スポーツ競技場のコストセンター化を止めるためには

−埼玉スタジアム2〇〇2公園の管理と周辺地域振興−

早稲田大学社会科学部4年
上沼ゼミV 矢ヶ崎拓文


出典:Yuji Shibasaki@Photo on Twitter

章立て


第1章 はじめに

  2013年、2020年のオリンピック開催地に東京が決定した。滝川クリステル氏の「お・も・て・な・し」が流行語大賞に選出されるなど、XX年ぶりの五輪誘致決定に、日本国民が大きく沸いた。これを踏まえ、国立霞ヶ丘陸上競技場(旧国立)を建て替え、五輪のメイン会場とする方針が定まった。 新競技場の構想段階では、「レガシー(=未来への遺産)」というコンセプトを打ち出し、「世界一のもの」(産経,2012/2/17)を作ると決意を表明した。 2012年、日本スポーツ振興センター(JSC)と有識者会議が「新国立競技場基本構想国際デザインコンテスト」を実施し、全46件の応募作品の中から英国の建築家 ザハ・ハディド氏の案が最優秀作品に選出され、この案を基に新国立競技場建設が進められる運びになった。
 しかし、計画を進めるにつれ、周辺環境への悪影響や建設予算の超高騰化が指摘されるようになった。やむを得ず、JSCの有識者会議と文部科学省は当初のザハ案から大きく規模を縮小して、経費削減を目指した。それでも国民世論は、高額な建設予算への批判に傾き、2015年7月17日、当時の安倍首相が計画案の白紙撤回を表明するにまで至った。 結局、建築家 隈研吾氏の「杜のスタジアム」案が再選出され、2019年、新国立競技場は波瀾曲折ありながらも総工費1,569億円で完成した。
 ただし、新国立競技場を巡る問題は無事完成を迎えたその後にも取り沙汰されている。それは、五輪終了後の新国立の使い道だ。2022年4月21日の参院文教科学委員会において、立件民主党の蓮舫議員が「すでに(2年で)20億円の赤字」(exciteニュース,2022/4/24) を生み出している事を指摘している。 これは、競技場の維持費が年間約24億円かかる一方で、新国立の利用数が伸び悩んでおり、収支のバランスが崩れているということである。利用数が伸び悩んでいるのは、新国立の使い勝手の悪さ故に他ならない。 まず、「サッカースタジアムとして見たとき、アウェー側ゴール裏の大型搬入口が大きな懸念材料」(元川,2021)となる。サッカースタジアムでは、ゴール裏に応援団が集まり、声援やチャントを送る。しかし、新国立では、搬入口がこの応援団を二分するような位置にあり、一体感に欠ける。実際、新国立でアウェー側に陣取ったサポーターからは非難の声が止まない。 スポーツ庁関係者も「確かに厳しいご意見をいただいています」と認めざるを得ない現状がある。次に、陸上競技場としては、サブトラックが存在しない為、日本陸上競技連盟の定める第一種陸上競技場としては認められず、世界陸上や国体、インターハイも開催することができない。 コンサート等のイベント会場としての利用につても、屋根や音響・防音設備が整っていないことから、東京ドームや幕張メッセなど周辺の施設を差し置いてまで利用される見込みは低い。
 以上、新国立の現状は、適切な利活用途が見つからず、その維持管理の為に国費を消費しているということになる。

第2章 研究の動機と意義

 さて、私は浦和レッズが好きである。浦和レッズというのは、日本のプロサッカーリーグ・Jリーグの球団、浦和レッドダイヤモンズのことである。私の祖父がサポーターであったことから、幼い頃からレッズのホームスタジアムである埼玉スタジアムに通っていた。
そんな私が、「スポーツ競技場のコストセンター化を止めるためには ― 埼玉スタジアム2〇〇2公園の管理と周辺地域振興 ―」を研究の主題としようと考えたきっかけは、スマートフォンでインターネットを閲覧していた際に、ある記事に目がついたからである。 それは、「サッカーW杯 埼スタの芝生張り替え延期に賛否」(産経新聞,2011/11/12)という記事である。内容は次の通りだ。 日本サッカー協会(JFA)は、プレーし慣れた環境でW杯予選に臨むことで選手のストレス軽減を図りたい、また過去の勝率の高いスタジアムで試合を行いたいとの理由から、埼玉スタジアムの使用を認めるよう埼玉県に要望した。 この要望を受けて埼玉県は、本来予定していた張り替え工事の開始を1年先延ばしすることを決めた。これに伴って必要になる育苗の費用など約5千万円は日本サッカー協会と折半する方向である。 県関係者は「埼玉スタジアムで開催されることで県のイメージ向上につながる」としたが、県民からは費用の負担を問題視する意見が多数寄せられている、というものである。
大のレッズ好きであり、埼玉スタジアムに愛着のあった私は、気になって少し調べてみることにした。すると、よく考えてみれば当然のことではあるが、埼玉スタジアムに税金が投入されるのは何も今回が初めてではないことが明らかになった。 埼玉スタジアムでは、Jリーグや日本代表戦など、サッカーの試合開催等による収入よりも維持費や管理費が上回っており、赤字となっている。 そして、この赤字補填は、指定管理料という名目で地方自治体の財源によって賄われている。つまり、埼玉スタジアムに対する税金の投入は恒常的に行われているのである。
 この「芝生張替工事延期」のニュースをきっかけとし、このような埼玉スタジアムの現状に疑問を呈す声が徐々に聞こえてきた。そして、今回の埼玉スタジアムの問題のような、スポーツ競技場と公費負担を巡る問題は全国的に散見される。 確かに、オリンピックやワールドカップが開かれると、その開催地となるスタジアムや競技場は多くのドラマや感動を巻き起こす空間となる。しかし、大規模なイベントが終了した後、そのスタジアムが有効活用されなければ、「レガシー」どころか、維持費用や管理費用を生み出すだけの「負の遺産」となりかねない。 先述した新国立競技場の問題は、その最たる例と言えるであろう。
 京都府では、「府立京都スタジアム(サンガスタジアム by Kyocera)整備事業に対する公金支出は違法だとして、同市民ら約100人が知事と同市長に支出の差し止めを求めた住民訴訟」(産経新聞, 2019/7/16) が起きた。 原告は「観客動員の見積もりは根拠が乏しいとして『最少の経費で最大の効果を上げなければならない』と定めた地方自治法に違反するなどと主張」していたが、この請求は棄却された。
 栃木県栃木市では、岩舟総合運動公園内に建設されたサッカースタジアムを巡り、市が設置会社に認めた公園使用料・固定資産税免除差し止めを要求する住民訴訟が行われた。 裁判において、「市はスタジアムには使用料免除に相当する公益性があると訴えた」(朝日新聞デジタル, 2022/1/28)。 また、「スタジアムを栃木シティFC(関東サッカーリーグ1部)のホームスタジアムや練習場として使うことで、市内がにぎわい、市の知名度が上がって経済活性化につながると主張した」が、強い公益性が認められないとして、住民訴訟は原告側の全面勝訴となった。
 以上の例のように、サッカースタジアムに限った話ではないが、スポーツ競技場の多額の公費による管理・運営は日本各地で問題となっているのである。本研究では、その一例として、埼玉スタジアムを取り上げ、「コストセンター」化から脱却する為の検討を行うこととする。

第3章 研究の目的・方法

 本研究の目的は、埼玉スタジアムとその周辺地域を研究対象とし、「コストセンター」化したスタジアムの「プロフィットセンター」化を実現する為の検討を行うことにある。 「コストセンター」とは、本来は経営やビジネスの場面で使われている用語で、費用(コスト)がかかる一方で、あまり売上を生み出すことがない部門のことを指す。
 一方、「プロフィットセンター」とは「コストセンター」と対をなす概念である。こちらも、本来は経営用語で、利益の極大化を目指す、収益と費用(コスト)のどちらもが集計される部門、収益が費用を上回る部門のことを指す。つまり、スタジアムの場合において、脱「コストセンター」、「プロフィットセンター」化という表現をそのまま用いるとすれば、経費を上回る収入を得るスタジアムにすることになる。
以上のような経営やビジネスの場面で用いられる「コストセンター」「プロフィットセンター」概念をここでは「狭義のコストセンター」「狭義のプロフィットセンター」と置きたい。というのも、「スタジアムアリーナ改革指針」において、スポーツ庁は「コストセンター」「プロフィットセンター」という表現を用いたのだが、そこでは「この場合のプロフィットセンターとは、施設単体で経費を上回る収入を得ることを必ずしも意味するわけではない」と記述されている。これによれば、「地域の実情に応じて、必要な機能や地域のシンボルとなる建築に対する適切な投資を行い、スタジアム・アリーナを最大限活用することを通じたにぎわいの創出や持続可能なまちづくり等の実現とそれに伴う税収の増加等も含めて、投資以上の効果を地域にもたらすという意味を含んでいる」という。この「スタジアム改革指針」におけるスポーツ庁の定義を「広義のプロフィットセンター」とし、また本研究の対象である埼玉スタジアムが目指すところとしたい。
 以上、本研究の目的は、埼玉スタジアムの脱・コストセンター、広義のプロフィットセンター化を検討することにある。しかし、そもそも埼玉スタジアムが本当に狭義のコストセンターであるのか、広義でもコストセンターなのか、その検証を行う必要があるだろう。この検討も、埼玉スタジアムへの赤字補填がそれほど大きくは取り沙汰されていない現状に問題提起を行うという意味において、本研究の意義が認めらるものと考える。その後、広義のプロフィットセンター化を目指すにあたり、埼玉スタジアムの置かれた現状を整理し、現在行われている取組および計画について、その有効性と実現可能性を検討する形で研究を進めていく。その中で、埼玉スタジアムをホームスタジアムとする浦和レッズとの関わりについても言及するが、ここに幼い頃から浦和レッズを愛し、埼玉スタジアムに通った私が本研究を行う意義、すなわち研究の独自性が認められるものと考えている。

第4章 埼玉スタジアム2○○2公園の概要と狭義のコストセンター検証

 埼玉スタジアムは正式名称を埼玉スタジアム2○○2といい、周辺施設も含めた総称を埼玉スタジアム2○○2公園と呼ぶ。 2002年のFIFA日韓ワールドカップの試合会場として、2001年10月に完成したサッカー専用スタジアムであり、公園面積は30.4 haに及ぶ。公的施設の管理運営を民間事業者に委託する指定管理者制度を採択しており、2020年からは、浦和レッドダイヤモンズ株式会社を含む4つの法人から構成される「埼玉スタジアム2○○2公園マネジメントネットワーク」が指定管理者に選定されている。
 指定管理者制度の導入により、指定管理者には指定管理委託費が支払われる。この指定管理費によって、サッカーの試合開催等による収入よりも上回った維持・管理経費の赤字補填が行われるのである。ここで平成30年度の埼玉スタジアム2○○2公園の財務情報を見てみる。「維持・管理経費 ー 収入」が約「ー2286万円」になっており、一見黒字であるように思える。 しかし、実際には収入には指定管理費「約3億542万円」が含まれており、2億8千2百万円程度の実質赤字であることが読み取れる。さらに、「令和3年度 埼玉スタジアム2○○2公園管理運営費 予算見積」を見ると、指定管理費予算が3億2千万円程度、そしてその負担がすべて県債によるものだということが読み取れる。以上から、埼玉スタジアムは指定管理費という名目で県から莫大な赤字補填を受けており、その意味では、狭義のコストセンターであるという現況が指摘できるであろう。

第5章 広義のコストセンター検証

 前章では、費用が収益を大きく上回り、その赤字補填を指定管理費という名目で行っており、埼玉スタジアムは狭義のコストセンターであるという結論を導いた。この章では、広義の場合においても埼玉スタジアムがコストセンターであるのか否かを検証していくことにする。なお、国土交通省「公共事業評価の基本的考え方」でも用いられているMaddocks and EY, "Major Project Guidance for LocalGovernment"に沿い、事業効果分析、社会経済効果分析を簡単に行いたいと考えるが、費用便益比の算出やアンケート調査による重みづけが困難であることから、簡易的な採算性と経済波及効果の分析を行い、その他の効果については、「スタジアムアリーナ改革指針」に則って考え得るものを提示するに留めることとする。
まず、採算性について、累積黒字転換年で評価することが推奨されている。埼玉スタジアムの場合、前述の通り、膨大なイニシャルコストを要して建設されたが、その後も毎年赤字を計上しており、従って累積黒字転換年が訪れる見通しはない。赤字が広がる一方である。
次に経済波及効果分析を行う。ある産業に新たな需要が生じたときに、その需要を満たすために生産活動が拡大すると、原材料や資材などの取引や消費活動を通じて、他の産業にも次々と影響を及ぼすことを一般に「経済波及効果」と呼ぶ。埼玉スタジアム公園が広義のコストセンターであると指摘するには、あるいは埼玉スタジアム公園は広義のプロフィットセンターであると主張する(あるいは県が該当施設に対する財政支出の正当性を納税者=県民に示す)為には、この経済波及効果についても十分に検討する必要があるだろう。しかし、現状では、浦和レッズという1クラブの県内外を含む経済波及効果についての事例は見られるものの、埼玉スタジアム公園の経済波及効果分析やそれを代替するようなデータは見られない。その為、県議会における埼玉スタジアム公園の財政状況に関する質問では、埼玉スタジアム公園の価値を客観的な数字で応えられていない答弁が散見される。従って、ここで行う経済波及効果分析は簡易的なものではあるものの、その必要性は十分にあるものと考える。
 では、ここから実際の経済波及効果算出の概算を示していく。まず、埼玉県 『埼玉スタジアム2002公園 現況調書』(2019)「公園施設利用状況報告書[埼玉スタジアム2002公園](平成30年度 )」より、2018年度の公園施設合計利用人数、うちメイングラウンド利用人数、収入金合計を抽出する。次に、メイングラウンド ゲーム利用時のアウェイ客割合を推定値10%、メイングラウンド以外は県内利用100%と仮定。また、じゃらんリサーチセンター『Jリーグ観戦実態調査 【調査結果サマリー】』(2014)「アウェイ観戦の宿泊日数アンケート」より、アウェイ客の宿泊日数(0-5泊以上)の割合を抽出。加えて、埼玉県 『埼玉スタジアム2002公園 現況調書』(2019)「埼玉スタジアム2002公園 管理費内訳及び収入実績」の管理経費より、開催費を算出。さらに、経済効果.NET「浦和レッドダイヤモンズ 2022年シーズン 経済波及効果」より、「対戦相手クラブ消費」を抽出。これらから抽出および算出した値を埼玉県『産業連関表経済波及効果分析ツール(イベント版)』に入力。なお、値や割合が不明確なものはツールに従い、全国平均(交通費については1/2)を使用し、また明確な需要が見込めないものについては入力を省略するものとした。なお、ツールで利用される埼玉県産業連関表(平成27年表)は、107部門にわたり、物価調整は2022年基準、県民所得係数:0.943298、消費転換係数:0.811140となっている。
 算出結果の概要は下図の通りである。黄丸枠が示す総合効果の合計は150億円にも及ぶ。直接効果だけ見ても100億円近い値が算出された。この結果から、確かに埼玉スタジアム公園単体の収支でみれば大幅な赤字であるものの、埼玉県内に莫大な需要を生み出しており、従って広義のプロフィットセンターであると言うことができる。しかし、先述したように、このような埼玉スタジアム公園の経済波及効果等のデータが税負担者=県民に示されることはこれまでなかった。そのような状況では、埼玉スタジアムの価値を県民に十分に周知できていない為、県民からすればコストセンターであるという指摘は的を得ていると言っても差し支えないだろう。埼玉県や埼玉スタジアムの指定管理者は、施設の価値を客観的に示すことができるデータを提示する必要がある。


埼玉スタジアム公園の経済波及効果分析結果 概要

   次に、その他の効果を「スタジアムアリーナ改革指針」に則って提示する。同改革指針では改革によってもたらされる公益として次の点が挙げられている。@地域のシンボルとなる、Aスタジアム・アリーナを核とした新たな産業の集積、Bスポーツの波及効果を活かしたまちづくり、C地域の中長期的・持続的成長。このうち、Aについてはこれまでの採算性・経済波及効果分析の通りである。
次に、@について、埼玉スタジアムの基本理念に「埼玉をサッカーのメッカとする」為のシンボルとして存在することが示されているが、冒頭で紹介した「サッカーW杯 埼スタの芝生張り替え延期に賛否」(産経新聞,2021/11/12)と同様の内容の記事では、「W杯最終予選ホーム3戦“聖地”埼玉スタジアム使用へ 埼玉県から協力返答」(日刊スポーツ, 2021/10/30)とあり、埼玉スタジアムが日本サッカーの聖地として認識されていることが伺える。また、埼玉には「サッカー王国 埼玉」という呼称もついている。例えば、2022年11月27日放送のNHK首都圏いちオシ!では「挑戦者たち 埼玉・サッカー王国」という特集が放送されている。これは、浦和レッズや埼玉スタジアムの誕生よりも前からの呼称ではあるが、現在でもそのような呼称が用いられている理由の1つに埼玉スタジアムの存在があることは間違いないのではないか。
次に、埼玉スタジアムはBスポーツの波及効果を活かしたまちづくりに貢献していると言える。Jリーグの開催等によって、人々の地域内交流に加え、地域間対流も促され、まちのにぎわいを創出する効果がある。また、公園内に設けられた広場や3on3バスケコート、四季折々の花木が植えられたジョギングコースは地域住民のスポーツ機会を増加させ、健康増進が促進される。また、埼玉スタジアムの基本理念に「防災支援機能を備える」とあるように、埼玉県指定の防災活動拠点として位置づけられており、スタンド下の2,200uの備蓄倉庫には、食料品や生活用品などを備えている。また、災害時にはトラック等で輸送して、援助物資として県内全域で活用される。
最後に、Cについて、埼玉スタジアム無しに美園地区の発展は語れないものがある。以下に美園地区の概要と歴史、都市開発の経緯を記述する。
「美園地区」は、2001年に開通した埼玉高速鉄道線(地下鉄7号線延伸線)「浦和美園駅」を中心とした都市開発の進む区域とその周辺エリアを指す。さいたま市東南部にあたり、都心25km圏に位置する首都圏の郊外地域に位置している。現在の美園地区の場所には、旧石器時代の遺跡から2万5000年前から人が住んでいたとされる。江戸時代には日光御成街道が整備され、大門宿が栄えた。大門宿周辺は1889年に大門村となり、1956年に「昭和の大合併」により、戸塚村・大門村・野田村が合併し、「美園村」が成立した。1962年には、旧大門村(一部を除く)と旧野田村が浦和市に、旧大門村の一部と旧戸塚村が川口市にそれぞれ編入され、美園村は消滅したが、以降浦和市に編入された地区は「美園地区」と称されるようになった。1985年に地下鉄7号線が延伸され、1992年に「埼玉高速鉄道株式会社」が設立。2001年には浦和美園駅が開業。1996年にはFIFAワールドカップが開催され、埼玉スタジアム2002が整備された。これらと期を同じくして、新駅とスタジアムの周囲の都市整備も並行して進められることになり、2000年以降はみそのウィングシティとして約320haの大規模な土地区画整理事業が進み、2006年には駅東口が整備され、商業施設やマンションが建設された。つまり、美園地区の発展は「みそのウィングシティ」という愛称にも見られるように埼玉スタジアムの存在を無しには成しえないのである。なお、「ウィングシティ」は、「未来に飛び立つ鳥のような地域の形状」と「しらさぎをイメージした埼玉スタジアム2〇〇2の形状」を表現したものである。(さいたま市)
 以上、埼玉スタジアムは、施設単体の採算性という点では大きな問題を有しているものの、大きな経済波及効果を生み出しており、またサッカー代表の聖地、埼玉のシンボルとして、周辺地域のまちづくりや成長に寄与しており、従って広義においては必ずしもコストセンターであるとは言えず、広義のプロフィットセンターであるという解釈もできるという結論をここでは提示する。


第6章 埼玉スタジアムの誕生とその後

 前章では、埼玉スタジアムは広義でみればプロフィットセンターである可能性を示した。本章では、埼玉スタジアム誕生の経緯とその後について整理を行っていくが、その前に駒場スタジアムについて触れておく。
駒場スタジアムは、埼玉県さいたま市浦和区にあるスタジアムであり、浦和レッズのかつてのホームスタジアムである。
 駒場スタジアムは、正式名称をさいたま市駒場運動公園競技場と言い、浦和レッズの運営会社である「浦和レッドダイヤモンズ株式会社」がネーミングライツを取得したことから、2012年からは通称・浦和駒場スタジアムとなっている。ネーミングライツとは、「公共施設の名前を付与する命名権と、付帯する諸権利のこと」を言う。具体的には、「スポーツ施設などの名前に企業名や社名ブランドをつけることであり、公共施設の命名権を企業が買う」広告ビジネスのことである。 一般的には「東京スタジアム」が「味の素スタジアム」、「広島市民球場」が「MAZDA Zoom-Zoomスタジアム広島」となっているように、企業名を冠す場合がほとんどであるが、「浦和駒場スタジアム」の場合には、企業名もクラブ名も入っていない。 これは、浦和レッズの慎重な検討の結果、命名権を得て付けた名前そのものよりも、「命名権取得にあたっての考え方を実現するために、浦和レッズが「駒場」に対する姿勢や具体的な取り組みを示し実現していくことが最も大切」(浦和レッズ, 2012)との結論に達したからである。 「命名権取得にあたっての考え方」とは、「『駒場』を浦和でのサッカーにおける『過去』と『現在』、そして『未来』を繋ぐ懸け橋とする」こと、「『駒場』を『浦和とレッズ』、『市民スポーツとプロスポーツ』が融合する拠点とすること、「浦和レッズの設立20周年や法人名変更といった取り組みと共に、浦和の歴史と伝統を改めて育み、絆を築いていく」こと、「『サッカーの街・浦和』の発展につなげ、新たな成長に貢献していく」ことの4点である。
 駒場スタジアムは、1967年9月9日に完成した陸上競技場兼サッカー場である。補助競技場として、人工芝のグラウンドを有する。1993年のJリーグ開幕より、浦和レッズのホームスタジアムとして利用されている。 この間、Jリーグの人気上昇・浦和レッズの観客動員数増加に伴い、計4回にわたる改修を行った。これは、旧浦和市=現在のさいたま市の公費負担によるものである。この一連の改修によって、収容人数は完成当初の約5,000人収容から、その4倍以上の約21,500人収容までその数を増やしている。2003年に、埼玉スタジアムが正式に浦和レッズのホームスタジアムになるまで、駒場スタジアムは改修を重ねながらその役割を単独で担っていたのである。


浦和駒場スタジアム。現在は主に、三菱重工浦和レッズレディースが使用している。出典:URAWA REDS OFFICIAL WEBSITE

 1990年代、大宮公園サッカー場(現NACK5スタジアム大宮)の老朽化が指摘され、埼玉県は新しいスタジアムを公園の隣接地に新築移転する方針を模索した。 時を同じくして、日本サッカー協会はFIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップの招致を決定させた。この決定を受け、埼玉県は試合の開催地として名乗りを上げたが、県内にあったスタジアムはどれもFIFAの基準を満たしていなかった。 そこで、先述した大宮公園隣接地に新スタジアムを建設する案が浮上したものの、基準を満たすための十分な用地の確保が難しいことが判明し、様々な検討を重ねた結果、現在のさいたま市緑区、美園地区に新設される運びとなった。そうして、完成したのが埼玉スタジアムである。埼玉スタジアムは基本理念として、「21世紀を担う青少年に夢と希望を与える」「サッカー王国・埼玉をサッカーのメッカにする」「防災支援機能を備えた都市公園とする」の3点を掲げて建設された。
 2001年に埼玉スタジアムが誕生した後、1つの問題が生じた。それは、浦和をホームタウンとし、それまで駒場スタジアムをホームスタジアムとしていた浦和レッズの動向である。駒場スタジアムは先述したように4回もの改修を行ったものの、当時すでに完成から30年以上が経過していた。そんな中新たに6万人規模の巨大スタジアムが完成した為、浦和レッズのホーム移転が囁かれるようになった。 これに対し、さいたま市は旧浦和市時代に駒場スタジアムを公費で改修した経緯から難色の意を表明した。1998年3月27日の日本経済新聞 埼玉版は、「埼玉県営サッカースタジアム,プロチーム呼び込めるか-県の視線,浦和市は警戒」と報じている。 2002年9月3日には、朝日新聞 埼玉版がで「レッズ ホーム移転を巡って県と市が対立」との記事も掲載された。このように市は対抗の姿勢を見せたが、2003年、日韓ワールドカップが終了した後からは、駒場スタジアムと共に正式に浦和レッズのホームスタジアムとなった。下図は、浦和レッズが各スタジアムでJリーグのホームゲーム開催を行った試合数の移行を示している。2004年からは、埼玉スタジアムでの開催の方が多くなり、2010年には0試合になっている。 その後、2021年に東京オリンピックでの埼玉スタジアム使用に伴って、駒場スタジアムで開催されるまで、Jリーグでの試合開催はなかった。また、2013年シーズンに限っては浦和レッズの本拠地登録から外されている。
実は「歴代のクラブ代表はホームスタジアムをさいたま市営の浦和駒場スタジアムとし、埼玉スタジアムに移転する予定はないと公言」してきていた。それは、公費約60億円をかけて改修工事を行ってきた旧浦和市への配慮であり、また、駒場スタジアム「聖地」とする浦和レッズサポーターの心情への考慮であったと考えられる。 しかし、結局は埼玉スタジアムがホームとなり、駒場スタジアムでの開催が減少していったのは既に記した通りである。クラブからすれば、集客による収入面を考えれば、埼玉スタジアムでの開催は非常に魅力的なものである。 ここに、 「さいたま市」VS「埼玉県・クラブ」の構図が読み取れる。この際、埼玉県は、「県営の埼玉スタジアムを核としたスポーツによるまちづくりという公共事業が、公共性=公益性を担保する」として、ホーム移転の正当性を主張し、クラブがこれに乗じるかたちで移転が成し遂げられたのである。
 以上、駒場スタジアムの歴史と埼玉スタジアムの誕生、浦和レッズホーム移転について述べてきた訳だが、本章で指摘したいのは次の3点である。1点目に、前章で示したプロフィットは埼玉スタジアムが建設されなくても一部駒場スタジアムでも受益可能だったのではないかと言うこと。2点目に、埼玉スタジアムの開発経緯と現況において、浦和レッズ及びそのサポーターの存在が軽視されているのではないかということ。3点目に、総じて埼玉スタジアムの建設計画は事前の検討が不十分だったのではないかと言うことである。
まず1点目について、埼玉スタジアムが地域のシンボルとなっていること、埼玉スタジアムが無ければ埼玉県でW杯が開催されなかったであろうことは紛れもない事実である。しかし、その他のプロフィットについては、駒場スタジアムや、同場所への公園の整備で受益できた可能性を指摘したい。まず、経済波及効果について、そのほとんどが浦和レッズのホームゲーム開催によるものである。つまり、埼玉スタジアムの経済波及効果については、駒場スタジアムをホームとしていた場合との差分を考慮する必要がある。埼玉スタジアムの収容人数は6万人を超えているが、2023年シートの平均観客数は3万509人で、50%も埋められていないのが現実だ。駒場スタジアムの収容人数は約21,000人で、平均観客数を下回るが、埼玉スタジアムの建設ではなく、駒場スタジアムの改修によっても同等とは言えないまでもそれなりの経済波及効果を得られた可能性は否定できない。事実、近年では、Jリーグの観客動員減を受け、スタジアムのダウンサイジング化を図るクラブや競技場は少なくなく、ACL決勝などの大規模イベントを除けば、埼玉スタジアムはその大きさを持て余している側面がある。この持て余した大きさによって、維持管理費が必要以上に嵩んでいるという指摘ができるであろう。
 また、まちのにぎわい創出効果やスポーツ機会の提供といった役割は、現状のスタジアム利活用状況であれば、公園やグラウンドの整備で充足していた可能性がある。また、防災支援機能について、埼玉スタジアムの環境は防災活動拠点に適さない。確かに高速道路での輸送にはもってこいの場所ではある。しかし、海の無い埼玉県内の災害として想定できるのは、地震と洪水であるが、埼玉スタジアムの立地は2つの災害に決して強くはない。河川に囲まれ、公園内外に貯水池がある埼玉スタジアムの周辺は洪水の危険性は高めで地盤も強くない。埼玉スタジアムには、両ゴール裏に屋根が存在しないのだが、その理由の1つに屋根を建設するには地盤が緩いことがある。大型クレーンや屋根で増すスタジアムの重みに地盤の耐性が不足しているのである。また、埼玉県には5つの防災基地があり、基本的にはそこから被災地へ物資を配るのだが、その補完的な役割を埼玉スタジアムの備蓄倉庫はさいたまスーパーアリーナと共に担っている。しかし、埼玉スタジアムの比較的近くには越谷防災基地があり、この場所になければならない絶対的な理由は存在しないと推測する。
 また、美園地区は先述のみそのウィングシティという土地区画整理事業で埼玉スタジアムの誕生と一体で発展したわけだが、そこで埼玉スタジアムが果たした役割は実はさほど大きくないのかもしれない。浦和美園ドットネットが2023年に行ったアンケート(n=81)では、浦和美園に住むことを決めた理由は「勤務先に通勤しやすい(始発駅)」「子育てしやすい環境と感じたから」が2/3を占め、埼玉スタジアムへの近さと答えた割合は「実家に近くて住み慣れた街」約9%に次ぐ約6%に留まっている。本章の前半で述べた通り、埼玉高速鉄道・浦和美園駅の設置は埼玉スタジアムの建設に合わせたものではなく、従って埼玉スタジアムの存在が美園地区の発展に貢献した側面は前章での想定よりも小さい可能性が指摘できる。
 2点目に、埼玉スタジアムの開発経緯と現況において、浦和レッズ及びそのサポーターの存在が軽視されているのではないか。ホームスタジアム移転により、集客増によって、クラブの財政が上向くのはサポーターにとっても喜ばしいことである。しかし、Jリーグ開幕以来のホームスタジアムで、初ゴールも降格も初タイトルも経験した「聖地駒場」への想いは特別なものがある。また、クラブの代表が埼玉スタジアムに移転する予定はないと公言してきたにも関わらず、サポーターの同意もなく移転を行ったことには不信感を抱いていても何ら不思議ではない。駒場が聖地と崇められ、浦和レッズの為に改修工事を4回も行ったのに対し、大住義之によれば埼玉スタジアムの担当者は「一企業(浦和レッズ)のために埼玉スタジアムを建てるのではない」と名言している。勿論、このような発言は公共性を担保する為に致し方ないものであるとの推測は可能である。しかし、浦和レッズサポーターからは旧浦和市と比較すれば、この姿勢に好感を持つことは難しいものがある。実際、ゴール裏席に屋根がないこと、スタンドとピッチが遠いことや座席がチームカラーと程遠い緑色や青色であること、浦和のまち(旧浦和市街)から離れていることに不満が出ており、現在でも聖地駒場帰還を唱える声は聞こえてくる。先述したように、スタジアムのダウンサイジング化を図るクラブや競技場は少なくなく、駒場帰還の動きが高まる可能性も考えられるであろう。なお、県の担当者は2021年にも、「一企業のためのものではない」とことを明言しているが、令和元年度 総収入の42.5%が浦和レッズの試合開催によるもので、もし仮にレッズがホーム再移転ということになれば4億3千万円以上の減収が見込まれることも同時に説明している。そうなれば、埼玉スタジアムが狭義・広義を問わず必ずコストセンター化することが断言できる。従って、埼玉スタジアムの問題について考える際には、浦和レッズサポーターというアクターを無視することは出来ないという事を述べておきたい。
 3点目に、総じて埼玉スタジアムの建設計画は事前の検討が不十分だったのではないかと言うことである。県の提出した基本構想の計画資料等のデータを入手することが出来なかった為、埼玉県議会の議事録の関連ワード(スタジアム、サッカー場、レッズ、ワールドカップ)のヒット部分に一通り目を通す作業によって、当時の計画の様子を確認した。その結果推測できることとして次の点を挙げる。まず、サッカーワールドカップの日本開催と試合会場が決定しない段階で計画が進められたということである。誘致活動時点ではワールドカップを開催できるようなスタジアムは日本にほとんど存在していなかった。そこで、まずスタジアムを早急に建てなければ誘致活動ができなかったのである。この先行きの不透明さと時間の無さによって埼玉スタジアムの建設計画は事前の検討が不十分なものに留まってしまった可能性が高い。用地確保を急いだ県は、先述の経緯で現在の美園地区を建設地に決めたわけだが、まずその時点で想定外の事態が陥る。その後のボーリング調査で当初の想定よりも地盤が弱いことが露呈したのだ。その結果、建設費用が嵩んでしまった。また、W杯誘致に全力を注いだ結果、W杯開催後のスタジアムの利活用についての検討も不十分であった可能性が高い。議事録を通してみてみると、ラグビーやアメリカンフットボールの試合も行う、コンサート会場にする、スタジアム下の空間にアミューズメント機能を設けるなど、想定が二転三転している。また、W杯後の継続的な用途が見込めるのは浦和レッズだけであったはずだが、建設計画に加わることはほとんどなかったようだ。また、地下鉄7号線の延伸や駅設置も想定外の事態となった。現在の浦和美園駅は、湿地帯の保全の為、埼玉スタジアムから徒歩20分も離れた位置に設けられることになった。また、その当時から更にその先(岩槻や蓮田)までの延伸計画があったのだが、それは現在に至っても実現していない。このように、不透明さと時間の無さによって埼玉スタジアムの建設計画は、後手を踏んでしまったのではないか。以上、本章では駒場スタジアムや埼玉スタジアムの歴史的経緯に触れながら、スタジアム計画段階の問題点を指摘してきた。


第6章 結論

 これまで、埼玉スタジアムの現状を様々な観点で検討してきた。埼玉スタジアムはコストセンターであるのか、ここで1つの結論を提示する。
第5章前半で述べたように、広義でみれば埼玉スタジアムがプロフィットセンターとしての役割を果たしてきたことは否定できない。しかし、@スタジアム寿命(老朽化)、A黒字転換の見通し無し、Bまちづくり推進の機能が逓減、以上3点を理由に埼玉スタジアムは現状のままでは今後コストセンター、負のレガシーとなるということを結論づける。まず、冒頭で紹介した通り、スタジアムの寿命は30年と言われている。確かにここに客観的な根拠は存在しない。しかし、スタジアム寿命を控えた埼玉スタジアムは、日本代表の聖地としての地位でさえも徐々に揺らいでいる可能性が指摘できる。サッカー日本代表が最後に埼玉スタジアムで試合を行ったのは2022年3月29日のアジア最終予選(Road to Qatar)ベトナム戦が最後である。今後も試合開催の予定はないので(2024年1月31日現在)、2年間にもわたって代表戦の開催から遠ざかっていることになる。新国立競技場やパナソニックスタジアム吹田といった、設備が新しく、立地にも優れたスタジアムの後塵を拝しているのである。このまま時間の流れから目を逸らしてしまえば、日本代表どころか浦和レッズもが離れていくという最悪のシナリオを迎えかねない。また、毎年赤字補填が行われる採算性で黒字転換の見通しはない。さらに、順天堂大学病院の開設や地下鉄7号線の延伸といった美園地区の計画も行き詰まっており、埼玉スタジアムのまちづくり推進の機能も逓減していると言っていいだろう。
従って、埼玉スタジアムは今、何かしらの施策をとらなければ=現状維持では、近い将来広義の意においてもコストセンター、負のレガシーとなるだろう。

参考文献


Last update:2023/08/04
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