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中小企業支援

リレーションシップバンキングに基づく金融支援

政策科学研究ゼミナールⅡ
社会科学部3年濵中惇之介

はじめに

　近年、資本主義に代わる経済・社会の在り方に、注目が集まっている。資本主義とは利潤の拡大を目指す社会の在り方であるが、その行き過ぎから社会が不安定になっているという指摘が多くなされている。
　1990年代以降の世界では、雇用を含めた多岐に渡る規制の緩和が推進されてきた。しかし、企業間労働者間の競争を促すこの路線は、グローバル化の影響も伴い、とくに、先進諸国において、経済的中流層の没落と、富の偏在化を招いた。
　資本主義に代わる選択肢が模索されている背景には、利潤の追求の行きすぎが、果実のみならず、副作用をもたらしているという現実がある。
　日本においては、とくに、地域雇用が危機にさらされている。地域雇用を支える中小企業は、大企業との競争や国際市場での競争において、不利であるからだ。さらに、中小企業の主な資金源である金融機関も、長きにわたる経済の低迷による利益率の低下や、リーマンショックに代表されるような経済危機に対する不安から、信用性が低くリスクの高い中小企業への貸付を避ける傾向がある。いわゆる、“貸し渋り”と呼ばれる金融機関の傾向が、厳しい経済状況の中であえぐ中小企業に追い打ちをかけている。

　こうしたなかで注目されるのが、利潤の追求よりも組織の維持やコミュニティへの貢献を目的とする、協同組合の在り方である。
　協同組合は、もともと、組合員間の相互扶助によって生活水準の向上を目指す組織であるが、その理念である組合員間・地域間の連帯が、社会の安定化に寄与できるのではと考えられている。
　協同組合の理念に基づいた金融機関として、信用組合と信用金庫がある。もちろん、協同組織の理念が社会すべてを覆うとは考えていないし、経済成長は悪で自由競争は害しかもたらさないとも考えていない。資本主義とそれがもたらす恩恵は、筆者も十分に受けており、これからも人々に必要とされるだろう。ここで言いたいのは、今後、多様性が重視される社会になっていく中で、社会の在り方自体の多様性も、考えていくべきではないか、ということである。

章立て

研究動機
協同組合の目的と意義
信用組合とリレーションシップバンキング
金融業界の情勢と協同組織金融機関の意義
研究方針
参考文献

1.研究動機

　大学生となって生じた最も大きな変化は、アルバイトを始めたことである。大学生にとってはありふれたことではあるが、働きお金を得るという行為は、労働や雇用にかかわる問題に興味を持つ契機となり、研究する動機となった。
　また、公共への関心が高かった自分は、働くということを考えた際、公共性の高い職業に就きたいと考え、協同組合という組織の在り方に興味が沸いた。
　協同組合への興味と雇用問題への関心から、雇用問題をに対する政策として協同組合の取り組みが生かせるのでは、と考えている。

２.協同組合の目的と意義

　まず、協同組合についてどのような組織なのか、目的と意義をまじえて述べる。
　協同組合とは、出資金を組合員が持ち寄って設立する組織であり、協同組合の国際組織である国際協同組合同盟は、以下のような定義を示している。

「協同組合は、共同で所有し民主的に管理する事業体を通じ、共通の経済的・社会的・文化的ニーズと願いを満たすために自発的に手を結んだ人々の自治的な組織である。」（出典：・・・・・・）

　協同組合の原型は、19世紀のイギリスで生まれたロッチデール構成先駆者組合であり、これは、組合員の相互扶助によって彼ら自身の生活レベルの維持、または、向上を目指す目的があった。日本でも、江戸時代に農村共同体において協同組合のはしりがみられた。村民が村民が財産（土地）を持ち寄り、農作業具の共同購入や必要のあるものに無担保・無利子（正確には共同体員間の連帯責任が担保）などを行うもので、現在の消費者協同組合・信用協同組合にあたるものである。

　現在では、相互扶助による組合員の生活レベルの向上の他、協同組合が所属するコミュニティへの貢献も、目的の一つとされている。もともと、同じコミュニティに属していた組合員が設立するものであるため、そのコミュニティと密接なかかわりを持つためだ。信用組合を例に挙げれば、フランスの協同組合銀行クレディイ・アグリコルでは、事業利益の9割を支店網の維持など、地域に還元している。この組合は、一般的な金融機関なら採算が取れず出店しない町や村にも支店を置き、そのATMなどが地域に欠かせないインフラになっている。

　協同組合の目的は、組合員の生活レベルの向上とコミュニティへの貢献が主なものであるが、その意義としては、「利益の拡大よりも組合員やコミュニティへの貢献」を目標とした経営を行うことにある。以下では、こうした協同組合の特性が、雇用問題の解決にいかにつながるかを述べる。

3.信用組合とリレーションシップバンキング

①信用組合とは

　信用組合とは、協同組合の１つで、組合員が出資金を持ち寄ることで設立された金融機関であり、組合員間の相互扶助の理念に基づいて、融資を行っている。
　信用組合は、法によって営業できる地区が設定されている点、また、組合員資格が「地区内に住所又は居所を有する者」、「地区内で事業を行う小規模の事業者」、「地区内で勤労に従事する者」に限定されている点、また、協同組合として利潤の拡大ではなく組合員やコミュニティの利益を重視する点で、営業地区の制限や取引の際の必要資格などがない銀行と異なる。
　地域密着型の金融機関であり、取引相手が中小企業や個人事業主であることから地域雇用に最も関係の深い金融機関であるといえる。
　以下では、第一勧業信用組合（以下、第一勧信）の取り組みを例にあげて、地域雇用における信用組合が果たす役割について述べる。

②リレーションシップバンキングの取り組み

　地域雇用を支える中小企業や個人事業主に関する問題点として、金融機関側の貸し渋りがある。
　大企業と比べ中小企業は、財務基盤が弱く、貸付の際の担保になる資産も十分ではない場合も多い。金融機関が貸し付けを行う際、貸し付けの可否の基準として「定量評価」を用いるのが一般的である。定量評価とは、企業の業績、保有資産など具体的な数字で表せる指標を用いる評価方法である。中小企業や個人事業主の場合、金融機関の求める基準をクリアできない、または、担保がなければ融資が受けられないといった状況に陥ることが多い。
　金融機関がこうした定量評価の方法をとる理由は、２つある。１つには、銀行のような多数の取引相手を抱える金融機関は、効率性の必要から、融資の際に、一般的で明確な基準を必要とするためであり、もう１つは、不況や経済危機によって倒産するリスクが小さい、または、倒産したとしても担保があって貸し付けが焦げ付くリスクの小さい会社を定量評価で判断するためである。

　こうした金融機関のリスク回避を極度に重視した傾向は、不況下によって業績が悪化した中小企業に対し、向かい風となる。短期的な業績の悪化が、金融機関の融資引き上げにつながる。これは、長期的には利益を出せる企業であったとしても、倒産に追い込まれる場合もあり、経済全体としても、また、優良顧客を失う金融機関としても、デメリットが多い。
　これには、先に述べた経済全体の減退と、金融機関の低リスク志向の他にも、融資先企業と金融機関側の「情報格差」もその原因として挙げられる。つまり、金融機関にとって企業に「稼ぐ力」があるかどうかを判断するための情報は、一般的に企業が公開する財務情報であり、技術力・営業力といった数字を生み出す企業の能力は、簡単に入手できないという点にある。
　リレーションシップバンキングの本旨は、「金融機関と融資先企業が長期的な信頼関係を構築する」ことで、「金融機関が企業の内部情報を独占的に入手する」ことを可能にすることである。金融機関は、企業の内部情報を独占的に入手することで、他の金融機関に対し優位を得る（ここでいう内部情報とは「包括的取引を長期的に継続することによってのみ得られる、当該金融機関にのみ公開された情報であり、本来、機密情報である」ものであり、企業の競争力、将来性を判断する材料となるもの）。企業は内部情報を独占的に提供することに対する見返りとして、金融機関に短期的な業績の悪化を許容してもらう、企業のニーズに合わせた柔軟な融資といったリターンを得る。リレーションシップバンキングは、企業と金融機関の間に存在する問題を解決し、お互いにメリットのある長期的な関係を構築することを目的とする。

　第一勧信では、地域雇用を支える中小企業や個人事業主への融資が受けられない事態を問題視し、融資の際に「定性評価」を用いている。
　定性評価では、事業主の人間性、事業の経営実態、事業の将来性など、数字には表しにくい面をもって、融資の際の判断を行っている。定性評価であれば、定量評価では融資を受けられない企業や事業主も融資を受けることができる。
　定性評価を信用組合の取り組みとしてあげるのは、それが信用組合の持つ特徴に合致した方法であるからだ。定性評価においては、事業主の人となり、人間関係、周囲からの信頼、技術力・販売力からなる企業の将来性、その企業の従業員の扱いなどが評価対象となるが、取引相手と常に親しい関係になければ得られない情報の収集は、地域密着型の金融機関である信用組合の特徴を生かすものであるし、定性評価で重要視される、過去の企業実績よりも取引相手との関係性を重視し助け合いの精神に立つ、この評価方法は、協同組合の理念に沿ったものだからである。こうした取引相手との関係性に立脚した金融の在り方を、「リレーションシップバンキング」と呼ぶが、これを推進すべきだと考える。地域雇用を支える中小企業と事業主を金融面で支援することが、地域雇用の維持につながるからである。

新規雇用産出への取り組み

　第一勧信では、リレーションシップバンキングをはじめとする既存の取引先への取り組みの他、地域経済を活性化させるために、新規事業の立ち上げ支援も行っている。
　ここで信用組合に期待されるのは、上記の場合と同様に、一般的な金融機関では融資対象足りえない人にも、十分な信用があると判断される企業や事業主に対する融資を行うことである。
　第一勧信には、「芸者さんローン」に代表される業種別のローンがある。芸者さんであれば、料亭組合の推薦があれば新規店のためのローンを無担保で組むといったように、その業種の職業組合の推薦があれば、無担保融資を行うというのが特徴である。事業主への周囲からの信用を評価して融資がなされることは、一般的な金融組合からは融資を受けられず事業を起こせなかった人が、事業を起こせるようになることを意味し、地域の雇用産出に貢献しているといえる。その他、信用組合の取り組みの中には、起業を目指す人びとからの要請で、起業の際の融資から企業経営までをサポートするファンドの設立もおこなっている。

4.金融業界の情勢と協同組織金融機関の意義

　前章では第一勧業信用組合を例に、信用組合が行う具体的な取り組みをみた。第一勧信が行っているコミュニティローンや定性評価に基づく融資は、他の信用組合・信用金庫が目指すべきモデルとして注目されているが、注目されるようになった背景には、メガバンクや大手地銀を含めた、金融業界全体にかかわる情勢の変化がある。ここでは、金融機関を取り巻く新たな環境と、そこにおける協働組織金融機関の意義について述べる。
　第一勧信が注目されるようになったのは、コミュニティローンや定性評価に基づく融資に代表される、顧客本位の金融機関としての在り方が、他の信用金庫・信用組合の新たなモデルとなるのではないか、と考えられたからである。
　そのような見方が生まれたのは、金融業界全体が従来のやり方では立ち行かなくなってきたためだ。
　バブル崩壊以前、成長著しい日本経済を背景に、企業の資金需要は高く、金融機関は、高い貸出金利と預金金利の利ざやによって、利益を生み出すことが可能であった。
　しかし、バブル崩壊後、企業の生産・投資意欲が減退するとともに、資金需要、貸出金利は低下した。日本経済の地盤沈下、さらに直近でいえば日銀によるゼロ金利政策により、金利はさらに低下し、貸出と預金の金利差で利益を生み出すモデルは、成り立たなくなってきたのである。
　また、Fintechと呼ばれる、ITを駆使してファイナンスをおこなう企業の誕生も影響した。Fintechは資金の融通、決済、資産形成など金融機関が担ってきた仕事をより低コストで簡素化して行いうる存在として見られている。
　成り立たないビジネスモデルと、自らを脅かす存在によって、従来の「金貸し」として金融機関は、その存在意義を問い直されているのである。つまり、ただ金を貸すだけでは金融機関は存在しえず、ITを用いず、わざわざ人と人が直接対面する金融のかたちをとる利点を生かさねばならなくなっているのが、現状なのである。第一勧信の取り組みが注目を浴びたのは、それが、顧客のニーズを丹念にくみ取ったものであり、これからの金融機関に求められているものであるからだ。次章では、信用金庫・信用組合の主要な取引先である中小企業が金融機関に何を求めているのかを、より具体的に見ていきたい。

5.中小企業の求める金融機関像

　中小企業が求めるのは、従来とは異なる、ただ金を貸すだけではない金融機関である。金融庁は、早くから既存の金融のありかたから、地域密着型の金融への転換を訴えており、シンポジウムの開催や中小企業を対象としたアンケートを行っている。そのアンケートの中で、地域密着型の金融機関に求められているのは、以下の役割である。

日常的な関係強化の姿勢
創業、新事業に向けた取組み
ビジネスマッチング
海外進出支援
目利き能力（数字だけでは判断できない、企業のポテンシャルによって融資の判断を行う能力）
経営改善・事業再生へ向けた取り組み

　その存在形態上、海外進出支援を行うことは、信用金庫・信用組合にとって困難ではあるだろうが、日常的な関係強化、創業・新事業支援、目利き能力に関しては第一勧信の取り組みとして、例にあげたものと基本的に合致している。しかし、それ以外に、中小企業が金融機関に求めるのは、コンサルタントとしての役割である。アンケートの中では以下のような意見があげられている。

「「御用聞き」としての役割は果たしてくれているものの、ビジネス上の課題解決能力や提案力についてはまだまだであり、業界構造やトレンドについて、こちらから教えなければならないことが多く、コンサル能力は十分とは言えない。」
「融資できない先に対するフォロー（どういった点をどのように改善すれば、融資してもらえるかといったアドバイスなど）が不十分であると感じており、コンサルティングという面ではやや消極的。」
「企業への訪問を定期的に行っているようだが、協会保証のある先を中心に、金融機関の対応が非常に疎かだと感じるような企業もある。協会保証のある先についてもコンサルティング等に積極的に取り組んでもらいたい。」
「金融機関は、資金提供や財務分析を通じての支援を行うことはできるが、技術やマーケティングについての知識が不足している。」

(金融庁「地域金融機関の地域密着型金融の取組み等に対する利用者等の評価に関するアンケート調査結果等」)

　企業にとって直接対面型の金融機関がこれからも必要であるために、コンサルティング能力を持つ組合員を増やしていくことが急務である。そのためには、コンサルティング能力を身に着ける研修や中小企業診断士などの資格取得の支援を行うほか、事務部門の効率化を図り、浮いたリソースを営業・コンサルタント部門へ向ける動きが必要になる。

6.今後の研究方針

　とくに、中小企業支援に重点を置き、金融庁のアンケートをもとに、中小企業が求める信用金庫・信用組合の在り方を研究していきたい。
　金融機関がコンサルタントとしての役割を果たした事例について調査するほか、信用金庫・信用組合が行った取り組みが、どのような影響を与えたのかについて、具体的なデータを得る。
　また、そもそも定性評価など顧客本位の取り組みを行っている信用金庫・信用組合も、まだ多数とは言えないため、金融庁が進める地域密着型金融機関への転換に向け、国や自治体がどのような働きができるかを考えていきたい。

7.参考文献

新田信行（2017)『よみがえる金融ー協同組織金融機関の未来』ダイヤモンド社
日本農業新聞（2017）『協同組合の源流と未来　相互扶助の精神を継ぐ』岩波書店
浪川　攻（2018）『銀行員はどう生きるか』講談社現代新書
全国信用組合中央協会中小HP「信用組合へようこそ」http://www.shinyokumiai.or.jp/gaiyo/index.html（最終アクセス日：2018/01/31）
金融庁「地域金融機関の地域密着型金融の取組み等に対する利用者等の評価に関するアンケート調査結果等」https://www.fsa.go.jp/news/27/ginkou/20150821-2.html（最終アクセス日：2018/08/04）