発達障害は、広汎性発達障害、注意欠陥多動性障害、学習障害など、脳機能の発達に関係する障害である。広汎性発達障害は3 歳までに現れ、@対人関係を構築し持続することが困難、Aことばの発達の遅れ、B興味や関心が狭く特定のものにこだわる、という特徴がある。知的発達に遅れを伴わない自閉傾向を有するものを高機能自閉症という。アスペルガー症候群は、知的発達の遅れを伴わず、ことばの発達に顕著な遅れはない自閉傾向を有するものを指す。中枢神経系に何らかの機能不全が推定される。注意欠陥多動性障害(AD/HD:Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)はその年齢あるいは発達に不釣合いな注意力や行動の障害で、社会的活動や学業の機能に支障をきたすもの。7 歳以前に現れ、その状態が持続し、中枢神経系になんらかの要因による機能不全が推定される。学習障害(LD:Learning DisordersまたはLearning Disabilities)は、全般的な知的発達に遅れはないが、聞く・話す・読む・書く・計算する・推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な障害を示すものをいう。原因に中枢神経系の機能障害が推定される。器質的障害(視覚・聴覚・知能)や情緒障害・環境要因が直接の原因ではないと推定される。発達障害のある人は、他人との関係づくりやコミュニケーションなどが苦手だが、優れた能力が発揮されている場合もあり、周りから見てアンバランスな様子が理解されにくい。また、発達障害があるといっても、障害の種類や程度によっても違い、年齢や性格などによっても一人一人現れ方は違う。また、生活の中で困難なことや苦手なこともさまざまであるため、一人一人の特徴に応じた配慮や環境の整備が重要である。発達障害は短期的の面接で治癒することは少なく、障害を通しての療育や支援が求められる。
障害の有無にかかわらず、私たちは社会の中で助け合いながら生きている。排除するのではなく、互いの違いを認めともに生きていける共生社会になっていく必要がある。また、障害者は「助けられる」存在ではなく、社会参加・貢献する存在になることで初めて対等な関係が成立すると考える。障害がある子どもの個々のニーズや特徴を尊重する教育や価値観が浸透していけば、将来的に障害者の社会参加や社会貢献を実現しやすい社会になっていくのではないだろうか。第3章では、障害のある生徒を教育する上で欠かせない考えやシステムであるインクルーシブ教育について記述する。
4-1 通常学級での取り組み
1981年の教育法により、障害カテゴリーを基にしたものから学習において特別な教育的ニーズを基にした教育への変更が決定された。目的は、障害のラベリングの回避、従来の障害カテゴリーの概念では支援されにくい学習遅滞の子どもの教育、障害が複数ある子どもの教育の充実である。特別な教育的ニーズはSEN(Special Educational Needs)と呼ばれ、これは障害の有無ではなく「学習における困難さ」を基本とし、法定評価によってステートメントを得ることで認定される。ステートメントには「特別な教育的ニーズがどのようなものなのか」「必要な教育的手立て」などについて記述されている。学習の困難さが大きい子どもについてステートメントが発行されたら、地方行政当局や学校には必要な教育手立てを用意する義務が課せられている。
原則的に子どもは学区内の小学校に入学することになっており、24〜25人のクラスに振り分けられる。ただし、ステートメントがある子どもや保護者が希望した場合・効果的な教育の提供と矛盾する場合は特別学校に入学するという選択も用意されている。通常の学校の中でステートメントはないが、特別な教育的ニーズのある子供には個々のニーズに応じた合理的配慮がある。SENコーディネーター、スクールアクション、スクールアクションプラスという支援教員が特別なニーズを必要とする子どもを支援している。SENコーディネーターは、校内のSENのある子どもを拾い出し、担任とともに個別的教育計画を立て教育の評価を行う。スクールアクションは、SENのあると認められた子どもに対して行う支援の一番目の役割であり、授業の工夫や配置された補助教員が積極的に関わることで支援を行う。スクールアクションプラスはスクールアクションの段階で十分なニーズを受けられなかった子どもたちに支援を行う。地方行政当局が学校に対して資金を提供し教材を工夫したり、新たに補助教員の配置、もしくは地方行政当局から派遣された専門的な教員を活用した個別指導を行ったりする。スクールアクションでも改善が見られない場合は、通級指導教室に通うことになっている。ただし、いずれも子どもたちは国家基準の教育課程を受ける。
4-2 特別支援学級での取り組み
特別支援学校のスイス・コテージ・スクールについて紹介する。2〜19歳までの学習障害、行動・コミュニケーション障害、自閉症スペクトラム障害のある子どもを受け入れている。最重度の障害のある生徒に対しては、個々のニーズに合わせた特別なプログラム、重度の障害があれば生活に必要なスキルを身に着けさせるための準正規プログラム、軽度の障害であれば国家基準の教育課程と、障害の重さに合わせた3つのカリキュラムが用意されている。特にコミュニケーション能力、認識力、自立、身体発達などの生活スキルの発達を重視している。スイス・コテージ・スクールでは遊び場と教室において環境整備がされている。遊び場には子どもの動きの導線を考えた細かな配慮がされており、自閉スペクトラム症児の特性に合わせて精神的に落ち着く雰囲気の竹製の柵が用意されている。また、外界からの余分な刺激が緩和できるような対策もされている。教室の各クラスには電動子黒板や連動するパソコンが常備されており、各クラスに簡単な調理ができるキッチンもある。また、子どもが混乱した際に休める個室(1対1ルーム)があり、子どもの理解を促すための視覚的な提示物もある。このように子どもの社会性の育成を視野に入れた教育がされている。
本人や保護者が医療機関で診断、相談を申し込むと、医療機関が要望に合った市教育委員会の機関を紹介する。学校では校内関係者や保護者を交え対象児童にとって必要な支援を検討するケース会議を開いたり、特別支援教育コーディネーターがアセスメントや個別の指導計画の支援と指導を行ったりしている。はっきりとした障害だと診断されていなくても、障害の傾向があったりまたは日常生活で大きな困難があれば、通級に通ったりすることもできる。市教育委員会では発達障害を含む障害に関する専門的な知識を持つ巡回相談員が、通常学級や特別支援学級に巡回相談をする。この巡回相談員は、学校教員に、発達障害を含む障害のある児童生徒に対する指導内容や方法に関するアドバイスを行う。
5-1 湖南市専門家チーム会議・巡回相談・特別支援教育コーディネーター連絡会
湖南市専門家チーム会議は、学校教育課が年間6回開いている。メンバーは、学校教育課長、学校教育課指導主事、発達支援室長、発達支援室保健師、小児精神科医、巡回相談員、通級指導教室教諭、特別支援学校地域コーディネーターだ。この会議で、湖南市としての特別支援教育全体の推進についての検討や医療に関わる事例検討等を実施している。湖南市の巡回相談は、保育園・幼稚園・認定こども園・小学校・中学校を対象に実施している。校内(園)委員会で支援が必要と判断された子どもについての、支援や指導のあり方の相談、心理検査の実施に合わせて相談員が訪問する。学校の特別支援教育コーディネーターが巡回相談の窓口だ。小学校・中学校は教育委員会の委嘱による巡回相談員等が担当する。また、小中学校の特別支援学級は、地域の特別支援学校のセンター的機能による巡回相談を受けることができる。特別支援教育コーディネーターは、各校園で指名される。学校のコーディネーター連絡会は年間4回開催し、特別支援教育の推進について話し合い、進捗状況の確認や各校の情報交換を実施している。
5-2 ことばの教室
ことばの教室とは、言語の通級指導教室で、ことばやコミュニケーション、学習面にいろいろな課題を持つ幼児・児童及び生徒に対し、幼児期から学齢期終了まで、保険・福祉・医療・就労との連携を図りながら、一人ひとりに合わせた継続的な特別支援教育などのサービスを実施する教室である。個別の指導計画をもとに、子どもが通っている小中学校の担任の先生と連携を取りながら、教育的支援、教育相談を行っている。
ことばの教室には次のような子どもに対して、個別または小グループでの指導を行う教室である。
@発音が不明瞭である
A耳の聞こえが悪いため、ことばの発達に課題がある
Bことばを聞いて理解する力や自分の思いを話す力など、ことばの発達に課題がある
C話ことばのリズムが乱れる(どもる)
D不注意や多動の傾向があり、集団活動につまずきがある
E周りの状況をうまく読み取れないために、対人関係や集団活動につまずきがある
F一方的な話をしたり特定のことにこだわったりして、コミュニケーションがうまく取れない
G聞く・話す・読む・書く・計算する・考える能力にかたよりがあり、対人関係や学習につまずきがある
これまで「ちょっとかわった子」「自己中心的なわがままな子」「落ち着きのない子」「家庭でのしつけができていない子」と誤解されたり、見過ごされたりしていた子どもの行動の原因を本人や家族の努力不足とせずに、子どもの特徴を理解し、その子どもに応じた教育的支援を保護者、学校、関係機関等と連携して取り組んでいる。学齢期では小中学生を対象に、教育相談を受けたり、個別またはグループでの指導を行ったりしている。学習や遊び、または検査を実施しながら子どもの特性を見極め、効果的な支援方法を探る。個別の指導計画に基づき、週1〜月1回通級して指導を受けることもできる。子どもや保護者が安心して通い、活力や自信をつけられる環境を整えている。また、年2回の学校訪問を中心に、日ごろから学校や関係機関と密に連携し、ことばの教室での指導が生活全般に活かされるようにしている。
5-3 KIDS(湖南市発達支援ITネットワーク)
湖南市では、発達支援に必要な情報のためにKIDS(Konan-city IT-network for Developmental Supportの頭文字)を運用している。KIDSは、市内公立保育園、幼稚園、認定こども園、小学校、中学校、発達支援室、学校教育課、保健センター、ぞうさん教室(心身の発達に遅れや障害がある、あるいはその傾向がある子どもたちが通う場所)、ことばの教室、ふれあい教育相談室(不登校機関が長くなり、教室になかなか戻れない子供たちが通う場所)、人権教育課、子育て支援課、社会福祉課、商工観光労政課が結んでいる。また市専門家チームメンバーの巡回相談員と情報交換ができる仕組みとなっている。KIDSの特徴は、関係者間の連絡調整や会議録の共有が簡単にできること、保護者の了承のもとに子どもの状況や指導記録が蓄積できることにある。機能は大きく二つあり、一つは参加者にオープンな会議室での、各機関へのメッセージ返信と送信、個別の指導計画様式等のダウンロード、研修に関する情報共有等である。もう一つはクローズドな会議室での子どもに関する指導情報の蓄積と共有である。このネットワークの利用にあたっては、KIDSネットワークガイドラインを規定し、セキュリティとプライバシー保護をはかる。
5-4 実際の事例
<就職後の関係機関とその役割>
@ハローワーク:職業の紹介と企業への助成金や企業への指導、職業センターへの依頼を行う
A障害者職業センター:職業評価を基にジョブコーチ支援を計画し実施。会社での作業技術の理解・習得、人間関係の調整は職業センターからジョブコーチを派遣。定期的な訪問を行いながら、職業の安定を図る
B障害者雇用・生活センター:@Aの機関と連携し、また生活支援の期間との橋渡しをする。A君のケースでは、本人への支援、家族への支援、会社への支援をどのように組み合わせていけば、うまく支えて行けるか考えて調整している。職業センターのジョブコーチ支援が終了すると、就労支援の第一機関となる
C地域ネット相談サポートセンター:生活支援の中心になり、本人の安定した生活を支える。A君については、本人の考えや思いを聞き、将来自立生活ができるようにグループホームへの実習調整や通勤確認を行っている
D市福祉事務所と発達支援室:民生委員や警察など地域の資源に働きかけ、安心して生活できるように間接的な支援機関の依頼や調整を行っている
E発達障害支援センター:発達障害を専門に支援する機関。地域で支え育関係機関に対してスーパーバイザーの役割
F特別支援学校:卒業生にとっても家族にとっても身近で相談しやすい最初の期間。BやCが本人や家族にとって利用しやすい関係になるまでの橋渡しは特に重要
G医療(精神科医):A君については、精神科に定期的なカウンセリングを受けている。Eと同じく支援機関にとっては専門家としてのアドバイスを求めている
Last Update:2023/1/29
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