSのHPでは「EPA事例」という項目で、EPAによる外国人介護候補者を受け入れた施設の紹介をしている。

 上記のJICWELSの事例より、EPAによる外国人受け入れはおおむね良好なように感じられる。語学や試験といった難題はあるものの、合格者たちは日本人と変わらない(もしくは日本人以上の)ホスピタリティを持って従事し、日本の生活も楽しんでいるようである。
 しかし外国人を受け入れるための一貫した教育制度や心身共に丁寧なケア制度の拡充が求められるようにも感じた。なぜなら多くの施設側が今後の課題として上述した内容を挙げていたからだ。この事から未だ若い制度であるEPAによる外国人受け入れ制度は今後も研究及び調査が必要であると感じた。
 また事例そのものが少ない事にも疑問を感じた。(実際私もJICWELS以外からは有力な事例を見つけ出す事が出来なかった。)
 教育体制に問題を感じているのであれば、それに対する対処が必要である。そのためには様々な事例を紹介し、そこから分かる長所短所を基に、一貫した教育体制、ケア制度を創る事が必要ではないだろうか。

4-2A-4「外国人介護士 問題点・改善点」

 外国人介護士は、日本の介護現場を救う労働力の補充になりえるか。
 私の結論はそれ単体では「難しい」である。
 その根拠はいくつかある。一つ目は、「国家試験合格者率の低さ」である。
 確かに、近年EPAによる外国人受け入れ人数が増えているor安定してきている。上述した「外国人労働者受け入れの現状」にある図7を見てほしい。図7の平成25年度の「(外国人労働者)受け入れた人数」の項目を見ると、インドネシアで「108人」、フィリピンで「87人」となっており、それぞれ前年度よりも人数が増加している。彼らは「介護士候補者」として受け入れられてはいるが、潜在的介護人材を確保するという事は重要である。
 しかし、その合格率は極めて低いと言える。同じく上述した図8を見て頂ければ分かるが、インドネシア、フィリピン両国共に国家試験合格率は50%を下回っている。結果受け入れ人数が多くても、実際に労働力として加算されるのは、両国合わせても100人に満たないのが現状であり、増え続ける要介護者の数を賄う事は不可能だと言える。
 国家試験の合格率の低さを改善するためには、一貫した教育体制と受験者の心身を支えるサポート体制が必要である。上述した「外国人労働者受け入れの事例」にもあるが、事実外国人介護士の教育体制、サポート体制は施設によってまちまちであり、その事例もあまりに少なすぎる。EPAによる外国人受け入れ制度自体が若い制度であるためであろうか。いずれにしろ、不慣れな地で勉強する受験者のことをもっと考えた制度作りが求められているのは間違いないだろう。
 そして外国人介護士が労働力補完として難しいと考える理由の二つ目は、そもそもEPAによる外国人受け入れ制度の目的が「文化交流」であり、「労働者の補充」ではない事である。上述した「日本の外国人労働者の受け入れ制度概要」にもあるが、国としてはあくまで文化交流としてこの制度を押している。
 このようなある種の「中途半端」な形をとっているために外国人介護士の事例も少なく、また成果も乏しいのであろう。介護不足を研究し、外国人介護士に一目置いている私にとっては、今日の国の体制は非常に残念でならない。
 また最後に「世界的人材確保の難しさ」を理由に挙げたい。
 「新潮社フォーサイト2014年9月14日 『人で不足』と外国人(1)『介護士・看護師受け入れ』はなぜ失敗したのか」には「EPA帰国者たち」の存在が紹介されている。
 この記事ではEPA制度を利用して来日、そして国家試験を合格して外国人介護士となれたのだが、現在は母国の企業に就職しているインドネシア人の女性を紹介している。記事によると彼女が帰国した理由は、家族が近くにいること、そして現地では日本語を話せる自分への社会的ニーズが高い事が読み取れる。
 私はこの記事を読み、納得してしまった。事実、EPAで外国人を受け入れているインドネシア、フィリピン、そして2016年から始まるベトナムも含め、全て日本企業の国際進出が進む国々である。そのような国々では、日本語が話せる人材は日本企業及び日本企業と取引を円滑に進めたい各国の企業からすれば、非常に輝いて映るだろう。
 そのため、日本の介護業界で難しい試験に合格しなくとも、より好待遇な環境を持つ企業があれば、人材はそちらに流れるだろう。さらに、地元に就職することで家族とそばに入れるというのも、異国の地で働くよりははるかに安心感があるだろう。
 以上のような理由から、EPAによる外国人労働者を利用した日本の介護不足の補完は、難しいと言える。ただ、繰り返しになるが、この制度は発展途上であり、実際の事例も少ない。そのため制度を継続し、事例研究及びそれらに基づいた国家試験制度の変更、一貫したサポート体制の充実などの対処が必要となるだろう。

4-3『要介護者』を減らすという視点

 ここでは第4章の2とは反対に、介護される側をどのように減らす事が出来るのかという視点から考察していきたい。

4-3A『介護予防』

4-3A-1介護予防(事業)とは

 全国調査では、65~69歳の要介護認定率は平均で2.6%に対して、75~79歳は13.7%、80~84歳では26.9%と跳ね上がる。このことから、前期高齢者には予防が、後期高齢者にはケアが求められる現実がここにある。
 そこで、高齢者、特に近年増加傾向にある要介護者予備軍の要支援者1・2の方々が、介護サービスを受けずにできるだけ健康に、自立して生活を送れるようにするための事業として介護予防が必要なのであり、余分な介護負担を防ぐ・遅らせることで介護福祉士不足の問題の解消につながるのではないだろうか。
 以下が厚生労働省による介護予防事業の定義である。

「介護予防の定義と意義」(「厚生労働省 介護予防とは P.1」より引用)
 介護予防とは「要介護状態の発生をできる限り防ぐ(遅らせる)こと、そして要介護状態にあってもその悪化をできる限り防ぐこと、さらには軽減を目指すこと」と定義される。介護保険は高齢者の自立支援を目指しており、一方で国民自らの努力についても、介護保険法第4条(国民の努力及び義務)において、「国民は、自ら要介護状態となることを予防するため、加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努めるとともに、要介護状態と なった場合においても、進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有する能力の維持向上に努めるものとする」と規定されている。また、第 115 条 45(地域支援事業)において、「可能な限り、地域において自立した日常生 活を営むことができるよう支援するために、地域支援事業を行うものとする」とされている。介護予防は、高齢者が可能な限り自立した日常生活を送り続けていけるような、地域づくりの視点が重要である。


4-3A-2事例研究

 ここではより実践的且つ成果が見えやすい「介護予防特定高齢者施策」に含まれる介護予防の事例を紹介していく。

{埼玉県和光市}
 埼玉県和光市は、埼玉県の最南部に位置し、東京都の板橋区と練馬区に隣接するベッドタウンである。東京外環自動車道「和光インターチェンジ」が設置され、東武東上線「和光市」駅には東京メトロ有楽町線・副都心線も乗り入れ、交通の利便性は高い。
 また、若い子育て世代が多く住む市としても有名だが、全国の高齢者福祉・介護担当職員からの注目は高く、介護予防の先進モデルとして近年注目が集まっている。
「ABF市町村シンボル 埼玉県和光市」
 

 以下の図を見てほしい。これは要介護認定率の推移を表したものであるが、過去5年間で全国平均16.0%代に対し、10.0〜10.25%で推移している。
 また、図には載っていないが、2012年では全国平均16.8%に対して、9.6%を記録しており、10%台を切ったのである。
図L要介護・要支援認定率の推移(「厚生労働省 政策レポート(介護予防)」引用)
 

和光市ではどのような介護予防を行っているのだろうか。

アミューズメント・カジノ(「厚生労働省 政策レポート(介護予防)」より引用)
 参加者はルーレットやトランプのような娯楽性のある設備を使ったゲームに集中しながら、勝ったり負けたり、笑ったり、点数の計算も行う。実際、このゲームを通して高齢者は軽度認知症改善のプログラムに自然に参加できている。このように、感情が豊かに表現できる場を提供することで、「次回も来たい!」という参加意欲につなげることができて、「閉じこもり予防」の役割も果たしている。
 さらに、人気のある「アミューズメント・カジノ」と運動・栄養・口腔機能向上の介護予防事業を組み合わせて実施することによって、他の事業への参加率も自然に高まっており、各メディアも注目し始めている。
図Mアミューズメント・カジノの様子(「厚生労働省 政策レポート(介護予防)」)
 

{高知県高知市}
 高知市は四国中南部に位置する都市で、高知県の県庁所在地であるのと同時に、四国太平洋側の中心都市でもある。高知県の総人口の約40%が高知市に集中しており、一極集中型都市として知られている。国内では酒類の消費量が最も多い都市であり、カツオのたたきやよさこい踊りなどは有名である。また、日曜市を初めとした定期市が開かれていることでも有名で、スローライフを求めて高知市に足を運ぶ人は少なくない。
 厚生労働省の調べによると、総人口約338,087 人で、高齢化率は平成25年3月末時点で24.9%、要介護認定率は同年10月時点で20.6%となっている。高知市では、住民主体の介護予防事業を展開しており、以下に記す「いきいき百歳体操」は市内300か所、全国60以上の市町村で導入されている介護予防事業のモデルの一つとして注目を集めている。
図N高知県高知市の地図(「Mapion 都道府県地図 高知県」より引用)
 

高知市ではどのような介護予防事業を展開しているのか。

いきいき百歳体操(「いきいき百歳体操 【高知市 高知市が平成14年に開発した重りを使った筋力運動の体操です 〔いきいき百歳体操・かみかみ百歳体操(口腔)・しゃきしゃき百歳体操〕】」より引用)
 いきいき百歳体操は,米国国立老化研究所が推奨する運動プログラムを参考に,平成14年に高知市が開発した重りを使った筋力運動の体操です。
 いきいき百歳体操は,イスに腰をかけ,準備体操,筋力運動,整理体操の3つの運動を行います。筋力運動では,0kgから2.2kgまで10段階に調節可能な重りを手首や足首に巻きつけ,ゆっくりと手足を動かしていきます。
 開始当初,市内2箇所だったいきいき百歳体操会場は300箇所(平成26年7月1日時点)を越え,市外・県外を含めると1,500箇所(平成24年5月末時点)を越える体操会場で,いきいき百歳体操が行われています。
 いきいき百歳体操には様々なメリットがあります。まず,筋力がつきます。筋力がつくと体が軽くなり,動くことが楽になります。また,転倒しにくい体になるので,骨を折って寝たきりになることを防ぐことができます。頻度は一週間に2~3回ほど実施します。毎日続けると過度な運動となり、筋肉に損傷をきたす恐れがあるためです。
 体操に参加された方からは,「足がうんと上がるようになって,つまずかなくなった!」、「イスから立ち上がるのが楽になった。膝の痛みもなくなってきた!」、「杖なしでも歩けるようになった!」などなど効果を実感した声が届いています。
いきいき百歳体操の様子 1(「厚生労働省 地域の実情に応じた効果的・効率的な介護予防の取組事例 高知県高知市」より引用)
 

いきいき百歳体操の様子 2(「厚生労働省 地域の実情に応じた効果的・効率的な介護予防の取組事例 高知県高知市」より引用)
 

 また、この体操は住民主体で実施しているため、自治体によっては体操後の茶話会等参加者同士交流を行う会場、歌 や手遊び等のレクリエーション、健康の話、手芸、ラジオ体操、尿失禁体操等、独自のメニ ューを行なう会場等様々である。その他にも、定期的に食事会を行う会場や、保育園児との交流、高齢者の交通事故・振り込め詐欺の勉強会、認 知症の勉強会、避難訓練、お花見等のイベントを実施する会場も多くある。
 体操をきっかけに、ご近所同士の交流が活発化し、サロンを開催する会場や民生委員の見守りが容 易になった会場、顔見知りの住民が声をかけることで虚弱高齢者の誘い出しに成功した事例等、単なる体操の効果だけでなく、様々な波及効果が得られている。地域住民の憩いの場、交流の場へと広がっている。

4-3A-3介護予防事業の考察

 【長所】
 成果が出ているため、将来性は高い。
 「要介護者を減らして介護福祉士不足を補填する」という逆転の発想は非常に興味深く、埼玉県和光市や高知県高知市の事例研究から見ても成果として数字に反映されている。
 また近年厚生労働省が「高齢者地方移住論」を掲げているが、少なくとも介護予防事業のような取り組みがその移住先のコミュニティに定着する事が前提として求められているように感じる。したがって、介護予防単体で考えるのではなく、上述した地域包括ケアシステムの中に含めて普及されるべきである。結果、超高齢社会を持続可能なものにする手段の一つに介護予防というピースが一つのカギとなるだろう。
 【短所】  認知度及び普及率が低い現状。
 厚生労働省の「厚生労働省 平成24年度介護予防事業及び介護予防・日常生活支援総合事業(地域支援事業)の実施状況に関する調査結果(概要) 」によると、二次予防事業(要支援・要介護状態に陥るリスクが高い高齢者を早期発見し、早期に対応することにより状態を改善し、要支援状態となることを遅らせる取り組みの事)の参加者は約225,761人で、平成24年度高齢者人口の約30,949,615人において、未だ0.7%にしかならない。
 この数字は介護予防事業が未だ発展途上であり、全国に普及しきれていない事が予想できる。

4-4『今ある労働者』をどう有効活用するかという視点

 *政策提言と同じのため省略

5.今後の方針(まとめ)

 以上をもって私の2年間に渡る上沼(政策科学)ゼミナールでの研究成果である。
 初めは介護福祉士という制度から入り、試行錯誤の結果「地域包括ケアシステム」という政策提言に辿り着けたことは、私の大学生活の学業の面において非常に貴重な経験であった。膨大な情報を集め、整理し、駆使するという流れは社会人となった後も必要となる能力であろう。
 一方であまり多くの事例研究が出来なかったことに悔いが残る。
 地域包括ケアシステムは未だ新しいアイディアである。そのため今後、社会人となり、メディアを通して地域包括ケアシステムの最新情報を取り入れ、自分の研究を継続していきたいと考えている。

参考文献・リンク


Last Update:2016/02/02
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