ホームレスの社会復帰制度の見直し
−オープンダイアローグを用いて−
早稲田大学社会科学部4年
上沼ゼミV 池内遼太郎

「心の安らぐ世界へ」撮影:池内遼太郎
章立て
- 第1章 はじめに−研究動機及び研究意義−
- 第2章 現状の問題点及び政策
- 第3章 政策提言の方向性
- 第4章 オープンダイアローグの有効活用
- 第1節 オープンダイアローグとは
- 第2節 オープンダイアローグの活用法
- 第5章 今後の方向性
- 参考文献
第1章 はじめに−研究動機及び研究意義−
本研究は「ホームレスの社会復帰制度の見直し−オープンダイアローグを用いて−」というテーマで研究を行う。
本章では、この研究の研究動機となった出来事に加え、本研究の研究意義を論じる。
私は、兵庫県芦屋市で生まれた。大学進学時に上京してきて、観光名所ではない東京都心に赴くことが多くなった。これは、都内で生活するからこその経験だと感じる。その経験で、都内の観光地では見られない東京都心のホームレスの多さに驚いた。また、そのホームレスに対する周囲の無関心さや、ホームレスに対する違和感の無さにも私は大きな違和感を覚えた。私の地元兵庫県では、ホームレスはそこまで多くなく、ホームレスを見かけると珍しいと言った感情を覚える。しかし、東京の人間はそのような事が一切なかった。そこには、一種大阪の西成のような雰囲気を感じてしまった。高校時代、大阪の西成を訪れたこともあり、生活環境の劣悪さやホームレスの多さに驚愕した感覚と似ていたかもしれない。東京都内、所謂新宿や池袋にいるホームレスに対して東京の人間はホームレスがいる事に対して普通のことだと考えおり、日常になっているのだと感じる。ここから、ホームレス問題について違和感や興味を抱き研究するに至った。
本研究においての研究意義は2点ある。1点目は、ホームレスは憲法で定められている「人権」の確保ができていないのではないかといった問題である。ホームレスの人は生活保護を受けていない場合が多く、人間の人権である衣食住がまともに得られていないのが現状である。生活保護を受けていないことは個人の申請の意思によるが、大抵の場合は社会に対する不信感や人と話したくない、文字の読み書きが出来ない等であり、精神的な面による事情が挙げられる。2点目は、路上死体等の衛生的な問題である。ホームレスの人は、家がなく入浴ままならないことからどうしても不衛生になりやすい。そして、満足に食べ物を口にすることもできず、病院にも行けないことから、日々生きながらえていくことに精一杯になっている。この結果、路上で亡くなってしまうケースも散見される。この路上死体は感染症等の観点から非常に問題になっており、早急な解決が求められている。この2点から、ホームレスの人々の生活環境の改善は大きな社会的意義があると言える。
第2章 現状の問題点及び政策
本章では、現状どのような政策がなされているかについて論じる。
第1節 現状の問題点
現状では、ホームレス自体の数は減少してしまっている。しかし、日本にネットカフェが普及したことにより、ネットカフェ難民と呼ばれる「準ホームレス」の人が増えてしまっている。これは、以前までではホームレスになってしまっていた人々であり、住居を持たず、ネットカフェ等に宿泊している状態である。この層はホームレスになるのが時間の問題だと言われている。この数は、東京都のみで約4000人と言われており、現状のホームレスの人数が令和3年度時点で3824人と発表されており、この数を大きく上回っている。これでは、ホームレス自体は減少したといえないだろう。実質、ホームレスはデータとは裏腹に、増加傾向にあるとみて問題ない。また、ホームレスの分布に関しては、東京が800人で20%を占めており、大阪は943人、横浜が378人とホームレスの「都市化」が問題になっている。日本を代表する観光都市である都心にホームレスが多数在籍していることは、観光的な面から見て決して良い事だとは言えないだろう、また、都心だからこそホームレスを悪用しようとするような人が多数在籍している。ものが多く、屋根も多い都心だからこそ、ホームレスの観点からは生活しやすいが、ホームレスの安全のためにもホームレスの都市化は極めて深刻な問題である。
第2節 現時点での政策
現状では、数多くの団体がホームレスの人数削減のために政策を行なっている。例えば、新宿区は自立支援センターを起立し、就労による自立と社会への復帰を基本とし、支援を進めている。条件としては、自立支援センターの利用がなく、以前の使用から6ヶ月以上経過していることが条件とされ、ホームレスに対して衣食住の提供、健康状態回復のための生活支援、就労支援などを主な支援内容として活動している。他にも、民間の団体が夜回りや炊き出しを行い支援活動を行なっている。また、東京プロジェクトのと呼プロジェクトは新宿区同様、おにぎり等の食事を配ることによって、体調面や、精神面を確認し、健康状態や支援の必要性を確認する政策を行っている。この政策を複数回行うことによりホームレスと顔馴染みになり、精神的安心感を与えるという効果が期待されている。
先行研究では、主に現状の支援問題点を指摘している方が多かった。現状の支援では、就労支援は行われているが、労務作業系の職種が多く、生活の不安定さが指摘されている。ホームレスの方はホームレス時代に体力の著しい低下や、傷病の発症により満足に労務作業系の仕事を満足にこなせない人が多い。現状では、中間的就労支援活動は行なっているが、それでも時間がかかりすぎて、サポート仕切れていないのが現状である。今後は、就労支援の問題点として一般労務に留まらない職種の多種化が必須となってくる。また、就労支援によって社会復帰したとしても、元ホームレスといったレッテルを貼られ、人々から避けられるといったケースも多々存在する。これにより生きずらさを覚え再度ホームレスに逆戻りするケースも珍しくない。
第3章 政策提言の方向性
現状、前章の通り、ホームレスの中で精神面が優れない人の割合が非常に多くなっている。また、精神的に優れない人は社会復帰が困難であり、生活保護等の申請の際、知らない人と会話をすることすら困難なケースも存在する。そのため、ホームレスの中でも精神面が優れない人にフォーカスを当て研究を進めていく。
そこで、精神面が優れない人たちがホームレスになるメカニズムを解いていくと、大きく分けて4つのフェーズに分かれる。仕事において上司関係のトラブルや社会に馴染めない、家庭環境等様々な理由が考えられると感じるが、何か大きなトラブルが起きる。次に、そのトラブルが原因で精神的に参ってしまい社会に対して不信感を抱き、社会から離れていく。次に、社会からに隔離によって家から出なくなり、職を失い全ての気力がなくなる。最後に、職を失った事により金銭的な面で住居がなくなり、家を失うケースが代表的なメカニズムとなっている。
私は、この職を失った後に精神を立て直す事に注目した。つまり、家を失う前に社会に復帰する。精神的に優れない人を正常の状態に戻すことはできないかと考えた。そして、現状ホームレスになった精神的に優れない人に対しても有効なアプローチ方法を模索した。その結果、オープンダイアローグという手法が有効的なのでは無いかと考えた。
以上が、本研究に対しての政策提言の方向性である。第4章では、オープンダイアローグとは如何なるものか、如何にして有効活用するのかを論じる。
第4章 オープンダイアローグの有効活用
本章では、オープンダイアローグとは如何なるものか、そしてオープンダイアローグをどの様に取り入れるのかを論じる。
第1節 オープンダイアローグとは
オープンダイアローグとは、薬を処方する治療法ではなく、対話を用いて症状改善を行う治療法である。対話することで医師と患者、看護師が全て平等の立場になることで対話の楽しさを知り、社会復帰の足がかりにする。そして、自分が自分の1番の良き理解者になることが重要視されている。斉藤環教授はオープンダイアローグについてこのように述べている。
「ええ、モノローグ(独り言)ではなくダイアローグ(対話)なところがポイントです。妄想とはモノローグであり、患者をモノローグから抜け出させるのが周囲との対話なのです。世間一般で対話と思われているものも、実は対話じゃないことがほとんどです。対話とは何かを知るためには、対話ではないものを考えるとよいですね。たとえば、議論や説得、説明は対話ではなく、モノローグとも言うべきものです。議論、説得、説明は、すべて結論ありきですよね。このように、相手にわからせよう、伝えよう、意見を変えてやろうという意図のやりとりは、すべて対話ではないと考えてください。対話の目的は、対話を続けることそれ自体です。相手の気持が変わる、結論が変わる、選択肢が変わることを目指すのは対話ではありません。治療の成果は、あくまで対話の副産物なのです。結論を求めるためではなく、支援を必要とする主体がいて、その主体との対話が軸となります。主役は主体であり、周囲はそれに対して感想などを返していきます。そうするうちに、中心にいる患者の症状が消えていくというわけです。」(斉藤2019)
この様にオープンダイアローグは患者をモノローグから抜け出すための手法として対話を用い、その副産物として治療の成果が現れるのだ。
第2節 オープンダイアローグの活用法
オープンダイアローグには様々な活用法が挙げられる。オープンダイアローグは軽度の症状であれば簡単に行うことができる。精神的に参っている人間のみならず、反抗期の子供等にも有効的である。斉藤環教授はオープンダイアローグの有効性についてについてこのように述べている。
「母と子の一対一ではなく、その他の家族や友達が参加するほうがいいですね。そもそも一対一は難しく、高いスキルが必要になります。特に親子関係のように、力の関係がはっきりある場合はそれだけでも難しい。また親子では関係が近すぎるために、見えなくなってしまう面があると思うのです。たとえば他人の子どもなら気づくのに、自分の子どもの成長には気づきづらい経験がある方は多いでしょう。そこで、第三者に入ってもらうと、視点が変わり、色々なことに気づきやすくなります。普段と違うところに目が向きやすくなるわけです。権力関係があると助言や感想が命令に聞こえたりしてこじれやすいので、その意味でも、色々な人が入るほど関係性がフラットに近づくのでいいですね。これに加えて、「リフレクティング」という手法があります。例えて言えば、クライアントの前で専門家どうしがクライアントの噂話をするような形を取ります。具体的には、クライアントの評価や今後の方針などを、専門家同士の対話のなかで話し合ってみせるのです。例えば「この人はこういうことをがんばっていると思う」とか「努力が及ばないときには治療を受けてみるのもいいのでは」などのように。人は自分について誰かが話し合っているのをなかなか無視できないものです。そのせいか面と向かって話す場合よりも、こちらの話をしっかり聞いてくれます。その応用で言えば、子どもの目の前で、両親が子どものがんばりを評価し合ったり、褒めたりしてもいいですね。普通にほめるよりも喜ばれると思います。」(斉藤2019)
この様にオープンダイアローグは日常的な場面でも活用することができる。
第3節 オープンダイアローグのメリット
オープンダイアローグにはさまざまなメリットが存在している。そのメリットについて本節では取り上げたい。メリットは大きく3点存在する。
1.場所を選ばない手軽さ
オープンダイアローグは対話を用いる手法のため、屋内・屋外問わずどの場所でもできるメリットがある。一定のスペースがあれば、輪になって対話を行うことができる上に、1度に大人数で対話をせず、5・6人程度での対話となる為場所を問わずに実施が可能である。
2.入院や薬剤の使用を行わない
オープンダイアローグは精神面に対する施術となるが、薬の投与を行わない。対話を用いて自分の夢や弱みを話し、精神の不安定な部分を取り除いていく為、薬剤の投与は一切行わない。また、入院に関しても自宅からの通いの施術となり、入院費用や入院といった何処か大きな問題であるといった不信感を抱くことはない。
3.コストが安く抑えられる
上述した通り、薬剤の投与を行わなかったり、入院が不要。そして大きな場所代すら不要な為、施術に対するコストは圧倒的に他の精神治療に対して安価に抑えられる。
第4節 オープンダイアローグのデメリット
第3章ではメリットに関して述べたが、本節ではデメリットについても触れたい。
1.不確実性
オープンダイアローグは精神面の施術の中でも薬の投与を行わない。そして、対話という不確実な要素を用いるため効果に差が生まれ、不確実になっている。もちろん、話す際のマニュアルや話し方、対話の方法は研修によってマスターできるが、人によって特徴があるためどうしても不確実性が生まれてしまう。
2.専門的な手法になっている
この専門的手法は日本国内での実情である。フィンランドで発祥し、ヨーロッパ圏を中心として用いられている手法のため、日本では未だ理解が少ない。そして、日本にはオープンダイアローグの指導者も非常に少ないことが問題視される。この認知度の低さを専門的手法と表現した。
第5節 オープンダイアローグの有効性
実際に薬を使わない治療法として各所で注目を挙げており、イギリス、デンマーク、ドイツ等のヨーロッパ諸国では公的なメンタルサービスとして組み込まれている。最近の研究では、オープンダイアローグが、精神病、通常の治療設定との比較。統合失調症の初発症状を無作為化せずに2年間追跡調査したところ、入院期間は約19日間に短縮されました。症例の 35% で神経弛緩薬が必要でした。82% には精神病症状がまったくないか、軽度しか残っていませんでした。そして障害手当を受けている人はわずか23%だった。(急性精神病に対する開かれた対話のアプローチ:その詩学とミクロ政治 引用)この様に、データとしても有効的な数値が出ており、簡易的に治療を行える点からホームレスの精神治療に最適だと考えられ、日本に取り入れない他ないだろう。
第5章 政策提言
本章では、前章までに論じた内容を踏まえて、本研究の弱点及び政策提言について論じる。
オープンダイアローグ自体は大変素晴らしいものなのだが、この手法をホームレスに対して使用することを考えてみると3点の障害が現れた。
1点目は第3章でも述べた通り、ホームレスの人は社会的トラブルが原因で精神的に優れない状態にある事が多い。この影響で社会に対する不信感を大きく抱いており、生活保護等の措置も受けられていない。この社会に対する不信感を払拭しないといけない。
2点目は、オープンダイアローグの知名度の低さである。対ホームレスの治療法として使用することは、政府の政策にする必要がある。個人単位だとどうしても限界があるからだ。しかし、正式にオープンダイアローグを身につけるためには3年間の研修が必要となり、日本での知名度に低さから国内での研修は困難になっている。この、正式にオープンダイアローグを身につけるハードルの高さこそが大きな障害となっている。
3点目は、ホームレスがオープンダイアローグを用いて社会復帰できる様になった後の問題である。現状では、ホームレスが社会復帰したくても、世間の目や労働環境の厳しさ、衣食住が十分に取れないといった、多方面に渡る問題が生じている。この問題の中から、私は主に労働環境に注目し、社会復帰した後の労働環境の整備について具体的対策を提案したい。
ここから私の政策提言を述べたい。私の政策提言は「NPOによる仮説テントを用いたオープンダイアローグの実施」である。この施策は、公園等ホームレスに対して炊き出しを行っている場所に仮説テントを設置し、オープンダイアローグを実施するといった内容である。オープンダイアローグのメリットである場所を選ばない事は、家がないホームレスに対して非常に有効的である。どこか場所を借りてオープンダイアローグを行うことも考えたが、精神的に優れないホームレスの人が別の場所に足を運ぶとは考えにくかった。そのため、現状行っている施策でもある炊き出し等を公園で行い、同じ場所でオープンダイアローグを行う事で、参加しやすいと考えた。また、オープンダイアローグはコストが削減でき、安価で行えるためNPOでも実施が可能だと判断し、NPOを媒体として選んだ。
オープンダイアローグにはデメリットも存在している為、デメリットの解決案も提示したい。まず、1点目のデメリットである不確実性の観点についてだ。対話を用いるためどうしても不確実性は伴ってしまう。しかし、ホームレスであり、精神的に優れない人たちといった同条件の中で施術を行うため、バックグラウンドは異なるかもしれないが、一定の一致性は生まれると考えている。その為、専用のマニュアルを作成し、そのマニュアルに添いながら進める事である程度の足並みは揃えることが可能であると判断した。2点目の専門的手法になっている点だが、この研修には時間を要する必要があると考えている。日本に指導者がいないことや、安易な知識や技術で施術を行うと逆効果になりかねない。そこで、フィンランドや欧州から指導者を招き、全体講習を行う。通常は1対1で行うことが基本だが、1対多数の研修マニュアルを組み込み、時間帯効率を向上させる事によって導入が早期化できると考えている。
以上の理由から私は、上記の施策によって精神的に優れないホームレスを社会に送り出せる準備ができると考えている。
しかし本研究では、社会復帰後の労働場所や労働環境の整備、衣食住の提供といった次のステージの研究には至らなかった。
参考文献・リンクページ
- 厚生労働省「ホームレスの実態調査に関する全国調査(概数調査)結果」https://www.mhlw.go.jp/content/12003000/000769666.pdf(最終アクセス日:2024年1月30日)
- 東京都福祉保健局生活福祉部生活支援課「住居喪失不安定就労者等の実態に関する調査報告書」」https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2018/01/26/documents/14_02.pdf(最終アクセス日:2024年1月30日)
- 新宿区自立支援センターHP https://https://www.city.shinjuku.lg.jp/fukushi/file04_02_00002.html(最終アクセス日:2023年7月31日)
- 新渡戸澪(2014)「ホームレスを生み出した社会とあるべき支援ーTHE BIG ISSUE とスープの会から見る支援のバランスー」https://http://www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/1403mio_nitobe.pdf(最終アクセス日:2024年1月30日)
- 古郡鞆子(2014)「路上生活社になる社会的背景とその決定要因の分析http://https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=6117&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1(最終アクセス日:2024年1月30日)
- 村田らむ『ホームレス消滅』幻冬舎新書、2020
- 特定非営利法人 メデュサン・デュ・モンドジャポンHP「対談「オープンダイアローグ」に学ぶ 子どもとの対話の持つ可能性」https://https://https://www.hakuhodofoundation.or.jp/kodomoken/column/talks/talk01/index.html/(最終アクセス日:2024年1月30日)
- Jaakko Seikkula 1 , Mary E Olson(2003),"The open dialogue approach to acute psychosis: its poetics and micropolitics,"Fam Process. 2003 Fall;42(3):403-18.「急性精神病に対する開かれた対話のアプローチ:その詩学とミクロ政治」https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/14606203/ (最終アクセス日:2024年1月30日)
- 森川すいめい 『感じるオープンダイアローグ』講談社現代新書、2021
- 山口弘多郎(2017)「第40回臨床哲学研究会の概要」https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/68177/metier_22_006.pdf(最終閲覧日:2024年1月30日)
Last Update: 2024/01/31
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