ヤングケアラー
−こどもたちのSOSとどう向き合うか−
上沼ゼミV
社会科学部4年 前駿斗

「介護をする学生」(出所:いらすとや)
章立て
- はじめに:研究動機
- ヤングケアラーとはなにか
- 現状の支援策
- 支援者へのサポート
- まとめ
第1章 はじめに:研究動機
今後の日本が直面する最も大きな課題は少子化による社会的影響及び、経済的な影響であると考える。子供のいる世帯の減少は、学校教育における子供同士によるコミュニケーションの機会を奪い、精神的成長などに悪影響を及ぼす。次世代の消費者の減少はそのまま日本国内に置けるあらゆる製品、サービス等の市場規模の縮小に繋がり、人口減によるサービスの低下は避けられないであろう。
この人口減少という日本史上最大の危機とも位置づけられる課題に対し、我々は危機感を持って、対処しなければならない。近年の未婚化や晩婚化による少子化問題や、不登校児、ひきこもりやニートなど、社会からドロップアウトする人々の増加なども、人口減少を助長するファクターであると推測である。結局、自分の人生に肯定感が生まれないと、日々を生き抜いて、次の世代につなげようという意欲は湧かないのである。
つまり、長々と述べては来たが、我が国の未曾有の危機「人口減少」は、すべての日本国民が自己肯定感を持って、生活していれば、自ずと解決する。そう私は主張したい。
繰り返しになるが、そのための重要なファクターは、すべての日本国民が、社会から見放されずに、自分の居場所を確立し、学業や労働に勤しみ、日々の生活を満喫する、そうした社会体制であり、その実現および向上のために、政府、行政、公共機関、企業および国民は行動するべきである。
日本の救世主になりうる「社会から見放された人々」
現在日本の人口は減少中であるが、国内に置ける「社会から見放された人々」が社会復帰することで、経済の活性化や労働者の確保など、おおくのメリットが享受できる。なにより、「ドロップアウトからの復帰」が可能である社会は、非常に豊かな成長性に秀でていると考える。というのも、例えば起業に失敗しても、社会がそれをバックアップできる受け皿であれば、起業意欲がまし、斬新なアイデアを実現する人々が増えるであろう。
そして、私の研究テーマであるヤングケアラーのような、家庭環境や外的な環境によって自己実現を諦めざるを得ない子どもたちが、再び活躍できる機会(たとえば学業を続けられない事情で、一時的にドロップアウトしても、再び修業できるような仕組み)や、そもそも社会からのドロップアウトを防ぐような仕組みがあれば、社会から見放される人々は消失し、一人ひとりが自己実現できる、非常に理想的な社会が実現し、連鎖的に日本の他の社会問題の解決への緒となるのであろう。
私は、以前より小中高生の不登校問題に深い関心を持ってきた。私自身、高校時代に不登校であった経験から、社会問題としての不登校と、その改善策、支援策が十分ではないと考えてきたからである。
しかし、「不登校」というテーマで研究を進めていたところ、不登校に関わる新たな社会問題、「ヤングケアラー」問題にたどり着いた。「ヤングケアラー」の問題は、不登校の問題に関わらず、少子高齢化やひとり親世帯の増加、核家族化の進展、教育現場と家庭の乖離など、様々な要因を秘めている。しかし、現状まだ研究不十分なテーマであるということから、私の研究が社会貢献に繋がるのではないかと考え、「ヤングケアラー問題の解決に向けた政策提言」というテーマを設定し、研究を進める。
ヤングケアラーは「社会から見放されている人々」の代表例である。家族の介護のために学業を諦めざるを得ない子供、就業を諦めざるを得ない人々。彼らが明るい将来像を描ける社会は、今よりもずっと持続性に満ちた世界であろう。
そうした人々が社会に復帰し、様々な分野で社会的な活動を行うことで、日本全体の活性化につながるという夢を抱き、ゆくゆくは「日本モデル」として世界に波及していくことを夢見ている。
第2章 ヤングケアラーとはなにか
ヤングケアラーとは、「大人の代わりに家族の介護やきょうだいの世話を担う子ども」のことである。彼らの問題点は、祖父母や親のケア、きょうだいの世話に追われて、学校生活や進路選択に支障が出るという点にある。この問題が表面化した背景として、一人親世帯の増加、晩婚化、専業主婦の現象、核家族化、地域住民との関係性の希薄化等が挙げられる。
悲惨な事件が先日起こった。大津市の17才無職の少年が自宅で小学1年生の妹を暴行し死亡させた。犯行動機として、少年は「妹の世話をするのがつらかった」という趣旨の供述をしていた。兄妹は4月から母親と3人ぐらしの生活をしており、児童相談所によれば、「ネグレクト(育児放棄)」の疑いがあったという。
断定はできないが、この事件の背景にはヤングケアラー問題が潜んでいるのではないだろうか。ヤングケアラーが、誰にも頼ることができずにいる、その最悪な結果が、このような事件を引き起こしたのではないか。
「ヤングケアラー」が生まれる根本的な原因
なぜヤングケアラーが生まれるか、先程述べた「一人親世帯の増加、晩婚化、専業主婦の現象、核家族化、地域住民との関係性の希薄化」は、概して子供をとりまく社会環境の変化が一つの原因として挙げられる。しかし、この社会環境の変化はここ10年で起きた話というわけではない。にもかかわらず、ここ数年、この問題が表面化したのはなぜだろうか。
それはそもそも、「ヤングケアラー」が問題として提起されなかったからである。介護者という言葉は、その多くが高齢者介護の文脈で使われることが多い。それもそのはずで、中央人口統計調査局『国勢調査』を利用する「在宅介護者」の把握は、16 歳以上の者に限られているのである。いわばヤングケアラーは在宅介護者の定義から外れてきたのだ。さらに、介護を担う児童も、そしてその介護を受ける被介護者も、在宅介護のさまを明らかにしたがらない。被介護者への責任と言われてもピンとこないかもしれない。ここで一つ例をあげたいと思う。
主人公の少年/少女は中学2年生である。両親と祖母と4人暮らしであり、経済的にも困窮することはない、普通の家庭である。両親は共働きで小さい頃から祖母の愛情を受けて育った、いわゆるおばあちゃんっ子だった。中2の夏休み、そんな祖母が体調を崩す。その時は回復に向かったが、その後体調を崩しがちになる。そんな祖母を見かねて、主人公は自主的に世話をし始める。もともと両親が共働きのため、家の家事をするのには慣れており、祖母のための食事や薬の用意など、夏休みということもあり、主人公の生活に特段負担にならなかった。なにより、小さい頃からかわいがってくれた、大好きな祖母のためのお世話をすることはなんの抵抗もなく、むしろ孝行できたようで嬉しかった。しかし学校が始まると、学業や部活動、人間関係との両立に支障が出始める。
しかし具合の悪い祖母のため、大好きな祖母のために介護を続ける。助けの声をあげようともしない。なぜなら祖母に悪いからだ。そして自ら率先して介護を始めたのに、途中で投げ出すことに抵抗があるからだ。この「罪悪感」が主人公を苦しめ、正常な助けを呼ぶ声を自ら遮断してしまう。
おそらく、主人公が助けを求めれば、両親は相談に乗るだろうし、休職し介護に専念する、ヘルパーを雇うなり、行動に移すだろう。そして祖母自身も、孫に迷惑をかけたくない思いを両親に伝えるかもしれない。つまり、主人公自身がSOSを発信すれば、問題が解決に向かう可能性が十分あるのである。
ところが「介護者の罪悪感」「今なんとかできているし…」といった躊躇が、問題の発見を遅らせる。周りの大人たちが、ヤングケアラーへの理解が少なく、問題を認知できないケースも多い。児童と接触する機会の多い教育職者や社会サービスの担当者や一般開業医にしても、ヤングケアラーについて多くを知らない。
このような要因から、なかなか表面化されてこなかった「ヤングケアラー」であるが、近年政府や公共団体が本腰を入れて問題に取り組み始めたり、メディアによる実態の調査が行わるようになり、「自分もヤングケアラーだった」 、「いままさにヤングケアラーだ」といった反応など、やっと表面化、問題提起されることとなった。
第3章 現状の支援策
ヤングケアラーへの支援策を、今年5月に厚生労働省と文部科学省は取りまとめた。
主な支援策は、
- 福祉、介護、医療、教育などの現場でヤングケアラーに関する研修などを推進
- SNS、オンラインなど、子どもが話しやすい相談支援体制を支援者団体とつくる自治体を支援
- スクールソーシャルワーカーの配置支援や民間学習支援事業と学校の連携を促進
- 幼いきょうだいを世話するヤングケアラーがいる家庭の家事や子育てなどの支援のあり方を検討
- 中高生などのヤングケアラーの認知度向上
である。
ここで重視されたのは、ヤングケアラーをいかに「見つけ出すか」であった。「ヤングケアラー」問題の大きな課題点は、当事者であることを自覚していない子どもが多いという点にある。社会保障制度の多くは、「申請主義」であることが多い。申請主義とは、自ら行政に赴き、制度の利用を申請して初めて、社会保障制度を利用できるというものである。つまり自分の現状を、不当であると認識し、それを改善させるための支援策があると認知して初めて、社会保障制度を利用できる。ヤングケアラーに向けて、例えばソーシャルワーカーの整備や、福祉サービスの拡充を行ったとしても、当人である子どもたちがそのサービスの存在を認知せず、また自分が不当な環境にいることさえ疑問を抱かなければ、サービスを利用しようとも思わないだろう。とくに社会との関わりが希薄で、家族や友達としか関わったことがないであろう子どもが、突然ソーシャルワーカーなど、外部の支援サービスと接点を持とうとすることには抵抗があるに違いない。
「地方自治体などが相談窓口などを設置したが、ヤングケアラー当事者からの相談がゼロ件だった」
ヤングケアラー専門の相談窓口を解説した福岡市によると、「昨年11月~3月末に受 けた相談は延べ80件。相談元の割合は、学校関係者約30%▽医療機関などの関係機 関約20%▽家族・親族約10%で、当事者本人からの相談はゼロ件」
このようにせっかくの支援策を講じても、子どもたち当事者のもとに届かなければ意味がないのである。
また、NHKの15歳から17歳までの「ヤングケアラー」700人と、 18歳未満のときに介護や世話を行い、現在は18歳以上になっている「元ヤングケアラー」300人の合わせて1000人 への調査において、ヤングケアラーであることを家族以外の誰かに相談した経験についての回答は、 全く相談していない、またはほとんど相談していない回答が半数以上を占めた。
相談しない具体的な理由として、
- 「相談できる人もいなく、相談したら親に怒られると思った」
- 「周りに気づかれたくなかった。自分が我慢すればいいと思っていた」
- 「家族の状況を周りに話すなと言われていた」
- 「家族のことを知られて自分が嫌われてしまうのかと思いうまく言葉が出なかった」
- 「誰かに話を聞いてほしいと思ったけど、相手から簡単に同情されるのはいやだ」
- 「頑張っていると認められたいけどかわいそうだとは思われたくない」
ことが挙げられる。
このように当事者からのSOSが発信されにくいという問題があり、社会の側としては、
- 子供が助けを求めやすい環境
- 助けを求めている子を発見しやすい環境
- 子供が利用しやすいケアサービス
が要請されるされるのである。
ヤングケアラー問題は、その支援策以上に、その問題をいかに子どもたち当事者に認知させるかが課題となる。政府の支援策にもある通り、学校等の教育機関が子供の「異変」を察知し、子供と公的サービスやスクールソーシャルワーカーとつないだことで改善に向かった事例がある。
具体的な事例
- 父子家庭、中学生Aさんのケースでは、中学生のAさんは、父子家庭で、祖母の介護を小学生のころから6年間続けてきた。父親は夜勤を含む就労で家庭のことにはほとんど関与していない。彼女は小さいころから面倒を見てくれた祖母が大好きで、夜間の排泄介助や通院付き添い、服薬管理、デイサービスへの送り出しなどを繰り返すなか、介護中心の生活が学校生活に大きく影響。遅刻や早退、欠席が増え、学習にも遅れが出てきたことから教員が声がけし、初めて実態が判明した。地域の行政に連絡してケアマネジャーらと面談、祖母はショートステイや入院を経て、老人ホームへ入所することが決まった。
- 母子家庭、小学生Bさんのケースでは、母子家庭の小学生Bさんは遅刻早退が増え、健康状態も思わしくなくふさぎ込んでいる様子だったため、担任が事情を尋ねたところ、精神疾患の母親の面倒や弟たちの保育所送迎をはじめ、家事全般を担っていたことが判明。働けなくなっていた母親はリストカットのあげく、昼夜逆転の生活を送っており、子どもたちは疲弊、栄養失調ぎみになっていた。学校はBさんの体調や状況を見守ろうと、小児科受診で健康面の管理ができるように手配。SSW(スクールソーシャルワーカー)が自治体のサービスなどにつないで負担軽減を図った結果、生活保護や訪問介護、福祉サービスの利用に結びつけることができた。
このように、学校の教師が声がけなどをして、改善に向かっていったケースがある。いくら支援策が充実しようと、それを学生本人が知り、利用が容易でなければ、本当の支援策とは言えないだろう。その点で、学校のような教育機関が学生とサービスのパイプとなることが重要である。
「ヤングケアラー」という名称について
ヤングケアラー問題の課題である、本人への認知度向上のための施策として、そもそも「ヤングケアラー」という単語が分かりづらいというのが挙げられる。朝日新聞の投書欄でこのような記事を見た。
『ヤングケアラー』というカタカナ語は『わかりにくい』『深刻な実態を覆い隠す』との指摘がある。(中略)「ヤングケアラー(若年介護者)のように日本語を併記したらどうだろうか。その方が多くの人に対して親切だ。
確かに、当事者の認知度向上のためにも、また問題の社会的認知度向上のためにも、「ヤングケアラー」が何なのか、わかりやすくする必要がある。
一方でむやみに日本語で表すと。ケアラーという言葉は、日本語に訳すと介護者という意味になるが、要介護者というように介護を受ける人を指していると勘違いされる可能性もある。言葉の定義付けは、基本中の基本であり、老若男女に対してわかりやすいものを設定するべきである。記事のように、日本語とカタカナ語を併記したり、万人がその単語の意味を認識していると判断せず、説明を怠らないようにするべきである。
公教育機関以外での認知度向上
政府の支援策としても取り上げられていたが、教育現場などでのヤングケアラー認知度向上のための研修等は効果的である。しかし公教育に依存せず、開かれた支援策も必要になる。ケアに追われて、そもそも学校に通えていない子どもにとって、教育現場での認知度向上は見込めないからである。その場合は、民生委員や、児童養護施設や、自宅へのソーシャルワーカーの派遣といった、介護者と支援者の直接的な接触が必要になる。
イギリスにおける先進事例
イギリスでは、社会福祉の観点から他の先進諸国に先んじて、ヤングケアラー問題に取り組んできた。1988年以降、行われている一連のヤングケアラーの規模調査の共通点は、児童から直接ヒアリングしたわけではなく、英国介護者協会の協力のもと、ヤングケアラーの支援を行っている民間組織、教育関係者、ソーシャルワーカー等専門職に対して、該当する児童についての情報を拠り所にしている。日本におけるヤングケアラーの規模調査と比較すると、日本のそれは中学校や高校を抽出したアンケートによるものであり、実態とは少し乖離がみられる。
イギリスでは、大きく分けて3つのヤングケアラー向けの福祉政策が存在する。
- 「ケアラーズセンター」
- 「子ども協会包括プロジェクト(The Children’s Society Include Project)」
- 「バーナード・ケアフリー・ヤングケラー・サービス(Barnardo’s CareFree Young Carer’s Services)」
である。今回、そのうち、ケアラーズセンターの取組みついて概説する。
イギリスの「ケアラーズセンター」とはなにか
全国に300箇所ほどある、自治体や慈善団体が運営する、介護をする人たちを専門的に支援する組織である。
ケアラーズセンターの成立の歴史はそれぞれ様々であり、ケアラー支援内容と方法についても、共通する基本となるものがあるが、力を入れている支援の内容や方法は、地域特性や組織のミッションに応じてそれぞれのケアラーズセンターで異なる。
ケアラーズセンターの主な支援内容と方法は、
- 社会的活動・サポート活動
- カウンセリングやセラピー
- 助言や情報提供
- 情報サービス
- 経済的支援
- ヤングケアラーへの支援
- メンタルヘルスに対応した支援
- 緊急時の対応(緊急時計画)
- 医療機関に対する働きかけ
- 多文化社会への対応
の10 の活動である。
ヤングケアラーへの支援が主だった活動として位置づけられており、その活動も多岐にわたる。
ヤングケアラーへのアウトリーチ(ヤングケアラーを誰が担い、支援を届けるか)を重要課題と位置づけ、学校への働きかけ、他の兄弟姉妹へのアプローチ、 子ども向けのホームページサイトの開設、子どもが楽しめるプログラムの充実など、多様な手法をこらしている。
(具体例:宿題や学校生活の支援、情報、相談のほか、休暇の時期を中心に、スケートやビーチへ行く活動や料理などの活動があり、サットン・ケアラーズセンターには、「yc space」というヤングケアラーのための部屋があり、インターネット、ゲームなどが用意されており、ヤングケアラーが集い、休息できる場となっている。)
「ケアラーズセンター」は日本で応用可能か
日本では、ケアラーズセンターに直接該当する組織は存在しない。各地の児童センターやコミュニティセンターが近いものかもしれないが、子供の「遊び場」としての役割が大きい。現実的に、新たに支援施設を作ることは金銭的にも難しく、国家規模での取り組みになってしまい、即効性に欠ける。
しかし30年にわたり、支援策を講じてきた、先行研究として非常に有効であるため、それを応用した形で実践することは有意義であると考える。ケアラーズセンターの主な役割は、「情報提供の場」であり、日本においても、支援とケアラーを結びつける場を提供することができれば、改善につながるだろう。その点後述する「家庭訪問、民生・児童委員制度」は有効であると考える。
家庭訪問・民生・児童委員制度の利用
小中学校の頃、担任教諭の家庭訪問で、我が家では普段出ないようなお菓子や飲み物が用意され、前の日だけは机をきれいにして、家族が緊張の面持ちで先生を待っていた。しかし先生と親が話している内容は、とりとめのないことばかりで、家庭訪問の目的をよく知らなかった。
しかし、この家庭訪問というのは、子供の生活環境を見て、また家族関係を知る上で、非常に重要な行事であった。例えばそこで、生活環境に異変を感じ、ヤングケアラーであったり、ネグレクトや児童虐待の発見に繋がり、支援につながるケースが有った。コロナ禍であったり、共働きが増え、両親が平日に自宅にいないことも増え、減少しつつある家庭訪問であるが、子供とサービスを結びつける重要な行事として、今後も行われるべきである。
民生委員とは、厚生労働大臣から委嘱され、それぞれの地域において、常に住民の立場に立って相談に応じ、必要な援助を行い、社会福祉の増進に努める方々であり、「児童委員」を兼ねている。
児童委員は、地域の子どもたちが元気に安心して暮らせるように、子どもたちを見守り、子育ての不安や妊娠中の心配ごとなどの相談・支援等を行う。また、一部の児童委員は児童に関することを専門的に担当する「主任児童委員」の指名を受けている。地域のパトロールや、子供の登下校の見守りなど、地域に密着し、人々の安全を手助けする。高齢者や障害者、子供のいる家庭などの世帯状況を把握し、その世帯が必要としている支援策を情報提供する、これもサービスと受給者のパイプの役割をする。家庭への訪問などを行い、介助を必要とする人を発見し、またヤングケアラーを見つけ、必要なサービスを紹介できるという点で、非常に有効な制度であると考える。
第4章 支援者へのサポート
ここまで、ヤングケアラー問題の解決策の一つとして、当事者本人の問題への認知度向上と、教育者や地域の人に、問題への関心及び支援策への仲介役を担ってもらうというものを提示した。
特に学校教員とケアラーの接触は、先述したケアラーの改善例からも、非常に有意義で問題解決に直結する重要な要素であるとわかる。
この教育とヤングケアラーのコンタクトを、より活性化することで、問題認知度は向上し、最適な支援策を、最も必要としているこどもたちのもとへ届けることができるのではない。
学校教育におけるヤングケアラー発見策
先述した、行政の申請主義、それにともなうこどもたちが必要とする支援策を見つけることができない問題。これを解決するためには、必然的に、大人たちが支援を必要とするヤングケアラーを見つけ出せなければならない。
そのために、学校教育において、ヤングケアラーを扱った講義でこどもたちの問題意識を高め、「いじめアンケート」のような、自身がヤングケアラーに該当するかどうかのようなアンケート調査等を行う。その情報をもとに、地方自治体、保健所と学校が協力しながら、スクールカウンセラーや介護施設、病院など、適切なサービスを受給できる組織を仲介する。
しかし、これでも発見策としては不十分である。こどもの自発的なSOSに依存しているために、家族、被介護者への罪悪感からヤングケアラーであることを隠してしまう、そもそも問題であると考えていないこどもの声を聞くことはできない。そのため、家庭訪問の実施や民生委員、地域住民の協力による、大人たちによるヤングケアラーの発見のプロセスが重要になる。
こうしたこどもを主体とした社会問題は、教育機関、とくに学校や教員の負担が非常に大きくなる。特に教員不足が叫ばれるなか、更に教員の負担を増やす政策は、現実味にかける。
「スクールカウンセラー」の活用
近年のいじめの深刻化や不登校児童生徒の増加など、児童生徒の心の在り様と関わる様々な問題が生じていることを背景として、児童生徒や保護者の抱える悩みを受け止め、学校におけるカウンセリング機能の充実を図るため、臨床心理に専門的な知識・経験を有する学校外の専門家を積極的に活用する必要が生じてきた。
このため、文部科学省では、平成7年度から、「心の専門家」として臨床心理士などをスクールカウンセラーとして全国に配置し(平成7年度 154校)、その活用の在り方について実践研究を実施してきた。
スクールカウンセラーは、学校ではカバーできない以下の役割を担っている。
- 児童生徒に対する相談・助言
- 保護者や教職員に対する相談(カウンセリング、コンサルテーション)
- 校内会議等への参加
- 教職員や児童生徒への研修や講話
- 相談者への心理的な見立てや対応
- ストレスチェックやストレスマネジメント等の予防的対応
- 事件・事故等の緊急対応における被害児童生徒の心のケア
「スクールカウンセラー」は、従来はいじめ問題や不登校児童へのカウンセリングを主としていたが、今後は「ヤングケアラー」に対するカウンセリングなども重点的に行なっていく。例えば、道徳や保健体育の時間、教員に変わり講義を担当する、家庭訪問などに同行するなど、教員の負担を減らしながら、専門家の知見から、ヤングケアラーの発見と適切なサポートへの仲介役を担うのはどうだろうか。
近年の教員の負担軽減のために、部活動などを外部のスポーツクラブ等に委託するような取り組みがすでに実施されている。同様に、ヤングケアラーや、いじめ、不登校などの問題に対しても、教員・スクールカウンセラーといった専門家が二人三脚で取り組むことで、教員の負担軽減と適切なサービスへの接続という2つのメリットを享受することができる、と考える。
イギリスの「ケアラーズセンター」が担う、
@社会的活動・サポート活動、Aカウンセリングやセラピー、B助言や情報提供、C情報サービス、D経済的支援、Eヤングケアラーへの支援、Fメンタルヘルスに対応した支援、G緊急時の対応(緊急時計画)、H医療機関に対する働きかけ、I多文化社会への対応。
日本においては、ケアラーズセンターという箱物は必ずしも必要なく、家族、学校、教員、スクールカウンセラー、地方公共団体、民生委員、児童委員、近所の人々など、こどもたちに関わる周りの人々が、情報を共有し、それぞれの専門分野でヤングケアラーへの支援を行えば、社会はその役割を十分果たすことができ、子どもたちの自己実現が最大限なされ、日本社会の持続可能性は高まるだろう。
第5章 まとめ
日本におけるヤングケアラー問題について、その概要と政府の施策を述べ、特にヤングケアラーを発見するプロセス、及び当事者が認知するプロセスに着目して論じてきた。イギリスの「ケアラーズセンター」のような、情報発信・情報共有・支援策受給のできる場が日本にもあれば良いのだが、早急な支援を届けるためにも、今あるコミュニティや支援策を活かして、実際的なサポートにつなげていくべきであろう。
学校における「ヤングケアラー講習」、「ヤングケアラーであるかのアンケート」、スクールカウンセラーによるヤングケアラー向けのサポートの拡充、民生委員や児童委員、地域住民が一体となって地域のこどもたちを見守る。ヤングケアラーは家庭内の問題とされ、家庭に立ち入ることには大きな抵抗もある。介護者、被介護者からの反対を受けることも多々あるだろう。しかし、日本の開かれた、持続可能な社会に向けて、こどもたちが、自ら学び、遊び、選びとることができる、あたりまえな日常生活を過ごすことは非常に重要である。学校生活や家族、近所との関係で、こどもの心の成長は著しく発展し、将来の自己実現のための礎となるのである。
参考文献
- 京都新聞 『死亡女児の兄「妹の世話が辛かった」暴行認める供述 滋賀・大津』Yahooニュース、(2021.08.07:閲覧)
- 三富紀敬(2000)『イギリスの在宅介護者』ミネルヴァ書房
- 久永隆一「ヤングケアラー相談拡充」『朝日新聞』2021.5.18 朝刊、3面
- 毎日新聞「ヤングケアラー当事者からの相談ゼロ 福岡市設置の窓口 支援へ課題」 https://mainichi.jp/articles/20220607/k00/00m/040/292000c (最終閲覧日:2022/11/21)
- 太田紘子「どう思いますかカタカナ語」『朝日新聞』2021.6.23 朝刊、10面
- 山田千裕「日本における若年介護者の問題 ―イギリスのヤングケアラーの現状と対策をふまえてー」 http://www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/1509chihiro_yamada.pdf(2021/10/11最終閲覧)
- オフィス三銃士「祖父母介護の犠牲になるヤングケアラー「友達、学業、職、そして時間を失った」“やるせない想い”」 https://news.yahoo.co.jp/articles/7cc6f36546afc5d5983fb206d77822305d3ef5d0?page=4(2022/08/11最終閲覧)
- 厚生労働省「民生委員・児童委員について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/minseiiin/index.html(2022/08/1最終1閲覧)
- 文部科学省「スクールカウンセラーについて」https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/066/gaiyou/attach/1369846.html(2022/08/11最終閲覧)
Last Update:2023/01/30
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