日本の農業は、生産者の高齢化、後継者の不足や食糧自給率に占める割合の低下、という問題を抱えており、この現状を打開できる策はないかということに興味を持った。
また、植物工場で生産された野菜を食べる機会があり、味、見た目ともに問題は無かった。
この経験から植物工場を軸とした研究をしたいと考えた。
植物工場とは、施設内の温度、光、炭酸ガス、養液などの環境条件を自動制御装置で最適な状態に保ち、作物の播種、移植、収穫、出荷調整まで、周年計画的に一貫して行う生産システムである。
施設内での生産なので、天候に左右されることなく作物を周期的に安定供給でき、病害虫の被害を受けずにすむほか、高齢者や障がい者の方の雇用にもつながるなどの利点がある。
植物工場は大きく3つに分類される。
一つは完全人工型。
完全制御型の植物工場とは、外部と切り離された閉鎖的空間において、完全に制御された環境、すなわち人工的光源、各種空調設備、養液培養による生産を行う。
徹底管理の下で生産された野菜は無菌状態で出荷され、通常の野菜よりもはるかに長い賞味期限を有している。
ただし、施設の建設、運営コストが高いというデメリットも存在する。
二つ目は太陽光型。
ガラスファームとも称される。温室等の半閉鎖環境において、太陽光の利用を基本として、雨天・曇天時の補光や夏季の高温抑制技術等により、周年・計画生産を行う。
できる野菜の特徴は露地栽培と変わらない。また、完全人工型ほどの管理体制では無いため、完全な防虫、防菌は不可能。
三つ目は人工・太陽光併用型。
太陽光だけではまかなえない夜間や雨天、荒天時の生産を安定させるために太陽光型施設に人工灯を備えた施設。
両者の利点を備える反面、防菌性や生産性の面で中途半端になってしまうというデメリットも抱えている。
(出典:農林水産省「特集 野菜をめぐる新しい動き 植物工場の可能性(2)」)
日本国内における植物工場をめぐる動きは、1980年代から隆盛を始め、植物工場の第一次ブームを巻き起こした。
例としてはダイエーのバイオファームや筑波万博の回転式レタス生産工場などが挙げられる。
1990年代には、農水省から補助金が導入されたこともあり、第二次ブームとなった。
マヨネーズなど野菜に対する調味料などで有名なキューピーが工場野菜の販売を始めるなど、本格的な流通経路獲得に向けた動きもあったが実を結ぶことはなかった。
その後、10年あまり植物工場に大きな動きは無かったが、2009年以降国家プロジェクトが始まり、再び活性化。第三次ブームの火付け役となった。
この根底には日本政府が描く成長戦略内の「農林漁業の底力の発揮」に設定された「植物工場の普及拡大」による補助金の給付がある。
【主な補助金】
植物工場の普及・拡大(経産省)国費50億円程度(定額)
1.植物工場の基盤研究拠点の整備
2.植物工場のモデルの設置
植物工場の普及・拡大総合政策(農水省)国費96億円程度(@定額、A半額)
@.モデルハウス型植物工場の設置
A.植物工場の建設・拡大支援事業、リース支援事業
また、平成27年度の農地法改正によって、国による農業の6次産業化への支援体制が整いつつある。
この改正で、農地の取得やその運用について、法人内で農業従事者が占める割合が下がり、6次産業化に向けた企業や事業家の農業への参入障壁を下げている。
このように施設の導入や整備に多額の補助金が導入されているが、一方で継続的な運営や、植物工場からできた野菜の具体的な流通をサポートする政策は存在していない。 これは、日本の植物工場で倒産が多発している大きな原因の一つであると言えるだろう。
近年では総菜等の中食や外食の一般化により、 家庭では「生鮮野菜」の購入額が減少し、加工品である「サラダ」の購入額が増加傾向にある。
平成23年度の総務省「家計調査」によると、昭和60年度段階に比べて「サラダ」の購入額は実に2倍になっている。一方で、「生鮮野菜」は昭和60年度に月平均2.6万円だったが平成23年度には平均2.1万円と5000円も落ち込んでいる。
また、「サラダ」をはじめとした加工用の業務用野菜は、輸入量も増加傾向である。これは外食産業が業務用の野菜に対して、年間を通じて安定量、安全性、定価格、均質性などを求める傾向にあり、 国内産地だけでは対応できないことから、輸入野菜の利用が増え、農林水産政策研究所の推計によると、輸入野菜の95%を業務向けが占めている。
さらに、平成23年度の財務省「貿易統計」によると、輸入品目の内、水耕栽培が可能なトマトが約6割、レタスが約5割と需要が高い。
一方、コンビニをはじめとした年間の食品ロスが数百万トンに達するなど、農作物の需給バランスの調整に苦心している。これは、業務用野菜の供給の安定のため、企業が輸入量を必要量より過剰に輸入している。
これらの現状から、植物工場では、食品や農産物の供給において求められる「定時・定量・定価・定品質」のい わゆる「4定条件」に対応することが可能であり、これらのメリットを評価して、植物工場産の農産物を導入する小売・外食産業の事例も出てきている。生産規模等の課題からこうした事例はまだ少ないものの、小売・外食・食品加工産業の 植物工場産農産物に対する潜在ニーズは大きいと考えられる。
前章では植物工場を取り巻く環境とその優位性について述べてきた。
しかし、現実では効果を思うように挙げられていない。
それは、なぜなのか。この章では日本の植物工場の問題点を実際の事例から、考察したい。
【事例1】MIRAI株式会社
宮城県多賀城市の「みやぎ復興パーク」で植物工場を稼働。
日に1万株のレタスを収穫可能な世界最大規模の完全人工型植物工場。
さらに創業者の嶋村茂治元社長は千葉大学大学院で蔬菜園芸学(=水耕栽培)を専攻。
大手企業との共同開発などを経て、大学発ベンチャーとして「みらい」を設立した。
人材、設備ともに当時の最高峰の植物工場として誕生。
産業界、政界からの期待値も高く、当時首相だった麻生太郎氏も訪問した。
しかし、農作物の生産が安定せず、倒産。
生産安定を軸とする完全人工型の植物工場では起こりえない倒産となった。
【事例2】スプレッド株式会社
京都府亀岡市において世界最大規模の日量21,000株のレタスを生産する植物工場亀岡プラントを建設。
6年間もの試行錯誤を繰り返し、独自の栽培技術や生産管理技術を確立。
また、2013年には大規模植物工場では困難と言われた黒字化を達成した。
この理由には、事業化に必要な要素を全て自社内で網羅し、生産・開発、物流、販売の三者を連携させる体制を築いたスプレッドの事業戦略があるだろう。
現在、日本の植物工場を導入するうえで1番参入障壁が低い地域は東北地方である。
そこで、事例研究として東北地方に注視していきたい。
では参入障壁がなぜ、一番低いのか。その1例には福島県の「ふくしま産業復興企業立地補助金」があたるだろう。
東日本大震災及び原子力災害により甚大な被害を受けた福島県において、県外からの新規企業立地や県内での新増設を行う企業を支援し、県内における新たな雇用の創出と復興の加速化を図ることを目的に補助金の交付が行われている。
【交付要件】
投下固定資産額 1億円以上 新規地元雇用者数 5人以上
投下固定資産額10億円以上 新規地元雇用者数10人以上
投下固定資産額50億円以上 新規地元雇用者数50人以上
投下固定資産額100億円以上 新規地元雇用者数100人以上
このように雇用者の人数に応じ、かなりの金額補助を受けることができる。
また、植物工場の特性も東北の現状に適していると考える。
植物工場は水耕栽培が基本であり、土壌の状態をかかわらず、作物を生産することができる。
このことにより、塩害や放射線汚染の疑いのある地域でも作物が生産でき、放棄された土地の有効利用が可能だからだ。
では、実際ではどうであっただろうか
【事例1】さんいちファーム
宮城県仙台市の被災農家3人が軸となり、植物工場を経営。補助金による支援もあり、建設された植物工場は「復興のシンボル」として注目された。
しかし、メーカーからの技術指導の拙さ故か、生産が安定せずに倒産。建設にあたり支出された2億5200万円は回収不能となった。
このことから、補助金などで参入障壁を下げたとしても、しっかりとした生産方法や流通経路を整備しなければ、結局のところ、倒産への片道切符となっている状況に変わりない。
前章では、事例を元に植物工場の現状を調査した。
これらの事例から、植物工場の成功と失敗の原因を探りたい。
まずは、各章で問題としてきた倒産の理由をまとめると、
1、味 2、コスト 3、経営ノウハウ 4、生産ノウハウ
の4点が挙げられる。味に関しては本文では触れていないが、市場関係者のコラムや、ゼミ生からの意見から露地栽培のものに明確に劣っているという意見が多かったため、食品としては致命的と考え、理由に含めた。
また、2点目のコストは、人件費自体は抑えられているものの、生産施設の維持費などが高額なことや、物流や販路が未熟であり、結果として露地栽培の野菜に比べて高額になってしまっている。
3,4点目はまとめるとノウハウの不足となるが、これらが分けられているのは植物工場の持つ特徴にある。それは、植物工場が農家から事業拡大するタイプ(ex、さんいちファーム)と、メーカーを始めとした企業(ex、MIRAI)が参入するタイプに大きく分かれている。そして、倒産する際に、前者のようなタイプは経営面に、後者のようなタイプは生産面に問題を抱え、倒産する場合が多い。
次に、成功したスプレッドの事例を参考に、成功理由をまとめると、
1、大規模栽培の実現
単一のレタス工場では世界最大規模である日量21,000株を亀岡プラントにて生産。
2、生産・開発、物流、販売の一体化
事業化に必要な要素を全て自社内で網羅。また、流通会社との連携によって販売するための商品づくりの体制を構築⇒流通先が明確になっており、現在黒字化。
と大きく2点が挙げられる。1点目に関しては、大規模生産で単価を下げることでコストの問題を解決している。しかし、これはMIRAIも満たしていたため、成功の直接的な原因とは認めがたい。
ここで、2点目の一体化に注目したい。生産・流通・販売を一体化することで、どれだけ作り、どのように運び、どこで売るかを明確化することで黒字を達成している。これは、いわゆる6次産業化と呼ばれるビジネスモデルであり、この点が成功の一番直接的な原因であると、私は考えた。
日本と同様の状態に陥っていた1970年代のオランダは、施設園芸の強化を官民一体となって推進。
主に太陽光型を主軸とし、現在ではオランダの輸出産業の一角を担うほどの躍進を遂げた。
そのオランダ農業の強みは cooperative(協働,水平的な連携)である
@弱点の強化(先進技術の普及による中小規模に農業者の能力の底上げ)
A知識の共有(栽培技術や市場動向)
B研究機関⇔普及機関⇔農業者という双方向のコミュニケーション
Cセリ,金融,サプライチェーン等のインフラの整備(アールスメール花市場やラボバンクは農業者 の協同組合に由来する)等の実現
このことにより、政府が農作物の流通先を輸出に一本化、周辺国の高いニーズによる採算の安定輸出に傾倒した結果、国内自給率は約20%と極めて低い。
では、具体的にはどのような政策がオランダを支えているのだろうか
【事例1「OVO Traid」】
リサーチ、コンサルティング、教育の三本柱からなる農業政策を掲げ、農業コンサルティングを強化。
結果として多くのコンサルティング会社が生まれる契機となり、植物工場を運営するうえでの効率的な環境データが集積、共有される基盤となった。
また、コンサルティング会社が流通経路も整備することで、業績の安定化にもつながっている。
さらに、コンサルティングのみだけでなく、工業面へのサポートも手厚い。
【事例2「EER triptych」】
現在、施設園芸事業を軸に欧州随一の農業大国となったオランダを支える政策
EER triptychとは教育(Education),普及(Extension),研究(Research)が三位一体となり,農業の現場で実践可能なイノベーションを創出していくシステムである
この政策の最大の特徴は農業技術に対する多額(20%)の予算投資
(ちなみに日本は5%)
前章ではオランダの農業とその政策についてまとめたが、日本とはどのような違いがあるのだろうか。
1、普及機関の存在
国(政府),研究機関(大学),民間企業の三者が緊密に協働して,情報の共有,ファイナンス,研究と実践の結合等への取り組みを可能にしている。
日本では、多くの場合は独立で経営を行っており、協働したとしても大学と研究機関が限界である。
2、政府による農産物の規格、販路の一本化
ニーズが固定されている分、生産品種を絞りやすい。オランダでは、輸出を目標として需要がある品種を農家に指導している。
3、規模、目的の違い
施設園芸を国策で進めるオランダと総合的かつ、民間ベンチャー規模の日本ではどうしてもその差は明確。オランダの全てをまねるのではなく、現実的な実情と合致する形でオランダの良いところを取り入れていきたい。
そこで、日本の植物工場で必要なことは、コンサルティング会社によって消費者、企業、国家の関係性を整理し、流通先を安定化させることであると私は考える。
では、前章でコンサルティングの必要性について示したが、日本ではどのようなコンサルティング会社があるのだろうか
イノチオアグリ
愛知・静岡県に展開している農業コンサルタント会社
・事業展開
農業施設の管理・継続
農業ビジネス支援(アグロデザイナー)
植物工場の導入支援
・グループ会社に流通・輸送を担当する社があり、包括的なサポートが可能
アグリコネクト
創立5年と若い企業
イノチオアグリとは異なり、経営・流通に特化
前章の農業コンサルティングとは、異なるものの日本の大手企業も農業へ新規参入している。
そのなかでも、実績のある二社の事例を取り上げたい。
オリックス:「LOVEGE」
完全人工光型植物工場による安全で高品質な野菜を供給するオリックス農業という子会社で運用。
地域の活性化を図る養父市の企業誘致に乗る形で営業を開始した。
過疎地の活性化について研究する関西学院大学サイエンス映像研究センターと連携し、オリックス農業が主体となって食の安全と地域再生を追求する誕生した協同プロジェクトで、特徴は養父市内の廃校になった体育館を有効活用し、改修することで植物工場にし、ただの営利目的だけではなく、地域に新たな雇用を生み出している点だ。
富士通:「Akisai」
食・農クラウド Akisai(秋彩)は「豊かな食の未来へICTで貢献」をコンセプトに、生産現場でのICT活用を起点に流通・地域・消費者をバリューチェーンで結ぶサービスを展開。
本サービスは、露地栽培、施設栽培、畜産をカバーし、生産から経営・販売まで企業的農業経営を支援するクラウドサービスであり、植物工場以外もカバーしている。
これは前述のオランダ型の農業サービスと形態が似ているため、定着する可能性が高いと思われる。
1、日本の植物工場は、個々の分野での独立性が強い
2、それゆえ経営の安定化が果たせず、採算が取れていない
3、安定化には生産・流通・販売を一本化する6次産業化が必須
4、オランダの例から6次産業化を果たすには、個々の分野をつなげるコンサルタント会社が必要
5、日本でも、民間レベルではコンサルタントを行う企業が増えつつある
このことから、オランダのような国策レベルではなく、民間レベルのコンサルティング会社の設立を促すことが重要だと考えた。
このことから、私は農業コンサルタント会社の設立政策を提言したい。
該当会社のモデルとしては、第八章で扱った「OVO Traid」を基盤に考えたい。
オランダの場合は、国家⇔研究機関⇔企業のトライアングルのそれぞれ中間に仲立ち、植物工場の支援を行っていた。
しかし、それはオランダが輸出を目的に品種を限定することで消費者に関しては、国家が調整を担っていたことが大きい。
そこで、今回の政策モデルでは、研究機関⇔企業⇔消費者というトライアングルを基本に考えたい。
この理由は二点ある。
1、今回の研究では植物工場によって、内需を満たすことが目的であること
2、民間レベルのコンサルティング会社に国家レベルの責務を果たすことを期するのは酷なため
また、目標とするコンサルティング会社の業務内容についても触れて起きたい。
コンサルティング会社の目標は植物工場の6次産業化であり、生産・流通・販売の一体化を手助けすることである。
日本では、植物工場の経営グループの母体(企業、農家など)により、苦手な分野が異なっている。
なので、その不足を補いたい。
そこで、生産・流通・販売のステージに分けて業務を振り分けていく。
【生産】
1、コンサルティング会社独自のデータベースの構築
2、研究機関と植物工場へのデータの相互共有の手助け
3、消費者の傾向から、品種の評価及び改善の扶助
【流通】
1、流通経路の準備
2、周囲の工場などを含め、流通経路のネットワークの構築
3、流通量の調整、流通の省力化
【販売】
1、販路の提案、収支の試算
2、消費者へのマーケティング
3、現状の技術的課題を研究機関、企業へ共有
以上の業務から、二分野以上のカバーを求めたい。
農業コンサルタント会社の設立支援政策
【概要】
植物工場の6次産業化を手助けし、倒産率を改善すること。
また、各工場で得たデータの集積点としての役割を果たすこと
【条件】
1、植物工場の6次産業化の扶助が可能なこと
2、生産・流通・販売の内、二分野以上を補助する体制があること
以上の点を抑えたコンサルティング会社を支援することで、植物工場の現状を改善出来ると私は考え、
政策として提言したい。
Last Update:2019/01/31
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