東京23区における電気自動車の普及
ー公共交通機関の全面電気自動車化ー
上沼ゼミV
社学4年 藤崎利応

出所:経済産業省「EV・PHV情報プラットフォーム」より「青森県 第一期EV・PHVタウン」
章立て
- はじめに−研究動機
- EVシフトの経緯
- なぜ電気自動車化か
- 「CASE」とはなにか
- 自動車産業の構造変化
- 東京23区で普及させるメリット
- 先行モデルケース
- 今後の課題
1.はじめに
本研究では、環境問題に対する解決策としての、自動車社会のガソリン車脱却および電気自動車の普及を想定し、公共交通機関から電気自動車へ転換していくことによる、市民単位への電気自動車化を促すことを目標に、考察を行うものである。
環境問題は、人類社会にとって最も解決しなければならない課題だ。今や世界の6人に1人が環境汚染で死亡する時代である。その最大のリスク要因は空気汚染であり、自動車の排気ガスや、工場の排気ガス(pm2.5など)が主な要因である。これからの自動車社会には、走行時に有害物質を排出しない自動車の生産が求められる。
2.EVシフトの経緯
昨今におけるEVシフトと呼ばれる電気自動車普及の国際的な潮流は、2015年9月にドイツの自動車メーカーであるフォルクスワーゲン社(以下VW社)が起こした、ディーゼルエンジン車排ガス不正問題を発端としている。当時、ヨーロッパの自動車メーカーは、環境問題への対策としてディーゼル車を推進していた。ディーゼル車は、従来、有害物質の排出が問題とされてきたが、環境に配慮した「クリーンディーゼル」が登場し、ヨーロッパのメーカーは、こぞってディーゼル車を販売した。そんな中起きてしまったのが、VW社による排ガス不正問題である。櫛谷さえ子(2020)によると、ヨーロッパの全登録台数に占めるディーゼル車の割合は、2015年から減少の一途をたどっている。2015年は53パーセントだったディーゼル車比率は、2019年には31パーセントにまで落ち込んでいる。ここまでディーゼル車の売り上げが落ち込んだのは、この不正問題が、ディーゼル車の環境性能に対する信頼を著しく貶めたからである。SPEEDAによれば、VW社の車は環境規制検査をすり抜けるために、車載コンピューターに検査を通過できる燃焼制御モードに変更するような制御ソフトを搭載した。そのため、実際の走行では規制の30〜40倍の窒素化合物(NOx)を排出し走行していた。不正対象車はおよそ1100万台にのぼり、この意図的かつ悪質な不正の発覚で、ディーゼル車はイメージを大きく毀損した。
もうひとつの要因が、パリ協定である。WWF(2020年6月30日)によると、パリ協定は2015年12月に開催されたCOP21で世界約200か国が合意して成立した条約で、1997年に定まった京都議定書の跡を継ぎ、国際社会全体で温暖化対策を進めていくことを目的としている。具体的な数値としては、世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して2度までに抑制し、1.5度に抑える努力を追求することを掲げている。この協定が締結されたことにより、走行時に温室効果ガスを排出しない電気自動車が注目を浴び、国際的に急速にEVシフトが進んだ。
3.なぜ電気自動車化か
走行時に有害物質を排出しない自動車を、ZEV(Zero Emission Vehicle)と呼ぶ。電気自動車や燃料電池車がこれに該当する。燃料電池自動車でなく電気自動車にすべき理由は、普及に際してのハードルが、電気自動車のほうが低いからである。
燃料電池自動車は、水素を燃料電池に与えることにによって発電し、それをもとにモーターを動かし走行する。したがって、燃料として使用する水素を供給する水素ステーションを整備しなければならない。水素ステーションの設置費用は約5億円といわれており、一般的なガソリンスタンドのおよそ5倍ものコストを必要とする。また、燃料電池本体が高額なため、車両価格も高額になってしまう。そのため、充電ステーションの整備が容易で、車両価格も燃料電池自動車ほど高額でない、電気自動車がZEVの中で最も現実的であると言える。
4.「CASE」とはなにか
「CASE」とは、元々、2016年のパリ・モーターショーで、ドイツのダイムラー社のCEO、ディーター・ツェッチェ氏が発表した中長期戦略の中で提唱した造語で、
- C:Connected(接続性)
- A:Autonomous(自動運転化)
- S:Shared/Service(シェア/サービス化)
- E:Electric(電動化)
の頭文字を組み合わせたものである。
これらの4つの項目が、自動車産業の構造変化をもたらすと言われている。したがって、電気自動車の普及について考えるには、「CASE」と関連付けて考えていく必要がある。
5.自動車産業の構造変化
「CASE」による大きな変革を迎えている自動車社会だが、具体的にはどのような変革が起きるのだろうか。
例えば、人々の自動車の持ち方が、「保有」から「利用」へ変わることが予想される。自動運転技術が発展すれば、カーシェアリングが無人タクシーのような感覚で使うことが出来るようになる。維持費やランニングコストが従来のガソリン車に比べて安いといったメリットや、電気自動車の航続距離の短さ、充電時間の長さなどのデメリットを考えると、「利用」の形態と電気自動車の相性は良く、これらはセットで普及していくだろう。
また、自動運転による様々なサービスが展開され、企業のビジネスチャンスは拡大していくことが予想される。従来は、車は運転するものであったが、乗るだけで目的地に到着するのであれば、人々はより空間としての自動車の価値を見出すようになるだろう。そうなれば、家電メーカーや家具メーカーなど、様々な業界と複合して自動車を生産するようになり、多様なアクターが参加する自動車社会が形成される。また、精密機器メーカーによる蓄電池の製造によって、自動車メーカー以外にも自動車を生産することが出来るようになり、産業構造に大きな変化を及ぼすことが予想される。
6.東京23区で普及させるメリット
交通量の多い都心部で、バスやタクシーを電気自動車にすることで、環境汚染防止に貢献することが出来る。また、市民の保有物ではなく公共交通機関から電気自動車に転換することは、行政と直結しているため比較的容易であること、また、それに伴う充電ステーションの設置によって、市民単位で電気自動車が普及した際に活用すること、などがメリットとして挙げられる。
また、人口密度の高い東京では、カーシェアリングを普及させやすく、事業としての成長も見込むことが出来る。都心部では駐車場代などの維持・保有費用が高く、定額でその都度利用することの出来るカーシェアリングは効果的である。公共交通機関とは違い、すぐに電気自動車に転換していくことは難しいが、前述したようにカーシェアリングと電気自動車の相性を鑑みて、行政による公共交通機関と並行して、カーシェアリングで使用される自動車が充電することを想定した充電設備の整備を行うことにより、電気自動車の普及率を高めて行くことが出来ると私は考える。
国際的に先行して普及に成功すれば、間接的な利益も見込むことが出来る。それは、電気自動車社会のロールモデルとなることだ。ロールモデルとして首都東京の自動車社会を形成することが出来れば、他国へのインフラ整備や、海外事業の参入が容易になる。将来自動車社会が電気自動車化するのは国際的な潮流として決定的であり、日本がその先陣を切り、国内の電気自動車化に取り組むことは、国家の基盤産業の更なる成長に繋がると私は考える。
7.海外での先行モデルケース
国際的なモデルケースとして、オランダのアムステルダムを挙げることが出来る。アムステルダムでは、乗用車、タクシーやトラックなどの電気自動車の導入を計画している市内企業に対する助成施策を展開しており、企業は、電気自動車の購入に際し、乗用車1台につき5000ユーロ、タクシーにつき1万ユーロ、トラック1台につき4万ユーロの助成金を申請することができる。また、ヨーロッパには路上駐車の文化があり、街中の至る所に駐車エリアと普通充電器のセットがあり、充電を行うことが出来る。
イギリスでは、個人の車をカーシェアリングするシステムであるライドシェアが盛んで、個人が専用のサイトに登録し、自分の車をカーシェアリング用として貸し出すことができる。これによって、利用者、運営している企業の両者に利益が生まれる。
ドイツのベルリン市内では、「DriveNow」というサービスが展開されていて、「半径500m以内で車が見つかる」を謳い文句に、ベルリン市内のどこでも乗り捨てすることが出来る。
8.国内での先行事例
国内では、トヨタ自動車株式会社(以下トヨタ)が、2020年に開催されたCES 2020において、「コネクティッドシティ」構想を発表した。
トヨタのウェブサイトによるとによると、2020年末に閉鎖予定の、静岡県裾野市にある東富士工場の跡地を利用し、将来的に175エーカー(約70.8万m2)の範囲において街づくりを進めるべく、2021年初頭に着工する予定で、様々な企業や研究者と連携しながら、CASEやロボット、スマートホームなどの技術を導入・検証新たな街を作り上げるのが目的だ。(トヨタのウェブサイトによる)
ウーブンシティの主な構想として、トヨタのウェブサイトによると、
- スピードが速い車両専用の道として、「e-Palette」など、完全自動運転かつゼロエミッションのモビリティのみが走行する道)
- 歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道
- 歩行者専用の公園内歩道のような道
の3つを街の中に通る道として分類し、それらの道が網目のように織り込まれた街を作る構想だ(トヨタのウェブサイトによる)。
現在はこの構想を具現化するアイデアを公募している段階であるが、今後様々なステークホルダーが参画していくことが予想される。
またソフトバンク株式会社(以下ソフトバンク)は、東急不動産株式会社(以下東急不動産)、鹿島建設株式会社(以下鹿島建設)、一般社団法人CiP協議会(以下CiP協議会)、一般社団法人竹柴エリアマネジメント(以下竹芝エリアマネジメント)と共同で推進する、「スマートシティ竹芝」プロジェクトが、東京都が公募したプロジェクトに採択されたことを発表している。
ソフトバンクのウェブサイトによると、竹芝地区において収集した人流データや訪問者の属性データ、道路状況、交通状況、水位などのデータをリアルタイムでさまざまな事業者が活用できるデータ流通プラットフォームや、先端技術を活用したサービスなどを竹芝地区に実装することで、回遊性の向上や混雑の緩和、防災の強化などを実現し、竹芝および周辺地区の課題を解決することを目的としている(ソフトバンクのウェブサイトによる)。
9.今後の課題
研究方針や政策のイニシアチブが定まってきたので、自動車の開発競争においてどのような経緯があったうえでの過去と未来なのか、政策の流れを分析すること、モデルケースがどのような経緯で採用されてきたかなどを掘り下げて研究を進めていく。
参考文献
- 経済産業省「EV・PHV情報プラットフォーム」http://www.meti.go.jp/policy/automobile/evphv/(最終アクセス日:2018年12月10日)
- 日本経済新聞、2018年5月2日「大気汚染で年700万人死亡 WHO?」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30063740S8A500C1CR0000/(最終アクセス日:2018年12月10日)
- 島津 翔、日経ビジネスONLINE、2016年10月19日「クルマを一変させる「CASE」って何だ?」https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/101800328/?P=2(最終アクセス日:2018年12月10日)
- FaBSCo official blog SOURCE、2018年8月29日「アムステルダムの都市交通事情」http://blog.fabsco.co.jp/column/eu2018_netherlands-2(最終アクセス日:2018年12月10日)
- 冨岡 耕、東洋経済ONLINE、4月4日「トヨタが燃料電池自動車をあきらめないワケ」https://toyokeizai.net/articles/-/206543?page=3(最終アクセス日:2019年01月31日)
- トヨタ自動車株式会社、2020年1月6日「トヨタ、「コネクティッド・シティ」プロジェクトをCESで発表」https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/31170943.html(最終アクセス日:2020年08月09日)
- 櫛谷 さえ子、日経XTECH、2020年6月10日「欧州の新CO2規制、電動車のシェア向上」https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/at/18/00020/00021/(最終アクセス日:2020年11月24日)
- WWF、2020年6月30日「パリ協定とは?脱炭素社会へ向けた世界の取り組み」https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/4348.html?gclid=CjwKCAiA2O39BRBjEiwApB2IkqNvH6j2CXDLUx4fzXPzjUIeGiGdj4Hv4BkSm7dtEgn5QwguYw6IXBoCxKkQAvD_BwE(最終アクセス日:2020年11月24日)
Last Update:2021/01/31
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