若者の起業を促進する

ースウェーデンの起業家教育を参考にー

早稲田大学社会科学部4年
上沼ゼミV 横尾達也


「起業のイメージ図」
出典:次世代ビジネス研究所「起業の成功率を100%にするための”11″の秘訣とコツ」


章立て


第1章 はじめに−研究動機と意義−

 本稿筆者が起業というテーマに着目することとなった理由は、自身の大学卒業後の進路を考えたときに、「就職活動をどうしようか?」という考えに自然と至っていたこと、すなわち起業という選択肢を当たり前のように消していたことに、疑問を持ったことに起因する。就職活動をするのが当たり前、つまり誰かに雇用されるのがスタンダードであり、起業をするのがレアケースという風潮は、本稿筆者だけでなく多くの日本人が抱いている感覚であると考えている。就職活動のマニュアル本やウェブページが散見され、就職率の高さを謳う大学や専門学校も多く存在している。そして事実、後述するように、日本の起業率は他の先進国に比べて圧倒的に低いものとなっている。さらに、2013年に閣議決定された「日本再興戦略−JAPAN is BACK」の中においても、起業は日本が抱える課題の1つとして挙げられており、「米国・英国レベルの開・廃業率を目指す」という目標が掲げられている。したがって、国レベルでの対応が迫られる問題である点においても、起業率の向上に向けた政策提言を行う必要性の高さを伺うことができる。
 上記のような本稿筆者の研究動機と問題の重要性に基づいて、日本の起業率の現状とそこに存在する問題点とその要因、そして起業率の向上のための政策について論じ、日本の人々、後述する理由から特に若者に起業についての関心を持ってもらうこと、また起業率向上のための政策案を提示することが、本研究の意義である。

第2章 起業率の定義

 そもそも、起業率というのは、その算出方法によって様々な定義がある。日本だけに限定しても、総務省の「事業所・企業統計調査」及び後継の「経済センサス‐基礎調査」による算出、厚生労働省の「雇用保険事業年報」による算出、法務省の「民事・訟務・人権統計年報」及び国税庁の「国税庁統計年報」による算出の3種類が挙げられる。そして、これらの算出を行っているのが、中小企業庁である。そこで、以下では中小企業庁が公表している「中小企業白書」を参考に、それぞれの起業率の定義の概要を説明していく。


「算出方法別の開廃業率の長所・短所」
出典:中小企業庁「中小企業白書(2011年度)」・安田武彦「開業率の把握の現状と課題」を参考に本稿筆者作成

 上記の表は、それぞれの開廃業率の特徴を示している。一口に開廃業率と言っても、その算出方法が異なる場合には、その性質も得られる結果も異なる点に留意する必要がある。例えば、各算出方法によって調査の対象や調査の期間が異なるため、得られた結果がどの算出方法に基づいているものなのかを考える必要がある。また、上記の算出方法はいずれも日本のものだが、開廃業率は国によっても算出方法が異なるため、日本と他国の統計データを比較するときにも、その点に注意する必要がある。

第3章 日本の起業率の現状

 第2章で述べたように、起業率には様々な定義がある。その点を踏まえ、第3章では日本の起業率の現状について考察していく。


「開廃業率の推移」
出典:中小企業庁「中小企業白書(2020年度)」

 上記のグラフは、厚生労働省の「雇用保険事業年報」を基に作成されたもので、1981年から2018年度までの日本の開廃業率の推移を表している。中小企業白書(2019年度)によると、「毎年度調査が実施されており、『日本再興戦略 2016」』でも、開廃業率の KPI として用いられている」ことをこの指標を採用した理由としている。しかし、第2章の「算出方法別の開廃業率の長所・短所」でも述べたように、いくつかの短所を内在している点を考慮する必要がある。
 上記のグラフからは、1988年の7.4%をピークに開業率は低下して行き、それ以降はいずれの年も5%前後の水準をキープしているということが読み取れる。一方、廃業率に関しては、1982年に5.8%を記録している他は、概ね4%前後をキープしていることが読み取れる。また、2002年から2004年と2008年を除いて、いずれの年も開業率が廃業率以上の水準となっている。


「開廃業率の国際比較(上:開業率、下:廃業率)」
出典:中小企業庁「中小企業白書(2020年度)」

 上記の2つのグラフは、2008年から2018年頃までの日本と欧米4か国の開廃業率の推移の比較を表している。ただし、第2章でも指摘したように、各国で開廃業率の算出方法が異なるため、あくまでもこの比較は参考程度である点に留意する必要がある。
 中長期気候目標に関する見解(簡略版)によると、日本を含むこれらの国々はいずれも先進国であるが、このグラフからは、2008年から2018年頃までの期間、日本が開業率と廃業率のいずれも最も低い水準で推移していることが分かる。また、最新の値に着目すると、開業率・廃業率がともに最も高いイギリスは、日本の3倍以上の開廃業率を記録している。また、アメリカも日本の2倍以上、他の2国も開業率と廃業率のいずれかは日本の2倍以上の値を記録している。したがって、同じ先進国で比較しても、日本の起業率は低いと言える。また、日本より高い値で推移しているものの、欧米諸国も毎年概ね同じ水準で推移していることが読み取れる。

第4章 問題の概要

 第3章では、欧米諸国の先進国と比較して、日本の起業率は低いということを述べた。本章では、そもそもの話として、起業率が低いことの問題点を述べていく。以下では、考えられるそれぞれの問題点の概要を説明していく。

 以上のように、起業率が低いことによって生じる問題は、多岐に渡るということがわかる。そのため、起業率の向上はそれらの問題を解消する上で重要であり、そして起業率向上のための政策提言を行うことに意義を見出すことができるのである。
  


第5章 起業率の低さの要因

 それでは、日本の起業率の低さには、一体どのような要因が考えられるだろうか。神奈川県政策研究・大学連携センターの先行研究では、以下の4つの要因があると指摘されている。
 上記の4つの要因の他にも、「中小企業白書(2017年度)」おいて、以下のような要因があると指摘されている。


「起業環境の国際比較」
出典:中小企業庁「中小企業白書(2017年度)」

 上記の表は、世界銀行「Doing Business 2017」を基に作成されたもので、2017年度の時点の日本と欧米の主要4か国の起業環境を比較したものである。また、この表における開業コストとは、「1人当たりの所得に占める金額の割合」のことである。
 この表からは、日本の起業に掛かる日数と開業コストは他の4か国と比べて最も多く、特に開業コストが圧倒的に高いことが読み取れる。つまり、日本での起業に伴うコストや手続きは他国と比べてハードルが高いのである。また、この表では起業のしやすさが日本よりも低いドイツも、第3章の「開廃業率の国際比較(上:開業率、下:廃業率)」から述べたように、日本よりも開業率は高い。したがって、「起業に伴うコストや手続きの問題」以外にも、上述の神奈川県政策研究・大学連携センターの先行研究で指摘された要因も含め、様々な要因が複合して現在の日本の起業率の低さに繋がっていると考えられる。

第6章 「若者」と「起業家精神」に着目する理由

 ここまでの章では、起業率の定義を踏まえ、日本の起業率の現状と問題点、その要因について包括的に論じてきた。本章では、本研究の主題にもある通り、なぜ「若者」にフォーカスをするのかについて、そして様々ある要因の中からなぜ「起業家精神」が重要であるのかについて論じていく。


「男女別の起業家の年齢別構成の推移」
出典:中小企業庁「中小企業白書(2017年度)」

 上記の表は、1979年から2012年までの男女別の起業家の年齢別構成の推移を表している。この表からは、2012年度時点で40歳以上の起業家が男性の約7割、女性の約6割を占めていることが読み取れる。また、40歳以上が全体に占める割合は年々上昇しており、「起業家の高齢化」が進行していることが指摘できる。このことについては、「中小企業白書(2017年度)」によって、高齢者は若者に比べて自己資金が豊富で社会経験が蓄積しており、起業の動機が明確で意欲も高い点などが背景にあると指摘されている。つまり、一口に起業家といっても、比較的起業に対する障壁が少ない高齢者とそうでない若者では性質が異なっているということである。また、「起業家の高齢化」が進行している現状を踏まえると、若者の起業の促進は日本の起業率向上のために重要であるといえるのである。
 では、若者の起業を促進するためには、何が必要なのだろうか。第5章でも述べたように、起業率の低さには様々な要因が包括的に存在していることは事実である。しかし、それらの要因は、2つに分類することが可能である。それは、「起業家精神の弱さ」と「事業に失敗したときのリスクの大きさ」「事業資金、ノウハウ、人脈の不足」「金銭的・非金銭的な見返りの少なさ」「起業に伴うコストや手続きの問題」の2つである。「中小企業白書(2011年度)」によると、起業家が誕生するプロセスは、起業を考え始めた段階と起業を決心した段階の2つに分けることができると指摘されている。先ほど分類した要因のうち、後者の4つというのは、起業を決心する段階において障壁となる要因である。つまり、起業をすることを考え始めなければ、それ以外の要因というのは、その段階では問題にならないということである。つまり、時系列で考えたときに、最初に重要なことは起業をしてみたいという思いを抱かせること、すなわち起業家精神の醸成なのである。

第7章 起業家教育の必要性

 第6章では、「若者」と「起業家精神」に着目する理由について述べた。では、若者の起業家精神を醸成するためにはどうすればいいのだろうか。
 まず、起業家精神醸成の対象である若者の定義を定める。第6章では、高齢者と若者の差として自己資金や社会経験の有無がある点を指摘した。したがって、対象となる若者は、社会に出ていない者にするのが望ましいといえる。また、文部科学省によると、現在の日本の高等学校進学率は98%を超えているとされている。他方、同じく文部科学省によると、大学進学率は54.4%と日本全体の約半数にとどまっているとされている。これらのことから、対象となる年齢は高校生以下とするのが望ましいといえる。
 では、高校生以下の若者に対して起業家精神を醸成するための手法とは、一体どのようなものがあるだろうか。高校生以下の若者がその大半の時間を過ごすのは家庭と学校である。個々の家庭に画一的な手法を強いるのは難しいため、教育という平等性や画一性を備えている学校に対して働きかけを行うのが有効であるといえる。したがって、若者の起業家精神醸成のためには、学校における起業家教育が重要といえるのである。
 宮城県教育研修センターによると、起業家教育とは、「起業のプロセスとして会社の設立・販売体験・決算活動などを擬似的に体験したりする中で、起業家精神といわれるチャレンジ精神や創造性等を養うことや自分の将来の生き方を考えるきっかけとすることを主な目的としたもの」とされている。つまり、起業家教育には、起業の流れを学ぶという狭義の意味に加え、広義にはチャレンジ精神や創造性といった「生きる力」を養うという意味があるのである。したがって、必ずしも起業という目的に限定されていないという意味で、起業家教育を教育という画一したプログラムの中で実施する意義があるのである。
 上述のように、起業家教育は実際の起業のプロセスに重きを置くものと起業家に必要なマインドを養うものに分けることができる。本研究では、前者を狭義の起業家教育、後者を広義の起業家教育と位置づけ、双方の起業家教育の在り方について論じていく。

第8章 スウェーデンの事例

 本章では、第7章で挙げた2つの起業家教育について、スウェーデンで行われているそれぞれの事例を取り上げる。スウェーデンの事例を取り上げる理由は、以下の通りである。スウェーデンは、起業活動が活発な国であり、欧州内でのイノベーションのポテンシャルを表す指標であるEuropean Innovation Scoreboardでは、2001年の評価開始以来首位を維持している。また、スウェーデンでは、実際の起業の活発さに加え、起業家教育にも非常に力を入れている。これらのことから、スウェーデンの起業家教育の事例は、日本の起業家教育の在り方を考える上でも重要なのである。

 上記で取り上げたように、スウェーデンでは広義の起業家教育と狭義の起業家教育の両面において、精力的な取り組みが行われていることがわかる。また、そのような起業家教育の充実は、スウェーデンの活発な起業に寄与しており、日本の起業家教育の在り方を考える上でも、参考となる事例なのである。


第9章 日本とスウェーデンの比較検討

 第8章では、広義の起業家教育と狭義の起業家教育の双方について、スウェーデンの事例を取り上げた。いずれの事例も、若者の起業家精神の醸成や起業率の向上に寄与しており、日本においても参考となる事例であるといえる。本章では、日本とスウェーデンの双方に関して、広義の起業家教育と狭義の起業家教育の両面についての比較を行い、日本の起業家教育の問題点としてどのようなものがあるかについて論じていく。

 本章では、スウェーデンとの比較検討を行い、日本の起業家教育の現状や取り組み、そこに存在する問題点について述べた。第10章では、それらを基に、日本の起業家教育について、さらに詳細な分析と検討を行っていく。
 


第10章 分析と考察

 本章では、第9章で行った比較検討を基に、日本の起業家教育についての分析と考察を行う。また、本章は、次章で行う政策提言に向けて、これまでの章で論じてきた内容をまとめる意味合いを含んでいる。
 まず、スウェーデンとの比較によって得られた日本の広義の起業家教育の問題点は、その受動的な教育形態にあるというのが分析の結果である。アクティブラーニングの推進などの動きが見られる一方で、依然として悲参加型の教育が中心である日本は、起業家教育という観点において不十分であり、改革の必要性がある点はこれまで論じてきた通りである。では、果たしてこれまでの受動的な教育からスウェーデンのような能動的な教育にすぐに転身できるかというと、ことはそう単純ではない。なぜなら、教育の目的は起業家教育という観点だけで構成されるものではないからである。その1つの例といて、学習の効率という観点においては、能動的な教育に対して否定的な意見も少なくない。キャリア教育ラボホームページでは、第9章で取り上げたアクティブラーニングの課題として、「授業の進行に時間がかかる」「評価が難しい」「受験に活かすことができていない」などが挙げられている。日本は学歴至上主義などという言葉もあるように、読み書きという評価軸が重視されている現状がある。また、経済協力開発機構が79か国・地域の15歳児を対象に行った国際的な学習到達度調査である「PISA(2018)」では、日本は読解力の項目で15位、数学的リテラシーの項目で6位、科学的リテラシーの項目で8位と、いずれの項目でも上位を修めている。そのため、読み書きが重視され、学習到達度にも問題を抱えていない日本の現状を踏まえると、改革を積極的に行おうというインセンティブが働きににくいのが実情であると考えられる。したがって、教育は起業家教育という観点のみで語るには難しい分野である以上、政策提言を行う際には、教育制度の改革の限界について考慮する必要があるのである。
 次に、スウェーデンとの比較によって得られた日本の狭義の起業家教育の問題点は、起業体験が活発でない点にあるというのが分析の結果である。第9章で取り上げた品川女子学院のような事例は稀であり、まだまだ起業が身近な存在ではないというのが現状である。このことは、第5章でも述べたように、若者から起業という選択肢が自然消滅することや、起業家のロールモデルがいないことによる起業家精神の弱化のスパイラルを引き起こすことに繋がりかねない。また、広義の起業家と同様に、起業体験が直接読み書きなどの学習に好影響を与えるものではないため、起業家教育以外の評価軸の存在から、積極的に起業体験を推進するという動きは見込まれにくいという課題があると考えられる。したがって、政策提言を行う際には、いかにして起業体験を波及させていくかという点を念頭に置くことが必要である。
 以上ような日本の起業家教育に関する分析と考察を踏まえ、第11章では、日本の起業家教育の推進のための政策提言を行う。

第11章 政策提言

 本章では、第11章で行った分析と考察を基に、日本の若者の起業家精神を醸成するための起業家教育の在り方について、政策提言を行う。また、目指すべき起業家教育の在り方については、本論で取り上げたスウェーデンをモデルとし、スウェーデンのような起業家教育が行われることを目指すものとする。
 上記のことを念頭に置き、広義の起業家教育と狭義の起業家教育の両面から、以下のような政策提言を行う。

 以上の3つが、ここまで行ってきた議論から本稿筆者が若者の起業家精神の醸成のために提言できる政策である。実現性という面で特に広義の起業家教育については些か懸念点はあるが、それらの政策は若者の起業家精神の醸成に有効なものであると考えている。
 第12章では、本章で提言した政策とそこに内在する課題を踏まえつつ、本論の結論と研究の限界について論じていく。


第12章 おわりに−結論と研究の限界−

 本章では、本研究の締め括りとして、本論の結論と研究の限界について論じていく。
 本研究では、日本の起業率の低さに焦点を当て、起業率の向上を目標の大枠として据え、議論を進めてきた。そして、起業率の向上を目指す上で、第6章で述べたような理由から、起業率の向上に関係する様々な要素の中から、若者と起業家精神に着目し、スウェーデンの事例を基に政策提言を行った。本研究の結論は、日本の起業率の向上には若者の起業家精神を醸成することが重要であり、そのために広義の起業家教育の面からは能動的な起業家教育への転換、狭義の起業家教育の面からは起業プログラムの奨励と学校規模での起業体験の実施が必要というものである。
 他方、本研究には、以下の2つのような限界がある。1つ目は、第11章でも述べたように、本稿筆者の提言した政策の実現性に関する限界である。教育の改革や起業プログラムと起業体験の実施には、それを実施する主体と参加する若者という様々なアクターの存在がある。したがって、実際に政策を実行の段階に移そうと考えた場合には、当事者の意見を取り入れることが必要になる。したがって、その点については今後の課題であると考えている。2つ目は、起業率というテーマの複雑性である。本研究では、若者と起業家精神に着目したが、第5章で述べたように、起業率の低さの要因には起業家精神以外にも様々なものがあり、また起業する主体は若者だけではない。したがって、仮に本稿筆者の提言した政策によって若者の起業家精神の醸成ができたとしても、実際に彼らが起業する段階に到達するかや、若者以外の主体については、本研究の内容ではカバーできないということである。
 本研究は、上記で述べたような限界があり、それらの点は今後の検討課題としたいと考えている。拙い研究であることは重々承知の上で、本研究における議論や政策提言が、若者の起業家精神の醸成、そして起業率の向上のための一助になれば幸いである。最後に、今後の日本の起業家教育の推進と起業率の向上を願い、そして指導教授である上沼先生に心から感謝を申し上げ、本論の結びとする。
 

参考文献


Last Update:2022/1/30
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